小さな英雄セオフィラス ③
「マルクースク男爵、今晩は素敵な舞踏会にご招待いただいて光栄ですわ」
「いやいや、礼を言いたいのはこちらの方だ。クラウゼンの麗しいお嬢さん。
グライアズローで、今もっとも注目を集めているアドリオン卿――いや、セオフィラスとあえて呼ぼうか――彼の社交界デビューを我が舞踏会に選んでくれるだなんてね」
「あら、マルクースク男爵ったら。ふふ……元々、あなたのダンスパーティーだからこそ、彼をお披露目するのに素晴らしい機会だと思っていましたのよ? それにも関わらず、一度はお約束をしたのに辞退させていただくことになってしまって。こんなにも早く、またご招待してくださるだなんてこれほど嬉しいことはありませんわ」
ベアトリスが言葉を交わすマルクースク男爵はグライアズロー社交界では有名な人物だ。
劇を好むばかりに、自費で劇場を建設してしまったという男である。彼自身も詩作を嗜む他、戯曲を手がけるなどに熱心だし、自分自身が舞台に上がるということも珍しくはない。全体に栗毛の髪を長く伸ばしており、前髪の一部を顔の前へ垂らしている伊達男でいつも鼻につきすぎない清涼な香りの香水をつけていた。
舞踏会の会場はやはり、男爵自前の劇場である。普段はたくさんの椅子が並べられているホールが片づけられ、男爵お抱えの楽団が音楽を奏でるために居揃っていた。すでに多くの招かれた客がホール内に集まり、ダンスパーティーの始まりを――そして、巷で話題のセオフィラスを早く見たいと期待で胸を膨らませている。
「時に麗しのお嬢さん――」
「ベアトリスとお呼びになってください、男爵」
「そうか。それではレディー・ベアトリス。
先ほどここにセオフィラスは到着したと聞いているが、姿が見えなくてね。主役が来ないのでは始められない。登場の段取りは決めてあるのだよ。あそこに大階段を特別に用意してね。わたしの挨拶の後、ファンファーレが高らかに鳴り響く中でセオフィラスが堂々と登場! これでいこうと思っているのだが、その細かな打合せをしたいのだよ。……それとも、まさか、悪魔退治で体を悪くして調子が悪かったりするのだろうか? 彼と一度は踊らせたいとね、年頃の近い子を持つ客もたくさん来ているのだよ」
ホールにはいつも通り、たくさんの客が入っている。
しかし普段とは違って貴族の子女の数が異様に多かった。噂を聞くなりセオフィラスに夢を見て恋心をくすぐられた少女もいれば、策謀を巡らせながら自分の娘を利用して取り入ったり、あるいは別のことをしようと考えているような紳士淑女も多い。
「セオフィラスならば疲れが出てしまったのか、少し元気がなかったようなので静かな部屋を用意していただきましたわ。けれど少し休めば元気になるはずですわ。マルクースク男爵の舞踏会のことをお話させていただいたのですけれど、あの子ったら目を輝かせてしまって。とても楽しみにしていましたのよ」
「ああ、それならば良かった! では休んでいるところを申し訳ないが、打合せに行ってくるとしよう。またあとで話をさせてもらえるかな?」
「ええ、喜んで。彼を立派な主役にしていただければわたくしとしても至上の喜びになりますわ。ありがとう、男爵」
人混みを掻き分けるようにホールを出ていくマルクースク男爵を見送ってから、ベアトリスはサッと目だけを動かしてホールに通じている全ての通路の出入り口を確認した。男爵の動きに合わせるようにしていくつかの通路からキビキビと外へ出ていく人影があった。
「……見た限りでは4人――いえ、5人ですわね……」
「もし、クラウゼンのベアトリスではなくって?」
「あら、ビラーベック夫人ではありませんか。まあ、まあっ、素敵な首飾りですわ。とても素敵なガーネット」
「うふふ、ベアトリスったらすぐに気がついてしまうのね。わたくしの最近のお気に入りですのよ。……ところで、その木彫りの指輪は? 削りも荒いし……何だかあなたらしくないような気がいたしますけれど……?」
「これはセオフィラスがわたくしのために工作してくれたものでして……。無事に領主として両親の後を継ぐことができたのはわたくしのお陰だから、領主として最初に恩返しをしたい相手であるわたくしに……と」
「まああ〜……なんていじらしい……。ふふ、いい子ですのね」
「ええ、とっても。おほほほ」
「おほほほほ……」
お上品に笑い合いながら、ベアトリスは左の中指へつけている指輪を隠すように手を組んだ。
「…………」
セオフィラスのためにあつらえられた、ダンスパーティー用の衣装は彼の首周りをきっちり圧迫している。巻かれたスカーフを緩めてしまおうかと何度も手を胸元に持っていくが、色々と考えては何度もやめてしまうほどだった。
「はぁ……」
ため息を漏らすのも、何度も何度もしたことだった。
ベアトリスに連れて来られ、半強制的に閉じ込められた劇場の一室。カタリナは部屋の中に一緒にいてくれるが不安は尽きなかった。うまくいかなかったらどうしようかと、嫌な想像ばかりが膨らむ。
「坊ちゃん……最低5人がくるそうです」
「5人……」
「万一というのはあるかも知れませんがカタリナがついていますので」
「……うん。ありがとう、カタリナ……」
やさしい声をかけられて、ちょっとだけ不安が和らいだのと同時に、扉の向こうからはっきり聞こえる靴音が少年の耳に届いた。カタリナにも聞こえたようでドアを離れ、彼女は幼い主のそばへにじり寄る。
緊張した空気が部屋を包み込み、その静寂をノックが破った。
カタリナと一度、目を合わせてから頷く。
「……は、はい」
「失礼してもよろしいかね?」
「どうぞ――」
バンッと扉は勢いよく開け放たれた。
先陣を切って室内に入ってきたのはマルクースク男爵。そして、大きなでっぷりとした腹をしたビラーベック男爵。2人の後に続いて身なりだけは貴族に見えなくもない男達が4人入ってくる。
「は、じめまして……?」
「挨拶は不要ですとも、アドリオン最後の領主殿。
きみはこれから命を落とすのですからね」
マルクースクは澄ましたようにそう言ってから、にたりと笑みを浮かべた。




