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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
青年期4 ボッシュリードの幕引
248/279

黄金兵の戦果 ①

「……何か罠がある。

 それは分かるが、一体、どんな」


 ジュリアス・カール・グラッドストーンは相手の読めない罠に最大限の警戒を抱いている。

 斥候からの報告を受けてクラウゼン軍が南部関所の前に布陣する動きを起こしていることは分かっている。しかし見晴らしの良い丘陵地であり、何かを仕掛けるには不適であるとも言えた。別の場所での二方面作戦とも警戒して伝令を走らせているが、クラウゼンの海上戦力はすでに潰えており、他に軍を分けているという様子はどこにも窺えない。


「……あるいは血迷ったか」


 クラウゼン軍を指揮していた、ロロット・クラウゼンの負傷もジュリアスの耳には届いている。

 それを機にクラウゼン軍の動きに鈍化が見られていることも把握している。

 指揮官を失い、残った軍勢が最後の特攻を仕掛けようとしているというのが信じやすい筋書きであるが、曲がりなりにもグラッドストーン中部にまで進攻をしてきたことを考えると、そう安易な発想には至れなかった。


「閣下、いかがなされますか?」

「……全兵力をもって迎撃する。南部地域でも予備戦力を編成して待機させろ。

 敵軍の総数は我が方より少ないが、どのような手を使ってくるかは分からん。

 奇策を使わせる暇も与えず、真正面から全軍をもって叩き潰す」

「ハッ」


 指示を出してからもジュリアスは考え続ける。

 果たしてこれで良いのかと。

 しかし最後には数ではなく個の実力で全てを撃滅すれば良いとも考えた。圧倒的な数を前に、それを覆すことのできる圧倒的な力。それが三式の使い手である。ジュリアス自身はもちろんのこと、人の一式を扱える手勢を有している。

 最後にはその文字通りの少数精鋭を投入すれば済む。

 かつてのルプスとの死闘の中で力に目醒めた兵を用いれば、いかなる戦場とて常勝無敗のものとなる。

 クラウゼン軍を相手に使うつもりはなかったが、策が読めぬ以上は備えるべきことだった。


 そしてクラウゼンを完膚なきまでに叩き潰すことができれば、もうエクトルに拠り所はなくなる。

 そうすれば気丈な心さえも自らの掌中に握り込むこともできるようになる。

 次の全軍衝突が終われば、エクトルが手に入り、クラウゼンの土地も手に入り、王室内に未だ残る婚姻の反対派を完全に沈黙させられるだけの功績にもなる。

 全ては望むままに実現される。

 この戦はそれを確信に至らせるもののはずだとジュリアスは信じた。











 ヴァラリオ金鉱城の執務室でゼノヴィオルは力の希求を感じ取った。

 リーンに指示をして、クラウゼン軍とグラッドストーン軍とに1体ずつ提供した黄金兵。その中に埋め込んでおいたコアを通じて、魔力が吸い出されていく感覚をじっと黄金の義手を見つめながら確かめる。1万体の黄金兵が召喚されている。

 リーンが悪戯をしているわけでないのならば、リーンが目当てのものを手に入れて1万体の黄金兵の召喚法を教えた相手がいるということになる。


「……ギリス、来てください」


 静かにゼノヴィオルが呼びかける。

 選別によって莫大なヴァラリオの魔力を分け与えられ、単なる人の身から変革された元人間達は魔力を通じてゼノヴィオルと繋がっている。少し思念を飛ばすだけで声を簡単に届けることができる。

 程なくギリスが執務室へ恭しく現れて、ゼノヴィオルの前で跪いた。


「お呼びの声に応じ、参じました。いかなるご用件でしょう」

「リーンが戻ったら、赤ちゃんがいると思います。その子のための場所を今から整えておいてください」

「承知いたしました。いかなるお部屋を」

「……普通でいい。いや、屋敷に預ける。ガラシモスがまだいるはずだ」

「……かしこまりました。ガラシモス殿にお伝えし、部屋の用意をさせます」

「ギリス」

「ハッ」

「……ただ、預かって欲しいと伝えればいい。どこの誰だとかは伝える必要はない。

 ついでにもう1つ、頼まれて欲しいことがある。屋敷に眠り続けている女の子がいれば、変わりがないかとガラシモスに尋ねて。変わりがないと答えたなら、その報告はいらない」

「かしこまりました。陛下の御心のままに」


 黄金兵が遠く離れた地にゼノヴィオルの魔力を吸って黄金兵が呼び出されて起動をしていく。

 1万という大軍が命令を元に個別に駆動して戦うともなれば、そこに魔力を供与する立場のゼノヴィオルにも反動めいた一時的な力の減少が感じ取れる。

 そしてそれはゼノヴィオルを依代としているアヴァラスにも間接的に影響を与えた。


「……本当に使われるなんて嬉しい誤算だ」


 小さくそう呟いてからゼノヴィオルは目を細めて、必要以上の魔力をさらに上乗せするように供給をしていく。本来の1体ずつに必要な分だけではなく、必要以上の魔力を注いでいく。無限とも思えるような莫大な魔力を前に、しかし確実に減っていくのを感じ取れた。


「使ったのは……先生か」


 起動した黄金兵を通じて、その戦場をゼノヴィオルは見た。

 クラウゼン軍とグラッドストーン軍がなだらかな丘陵地体を戦場としてぶつかり合う。クラウゼン軍の数は一目で見劣りしていたが1万体の黄金兵が出揃い、ベアトリスの号令を受けて歩み出すとそれは圧倒的な力の波となってグラッドストーン軍を呑み込んでいく。

 矢の雨をものともしない。

 繰り出された渾身の攻撃にビクともしない。

 ただ前進するのみで、その重量によって敵軍を踏み潰していく。

 陣形を変えて包囲殲滅を試みようと、黄金兵もまた接する敵兵を蹂躙する。

 しかもそれは外縁部の黄金兵だけで足りてしまい、戦場が金色に呑み込まれていく。


「聞こえますか、先生」

『っ……その声、ゼノヴィオルでして?』


 黄金兵を1体だけ操ってゼノヴィオルは、それを通して声を届ける。相手の声もまた、黄金兵を通じて聞くことができる。


「そこにいらっしゃるのは意外でした」

『あなたの声、変わったように思えませんわ。そろそろ声が太くなっても良い頃合いでしょうに、昔のまま。ろくなものを口にしていないのではなくて?』

「はい。食事は必要ありません。この肉体だって成長することはもうないでしょう」

『いよいよ、人間離れをし始めたようでしてね。世間話をしたくてこんなことをしているのかしら?』

「……そうですね。世間話です」

『生憎、わたくしは戦の只中でしてよ。つまらぬ話をしている余裕はありませんの』

「僕の黄金兵を起動させたのに、余裕がないなんてことはありません」

『ええ、圧倒的でしてよ。けれど見なければなりませんわ』

「それより、世間話をしましょう。先生。

 戦といえば英雄の登場に多くの人は胸を躍らせます。

 得てして、英雄とは困難を打ち破るものですが、そこには対となるような巨悪も登場するものです」

『巨悪そのものが何を仰って今して?』

「僕は巨悪ですか?」

『自分の胸に手を当てて考えなさい』

「……はい、そうですね。だから僕は間違っていないと先生に伝えておきます」

『バカな子……。本当にあなたは賢くても、バカな子ね、ゼノヴィオル』

「それだけの数の黄金兵が動き続けていれば僕の魔力も相応に減ります。それはアヴァラスの魔力を減らすことと同義です。僕はこれから、そこで動いているような黄金兵と同じようなものを蒔いていきます。イグレシア城のことはご存知ですか? 実験的にあそこには先行してヴァラリオで採掘された黄金の欠片を核として動く魔力を生命力としたものを蒔いておきました」

『耳には入れていますわ』

「アドリオンに従わぬ、益にならぬ国や地域には彼らを……魔物を僕は差し向けていきます。

 土地ごとに勝手に彼らは増えて、適応をして、様々な形状となって、人々を襲うようになるでしょう」

『それであなたは何をするつもりかしら?』

「この世の全ての支配です」

『そう。ああ、わたくしも1つ、世間話のネタならありましたわ。

 先日、お母様よりクラウゼンの全権を委ねられましたの。そしてお母様より新しい生きがいまで示されてしまいましたわ。

 わたくしとしたことが、お花の冠を作るかのような胸の浮かれようで承諾してしまいましたけれど』

「新しい生きがいですか?」

『ええ。大陸全土の平定。その女王となること』

「……先生はやっぱりすごいですね」

『あなたこそ、わたくしが見込んでいただけのことはありますわ。

 まさかわたくしがやろうと決めたことを先んじて始めていたなんて。

 けれど無謀なことをしますのね、ゼノヴィオル。教え子が師を超えることなどができるとお思いでして?』

「競争ですね。先生の大好きな」

『誤解でしてよ、ゼノヴィオル。わたくしは勝利することを好むのです』

「そうでしたね、ごめんなさい、先生」

『……ゼノヴィオル、あなたは突き進むつもりかしら、このまま』

「はい」

『よろしくてよ。いずれ道が交わることでしょう。

 その時は一切の容赦はいたしませんわ。待っていなさい』

「はい。……ねえ、先生?」

『まだ何かありまして?』

「……ありがとうございます」


 お礼を口にしてからゼノヴィオルは黄金兵との思念の繋がりを断った。

 物思いに耽るようにじっと執務椅子に座り続ける。


「アヴァラス。……予想は当たっていたね。お前の倒し方の」


 これしかないのだとゼノヴィオルは確信を持つ。

 どこまでも人を舐め腐りきっている魔物の王を討つ、唯一の方法。


 魔力を消費させることで弱体化をさせて討ち取るというのがゼノヴィオルの見つけた討伐方法だった。

 そのためには無限とも思えそうな魔力を減らさなければならない。そのために魔物を生み出して蒔いていく必要がある。地上の全てに魔物が溢れ返ろうと、それらを全て討ち取ることができればアヴァラスの消費された魔力は回復をしなくなる。

 そこを狙うしかないというのがゼノヴィオルの確信だった。


 そしてそのためには英雄が必要だった。

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