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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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師弟の賭け


 早朝の森の中、いつもの修行を終えてからセオフィラスは迎えにきたジョルディを待たせてアトスに向き直った。


「師匠。お願いがあります」

「おや、きみからお願いだなんて珍しいですね」


 今日も朝からくたくたになるほど厳しい修行を課されたが、最近はまたセオフィラスに余裕ができてきた。また次の段階へ進もうかとアトスが考えているころでもある。


「……質問があって、教えてほしいんです」

「ほうほう。けれどわたしは、きみもご存じの通り、小難しいことは分かりませんよ。ベアトリスさんの方がよほど、色々なことを知っていると思います」

「これは、師匠にきかないとって」

「そうですか。分かりました。では聞きましょう。一体、かしこまって何です?」


 少しだけ、考えてセオフィラスは切り出す。


「毎日やっている修行と、どんな相手とでも、どんな形ででも剣を交える行為と、どっちの方が強くなれますか?」


 質問を受けたアトスはほほえんで、おもむろにしゃがんだ。

 足元に生えていた名もなき雑草を根っこから抜き、その根を指でいじって土を落とす。そうしながら、ゆっくり喋り出す。


「個人的な見解では、後者であろうとわたしは考えています」

「戦った方が強くなれる?」

「ええ。実戦を知らぬ剣士と、ただ型通りに剣を振ってきた剣士では、そこに経験値という差が生じます。しかしこの回答ではきみは疑問を抱くでしょう。それならば何故、今まで自分がやってきたことの中で剣を握る回数が極端に少なかったのか、と」

「鬼ごっこばかりしてました」

「はい。鬼ごっこばかり、させていました」

「でもゼノがいたころ、2人で打ち合うようなことはしました。今は師匠とやることもあります」

「その通りです」

「何でですか? 実戦の方が成長するなら、鬼ごっこは必要ありません」

「きみは、どう思います? どうして鬼ごっこをしていたと思います?」


 逆に問いかけられてしまってセオフィラスは口をつぐむ。


「……本当は」

「ええ」

「俺に剣を教えたくなかった?」

「ふっ、ははは、それは違いますね。見当違いです」

「ですよね。じゃあ、必要なことだった」

「もちろん」

「……ていうか、そうじゃなくて師匠、戦った方が強くなれるんですよね?」

「結論を焦りすぎですよ、セオくん。どちらかと言えば、そうであるという程度のものです。その理由を知らなければきみは誤ったことを覚えてしまいます」


 たしなめられてセオフィラスは顎を引き、難しい顔でそっとジョルディに歩み寄った。今日も黙々と生草を食んでいる彼に、セオフィラスは自分で引っこ抜いた生草を与える。もうすぐカタリナが少しずつ編んでいるジョルディの三つ編みが完成しそうだった。


「鬼ごっこがどうして、必要なことだったのか……。いきなり剣を振っても、意味がないから、なんですよね」

「ええ」

「じゃあ、鬼ごっこをすることで、剣を振るために必要な基礎ができた? 算術だって四則演算ができなかったら、もっと高等なものを覚えられないから。文字の読み書きも、文字の1つずつを知らなきゃ、文章なんて絶対に読めない」

「その通りです。鬼ごっこで培われるのは、基礎体力。地面を歩かない鬼ごっこは、その延長ですね。腕の力を始め、全身のあらゆる力を鍛えられますし、逃げるという行為を通じて判断力を養えたはずだと思っています。それらは今後も、引き続き磨く必要があります」

「はい」

「その上で、剣を振るのです」

「……じゃあ、ただ剣を振るだけじゃあダメということですか? ただ、強い敵と戦うだけでも」

「はい。戦って得るものはあるでしょう。しかし、生き残らなければ得たものは全て無意味。そのためには死なないこと、逃げることを学ぶ必要があるのです。生き残ること。その最前提がなければ実戦は意味がありません。よろしいですか、セオくん。大切なことは、戦って生き残ることです」

「はい。……ありがとう、師匠。それなら俺、迷わずに決められます」


 立ち上がってセオフィラスはジョルディに跨った。アトスも腰を上げる。


「一体、何を迷っていたのですか?」

「俺、1人50ローツで誰からの挑戦も受けることにします」

「ああ、例の、あれで?」

「はい。でもそれだけじゃ、ちょっと集客は弱いから。俺が勝つごとに、挑戦料の50ローツがプールされて、俺に勝った人にそれまで貯まっていた分の銀貨を全部、賞金としてあげるんです。でも50人抜きをする度に、挑戦料は50ローツずつ増えていくし、俺は休憩を挟む」

「ほう」

「そうしたらさ、師匠。俺が勝ち続ける限り、無限にお金は増えるし、何より修行にもなる。そうでしょう?」

「では、わたしは500人目くらいで挑戦しましょうか?」

「え? そしたら、えっと……それで勝っちゃったら、師匠が、13万7500ローツも稼いじゃう!」

「でもきみの狙いは、きみがどこのタイミングで負けてしまうのかという賭けの儲けにあるのでしょう?」

「……まあね」


 小さく舌を出してセオフィラスが笑い、アトスも笑った。


「ただ大会で賭けをやるより、こっちの方が儲かると思っちゃって。でも何で分かったの、師匠?」

「きみとのつきあいも、もう短くないと思っていますからね」

「だけど500回も勝ち続けるって、できるかなってちょっと不安」

「きみの実力を試す、良い機会ではありませんか。1000回勝てたら、ご褒美を考えましょうかね」

「ご褒美? どんなですか?」

「……そうですね、きみにひとつ、気の使い方でもご教授いたしましょうか?」

「ほんとっ? 約束ですよ、師匠!」

「その代わり、1000人ですからね。1000人目にわたしは出ましょうか」

「でもそうしたら挑戦料1000ローツですよ」

「おや。……ではその時は、お金、貸してくれますか? なあに、ちょちょいと返しますから。きみに勝って」

「そしたら俺、俺が負けるって方に有り金全部賭けちゃうもんね。そしたらちょっとは儲けが出るし……」

「おや、そうきますか。したたかになりましたね」

「ていうか1000人にはいかなくなるだろうし。挑戦料高すぎて」


 朝のアルブスには今日も霧が出ていた。

 その中をセオフィラスはジョルディにまたがって、アトスはその横へついて歩きながら話をした。











 夏の日差しが強く、厳しくなってきたころに多目的広場は完成した。

 その数日前から武闘大会や、セオフィラスへの挑戦の件がアドリオン領内のいたるところで喧伝されている。どころか、クラウゼンなどの近隣の領地にさえその報せは口伝てによって広まっていた。


 急ごしらえであちこちに宿屋を建てさせて、領内の村落から移り住んできていた人々が慣れぬ宿屋仕事も始めた。腕自慢も続々と集まって、たまに派手な喧嘩沙汰が起きるとその度にヤコブが飛んでいって仲裁に走り回ったりということもあったが、大勢が集まって賑わいを見せていた。


 大勢が出歩いているジョルディロードを、屋敷の屋根へ上がって眺めるのが最近のセオフィラスの楽しみになりつつある。


「お兄様っ」

「お兄ちゃん」

「お兄ちゃんっ、何してるの?」


 屋根で眺めていたセオフィラスのところへレクサがやって来る。少し傾斜のキツい屋根を這うようにしてセオフィラスのところへたどり着くと、無遠慮に兄の膝の上へ座った。


「ほら、いっぱい人がきてる」

「ほんとだ。すごいね」

「すごいよな。……お兄ちゃんが、こんなにたくさん集めちゃったんだ。すごいだろ?」

「本当っ? お兄ちゃん偉いね」

「まあな」


 レクサの小さな体を腕に抱きしめながら顔を寄せ、見える世界を共有してセオフィラスは幸せに浸る。多目的広場へ向かう人の群れが遠目にもはっきり見えて、それもセオフィラスには嬉しかった。


「明日から、大会だぞ」

「お兄ちゃんも出るの?」

「ううん、俺は出ない。でもそれとは別で、いっぱいの人が俺と戦うんだ」

「お兄ちゃん、ちゃんと勝てる?」

「どうだろう? 999人に勝ったら師匠が戦ってくれるんだけど……」

「じゃあレクサが、お兄ちゃんを応援してあげる!」

「……ありがと、レクサ。それなら1000人でも2000人でも勝っちゃうな」


 ぎゅっとレクサを抱きしめると彼女は楽しげに笑う。

 暮れていく空に照らされ、アルブスのあちこちに明かりが灯っていく。夜の明るい街になったアルブスには一入(ひとしお)の感慨があった。

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