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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期4 兆候
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悪魔のささやき ③



「ゼノ、まさかと思ったけど本当に生きていたのね。良かったわ。まだまだ、あなたでヤりたいことがたくさんあったもの。……ふふ、ふふふふ、ああ、溜まっちゃっていたの。あなたの代わりと思って取り寄せたのはどれもこれも、つまらなくって」


 ヴァイオレットは地下室で血と臓物の臭いを撒き散らしていた。

 そこには幼い少年の体がいくつも、真っ赤に汚れて倒れている。

 いずれも裸で死んでいた。あるものは頭を落とされている。あるものは腹から内臓を取り出されている。頭に細く長い釘を撃ち込まれているものもある。


 ヴァイオレットは愛おしそうに、ドアの前で突っ立っているゼノヴィオルへ近づく。一度はゼノヴィオルが死んだものと思って、彼女は似たような男の子を集めさせていた。しかし結局、ゼノヴィオルほど気に入るものはなく、手慰みに凌辱してから殺していった。



 こういう惨状をゼノヴィオルは見させられてきている。

 決まってゼノヴィオルはこういう惨状に目を逸らし、恐怖に縮こまる。しかし今日の様子は、まったく異なっている。無表情で、ただヴァイオレットに影を失い濁った瞳を向けているのだ。


「ゼノ? 見飽きてしまったの? だったらもっと面白いことをしましょう? まだ息をしてるのがいるのよ」


 地下室の隅には大きな鉄の檻が置かれている。そこには最後の1人となった男の子がしまわれていた。扉の鍵を開けると、少年は怯えた目つきで隅ににじり寄る。しかしヴァイオレットは細い手首を見た目に違わぬ強い力で掴んで強引に引きずり出す。


「何をしましょうか。ほら、ゼノ……あなたも衣服を脱ぎなさい? そうだ、いつもわたしがあなたにしていることを、あなたがこの子にしてみなさい?」

「……僕はもう、あなたの言いなりにはなりません」

「あら、どうして? あなた、自分の立場が分かってるのかしら? 命令よ、ゼノヴィオル?」

「嫌です」

「そう……」


 ため息を漏らしてからヴァイオレットは彼女の遊びのために使う道具を並べている小机を向いた。鋲付きの短い鞭を手にすると、その鋲をそっと撫でてから振り返り、いきなり檻から出したばかりの少年を殴打した。顔面を鋲付きの鞭が激しく襲い、その頬の肉を抉って小さな体を吹き飛ばす。いきなりの暴力で少年は悲鳴と、痛みに呻く声を一緒にしながら声を上げる。ヴァイオレットは容赦なく、さらに二度、鞭で男の子を叩く。そうしてから鞭を置くと、長い鉈を持ち出して少年の細首へ打ち落とした。首が半分、もげるように裂けて少年は絶命する。


「……あなたは、今のよりずっとずっと痛めつけて殺してあげる」


 頬についた返り血を舌先で舐め取り、ヴァイオレットがゼノヴィオルを見据える。だがゼノヴィオルはやはり無感情な目をしていた。


「あなたの悲鳴は素敵だったんだもの。だから殺さずにおいたけれど……つまらないから、おしまいに――」


 ゼノヴィオルがヴァイオレットを睨み、その眼光が彼女を射抜く。嗜虐的な笑みを浮かべていたヴァイオレットは、それまで抱いていた違和感が悪寒に変じたのを感じたが遅すぎていた。


「イーラ・イグニス」


 呪文を唱えるとともにヴァイオレットの髪が燃え上がった。


「熱――熱い、熱いいいっ!? 何で、火ぃっ、熱い熱い熱い、やあああああっ!」


 パチンっとゼノヴィオルが指を鳴らした途端、火がいきなり消える。髪が焼けた際に生じる、不愉快な臭いを鼻孔に感じながらゼノヴィオルは床を転げ回っていたヴァイオレットに目もくれず彼女の遊び道具が並ぶ小机へ向かう。そうして選び取ったのはつい今しがた、彼女が用いていた鋲付きの鞭である。ゼノヴィオルもこれで何度かぶたれたことがあった。その傷は昼夜問わず、ずっとうずいて苦しめた。


「な、何をするつもり……。やめなさい、やめろ、やめろゼノヴィオ――痛っぎゃああああああ!」

「僕がやめてって言っても、やめなかったのはそっちだ。……でも僕はやっぱりこんなの嫌いだから」

「は、はあっ、はっ、ぜ、ゼノヴィオル……覚えてなさい、こんな仕打ち、許さないわ! 伯父様にお話しすれば――」

「死んじゃうんだから覚える必要ないよ。ミーセル・クラウィス」

「ひっ、い、嫌あああああ—――――――」



 地下室を出たゼノヴィオルは、血塗れのまま屋敷に出る。普段、通る廊下は決まっていた。しかし豪奢な屋敷の中をふらふらと歩き、使用人がゼノヴィオルを見る。血塗れの子どもがうろつくことを、この屋敷の人間はそこまで不審には思わない。屋敷の一家は悪趣味であることを、誰もが知っている。


 だが。

 運悪く、ゼノヴィオルに遭遇した行儀見習いで奉公に来ていた少女は悲鳴を上げた。



「ヴぁ、ヴァイオレット様……!? 嫌、ああ、あああああ—―――――っ!?」


 ゼノヴィオルがずるずると引きずる、それを見て悲鳴を上げてしまったのだった。千切れたヴァイオレットの胴体である。髪を掴み、右肩と胸の下だけがくっついた頭をゼノヴィオルはずるずると引きずって赤い血痕を廊下に長く引いてきた。そのヴァイオレットの欠片は何がどうなったのか、いたるところに穴が空いていた。蜂の巣や、枯れた蓮の花めいた密集した空洞が不気味に刻まれているのだ。そしてもう片方の手には鉈を手にしている。彼女の体を分断させた凶器で、まだ血が滴っている。


 腰を抜かし、失禁した少女は一瞥しただけでゼノヴィオルは徘徊する。悲鳴を聞きつけた男の使用人がゼノヴィオルを見ると、息を呑んだ。身の危険を感じて、彼は近くに飾られていた甲冑の持っている槍を持ち出す。重いそれを振り上げ、重力に任せてゼノヴィオルに振り下ろす。だが、ゼノヴィオルが握っていた鉈はその一撃を受け流して穂先を床へ落とさせる。


「く、来るな、やめ――ぎゃああっ!」


 鉈で体を斜めにぶち抜かれて男は倒れる。

 そうして凶行が続き、玄関の広間へ一巡して戻ってくると衛兵が集まっていた。その衛兵の奥にゼノヴィオルは探していた男の姿を認める。



「本当にあんなガキが……いや、あれは確か、アドリオンの……?

 ふんっ、忌々しいが口実には都合がいい。顔だけ傷つけずに殺せ。

 塩漬けにして生意気なアドリオンの新しい領主とやらへ送ってやろう。さあ、殺すのだ」


 ユーグランドは姪の悲惨な姿を見ても眉一つ動かさず、そう命じた。

 衛兵とは言え、ユーグランド子飼いの兵士である。彼らは槍を構え、ゼノヴィオルににじり寄る。ヴァイオレットを乱暴に放り出してから鉈を握り締めた。


 半円状に衛兵が3人、ゼノヴィオルを取り囲む。正面の1人がステップを踏むように躍り出て槍を繰り出す。鉈で逸らすと今度はゼノヴィオルから左側の男が出てきて槍を振り下ろしたが、相手の懐へ入るようにゼノヴィオルは前進した。槍の竿のところを腕で押しのけて鎧の上から鉈を叩きつける。鈍い金属音をさせながら、衛兵はたたらを踏んだ。


 そこへ別の衛兵が槍を突き出す。鉈で払いのけようとしたが、僅かに脇腹を穂先が掠める。そして直近にいた衛兵が短く持ち直した槍でゼノヴィオルを払い飛ばす。


「殺せ!」

「ミーセル・クラウィス」


 3人の衛兵が三方向からゼノヴィオルに槍を繰り出す。

 だがゼノヴィオルが魔術を使うと、黒い無数の杭がふわりと中空に現れて衛兵に襲いかかった。ザクザクと音を立てながらヴァイオレットの無残な死体のように衛兵は絶命した。


「……っ、まさか、魔術か。あんなもの、手に負えん。いいか、ここで必ず殺せ。無理ならば手傷を負わせろ、絶対だ!」


 残っていた衛兵に命じるとユーグランドは使用人を押しのけるように屋敷を出ていく。雪崩れ込むように使用人も逃げていくが衛兵は及び腰ながら残る。


「逃がさない……。イーラ・イグニス!」


 屋敷が燃え上がり、その爆発に飲まれて衛兵がなぎ倒された。鉈と、衛兵の落とした槍を引きずりながらゼノヴィオルは屋敷を出る。すでにユーグランドはどこかへ逃げ去っていた。屋敷の外には城から様子を見にきた兵士が押し寄せてきている。


 その誰もが出てきたゼノヴィオルに武器を向けていた。

 鉈を投げ捨て、ゼノヴィオルは槍を両手で持つ。腰を落とし、低い姿勢で待ち受ける兵にゼノヴィオルは突撃をした。炎上している屋敷から炎が嗜好性を持ち、枝分かれながら兵士に襲いかかる。それとともにゼノヴィオルは槍を振り下ろした。

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