水入り、そして
「347試合目……。あとちょっと……」
346連勝をセオフィラスは記録している。だがアトスとの一戦で大きく体力を削がれてから、立て続けに遠距離から攻撃する相手や、重厚な鎧に身を包んだ相手が出てきてしまって苦戦を強いられている。しかも休憩の挟まれる50試合目ずつが近づくと、ここがチャンスとばかりにセオフィラスの待ち時間がほぼなくなってしまうほど挑戦者が現れてしまう。
「よう、領主。今度はきっちり、回収させてもらうぞ」
「げ……」
膝に手をついて息を整えていたら声がかけられ、顔を上げればローレンスがいた。
しかも今回は盾と一体化している篭手だけでなく全身を覆う黒い鎧と、屋敷で見せてもらったロングソードも背負っている。マントで隠れている腰の裏には短剣も2本あるはずだった。
「さあ、始めようぜ」
「いつでもどうぞ……!」
半ばヤケになったようにセオフィラスが応えるとローレンスが駆けだした。一歩踏むごとに重厚な金属音が鳴る。ただまっすぐ向かってきているだけのはずなのに、ジョルディが猛進してくるような迫力を感じてセオフィラスは身構えた。
「まずは力を試してやる――」
盾を構え、ローレンスがロングソードを突き出す。盾で身を守り、間合いの長いロングソードを突くことで攻防を一体化させていた。相手の剣を叩いて軌道を逸らせることにはセオフィラスは成功したが、ローレンスの勢いは止まらずにそのまま盾での突進を受けた。倒されまいと後ろへ足を出して踏ん張るがローレンスは盾で押し飛ばし、そのままロングソードを振り上げる。
「っ!?」
木剣が真っ二つに叩き切られて先端が宙を舞った。
「直撃は防げたらしいが、今度はどうする?」
「どうしよ?」
試すように問われてセオフィラスは苦い顔で、だがあっけらかんと答えた。
ニッとローレンスが笑い、剣を握っている拳をセオフィラスの頬へ打ち込んだ。殴り飛ばされたセオフィラスが受け身を取って舞台上で這うように手をつくと、ローレンスが短剣を投げていた。顔に向かって放たれた短剣を、頭を振って避けるとそのまま仰向けのような形になり、二度目の短剣が投げられて服が舞台に縫いつけられる。
「え、嘘っ、動けな――」
「これで1万6000ローツ!」
「渡せる、か!」
振り下ろされたローレンスの剣をセオフィラスは両手を上げて白刃取りで止めた。止めきれずに刃は少年の鼻の頭へ触れて皮膚を裂いたがそこで止められる。ローレンスは目を見開く。寸止めをするつもりだったが、止めようとする前にセオフィラスが手を出してきたのだ。反射的にローレンスはそのまま振り落とそうとしてしまったが、少年は何も持たぬ両の掌だけでピタと止めてしまっている。セオフィラスが片手を放し、顔の横へ剣を落とすとすぐに自分の服を刺し止めた短剣を握ってローレンスに振るう。
「それほどの度胸、うちの家系にゃなかったと思うんだがな……」
「だったら、母さん譲りです……」
立ち上がったセオフィラスに観客が喝采と歓声を浴びせる。2人は互いの実力を認め、それを喜び合うかのような笑みを浮かべている。セオフィラスはローレンスの投げた短剣を、ローレンスはロングソードを握り込みながら獲物を構え合う。
「いいや、違うな。それはお前の師匠に仕込まれたもんだ。そんなもんが血筋として現れてたまるかよ」
「……師匠のことを嫌いだって人が、最近、急に増えたような気がする」
「好きや嫌いの話じゃねえ。人の範疇に収まるか、収まらねえかの話なのさ」
「……でも、俺は師匠が大好きだ」
「会話が通じねえ」
「だったら、これで語るしかないですね」
「ハッ、一丁前に」
先にセオフィラスが仕掛けた。リーチの差は明白だったが果敢にローレンスの間合いへと踏み込んだ。ロングソードを短剣で受けながらいなして踏み込もうとしたが、盾付きの篭手が短剣の一撃を見事に防ぐ。至近距離でセオフィラスは踏ん張りを利かせて思いきりローレンスの腹部を蹴った。姿勢を崩させようとしたがロングソードが巧みに動いてセオフィラスを遠ざけ、今度は逆に相手の間合いでの戦いを強要される。
かいくぐって前へ出たいセオフィラスの動きを読んだかのようにローレンスは執拗にロングソードの切っ先で相手をした。少しでも踏み込んでこようものならば、すかさず盾で防ぎきってしまう。攻防が一体となっているローレンスの戦いはセオフィラスにはもどかしく感じられた。――そもそも、セオフィラスは相手の攻撃を防ぐために攻撃をしかけるということを言外にアトスから教わったことはある。しかし、ただ防御に徹するというのはなかったことなのだ。そうしようとしてもアトスを相手にすればたやすく破られてしまうので、防御などする方が無意味であり、結果として攻め続けていく中に勝ち筋を見出すという戦い方で体が馴らされてしまったのだ。
だからこそ、ローレンスの戦い方はもどかしく、男らしくないとまで思わせられる。
その一方で、しかし、そういう戦いをするほどにまで本気で臨んでいるのだとも感じ取れた。負けられないからこそ——セオフィラスからすれば——姑息な戦法を取っているのだと。
「ここで鼻っ柱を叩き折ってやんのが、大人の務めかねえ!?」
「ぐっ!?」
ローレンスが仕掛けた。強い、大きな振り下ろしをわざとセオフィラスに受けさせ、その衝撃で手を痺れさせて短剣をこぼさせたのだ。さらに踏み込みながらローレンスが振り下ろしたロングソードを切り上げる。どうにか避けたセオフィラスだったが、今度こそ素手にさせられた。落とした武器はとても一息で取りにいけるところにはない。
「こうなりゃあ、大概の敵だったら油断しちまうようなもんだが――俺はそうはしない。お前さんの実力というよりも戦い方ってのはもう何遍も見させてもらってるからな。例え武器がなかろうと、四肢が1本でも残っていりゃあ、頭と体が繋がってさえいれば、その状態で戦い抜こうとするだろうよ」
「だって勝つにはそれしかないんですから」
「そう――そんな状態になろうが、勝とうとするってえのが問題だ」
「……問題?」
「生き死にがかかっていようとも、そうなりゃあ死ぬのは免れねえって話だ。なのに戦おうとする。ましてこれは互いの命を奪い合うような場でもないのにな。……お前は勝つことへの執着に囚われすぎて、逆にてめえの命を軽くしている」
「そう言われればそうかも知れませんけど……そもそも戦うんなら、勝たなくちゃいけないと思います」
「それ以上に大事なもんだってあるんだ」
「……人質が取られた場合とか?」
「そういう発想になるんだから末恐ろしい。ま、いいさ。――あとでじっくり、考えろ」
じりじりとローレンスが距離を詰め始めた。ロングソードという武器の間合いの恐ろしさが素手になるとさらに跳ね上がる。身を守るための武器も防具もないのでは受けてからやり過ごすという行動が取れず、となれば必ず躱さなければならない。そこを見過ごさない相手でもあろうという推測は易い。つまり自分の行動は制限され、それが酷く不利であるということだ。
だがセオフィラスは頭の片隅で、無茶かも知れないという考えを思い描き始めていた。つまり傷を負う覚悟で飛び込んで死中に活を見出そうという魂胆だ。この試合を含めて、あと3回で休憩が挟まれる。それならばどうにかなるんじゃないかと。だがそういう考えが脳裏をよぎった時、ベアトリスの言葉も蘇った。
『あなたも、また無茶な企画をぶち上げたようですが……危険のないように気をつけなさい。変な怪我をして起き上がれなくなったりしては困りますわよ』
領主として大怪我でも負って政務にさしつかえてはならない。
このアドリオン大武闘大会を考えついた時はそんな心配は一切していなかったが、ローレンスと対峙している今になって、そんな自覚が芽生えようとしていた。だがやはり、負けてはならないのだとも思ってしまう。
そしてセオフィラスはそういう考えを巡らせつつも、やはり、勝利を優先しなければならないと血がたぎっていた。いつの間にか少年の中で生まれ、熟成されていた危険な闘争心であった。ベアトリスと似て異なるそれは、戦って勝利することこそが最善というものではない。戦いに身を投じたのであれば勝利するしかない、というものである。
「さあ、次で終いだ」
「……そっちが、ね」
ローレンスが大きくロングソードを振りかぶって構える。セオフィラスは息を吐き出しながら集中し、下肢に力を込めた。飛び出そうと重心が移るのを見て取り、ローレンスが剣を振り下ろす。ものともせずにセオフィラスはそこへ突撃するかのように飛び出していった。
「セオフィラス様っ、大変です! オーバエルから約4000の軍勢がアルブスに迫っていると!!」
激突の寸前に、カートの叫び声が響いた。
観客が固唾を飲んでいたため、彼の声はセオフィラスに届いた。そしてそれはローレンスの耳にも入り、2人はピタと動きを止めて声のした方を——貴賓室の方を見ていた。
「ローレンスさん、すみませんが緊急事態なので」
「……ああ、これで決着を優先させるほどじゃなくて、ちいとだが安心だ。行け、領主だろう」
「はい」
セオフィラスはざわめいている観客を舞台上から見上げ、息を吸い込んだ。
「皆さん、落ち着いて! ここは、俺が守るべきアドリオン領! 侵略はこの俺が許さないから、安心してください!」
大きな声で舞台上からセオフィラスは呼びかけ、それでもどよめく彼らを尻目に貴賓室へと走って戻っていった。




