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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
青年期2 ボッシュリードの異変
221/279

魔物の巣 ②


「場内は戦いの痕跡が随分と残っていますね……」

「そうだな。シャル、カタリナから離れるなよ」

「……シャルル、僕でもいいんだよ?」

「…………」

「あ、やっぱりカタリナさんがいいんだ……」

「カート?」

「いえ、何でも……。ほんの2年ほど前のことのはずなのに、何だか懐かしいですね……。セオフィラス様が高熱を出されて寝込まれていた時、どうしてか会議の場に僕が呼び出されて、針のむしろを味わった胃痛が思い起こされます……」

「そんなことされてたの?」

「はい……」


 お腹をさすったカートを一瞥し、この感じだからシャルルもカタリナに懐き始めているのだろうと勝手にセオフィラスは考える。そうしつつも、城内に感じられる異質な魔物の気配を探るように歩き続ける。曲がり角に差し掛かり、向こうに魔物が潜んでいないかと確認をしてから進もうとした時、カタリナが声を出した。


「坊ちゃん、後ろに……!」

「分かった。下がれ」


 振り返ったセオフィラスが音もなく後ろへ忍び寄ってきていた魔物を見て剣に手をかけながら飛び出す。しかし魔物はセオフィラスが向かってくると後ろへ下がってしまい、さらに踏み込んで剣を振ってもまた後ろに飛び退いて距離を取ろうとする。舌打ちをしてからセオフィラスも下がってカタリナ達と離れないようにする。

 狡猾に知恵が回る連中だと言うのは分かっていた。引き離したところでカタリナ達の方を襲うのではないかという懸念があってしつこい追撃はできない。


「セオフィラス様、前からも来ました」

「カート、任せた! カタリナはシャルを!」

「いえ、わたしもお力になれます」


 背後でビィンと弦が弾かれる音を聞いてセオフィラスが振り返るとカタリナが弓で矢を放っていた。また体の正面を見れば距離を保とうとしていた魔物の肩へ矢が刺さっていて、その痛みに怒ったようにして前へ飛び出てくる。

 それを今度こそセオフィラスは一刀で切り伏せたが、さらに魔物が出てきた。背後を確認するとカートが松明と剣を両手にそれぞれ持って魔物を牽制している。倒すことは難しいと判断し、時間稼ぎで牽制をしているのだとすぐセオフィラスは理解する。


「カタリナ、俺の援護じゃなくてカートの援護をしろ! 頭は回るけど所詮は獣だ、傷つけばパニックになって突撃するか逃げ帰る!」

「セオフィラス様、突撃された場合は!?」

「やれ!」

「そんな無茶な!?」

「嫌なら代わるか? 俺は3頭……あ、4頭に増えた。同時に相手取るけど」

「この場を死守します!」


 セオフィラスの方にさらに魔物が4頭も出てきていた。

 1頭が飛び込んできたかと思えば側面からももう1頭が回り込んできている。

 正面から来た魔物を剣の先で払うように軽く牽制してから、側面から来た魔物を薙ぎ払って壁へ叩きつける。と、今度は牽制してたじろがせた魔物の上を軽やかに飛び越えて奥に控えていたさらにもう1頭が襲いかかってくる。


「面倒臭いな――」


 人間よりもよほど上手に連携してくる魔物は相手取るのに少し難儀させられる。

 舌打ちをしてからセオフィラスは背中まで大きく剣を振りかぶり、それを気力とともに振り下ろした。剣は飛びかかってきていた魔物に当たらなかったが、放射状にそれは広がって魔物の群れを飲み込んで吹き飛ばしていく。素早く反転してセオフィラスは剣を腰溜めに引く。


「カート、カタリナ、左右にどけ!」


 カートが壁際へ背をぴたりとつけるようにくっついて、カタリナがシャルルを抱きながらセオフィラスの正面から外れるように跳ぶ。

 セオフィラスが剣を強く繰り出すとカートに牽制されていた魔物の胴にいきなり直径10センチはあろうかという風穴が空いて壁へ叩きつけられて絶命した。


「いちいち相手してたらキリがない、走れ!」

「は、はい!」

「坊ちゃん、今のは――」

「いいから、そういうのは後で! カート、シャルを抱えろ! 走り続けるぞ!」

「ど、どちらまで!?」

「ホール――お前が針のむしろを味わわされたってとこに、多分、群れのボスがいる! そこまでだ!」

「分かりました!」


 先頭にセオフィラスが出て行く手を阻むかのように出てきた魔物を蹴散らす。

 シャルルはカートの背におぶされて、カタリナは最後尾で背後を気にしながらも走った。途中、以前の戦いで瓦礫が道を塞いでいるところをよじ登って進まねばならなかったりもしたが、セオフィラスが魔物を蹴散らし、時に引きつけたりして一同はようやく場内の大きな広間へ駆け込む。


「セオフィラス様――とても、まずい気がしますが」


 迫ってきた魔物を締め出すように思い切り大きく頑丈な扉を閉め、振り返ったカートは一息つく暇もなく汗を流しながらそう言う。

 そこは他に比べればあまり荒れてはいなかった。議場として利用されるはずの場所であったが一段高くなった演台には一際大きな魔物の個体がいて、その周りには無数の魔物が控えて毛を逆立てながら威嚇するように唸っている。


「当たりだ。あの大きいのがボスだろ、多分」

「数が多いように思えますが、坊ちゃん……勝算はあるのでしょうか?」

「俺だけならどうにも。カート、カタリナ、シャルを守りながらお前らは自分のことを考えろ。あとは蹴散らす」

「カタリナさん、僕が近づいてくる魔物を牽制しますので、援護してもらえれば……」

「残りの矢が少し心許ないですが、分かりました」

「あと背後にも気をつけろ。扉一枚隔てた向こうにも押し寄せてる」

「はい」

「じゃ、怪物退治だ」


 セオフィラスが駆け出すと正面の魔物達が次々と走り出した。縦横無尽に広間を所狭しとそれぞれに駆けながら、しかし彼らはぶつかり合ったり渋滞を起こすこともなくこぼれた水のように広がっていく。

 群れでの狩り――あるいは戦いにかなり秀でているというのはこれまでのことで分かっていた。1頭ずつならば素人に毛が生えた程度の腕でもただ相手取るだけならば可能だろうが、一度に対峙する数が増える度、比例するようにその危険性が上がっていく。それが数えられぬほど大量にいる状況は絶体絶命としか本来は言いようがない。


 だがセオフィラスは動じることはなかった。

 次々と襲いかかってくる魔物を鮮やかに躱し、時にすれ違いざまに切り伏せて、一糸乱れぬ統率を見せる魔物の群れを相手にしながら前進していく。

 見据えているのは何度かセオフィラス自身が座った義長席で、じっと様子を伺い続ける体の大きな個体のみだった。そしてとうとう、襲いくる魔物の無数の牙と爪を突破してセオフィラスがその個体へ剣を振り上げ迫った。


 思い切り振り落とされた剣を群れのボスは鋭い牙の並んだ口で噛んで止め、そのまま強い力でセオフィラスを振り回すようにして飛ばす。そこへ群れが一塊の大波であるかのように突っ込んでいって物量で押し潰しにかかる。だがセオフィラスが気力を漲らせた剣を振り上げると、刃に乗せて放たれた力が魔物の群れを薙ぎ払って蹴散らす。

 すかさずセオフィラスはまたボスに飛びかかろうとしたが、その前に大きな咆哮が広間に響き渡った。高周波のような頭の奥を揺さぶる大音響にセオフィラスは思わず頭を押さえて動きを止める。しかし群れにはそれが効いておらず、足を止めたセオフィラスに襲いかかる。


「クソ……!」


 肩を後ろから噛みつかれ、押し倒されそうになったのをセオフィラスは踏ん張って堪えるが、別の個体がさらに次から次へとセオフィラスに噛みついてとうとう押し倒される。


「セオフィラス様!」


 自分達のことだけ守れと言いつけられていたカートが、無数の魔物に押し倒されて埋もれてしまった主人を見て血相を変えて叫ぶ。しかし直後に群がっていた魔物達が一頭ずつ内側から跳ね飛ばされるように吹き飛んだ。


「俺のことはいいって、言っただろ!」


 完全に押し潰されかけていたセオフィラスが、魔物の中から起き上がって、大きく剣を薙ぎ払って蹴散らす。それでも全身から出血して体に血を付着させていた。

 剣を杖のようにして床へ突き立て、体重をかけながらセオフィラスは未だ起き上がる魔物の群れと、その奥で依然として静かに佇むボスとを眺めた。先ほどの咆哮は異常なものだった。ただの吠え声で体が竦むようにして硬直させられるなど考えられないが、実際にそうなってしまった。


「そうだよな、魔術で生まれてるんだから魔術が使えても不思議じゃない。みくびるなってことだな」


 魔物のボスのアイスグレーの瞳を睨みながらセオフィラスがそう言い、剣を抜いて両手に構えた。

 そして、また、セオフィラスが床を蹴る。左側面から迫ってきた魔物を見て、近くに転がっていた椅子を剣で引っ掛けるように弾いてぶつけ、そのまま膝を深く曲げて高く跳び上がった。

 群れのボスが息を吸うような動きを見て、セオフィラスは宝剣の力を引き出す。セオフィラス自身に天の一式の素養はなかったが、この宝剣は強い霊力を有し、この宝剣を媒介にして霊力を扱うことはできる。


 再び高々と咆哮が響くのと同時にセオフィラスは宝剣を振り下ろした。

 これまで敵を蹴散らすのに使っていた気力でなく、今度は霊力が乗って放たれ、ボス個体の放った咆哮を切り裂いた。そうして今度は体の自由を奪われぬままボスの近くへ着地し、返した刃を振り切る。


 深々と相手の喉笛を切り裂き、ボスが倒れた。

 その体が縮むように小さくなって消えたかと思うと、掌大の金の塊が残った。そして群れはいきなり、解散するかのように散り散りにどこかへと逃げていってしまった。

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