少年の名はカート ②
「アルブスの要塞建築をしただけで、防御が完璧とは言えないから。強い人も集めなきゃダメでしょ? だから強い人いっぱい集めて、戦って、すごかった人をスカウトとかしちゃえばいいんだって。で、お金の集め方は参加費と、ギャンブルで集める。誰が勝つのかっていう賭けで、その元締めをやればウハウハ間違いなし! どうですか、先生!?」
バンッと机を叩いて力説したセオフィラスにベアトリスは渋面する。キラキラと輝くセオフィラスの目と、そんな少年の口から出てきた儲け方というものに言葉をなくしてしまう。
「……どこでそんな知恵をつけたのか、おっしゃいなさい」
「サイモスが」
「……納得しかないわね。と言うか、そんなのいつお聞きになりまして?」
「んー、継承の義のこと教わってる時、けっこう色んな関係ないこと教えてくれたから」
「そんなことを……。今度会ったら絞めないといけないわね」
ぼそりと呟いたベアトリスの言葉で、セオフィラスはしばらく会っていない(将来の)義理の兄の顔を思い浮かべる。きっと可哀想な目に遭うんだろうと思って、内心で詫びておいた。
「で、これでいいですか?」
「分かりましたわ。ではあなたが陣頭指揮を執って運営なさい。目標収益はいくらほどと考えていますの?」
「え」
「目標収益がなくては運営のしようがないとは思わなくって?」
「……」
「要塞化の総費用は覚えていらっしゃいますわね? で、目標は?」
「ええっと……」
「早くおっしゃりなさい。ぐずぐずする子は嫌いと何度も言っているでしょう?」
「50万ローツ!!」
「……50万?」
「…………の、4倍くらい……かな?」
「200万。そう、じゃあそれでがんばりなさい?」
「は、い……」
課題はまだ終わってなどいないと思い知らされてセオフィラスは顔をひきつらせた。
「もう戻られたんですか?」
「ジョルディ〜……200万ローツも集まると思うかぁ?」
牛舎にとぼとぼやって来たセオフィラスはカタリナに呼びかけられたが、くたびれたようにジョルディの首へ腕を回してしがみつく。
「モォォッ」
「200万? 何があったのですか?」
「先生が、目標収益はいくらだとか言い出して……。最初は50万って言ってさ。それでも集まるか、ちょっと分からなかったけど、冒険のつもりでさ? そしたら、先生、すっごく……」
「すっごく?」
「…………そんな程度? みたいな?」
「目に浮かびますね、その表情は」
「でしょっ!? だから、4倍くらいって、言っちゃって……。じゃあ200万ローツね、って……。しかも俺に陣頭指揮を執れとか言ってさあ……。ジョルディ、散歩行く?」
「モォォッ」
「いけません、坊ちゃん。ジョルディにはまだ、三つ編みしなくちゃいけないところがあります」
「三つ編みっ!? やってたのカタリナだったの!?」
「モォォッ」
ジョルディの毛の長い部分が少しずつ三つ編みにされているのをセオフィラスは知っていたが、誰がやっているのかは知らなかった。その犯人をやっと見つけたものの、淡々とジョルディをかわいがっている様子を見るとやめさせようという気にはならなかった。
セオフィラス自身、かなりジョルディをかわいがっているつもりなのだが、カタリナの方がずっと気に入っているんじゃないかと思える節がちらほらあった。
「ジョルディの毛はいいですね。セオ坊ちゃんの髪の毛と同じで、黒々として艶があって」
「だってさ、ジョルディ。一緒だな」
「モォォッ」
「――て、そんなことで喜んでる場合じゃなくって! 200万ローツなんてムリぃっ!」
「喜んでらっしゃってたんですね?」
「じゃあ何のつもりで言ったの?」
「坊ちゃんはまだ、たまにかわいいところが残っていますね」
「かわいくないしっ!」
「ジョルディの半分ほどはかわいいですよ」
「モォォッ」
「半分か……」
「考えるんですね」
「ちょっと考えただけっ!」
ぷいっとセオフィラスがカタリナからそっぽを向く。彼女はその様子にほほえんでから、ジョルディの毛に櫛を通し始める。
「それで、200万ローツほどの収益を上げるための策を何か打つのですか?」
「うん……。まず思い浮かんだのは、やっぱり賞品とかを豪華にして参加者をいっぱい集めることでしょ? でも賞品はお金かかっちゃうから、あんまりその手を使いたくないし……。賞金10万ローツってどう思う?」
「副賞は?」
「んー、1万ローツ?」
「ビミョーですね」
「モォォッ」
「ジョルディもビミョーだと」
「違うよ、ジョルディは散歩でもして生草食べたいって」
「モォォッ」
「しかしアドリオンも、武装化しなければならないというのは穏やかでなくて嫌ですね。平和で良いところだったのに。……また、昔のように平和な土地にならないんでしょうか」
「なるよ」
「坊ちゃん?」
「だって俺が領主になったんだもん。……もう、誰も無意味に死んだりしないから」
完成したばかりのジョルディロードを、右を、左を、きょろきょろ見ながら、歩く子どもがいた。連れ合いらしき大人はおらず、大きな荷物を背中に抱えながら、不安そうな面持ちで歩いている。その身なりは薄汚れている。すり切れた下衣の裾。膝の少し下までしかない裾だというのにほつれ、ぴょこぴょこと糸が飛び出してしまっている。肩が丸出しのシャツは茶けて泥と汗が染みついてしまっていた。
大きな荷物からは1本、突き出た棒がある。
歩く度、それが右へひょこり、左へひょこりと揺れ動く。
ひょこり、ひょこり、と棒と顔を動かしながら歩いていくと、ジョルディロードの先に屋敷が見える。それを発見すると、一度大荷物を下ろしてから、自分の身なりを改めて確認する。手で軽く叩く程度に旅の埃を落とす。
「——よし」
キッと屋敷を見つめ、背筋を伸ばして歩き出す。
年頃はこのアドリオンの若き領主と同じほどの子どもである。
ようやく屋敷へ辿り着くと、その前庭ではセオフィラスとレクサが遊んでいた。厳密には、セオフィラスが遊ばれていた。レクサが手を引っ張って振り回しているのだ。早朝の厳しすぎる修行と頭を悩ませる課題とで昼過ぎにはもうくたびれているにも関わらず、レクサは元気いっぱいで跳ね回るようにして動き回る。
いよいよ足をもつれさせ、セオフィラスが転ぶとレクサはそれを笑った。
「痛ってて……。レクサ、もう少し……女の子っぽい遊び方とか」
「あ、誰かいるよ、お兄様」
「お兄様じゃなくてお兄ちゃん――って、誰だ……?」
兄妹に見つめられ、その子は背筋を伸ばした。
大荷物を下ろし、そこから突き出ていた棒を掴み取って包んでいた布を取り払う。
「アドリオン領主、セオフィラス・アドリオン殿とお見受けしますが間違いはございませんか?」
「え? そうだけど……」
「お兄ちゃんのお友達?」
「アルブスにはいないよ、あんな子。レクサだって分かるだろ?」
レクサに尋ねられ、セオフィラスが返す。妹はたしかに、と不思議そうな顔をする。
「間違いないなら」
布を取り払ったそれは、剣だった。
古びた鞘から、刃こぼれも酷く錆びまでついているような剣を引き抜くなりセオフィラスに向かって駆け出してくる。
「レクサ、下がって」
「お兄様、剣は?」
「いらない——と思う」
「でええええいっ!」
駆け込んでくるなり振り落とされた剣を、セオフィラスはすっと上げた手であっさり止めた。両刃の剣を上から掴んで止めていた。示指と中指の股で剣を挟んでピタと動かないようにしてしまう。
「お兄ちゃん何したの!? いきなり止まった!」
「っ……」
「いきなり何?」
「お、お見それしました!」
剣を取りこぼしながら少年はその場で両手両足をつき、額を地面にこすりつけるのだった。




