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監獄都市の渡し守  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ボリス、昔を思い出す(2)

 その日以来、ボリスとニコライは友だちとなった――




 翌日、杖を突きながら森の中に入って来るニコライに、ボリスは声をかけた。


「こんにちは、ニコライさん」


 そう言うと、ボリスはニコライを軽々と持ち上げて肩の上に乗せる。

 ニコライは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「僕は歩けますから――」


「いいんですよ、私は強いんですから。それに、走るのも速いんですよ」


 言いながら、ボリスはニコライを抱き抱えた。直後、馬のような速さで走る――


「う、うわあ! 凄い!」


 ニコライは感嘆の声を上げた。たとえ目は見えなくても、体に感じる空気の流れや音などから、自分がどれだけ速く動いているのかは理解できる。少年は今、未知の感覚に感動していた。




 やがて二人は、屋敷へと到着する。ボリスはニコライを降ろし、扉を開ける。


「ここが私の家です。ニコライさん、来て下さい」


 ボリスは嬉しかった。この屋敷で、友人をもてなす日が来ようとは……彼はニコライを椅子に座らせ、お茶とお菓子を出す。


「このお菓子は、私が作ったものです。本に書かれていた通りに作ってみました。お口に合うといいのですが……」


 ニコライは、ボリスに導かれて焼き菓子を手にした。一口、食べてみる。

 すると、その表情が一変した。


「ボリスさん! これ、凄く美味しいです! こんな美味しいお菓子、食べたことない!」


 叫びながら、ニコライは焼き菓子にかぶりつく。あっという間にたいらげてしまった。

 少年のそんな姿を見て、ボリスはホッとした表情になる。もし、気に入ってもらえなかったらどうしよう、という不安があったのだ。

 しかし、ニコライは美味しそうに食べてくれたのだ。ボリスは、とても嬉しかった。他人の喜ぶ顔が、自分にとっても幸せとなる……ボリスにとって、初めて知った感覚であった。


「ボリスさんは、本当に凄いですね。力が強くて、足も速くて、美味しいお菓子も作れて……」


 ニコライの顔には、純粋なる尊敬の念がある。ボリスはたまらない気分になった。嬉しくて、恥ずかしくて、でも楽しい……こんな気持ちは、生まれて初めてである。

 これが、幸せというものなのだろうか。書物の中でしか知り得なかったものを今、実際に味わっている。

 だが、すぐに現実に引き戻された。


「それに比べると、僕は本当に……村のみんなから、お前は役立たずだって言われます。この目が、見えないから……」


「そんなことはありません!」


「いえ、僕には分かります。昔はちゃんと目が見えていて、字が読めて、勉強もしていたのに……今の僕は、何も出来ないんです」


 ニコライの表情は、一気に暗くなる。ボリスは、そんな彼をじっと見つめた。もし、目が見えるようになれば、ニコライは普通の人と同じ人生を歩めるだろう。

 だが、そうなった時……彼の目は、ボリスの醜い姿をも映し出すことになる。

 この醜い姿を見た後も、ニコライは自分と友だちでいてくれるだろうか。


「ボリスさん?」


 不安そうな声が聞こえ、ボリスはハッと我に返る。


「ニコライさん、あなたは目が見えるようになりたいですか?」


「もちろんですよ!」


 即答するニコライに、ボリスは複雑な表情を浮かべながら口を開いた。


「あなたの目を治す方法があります」


「ほ、本当ですか!?」


 表情を一変させるニコライに向かい、ボリスは静かに語った。


「ある所に、数百年前より生きている魔女がいるそうです。その魔女は不思議な魔力があり、盲目の人の目を治したことがあるそうです」


「そ、その魔女はどこにいるんですか?」


 勢いこんで尋ねるニコライに、ボリスは冷静に答えた。


「ビクター山の頂上です。ここから、歩いて二日ほどかかる場所ですが……行ってみたいですか?」


「はい! 行きます! 目が治るなら、どこにでも行きます!」


 ニコライは、大きく首を振りながら答えた。放っておけば、今すぐにでも飛び出して行きそうだ。ボリスは、静かな口調で言葉を続ける。


「待ってください。そのような伝説がある、と本には書かれています。しかし、それが真実であるという保証はありません。しかも険しい山道を進まなくてはならない上、途中には人食い鬼や牛の頭をした怪物も出るそうです」


 その言葉に、ニコライはうつむいた。人食い鬼の怖さは、噂に聞いている。さらに、牛頭の怪物までいるというのか。


「ニコライさん、よく聞いてください。そんな危険な場所を通り、苦労しながら山の頂上に行ったとしても、実際にその魔女がいるかどうかは分かりません。仮に魔女がいたとしても、治せるという保証もありません。治してくれるかどうかも不明です。それでも、あなたは行きたいのですか?」


 ボリスの問いに、ニコライは下を向いた。眉間に皺を寄せ、じっと黙りこむ。

 やがて、震える声で答えた。


「行きます。治る可能性が僅かでもあるなら、それに賭けてみたいんです」


「途中で、命を失うかもしれないんですよ。はっきり言いますが、今のあなたが行けば、死ぬ可能性の方が高いんです。それでも行くんですか?」


 その言葉に、ニコライはうつむいた。ボリスは黙ったまま、彼を見つめる。

 やがて、ニコライは声を震わせながら語り出す。


「目の見えない僕が、村でどんな目に遭わされているか……あなたは分からないでしょう。僕は、みんなからバカにされ、イジメられているんです。それだけじゃない。夜になると、僕は男たちから服を脱がされ、無理やり体を……」


 そこで、ニコライの言葉は止まった。彼の口からは嗚咽が洩れ、体はガタガタ震えている。光を失った目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 ボリスも、体を震わせていた。彼は世間知らずだが、ニコライが何をされているのかは理解できた。世の中には、男が好きな男がいることくらいは知っている。ボリスは怒りのあまり、拳を握りしめていた。なんという下劣な男たちなのだろうか。目の見えない少年の体を無理やり……。

 ややあって、ボリスは口を開いた。


「わかりました。では、私も一緒に行きます。道案内をしましょう」


 




 そして今、二人は険しい山道を進んでいる。ニコライの顔には、疲労の色が濃い。前を進むボリスが手を繋いで導いてはいるが、それでも彼にとっては並大抵の苦労ではない。ただでさえ足場の悪い山道を、盲目の身でありながら歩かなくてはならないのだ。

 それでも、ニコライは進む。文句ひとつ言わず、歩き続ける。


 不意にボリスが立ち止まり、そっと囁いた。


「動かないで、静かにしてください。オーガーがいます」


「オーガー!?」


 恐怖におののくニコライに、ボリスの手が触れた。


「大丈夫です。私が行って、追い払って来ます。ですから、ここに隠れていてくださいね」


 そう言うと、ボリスは去って行く。後に残されたニコライは、震えながら身を伏せた。


 やがて、ドスンドスンという大きな音が響く。何か、巨大な物がぶつかり合うような音だ。

 続いて、何かがへし折れるような音も……ニコライは恐怖を感じながらも、必死で唇を噛みしめ耐えていた。万一、ボリスが殺されてしまったなら、ニコライの命もない。

 ややあって、足音が聞こえてきた。足音はニコライに近づき、彼のすぐそばで止まる。


「ニコライさん、奴は逃げていきました。もう大丈夫ですよ」


 ボリスの声だ。ニコライは安堵のあまり、へなへなと崩れ落ちる。

 その時、またしても声がした。


「ニコライさん、引き返すなら今のうちです。この先、またオーガーが出るかもしれませんよ。あるいは、もっと恐ろしいものも。しかも、道はさらに険しくなりますよ。それでも、あなたは進むのですか?」


 ボリスの口調からは、真剣さが伝わってくる。だが、ニコライは体を震わせながら首を振った。


「いえ、行きます!」




 その夜、たき火のそばでボリスの用意した弁当を食べる二人。突然、ニコライが口を開いた。


「目が治っても治らなくても、ずっと友だちでいてくださいね」


「えっ?」


 戸惑うボリスの手を、ニコライは握りしめる。


「約束ですよ。僕たちは、いつまでも友だちです」


「もちろん。いつまでも友だちです」


 ボリスは、優しい口調で答えた。もっとも、彼の心には暗い影がさしている。もしニコライが、彼の醜い顔を見たとしたら……それでも、自分と友だちでいてくれるだろうか。

 その時、ニコライがすっとんきょうな声を上げる。


「そうだ! 帰ったら、一緒にお菓子屋さんをやりましょう!」


「は、はい? お、お菓子屋さん、ですかぁ?」


 きょとんとなるボリス。だが、ニコライは構わず喋り続ける。


「はい! ボリスさんのお菓子、凄く美味しいです。だから、一緒に町でお菓子屋さんをやりましょう! あんな村はおさらばして、一緒に町に行きましょう!」


 ハイテンションな態度で夢を語るニコライの姿は、とても微笑ましいものだった。ボリスは苦笑しつつ答えた。


「わかりました」


「約束ですよ! 帰ったら、一緒にお菓子を作りましょう!」




 翌日も、二人は山道を進んで行く。

 ニコライの足は、歩き続けたせいでひどく傷ついていた。皮は剥け、あちこちひび割れている。ボリスの手当てとマッサージがなかったら、彼は歩くことすら出来なかっただろう。

 さらに、ニコライの全身を疲労が蝕んでいた。肉体的な疲れもさることながら、精神的な疲れの方が大きい。どれだけ歩けば到着するのか、彼には分からないのだから。


 文字通り、手探りで歩くニコライ。だが、彼は弱音を吐かなかった。ボリスの手を握りしめ、ずっと歩き続けた。

 だが突然、肩に手が置かれた。


「ニコライさん、着きました」


「えっ、本当ですか!?」


 ニコライは、思わず立ち止まる。


「はい、本に書かれていた通りの場所です。まさか、こんなものが本当にあるとは……」


 ボリスの声には、驚愕の念がある。彼の目の前には、見たこともない巨大な樹が生えている。幹の周囲は、歩いて回ろうとすれば数分がかりだろう。高さは、雲を貫き天に届くいてしまうのではないかと思えるほどだ。

 その根本には、奇妙な紋章の描かれた扉があった。本に書かれていた通り、古代文字が刻まれている。

 伝説の魔女の家に間違いない。


「本当に、着いたんですね。よかった……」


 安堵感ゆえか、ニコライはその場に座りこんだ。その時、ボリスの声が聞こえてきた。


「いったん休憩しましょう。それから、訪問するとしますか」







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