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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期2 エクトル・クラウゼン
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森の悪意 ⑤


 どさり、と影人間が倒れるとその黒い体のもやと同じように霧散して消え去っていった。

 息を戻しながらセオフィラスはじっと影人間のいた場所を見つめ、それから周囲を警戒して視線を投げ掛ける。


「……いない?」

「少なくとも、気配は」

「…………痛ってえええ〜……」


 ソニアから返事をもらってすぐ、セオフィラスは腹部を押さえてうずくまる。エクトルが駆け寄り、セオフィラスに手を触れる。


「大丈夫ですの、セオフィラス様?」

「大丈夫だけど……痛ったい……」

「それよりも、新手が出てくる前に次の一手を打ちたい」

「次の、一手ですか……?」

「セオ。あなたは今、人の一式を使って敵を討った。地の一式では、力の発生源を探知できない。でも人の一式ならば探知可能かも知れない。だからセオ、今の内にこの森の中心地を探り当てて。そこまで行けば事態が好転する……かも」

「かも?」

「かも」


 何とも言えなかったが、セオフィラスはエクトルに支えられてどうにか立ち上がる。探知と言われてもどうすれば良いかなど分からなかったが、深呼吸をしながら目をつむった。それは例えばアトスとの鬼ごっこの最中、どこから現れるかと頭をフル回転させるよりも、感覚的に危険だと思った方を避けるような直観。


 ゆっくりセオフィラスが目を開き、その視線の先をエクトルとソニアが追いかける。


「あっち?」

「多分……?」

「分かるのですかっ?」

「行けば分かる。方向音痴か、そうじゃないか」

「方向音痴だとしても、森のせいだろっ」

「また変なのが出てくる前に行った方がいい。あと、足元はまだ熱いから注意」


 まだほのかに赤く発光している地面を残す森を3人は急ぎ足で歩き出した。

 焼けた森の向こうから何かがやってくるという気配はなく、時折、セオフィラスは方向を確かめて軌道修正をする。


 ソニアが向こう一帯まで焼き尽くしたはずの森は気づけば、また木々が鬱蒼と生える豊かな姿に戻っていた。しかし念のためにとソニアがマーキングした木々とは1本もすれ違うこともなかった。



 そしてようやく、セオフィラスの感じ取った力場に辿り着く。

 滝だった。飛沫を飛ばして大きな音を立てて流れ落ちる滝壺に出て、セオフィラスは間違っただろうかと僅かに表情を険しくする。


「何だか……想像していたより、ずっと美しいところですわね……?」

「うん……」

「ここまで近づけばわたしにも分かる。森の中心は間違いなく、ここ。多分、あの滝の……裏側」


 ソニアが歩き出したのでセオフィラスとエクトルもそれに続いた。ソニアの言う通り、滝の裏側には洞窟が広がっていた。松明の明かりを頼りにそっと歩き出す。入口近くは地面が濡れ、滑りそうだったのでセオフィラスはしっかりとエクトルと手を繋いだ。


 そして洞窟の向こうから、光が差す。

 近づくほどに明るくなり、松明さえ不要なほどの明かりが洞窟の最奥部に満ちていた。



「……剣だ」

「どうしてこんなところに、剣が刺さっていますの?」

「あの剣が、この森の全域に影響を及ぼしている……?」

「剣1本が? もしかして、すごい剣っ!?」


 エクトルの手を放し、松明も投げ捨ててセオフィラスは剣に走り寄る。しかしその直後、剣から何かが発せられてセオフィラスの全身にぶつかって弾き飛ばしてしまう。


「セオフィラス様っ!」

「痛ってええええ〜……。また、お腹が……」

「……力場の中心なのにそう簡単に近づけるはずはない。それに今のがトリガーになって、また敵が出てくるかも――あっ」

「何っ?」

「きゃっ……!? や、野獣……?」


 背後をセオフィラスが振り返ると、通ってきた洞窟を塞ぐようにして前足が4本もある大きな獣がいた。うなり声を上げながら、じりじりとそれはセオフィラス達に近づいてくる。


「そ、ソニア――」

「こんなところでぶっ放したら生き埋めお陀仏、オーマイガッてなるけどいいの?」

「それはダメっ!」

「じゃあセオがどうにかして」

「ええっ……」

「せ、セオフィラス様はお怪我を負っているのですから、わたくしが……!」

「エクトルっ?」


 セオフィラスの投げ捨てていた松明を拾ってエクトルが及び腰で前へ出る。止めようとしたセオフィラスだったが、ズキンと腹部が痛んで彼女の手を掴めなかった。


「グルルル……」

「け、獣は火を怖がるものと知っていますわ……。だ、だからこれさえあれば……え、えいっ」


 ぶんぶんっと小さくエクトルが松明を振ったが、獣は低く唸りながらも、まだにじり寄ってくる。怖がる気配さえも見せていなかった。


「エクトル、そんなの意味ないからっ……。ソニア、何かないの?」

「セオの双肩にかかってる」

「んな無茶なこと……! エクトル、下がって……!」

「けれどこのままではっ……! わ、わたくしのせいで、2人が……」

「っ――」


 左手で傷を押さえながらセオフィラスは背後の剣を見る。


「ソニア、エクトルとあの変な猫っぽいの、足止めして!」

「セオはどうするつもり?」

「あの剣を抜いてぶっ刺す! ソニアがくれたやつ、全然切れないし! やってくれるの!?」

「わかった。ただし、もって60秒――」

「その間にあの剣、もらってくる……!」


 ソニアが両手を地面につけると木の根が生えてエクトルを絡め取った。さらに獣にはエクトルの数倍もの量の根が絡みついて激しく叩きつけてから地面へ縫いつけてしまう。吼えながら獣は暴れ、木の根が数本ずつ引きちぎられてしまう。


「おおおおおっ……!」


 セオフィラスはその一方で、目に見えない壁のようなものを発し続ける剣に両手両足で這うようにして近づこうとしている。弾き飛ばされそうになるのを、歯を食いしばって堪えながら、じりじりとにじり寄っていく。剣まであと少しというところで、不意にセオフィラスは声のようなものを脳内で聞いた。



『――汝の求めるものは何か?』



 女の声に聞こえたが、セオフィラスはそんな問いかけに答えられる余裕がない。あの剣を手にしなければ獣がエクトルとソニアを食らってしまう。そんなことにさせてなるものかと、手を伸ばし続ける。


『名誉か? 栄光か? 権力か?』


 尚も声がセオフィラスに問い続けてきて、セオフィラスは口を開く。

 問われるまでもなく、決まっていることだった。それがいつから明確になったかセオフィラス自身定かではないが、自分の力が不足していることは知っている。どれだけあがいても師に届かぬ力。王都へ弟を残してこざるをえなかった弱さ。そして今、大切な人(エクトル)を危険な目に遭わせてしまっている情けなさ。だから答えは決まっていた。


「今は、力が欲しいだけだ――!」


 一際強く弾き飛ばされそうになり、セオフィラスは身を低くした。地面に突き立てた指先、その爪が剥がれそうになる。それでも、手を伸ばす。


『良かろう、汝に大いなる力を与える。

 我が力を、存分に使い尽くし、示すが良い。

 新たなる王の、貴様の覇道を、とく見せてみよ――』


 地面に突き刺さっていた剣がいきなり抜け、セオフィラスの伸ばしていた手に収まる。手に馴染むとか、重さ以上に力がみなぎってくるとか、そういう剣の力について何も考える間もなくセオフィラスは素早く反転した。獣を縛りつけていた根がいよいよ全て引きちぎられていた。


「セオ――!」

「エクトルに、指一本触れるなああああ――――――――――っ!!」


 力の限り、セオフィラスは剣を振りきる。

 獣の顔面が深々と割れて赤い血が噴く。立て続けの二振り目は振り上げられた獣の2本の左前足をまとめて切り飛ばす。そして最後にセオフィラスは深々と獣の毛皮の上から剣を突き立てた。柄まで剣が刺さり、それをねじるようにして引き抜くと獣は断末魔の叫びを上げながら動かなくなった。



「はあっ、はあっ……」

「せ、セオフィラス様っ……!」

「うあっ!? ど、どうしたの……?」


 袖で汗を拭ったセオフィラスはエクトルに抱きつかれ、そのまま尻餅をついた。尚も彼女はセオフィラスの首に腕を回してしがみつく。


「え、エクトル……?」

「わたくし……セオフィラスのことを、心の底から……好きになってしまいました……」

「ええっ? あ、えっ……」

「セオフィラス様……お慕いしますわ、あなたのことを……。勇敢で気高く、雄々しい……何より、やさしいあなたを、ずっと」


 やっと離れたかと思えば目を見つめてきたエクトルにセオフィラスは見とれ、しかし頭はパニックに陥ったままだった。何か言おうとしてもうまい言葉は出てこず、結局、目を逸らして照れを隠しながら小声でぼそりと答えるだけだった。


「俺も……一目見た時から、好きでした……」

「……はいっ」


 にっこりと、喜びの笑みを浮かべたエクトルの表情にセオフィラスも口元をほころばせる。それを生暖かい半目で見つめつつ、ソニアは肩をすくめた。

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