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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期1 メリソスの悪魔
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王都へ ④


「へえ〜、折角、封鎖してた、ジャンソン大橋を? たった1人の剣士に?」


 王都グライアズローにほど近い、名もなき森の中に彼らの拠点はあった。アトスに蹂躙され、どうにか逃げ延びてきた山賊達は首領である()の前で両手両膝、そして額を地面につけながら懇願をしている最中である。彼は少しだけ色褪せた、古いが立派な真紅のマントを着用していた。大きな椅子に両足を上げ、体を横たわらせるように肘をついて頭を支えている。その肢体は若く――いや、厳密には、まだ成長しきっていない瑞々しいものだった。しかし、しなやかな筋肉が彼の全身を覆っている。


「これじゃあさ、約束を破ったことになるじゃない? あの橋を誰も通すな(、、、、、、、、、)――。それが約束だったのに、もう渡りきってしまったんだろう?」

「へ、へえ……す、すみません、お頭……」


 年のころは、12、3歳という程度。

 髪は白く、皮膚はほどよく日に焼けている。

 それでいて顔立ちはまだ少年らしく、特有の愛らしさがあった。


「はあ……どうしよっかなあ……」


 部下からの報告で、少年は面倒臭そうに嘆息する。


「…………ま、約束だし、守るしかないか。ねえ、どんな連中だったか、教えてくれない?」

「へ、へえ……。馬車に確か、六角形と月のマークみてえなもんが……」

「……ああ、クラウゼンかな? だとしたら、ますます、大変になりそうだよ。きっと、あのおじさんは、そのクラウゼンを王都に向かわせたくなかったんだろうから」

「そ、そいつぁ……」

「ごめんなさいは?」

「す、すんません、お頭!」

「「「すんませんしたー!」」」


 声の揃った謝罪に少年はまた嘆息し、それから彼に不釣り合いな大きな椅子を立った。その椅子はかつて、どこかの権力者が座っていた玉座でもある。


「それじゃ……しょうがないから、尻拭いをしようか」


 天幕の中で少年は玉座の後方を振り返り、柔らかな布を幾重にも積み重ねたベッドへ近づいた。そこには少年と同じ年頃の女の子が眠っている。彼はベッドの縁へそっと腰掛けてから、眠っている少女の前髪をかき分けるように額をそっと撫でた。


「起きて。起きて、ソニア。きみの力がいるんだ」

「ん……ぅぅ……どうしたの……エミリオ……?」

「さあ、起きておくれ。僕のかわいい人、ソニア。そして僕に力を貸しておくれ」

「うん……いいよ、エミリオ……。エミリオのためなら……何でも、してあげるからね……」


 目をこすりながら少女が起き上がろうとし、少年が彼女を助けて体を起こすのを手伝った。

 2人とも白い髪をしていた。同じような顔立ちで、身長もやはり同じほどだった。彼らは双子だ。


「何をするの、エミリオ……?」

「あの人達が失敗してしまって、あのおじさんが誰も通すなと言っていた橋で、通したくない人を通してしまったんだ」

「そうなんだ……?」


 ちらと寝ぼけ眼でソニアと呼ばれた少女が山賊達を見る。すると、彼らと一回りも二回りもある山賊達が顔に緊張の色を濃く表して身を硬直させた。


「だからね、ソニア」

「……うん」

「今から追いかけていって、通してしまった人達を始末しよう。首を持っていけば、きっと許してくれるからね」

「そうなの……? よく分からないけど、分かった……」

「じゃあ行こうか。グライアズローへ入らなくちゃいけないけれど、いい?」

「嫌だけど……エミリオと一緒なら、いいよ……?」

「ありがとう。僕のかわいいソニア」


 やさしくソニアを撫でてから、エミリオ少年が改めて立ち上がった。玉座の裏に立てかけていた剣を腰に佩く。小さめの円盾を腰の裏へ備える。脚絆をつけ、肩まである篭手へ腕を通す。


「さあ、標的はクラウゼンご一行だ。メリソスの悪魔の異名、しかと教えよう――」











 王都グライアズローを囲む巨大な城壁が見え、セオフィラスは目を輝かせた。

 御者台でアトスとヤコブの間に座り、傍らの師を見上げる。


「師匠、師匠っ、すっ…………ごく! おっきいです!」

「ええ。想像以上ですね、これは……」

「ふっふっふ、そりゃあそうでしょう。グライアズローってのは王様のいるとこなんですから」

「ほう。ヤコブくんは訳知りのようですね。ではひとつ、ご教授をいただきたいのですが」

「え?」

「グライアズローはボッシュリードの初代王がせーたんした土地で、いずれこの地を統べる王が生まれるだろうっていう予言があったところなんだよ」

「おや?」

「ぼ、坊ちゃん……?」

「それでね、ここで初代王が生まれて、王様になったんだって。でもその時に、この当りを支配しようとしてた悪い人がたくさんいて、予言のじょーじゅをさせたくないからって、たくさん攻撃しようとしたんだって。その時に初代王を守るために、壁を作って守ったんだって」

「……ヤコブくん、そうなんですか?」

「え? あ、ああ……そ、そうそう、そう……。ぼ、坊ちゃんはさすが! あのお嬢様にお勉強を教わっているだけあるなあ……」

「実はヤコブくん、知らなかったでしょ? そうでしょ?」

「ち、違いますって! ほ、ほらっ、それよりも、さっき、言われてたダンス? あれはいいんですかい?」

「分かんないもん、あんなこと言われたって……。ステップ? 確か、左足を前で、右足を斜め前で……左足が……戻して、右足を出して……?」

「それじゃ、右足が出過ぎて股を大きく開きすぎになりますよ?」

「あれ?」

「ははっ、坊ちゃん、もっぺん、聞いてきたらどうです?」

「でもそうしたら先生……多分、怒る……。すごかったんだよ、ダンス覚えろ、ダンス覚えろって……」

「ふふ……。でも格好いいじゃないですか。絢爛豪華な社交界で、颯爽と婦女をリードして踊る紳士なんて」

「かっこいい?」

「ええ。それはそれは、とても格好いいかと」

「……じゃあ、聞いてみる」


 馬1頭で馬車はゆっくりとグライアズロ―へ向かっている。セオフィラスは御者台から飛び降り、動くままの馬車へ乗り込んでいった。



「……いやしかし、替えの服を貸していただいてありがとうございます。ヤコブくん」

「ああ……まあ、血塗れのやつと一緒にいちゃあ、誰だって気味が悪くなっちまう。仕方がねえだろう。だけどよ……お前は、一体、何なんだ?」


 2人きりになってすぐ、ヤコブはずっと胸にくすぶり、これまで何度もぶつけてきた問いをまたアトスへ放った。しかし今回の質問は、これまでよりもずっと警戒心を抱いた問いかけである。たった1人で、50人ほどもいた相手に向かっていき、かすり傷さえ負わずに半分以上を惨殺して見せた男に恐怖を抱かないということはない。


「……何度も言いましたが、わたしはただの異邦人です」

「そうじゃない……。何なんだ、あんたの、あの獣みてえな強さは? いや、獣以上だ。それでいて、普段は虫さえ殺せないような顔をしてやがる……。初めて会った時もそうだったが……到底、人が辿り着けるような力じゃあない」

「いえ、辿り着くことはできますとも。わたしとて、人の子として生まれています。ただ……修羅の道ではありました」

「……しゅら?」

「物心着いた時、すでにわたしは剣を握っていました。練習用などというものではありません。人を殺すための剣を握り、人を殺すための技を押しつけられていました。わたしの故郷は、こちらよりもずっと血腥かった。いつもどこかで人々は殺し合い、それは大人も子どもも関係がありません。強くなければ……いえ、人を殺さなければ、生きてはいけない環境です。その中でわたしは育ち、多くの人を殺め、生き長らえてきました」


 穏やかに語るアトスをヤコブはじっと観察する。

 この男は嘘をつく人間ではない――。それは、これまでのつきあいで知ってしまっている。だからこそ、彼の口から語られることのほとんどをヤコブは無意識に否定しようとする。そんな生き方があり、こんな人間になるものか、と。


「……生き死にの境界に身を置き続け、わたしは常に生きる側の世界に居座り続けました。運もあったでしょうが、わたしは、死にたくなかった。死ぬことがとても恐ろしくて、だから、人を斬り続けました。必死に生きようとし、向かってくる相手を殺しました。自分が生きるために。何のために殺すかも分からなくなりかけるほど、多くの血をすするようにして生きてきました。その内に、気づけば……わたしは、この力を得ていました。トレーズアークの詩によるところの、人の一式……気の力とされているものです」

「トレーズアークの……人の一式……」

「誰もが、これを手に入れることができるかは知りません。しかし、わたしは同じ力を持つ人間も相手にして、打ち勝ってきましたから……決して、これはわたしのみに与えられた力ではないはずです。ただ、幸福な平和に満ちた……恵まれた環境にいる人には、きっと手に入れられぬ力でしょう。けれどね、ヤコブくん」

「……何だよ?」

「わたしは……セオくんと出会えました」

「はあ?」

「あれは、わたしにとって、とても……とても大きな意味を持つ出会いだったんです。だから安心してください。きみにも、セオくん達にも、この牙を剥くことはないと断言できるんです」

「……意味が分からん」


 腕組みし、ヤコブは目を逸らして正面を見た。

 大きな大きなグライアズローの外壁。その門はくぼんだ先にある。入口部分を奥の方へ移すことで、外敵が入ろうとした時にそれを囲む三方から攻撃できるようになっている構造だ。


「ヤコブくんの警戒は、とても正しいものです。ミナス殿の判断が、正しいものか、誤っていたものか、それはまだ誰にも分からないことです。けれどわたしは……報いたいと思っているんですよ」

「……あんたのズルいとこは、そうやって坊ちゃん達を簡単にたらしこめるとこだ」

「ふふ……嫉妬ですか?」

「お前がくるまで、坊ちゃん達の兄貴分は俺だったんだからな……ったく」

「それは大変に申し訳ないですね。でも安心してください。わたしは兄貴分ではなく、師匠ですから」

「余計にズルいんだよ……」

「ふふふ」


 やがて馬車が門に辿り着いた。

 一行はようやくグライアズローへ入る。


 セオフィラス・アドリオンの名が、ボッシュリードへ広まる瞬間が――すぐそこに迫っていた。

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