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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
青年期5 魔物の蔓延る大陸
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侵略計画

 ヴァラリオ金鉱城内には無数の部屋がある。

 多くの官吏の執務室。アドリオン王国として管理する物品の保管庫。それに拡張を続ける金鉱採掘者の休憩室や、そういった労働者用の宿泊や食事用の施設もあるし、採掘された金の保管室や、金の加工用の工房、そういった職人用の施設。そんな施設を請け負う管理者用の施設や部屋も存在している。数多くの部屋があり、その利用用途によった快適な環境が整備をされている。

 しかしその中枢である、国王たるゼノヴィオルの執務室は贅を凝らしていない。最低限、来訪者を畏怖させるための広さや、格調高い調度類は備えられているが、華美ではない。むしろそれらの最低限しか備えない質実剛健な執務室とも言えた。

 その執務室の主であるゼノヴィオルの服心の部下が2名、呼ばれて入室する。


「呼集に応じ、参じました。何なりとご用件をお申しつけください」


 ギリスが恭しく頭を垂れて申し上げる。

 次いで聖名リーンも同じように頭を垂れた。

 彼らを見て羽ペンを置いたゼノヴィオルは整理されている紙束の中から1つを取り出して机に広げた。


「かねてから準備をしていた、国土拡大の準備が9割型完了しましたので計画を実行に移します。国民にこれを発布してください」


 恭しくギリスとリーンは執務机に近づいて、示された文書を見る。

 国土拡大とは未利用地の開拓などというものではない。侵略戦争である。計画そのものは両者ともよく知っていたし、準備のために彼らはずっと動き続け、もうじきに動き出すのであろうとは予見をしていたので驚きはない。

 しかしその示された文書には少しだけ表情を変えた。

 開戦にあたっての国民への王命がそこに記されていた。本来であれば徴兵や、食糧の供与という名目の取り上げを行うというようなものである。しかし正反対のことが記されていた。今の規律ある暮らしを守ること。志願者しか戦闘には駆り出さないということ。()()()()()()は食糧が不足する可能性もあることから、各家庭、各個人によって備えを推奨するということ。しかし買い占めや略奪という行為が発生した際には厳罰を処するという警告。しかして一貫されているのは、今の暮らしが戦争によって脅かされる可能性はないために平常心で規律ある生活を守るようにという言いつけである。

 驚きはすれど、不思議ではないと2人は素直に受け取る。こんな発布があるという、目の当たりにしたことによる驚きしか彼らにはもたらされなかった。


「記載しているように志願兵を募ります。志願兵への報酬や、その家族への補償はこちらの書類を参照して告知をしてください」

「かしこまりました、陛下」

「リーンさんは国内外へよく周知をさせてください。外国向きの文書は、こちらです」

「……ああ、承知した」


 差し出された文書は、国民向けのものとはまるで表情が違う。

 風節にアドリオン王国は大陸全土を国土とする。これを国家、組織、個人に関わらず妨害するものは、力により排除をする。

 アドリオン王国民となったものは等しく、アドリオン王国の庇護下に入るものであり、これを脅かすものもまた、力により排除をする。

 アドリオン王国の権威の下、この決定に異を唱えるものもまた排除の対象となる。


 大陸全土に対する、一方的な侵略の宣言であった。

 そしてこれに従わないものは誰であれ排除をするとまで明記される以上、全方位への侵略宣言でもある。同時にこれを受け入れるのであれば、その判断をしたものは守られるという約束もあるので侵略を受け入れようとするものと、諦めずに抗うべきだと唱えるものに二分されることとなる。

 この発布に抗おうとするならば個人ではどうにもならない。しかし組織だった動きをしようにも、その中に反対するものがいれば一枚岩にはなりきれない。武力衝突が起きればそれは大きな隙になりえる。敵方に内通者も生まれやすい。国民であれば庇護下に入れると明文化されているのだから、反抗の動きを密告すれば見逃してもらえる上に、野心家であればどうにか取り入ろうという魂胆も生まれやすい。

 またあるいは今現在、虐げられて暮らしている人間がいて、彼らがアドリオン王国という豊かな国のことを知っているならば喜んで受け入れることだろう。そのような状況でいつもの戦争のように民草を徴兵するなどということは既存の権力者にとって危険性が高すぎる。


「陛下、ご質問が」

「何ですか、リーンさん」

「表向きに迎合しようとして、裏をかいて密偵を潜り込ませてくるようなものもいそうだが、そこはどう対策を?」

「ただの避難民として以上の待遇を求める人員には、どちらかでまず審問にかけてもらえればいいかと。方法についてはお任せします。手に負えないのであれば、僕がやりますので連れてきてください」

「かしこまりました。陛下のお手を煩わせることはないかと存じます」

「もう1つ質問しても?」

「どうぞ」

「ここ……志願兵の徴用についての条件ですが、満18歳以上に限る、と。随分と制限が上ではないかと思っちゃうんですが、いかなるお考えかなと思いまして」

「労働力の確保と、今後の人材育成において18歳までは確保をしておきたいという考えです。それくらいの年であれば下働きも済んで半人前の働きができている年頃ですから、これを戦で失わせるのは未来への損失になります。逆にこの年を過ぎて志願兵になると決めたならば、半人前の働きもできずに肩身の狭い思いをしているか、別の考えを持ってのこと。前者であれば戦場にその活躍の場があるかも知れません」

「……ふむ、分かりました。感謝いたします、陛下」

「ギリスさんは何かありますか」

「特別に気になるというほどではないのですが、折角の陛下のご厚意に甘えさせていただきます。この度の計画に際しての兵力についてです。陛下の御力による魔力の軍勢を主戦力とし、選別の生き残りから選りすぐったものを指揮官とした軍団を各地に派遣する。多くの地域はこれで済むでしょうが、グラッドストーン南部などといった地域にはまとまった敵戦力が存在します。そして三式の使い手を含んだ実力者も。そのような敵に対しては陛下の軍勢とはいえ、軍団単位の戦術が必要となるケースも存在するかと思われます。尊き陛下の御力が、それを率いた将によって削がれるというのは憂慮すべきものと愚考いたします。陛下のお考えをお聞かせいただけるでしょうか」

「ギリスの言う通りだ。特筆すべき戦力は確かに存在する。だからそれは後回しにする。……まだこれは思索途中だったけれど」


 机上からまだ出すつもりのなかった紙の筒を広げる。大陸の地図だった。ゼノヴィオルが呪文を唱えると地図上に無数の光がピンを留められたように浮かび上がる。光は三色あった。


「これは……」

「赤い光は魔力。青い光は霊力。黄色の光は気力。赤と黄色の混じった橙色は、魔力と気力を備えた二式の力。大地を通じて感知した三式の力を地図に転写したようなものだと思ってくれればいい。光の強さはその力の強さとして示されている。単独で強い光を放つものもあるし、一箇所に集中して強い光と化しているものもある。この輝度に基準を設けて、それ以上のものは原則、こちらからの手出しをしないという決まりにする」

「これさえあればあらゆる戦場を俯瞰しているも同然……。祈術でもこれほどの芸当ができる聖名はいるかどうか……。陛下、可能であればこれをいつでも見られるようにできないものでしょうか」

「いいよ。この部屋に置いておこう。それでいい?」

「ええ。して……目下、最も強い光を持っているのはこのアルブスですね。次いで、やはりグラッドストーン南部。ジュリアス・カール・グラッドストーンとその配下といったところでしょう」

「陛下、こちら……大陸の最西端にも強い光があります。あるいはこのアルブスと同じほどの輝きではないでしょうか。見過ごすわけにはいかないかと。しかし一体、いかなる陣営のものか」

「それは……師匠だろうね。こんなところにいるなんて知らなかったけれど、それほど強い気力の光は他に考えられない」

「隣に同じほどの光で、これは二式の光でしょうか」

「考えられるのはヴィオラという、ユーグランドに昔仕えていたという人だろうね。どうして師匠とともにいるかは分からないけれど、これはあちらから何かされない限りは手を触れてはいけない。未知数だ。誰かの手勢になるということも考えにくいから放置でいい」

「左様ですか。ではこれよりは劣る光……存外に多いようですが、一段劣る光の中で最も強いのはこれでしょう。イグレシア城の辺りでしょうから、これはセイバーズ・ギルドの本部というものが置かれているところのはずです」

「陛下の配下の魔物を狩る力を与える、冒険者組合と名乗る組織。……ギリスさんや、おたく、ここの調べはついたのかい?」

「調査はしましたが、ギルドマスターという組織の長の情報が取れません。随分と綿密に情報を秘匿しているようです。相手に気取られることを厭わなければ掴めそうなものですが、いかがいたします、陛下」

「セイバーズ・ギルドも優先度は低くしていい。どうせ、各地で戦いが始まれば蜂のようにわらわらと沸いて出てくるだろうから、そこで出会った順にすり潰していけばいずれは疲弊する。セイバーズ・ギルドの広がり方は早いけれど数に限りはあるだろう」

「かしこまりました。ではこちらの輝度に基づいて軍団の派遣計画を練りましょう」

「うん。輝度の強い順に、一等、二等と分けていく。この最西端の師匠は、特等だ。いかなる理由があっても、こちらから刺激はしないように厳命を。遭遇時は逃亡を最優先して構わない。等級の低い順に各地を支配する」

「はっ、全ては陛下の御心のままに」

「……あと、他になければ少し席を外すよ」

「わたしはありません」

「同じく。……陛下がこのお部屋を出られるなんて珍しいですな。ご一緒してみようかな」

「1人になりたい気分なんだ。また今度にして」

「そうですか。ごゆっくり、陛下」


 恭しく腰を折ってお辞儀をしたリーンを見てから、ゼノヴィオルは執務室を出ていく。リーンほど大袈裟でないにせよ、ギリスもまた深々とお辞儀をして主人を見送った。


「……どこへ行くのか、しかし気になるところですな」

「あなたの態度はいささか、軽はずみのように思えてしまいます」

「陛下だって息が詰まることはあるさ。だから多少は砕けてやらないと。分かってるだろう、ギリス殿よ。陛下は自分から呼び出して話し始めると、言葉を選んで丁寧にお話をされる。しかしすぐ、部下相手というより、気楽な相手かのように肩の力を抜いた言葉遣いになるんだ。ひとえに、この聖名リーンの雰囲気作りの賜物だと思っているんですがね」

「……陛下がどちらを望まれているかによります。陛下の御心のままに差配することがわたしどもの務めであるということをご認識されているのであれば、とやかくは言いますまい」

「じゃあこのままで平気ということだ。おたくもたまには肩の力を抜いたらどうだい、ギリスさんや」


 ひらひらと手を振ってリーンも出ていくと、ギリスは大陸地図に向き合って等級分けと、地形を鑑みた軍団の行動表作成に取り組んだ。

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