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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期1 メリソスの悪魔
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別れの旅路 ②


 門を出ていく馬車を2階の窓から見送って、ゼノヴィオルはゆっくりと部屋を出た。セオフィラスが行ってしまうまでは屋敷に隠れているようにとベアトリスに言いつけられていた。すでにセオフィラスを除いて別れの挨拶はこっそりとしていた。カタリナは涙をこらえたが、ヤコブは大泣きしかけてゼノヴィオルも泣くまいと決めていたのにつられて泣いた。だからまだ涙で目の周りを腫らせたままだ。


 アトスからは毎日続けるようにと言われた修行のメニューの他、何歳になったらこれをやるように、と言付けられて直径うん十センチに巻かれた羊皮紙も渡された。少しだけ中身を覗いたが、あまり上手とは言えない字でびっしりと書き込まれたものだった。

 最初は兄のオマケであったにも関わらず、自分のこともちゃんと弟子として考えてくれているのだと思うとやはり嬉しかった。修行そのものは厳しかったが、兄と自分を平等に扱ってくれていた。ゼノヴィオルにとっては憧れの師であった。


 そしてベアトリスからは彼女が勉強をしていたころに使っていたという羽根ペンをもらった。使い込まれたものだったが、それがゼノヴィオルには宝物のように思えてこれも嬉しかった。


『よろしくて、ゼノヴィオル。

 さみしい、などという言葉は単なる弱音ですわ。

 あなたにはなすべきことがあり、そのために王都(ここ)へ残る。

 ただひたすら、あなたは自分のことのみを考えていれば良いのです。

 勉強をする、体を鍛える、交友関係を築き上げる――それらは己に返ってくる財産となります。

 苦しかろうが辛かろうが全て己のためと考えてただひたすらに打ち込みなさい、それがあなたの血肉となるのです。以上』


 言葉は少し厳しかったが、ベアトリスらしいとゼノヴィオルは受け取った。彼女の授業は好きだった。知らないことをたくさん教えてくれたし、与えられる課題は大変だったがやりがいがあった。質問をすればすぐに何でも答えてくれて、たまにだが良い質問だと誉めてくれることもあった。


 自身に満ちあふれ、実際に何でも知っていて物怖じをしない。

 そんなベアトリスはアトスとはまた違った尊敬の対象であり、自分もそうなりたいと思うのであればベアトリスの方だった。



 王都へ残される理由は知っている。その役目を任せられるのは自分だけで、そうすればアドリオンも、大好きな兄も、妹も守られる。それに王都ではアドリオンでは手の届かない様々な知識に触れられる。

 不安はあるし、きっとすぐにさみしくなってしまうという予感はある。それでも、やはり自分にしかできないんだと言い聞かせて奮い立たせようとした。


「……」


 ゆっくりと階段を降りながら、ゼノヴィオルはアドリオンの屋敷から持ってこられた自分の荷物を整理しようと考えた。広い玄関ホールの階段を降りきって、部屋へ向かおうとした時に――玄関が開く。



「――あ、ゼノ」

「えっ……?」


 もう行ってしまったはずのセオフィラスが驚いた顔をしていた。ゼノヴィオルはきょとんとして兄を見つめる。


「何で……?」

「ゼノ? 先に行ってるって先生言ってたのに……。あっ、お前また何かしたんだろ? まったく、しょうがないんだから……。もう皆行っちゃってるから歩きだからな。あ、忘れ物なかった?」

「ない……と思うけど……」

「じゃあもういいや。ゼノ、行くぞ」

「でもっ、僕……」

「何だよ? もう、怒ってないけど……?」


 一緒に行くことはできない。

 その言葉を告げられなくてゼノヴィオルは俯いてしまう。

 動かずにいるゼノヴィオルを見兼ねてセオフィラスは弟に歩み寄っていった。それから手を掴み、引っ張って顔を上げさせるとゼノヴィオルを片手で抱き寄せる。


「泣くなよな……。ほら、よしよし。俺がいるから」

「っ……違うよ、泣いてるんじゃ……あれ……?」

「ほら泣く」

「ちがっ……そんなつもり、ないのに……なかったのにぃ……」

「はいはい……」


 やさしくゼノヴィオルの頭を叩いて、撫でてやりながらセオフィラスはため息を飲み込んだ。――まだ、アトスに投げかけられた問いかけの意味が分かっていない。











 兄弟は徒歩でグライアズローを出発した。ひたすらに一本道で、中間地点にジャンソン大橋がある。クーズブルグまで徒歩移動をするのは大人でも大変であったし、何だかんだで夕方前という時間だったので夜明かしをする必要がある。長い長い1日になりそうだとセオフィラスは辟易とし、ゼノヴィオルはやはり言い出すことが出来ずに流れで一緒にクーズブルグまで行くことになってしまって良いのだろうかと気を揉んでいた。


「あーあ、とーぎゅー、見たかったな」

「闘牛……? あ、港で見た牛さんの?」

「そうっ、それ! だってあの牛、すっげえかっこよかったし? どんなのか見たかったなあ。迫力あるのかな?」

「多分ね……」

「あーあ、もっと王都いたかったなあ……」


 出発してすぐにおしゃべりは始まった。何かと立て込んでいた事情もあって、観光をしたり遊んだりという時間はずっとなかった。だから気兼ねのない会話が久しぶりのような気がしてゼノヴィオルは口元を緩ませる。


「色々あったね、王都……」

「うん。橋で師匠が悪いやつら全滅させたし!」

「あの時の師匠、怖かった……」

「そう? すごかったじゃん。それにエミリオの魔術もすごかったし……。でもさ、エミリオ言ってたけどソニアの方がすごいんだって! どれくらいだろ? でも結局ソニア、何もしてなかっ――あ、そうだ、気づいてた? エミリオの魔術の秘密!」

「秘密?」

「そう。ヤコブくん燃やした魔術は、エミリオがやったんじゃないんだよ。あれはソニアで、えーと最後に師匠の攻撃防いだ壁もソニア。エミリオは同時に魔術と剣は使えないけどソニアと協力して、一緒に使えるぞって見せかけてたんだよ、絶対! それにエミリオって木を生やす魔術が得意みたいだったから、燃やしたりするのはあんまり得意じゃないんだよな、きっと」

「師匠もすごかったね。遠くのもの切ったりして」

「うん、すごかった。それにね、僕、師匠がどうしてああいう修行させてたか……ちょっと分かった気がする」

「え、何で?」

「え? 分からない……?」

「……もったいぶるなよっ、ゼノのくせに!」

「わ、わっ、やめて、お兄様っ……!」

「このこのこの!」

「きゃははっ、あはっ、ふふっ……やめてったらぁ!」


 じゃれついてからセオフィラスが離れるとゼノヴィオルはくすぐられて痛くなったお腹をさすりながら息を整える。


「あのね、師匠の戦い方見てて思ったんだけど、剣士なのに剣だけ振るんじゃないんだよ」

「は?」

「だからっ……あの、剣をね、振るだけの訓練じゃダメなんだよ。実際に戦うって。パンチもするし、キックもするし、剣投げたりしたら、使えなくなっちゃう。物語の剣士は皆、剣だけで戦うけど……それって物語の中だけなんだって」

「……ふ、ふうん?」

「お兄様……?」

「べ、別にそんなの? 当たり前すぎて知ってたし? て言うか、ゼノは今さら知ったのかよって感じ?」

「ふふ……じゃあそういうことにしとくね」

「ゼノのくせに……」


 ちぇっと口を尖らせて歩く兄にゼノヴィオルは笑みをこぼす。

 この別れの旅路を、生涯忘れることはないんだろうかとふと考えたが、今は不安よりも勝る楽しい気持ちがあった。

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