ゼノヴィオルの手紙 ③
「本当にグライアズローへ行くつもり?」
「だってゼノが大変なんです」
手紙を読み、モニカから聞いた弟の近況を知るなりセオフィラスは王都に行くと宣言した。自分で始めた荷造りを使用人が手伝おうと申し出ると、必要最低限で良いと言いつけてから執務室に行って仕事を片付け始める。
「あの子は王都で学問に励みたいと――」
「勉強なんてどこでもできます」
「……だったら、ユーグランドを一体どうするつもりですの?」
厳しい口調でベアトリスが問いを投げかける。セオフィラスが手を止め、それまで即座に反論していた口もつぐんでしまう。
「オリオルの娘はゼノヴィオルのことはよく知らないんですわ。だから安易に、片言節句にあなたのためにゼノヴィオルが苦しんでいると知って乗り込んできただけのこと。……ゼノヴィオルを王都へやると決めた時からこうして人柱になるのは承知していたはずですわよ。違ったかしら? 認識が甘いのではなくって?」
「……それは先生が決めたことです。俺は後から、そうと知らされただけなのにそんなことを言われる覚えはない……」
「それでも事後承諾をしたはずですわ。……セオフィラス、我慢なさい」
「我慢なんて、できないです」
「だったらアドリオンが消えてなくなってもいいのかしら?」
「俺が消させません」
「どうやって? 戦に勝つとでも言うのかしら? それともあの憎き白髭豚野郎を暗殺するなりして手にかけたりするっていうの? そんなのは下策も良いところですってよ?」
畳みかけるようなベアトリスの質問にセオフィラスはテーブルへ叩きつけるように羽根ペンを置く。
「俺が領主になったのは、家族を守るためだ! ゼノを見殺しになんてできない!」
「大局を見据えなさい。あなたにはまだレクサがいます。いずれエクトルも嫁ぐでしょう。そうすれば子どもも生まれて、また家族が増えます。……時間を稼げばアドリオンだってそう簡単に手を出せるものではなくなる。それまで辛抱をしなさいと言っているのです」
「その間にゼノがどうなるって言うんですか」
「本人の言を借りるなら、立派な学者になるのでしょう?」
「っ……そんなの誤魔化しだ! ゼノだって、本当はここへいたいって思ってる! なのに、あいつは、頭いいけどバカだからっ……自分がどうこうっていうより、優先しちゃうんだ。本当は帰りたいって思ってて、苦しんでるのに、あいつだけじゃできないから迎えに行くって言ってるんです」
睨み合う2人の間にはピンと張り詰めた緊張感が滞在している。そこへノックの音がし、カートが入ってくる。
「セオフィラス様、王都まで参るというのは本当ですか?」
「いいえ、それはなしになりましたわ」
「へ?」
「行く」
「え……えっ?」
主と、その後見人の真っ二つに割れている意見にカートは困惑せざるをえなかった。心情としてはセオフィラスの言うことに従いたいのだが、仮にも貴族生まれのカートにとってクラウゼンの令嬢という存在感にはおいそれと叛意を示せない。それだけの畏怖を刻み込まれている。
「あなたも忠実な家臣でありたいのなら、主人の暴走を諫める立場に回りなさい」
「カート、俺の留守は任せるつもりだから」
「僕がですか?」
「本当なら先生に頼みたいけど協力してくれそうにないから」
「当然です。そして断りなさい、カート」
「頼みたいことは書いておいた。判断に悩んだら、アルブスを守る選択を。守るべきものの中で天秤にかけざるをえないなら、全て守る方法の模索と実行を。難しいなら時間を稼げばいい。俺が戻ってくるまで」
「セオフィラス!」
「……頼めるよね、カート?」
いまだ、困惑し続けているカートにセオフィラスは歩み寄り、相手の瞳を見つめた。それでも黙り、答えないというどちらにも肩入れのできぬ選択をするカートの手をセオフィラスは一方的に握った。
「頼んだから。……皆を、守ってあげてよ」
「セオフィラス様――」
肩を叩いてからセオフィラスはカートとすれ違って執務室を出ていく。あとを追えずにカートは閉ざされたドアを見つめて顔をゆがめた。
「ベアトリスさんと言い争っている声は聞いていました。ゼノくんを助けに行くのですね、きみは」
ジョルディを牛舎から出して鞍を乗せているところへアトスがふらりと歩いてきてセオフィラスに声をかける。
「……うん。師匠も止めるんですか?」
「いいえ。わたしはきみの意思を尊重いたしますとも。行ってきなさい、きみの思うようにすれば良いことです」
「ありがとう、師匠。……留守はカートを任せることにするけど、もし敵が現れて、アルブスの戦力で足りなかったら師匠に助太刀をお願いしたいんです。いいですか?」
「ええ、もちろんです。わたしもここは気に入っていますからね。……ああそれと忘れ物ですよ」
布に包んである剣をアトスが差し出し、セオフィラスが受け取る。布を少しだけ剥がせばそれはセオフィラスの剣だった。しかし、ふと気になって布を全て剥がすとこれまでなかった鞘がついている。白く塗られた気品のある鞘だった。
「これ、いつの間に?」
「剣士たるもの、剣に頼ってはいけませんが、自分の獲物は大切にしておくべきです。実はきみの誕生日に贈ろうかとも思っていたのですが、今出かけたらその機会がなくなりそうでしたから。きみが執務で忙しくしている間に職人を呼んで剣の寸法をはかり、こしらえてもらった逸品です」
得意そうにアトスが説明しているが、ふとセオフィラスはまだアトスが包みを持っていることに気づく。
「それは?」
尋ねると、さらに満面のしたり顔になってアトスが頷いた。
「こちらはわたしのものです。エミリオにもらった魔剣の鞘ですよ。ほら、格好いいでしょう? こちらの材質は――」
「あ、いいです」
「何故です」
「だって急がなきゃ……」
「……そうですか? まったく、きみは師匠への愛情というものが薄れてきましたね。ちょっと前までは可愛らしかったはずなのに……」
大袈裟に拗ねたように嘆いて見せたアトスにセオフィラスは苦笑するしかできなかった。
「とにかくありがとうございます、師匠。……師匠の、もう1人の弟子を連れて帰るよ」
「……そうですか。行ってらっしゃい、セオくん」
「行ってきます」
ジョルディの手綱を引きながらセオフィラスは屋敷を回り込んで正門に向かった。そこではモニカが待っていてセオフィラスを睨みつける。
「ジョルディへ乗って。ヘクスブルグまで行って、船でグライアズローに向かうよ」
「そう、乗り心地はどうなの?」
「ジョルディは紳士だよ」
「……紳士な牛?」
「ブモッ」
モニカの抱いた疑念へ胸を張るようにジョルディが鳴く。鞍へ足をかけたモニカを手伝って跨らせてからセオフィラスもジョルディに乗った。
「行こう、ゼノを助けに。ジョルディ、ゴー!」
「ブモォォッ!」
鞍の上から脇腹を踵で軽く蹴られてジョルディが駆けだした。その爆速スタートにモニカは振り落とされかけたが、後ろへ座っているセオフィラスが支えた。ジョルディロードを爆走していく姿を市民の大勢が目撃した。




