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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
青年期3 クラウゼン戦争
229/279

燃える蜂作戦

 アストラ歴247年。火節、上の月。

 年間を通じて最も気温の高くなる季節に、その奇跡的な進軍は続いていた。


「何故、こうも我が軍は後退を余儀なくされている?」


 軍議の場に現れたジュリアス・カール・グラッドストーンはそう尋ねる。

 その場へ揃っていたグラッドストーンの北方軍の将兵は、誰もが苦渋の顔をした。


「申し上げます、閣下。……クラウゼン軍の想定以上の兵力と、凄絶な突撃による第一の戦いでオーバエルを突破されたことが、此の度の劣勢の発端となってしまいました。

 当初、多くても1万……せいぜい7000程度と兵力を見ていましたが、ここへおよそ1万2000もの兵力が投入され、さらには迅速な用兵によって国境要塞を占拠、そのままオーバエルまでもが一気呵成に攻め落とされました。オーバエル奪還のため、北方軍の総力を挙げて3万の兵で攻撃を加えようとしたところ、敵方は籠城戦の構えを取りました。そしてこれを陽動にされ、オーバエルを拠点にクラウゼン海上戦力が動き出し、オーバエルより西方のゴヨに攻め入られました。ゴヨを制圧し、そこからオーバエル攻めをしていた軍勢の補給戦へ噛みつかれ、挟撃によって指揮は混乱、3万の兵が退却したところで2万にまで減り、さらには夜になる度に野営地に嫌がらせのような軽微な攻撃を仕掛けられ、士気が下がり、脱走兵まで出る始末です。

 長年、国境地帯での小競り合いをし、クラウゼンの手の内を読んでいるつもりではありましたが、我が方と同じくあちらもただの小競り合いに済ませていたのでしょう。所詮は内紛で独立した一地域にしか過ぎぬ国と侮り、そこにつけいって最悪の形でものにされたのです」


 報告を受けながらジュリアスは広げられた地図の上にある敵味方の両軍の配置をずっと眺めていた。

 グラッドストーン北部にある主要な2つの港町を押さえられ、そこから2つに分けられた軍勢が南下をする形で侵攻を受けてしまっている。見事としか言いようのない二方面で展開された作戦、そして強みを活かした戦術。クラウゼンという国が本気でこの戦いに臨んでいるというのは明らかだった。


「一体、クラウゼンはどこからあれほどの兵力を持ってきたのか……」

「それよりも次に狙われる港がどこかを絞らなければ、また挟撃を受けてしまうと今度こそ立て直しができないのでは?」

「とにかく今は士気を高めなければならぬはずだ」

「西と東、どちらを叩くか、あるいは両方を同時に叩くべきかも考えねばならん。敵方はどのように連絡を取り合っているのかが分かればいいのだが」

「どこかへ誘き出して一網打尽にするというのはどうか」


 口々に軍議の場へ集っていた面々が言い出し、それぞれが否定したり、反論をする。

 その中でジュリアスは沈黙を保ち続けていたが、好き勝手に交わされる議論が紛糾してきた時に口を開いた。


「静まれ」


 低く発せられた彼の言葉で、それまで燃え上がらんばかりだった議論の声が止む。


「第一に認識を改めろ。ルプスは個の力をもって我が国を食い荒らさんとした畜生の敵であったため、戦争とは言われることのないものであった。が、今度はそうではない。久しくなかった戦争だ。敵は軍隊であり、我々もまた軍隊としてこれに当たる。心得よ、敵は強い。肝に銘じておけ、この場に集う貴様らの中で、半分は死ぬだろう」


 英雄ジュリアスの言葉に彼らはごくりと唾を飲まされる。


「心得たのならば、次だ。

 敵は狡猾であるが裏を返せば正面衝突では我が軍を打ち破れぬという目算があるため、そういう手を取らざるをえないに過ぎん。つまり総数ではこちらが勝るはずだ。まして敵軍は二手に分かれている。挟撃を受ければ不利だが、もし、また挟撃という手を選んでくるのであればそれは利用ができよう。自ずと集まってくれるのだからな。恐るるに足らぬ。

 以上のことを踏まえて策を練る。

 まずは斥候を出し、精確な敵軍の位置を探らせろ。急ぐことはない。すでに我が国へと奴らは踏み入っているのだ。地の利があり、この俺とともに2000の精鋭兵も来たのだ。

 そして戦場に出た者から聴取もしろ。クラウゼンに三式の使い手がいたかどうかを確かめろ。

 敵軍の位置を特定し、あとは磨り潰すのみで済む。

 だが思い上がるな。念入りに、磨り潰すのだ。数にのみ頼らず、個の武力にのみ頼らず、智謀にのみ頼らず。徹底的に作戦を実行する。

 俺の言葉に従え。俺のために死へ臨む覚悟を固めろ。その暁に勝利は自然と訪れるのみだ」












 ジュリアス・カール・グラッドストーンが北部へ現れたという報せを受けようとも、ロロット・クラウゼンは淑女の嗜み・表情操作術によって焦りの色ひとつ見せることはなかった。

 オーバエルの港とゴヨの港を占拠し、足がかりとしたクラウゼン軍はすでに次の作戦行動を進めている。

 いずれは現れるだろうと推測していたがその登場は想定よりも大きかった。


「せめてもう一月も遅れてくれていれば良かったものを……。作戦を変更いたします」

「しょ、正気ですか?」

「すでに部隊編成を済ませ、各地に兵を動かしていましたが……」

「状況が変わったにも関わらず、策に固執するなど愚の骨頂では? 軍事作戦についてはこれまで口を挟んできませんでしたが、軍事のみならぬ賢明な判断とはそのようなものと考えます」

「それは……ごもっとも、ですが」

「ならばお黙りになっていなさい」


 そこに集っているのはロロット・クラウゼン以下、クラウゼンに長年、貢献をしてきた様々な分野の家臣、そして本来の軍事専門家、つまりはクラウゼン軍の将兵である。

 ロロット自身の考えを汲める人材として家臣を用意し、彼らを通じて軍事行動における細やかな、しかし無視はできない問題を処理させることで円滑に軍を動かすというのが狙いだった。この策が功を奏して遠隔地同士でほぼ同時に軍を動かす作戦を成功させていた。


「すでに動かしていた兵は次報があるまで待機。これはすぐに伝令をお出しなさい」

「はっ」

「して、いかなる手を?」

「ジュリアス・カール・グラッドストーンは個人の武力のみならず、軍事行動においてもその手腕を発揮することでしょう。彼と対峙すれば付け焼き刃の知識しかないわたくしの策は看破される上、数においても劣勢を強いられ、十中八九、退却や殲滅を余儀なくされることでしょう。しかし彼を避け続けるというのも現実的ではありません。欺かれ、いないと思っていたところで登場されれば大きな隙となってしまいかねません」

「で、ではどうすれば……?」

「然るべきタイミングに対峙し、適切に相手取るのです。その時には、あなたにお役に立ってもらう必要があります。相手はグラッドストーンの英雄ですが、自信のほどは?」

「問題ないが、いい加減、見ているだけも飽きてきた」

「頼もしい限りですわ。期待していますわよ、カフカ」


 ロロットの率いるクラウゼン軍には、カフカが籍を置いていた。

 アルブス防衛隊は金鉱採掘のためにその役目をとうに放棄してしまっている。金にも女にも大した興味を示さなかったカフカは見切りをつけてアドリオンを出ていき、クラウゼンに拾われていたところ、今回の戦争となって参加をしていたのだ。

 クラウゼン軍にとっては現在、唯一の三式の使い手ということがあり、これまでの戦いではカフカは参戦を許されなかった。三式の使い手がいるという情報を秘匿するためだけに。


「作戦名は燃える蜂。分散させている各部隊には改めて、別の作戦を実行していただきます。グラッドストーンの街という街、村という村に火をかけて略奪して回っていただきます。行商人を襲い、旅人も襲います」

「そ、そんなの作戦とは言えぬのではありませんか?」

「嫌がらせでしかありませんし、そんなことをしてもジュリアス・カール・グラッドストーンは痛くも痒くもないのでは?」

「しかし住民には重大な問題です。彼らは国の英雄が近くにいると知れば、助けを求めて陳情をすることでしょう。折角率いてきた軍勢を小分けにして対処に当たらせなければなりません。そうしようとせずとも、住民に工作員を紛れ込ませて、執拗に陳情を訴え続けるなり、それでも動こうとしないのであれば食事に毒でも何でも仕込めばいいのです。いくら英雄とは言え、毒を盛られてはどうにもならぬでしょう」

「毒の、暗殺でこの戦争を……?」

「そう簡単に通じるとは思いませんが、ただの一例に過ぎません。

 要はとにかく多くの地域への微々たる、しかし大量の攻撃。そしてジュリアス・カール・グラッドストーンを誘き出すのです。策を弄して仕留めるも、誘き出しておいて陽動とするのも臨機応変に、状況によって変えましょう」


 ロロット・クラウゼンは軍事分野においては門外漢である。

 しかし彼女の策は通用をしていた。軍隊という暴力装置を用いた武力衝突によって望みを叶える戦争こそ、彼女が指揮をした経験はないが、暴力以外の術をもって望みを叶える交渉や、市場操作などは得意分野であったのだ。

 クラウゼンの淑女の嗜み以前に、政治・経済に秀でて領主の座を掴み取った彼女にとって通ずるところがありさえすれば不得手な分野などというものはなかった。

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