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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
幼少期2 ベアトリス・クラウゼン
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トレーズアークの詩 ②



「今日はここまでにいたしましょう。

 明日、きちんとトレーズアークの詩を覚えたかどうか、何も見ずに朗読していただきますから、絶対に覚えておくのですよ」


 ベアトリスの最初の授業が終わり、セオフィラスとゼノヴィオルは揃って疲れたように机へ身を倒した。カツカツと足音を鳴らしながらベアトリスが部屋を出て、アトスも彼女の後に出てから扉を閉めた。



「あなたのような学がない人間には高等すぎたんじゃありませんでした? 懲りたら、もうこなくてもよろしくてよ?」

「いえ。とても楽しく拝聴いたしましたよ。

 何より、トレーズアークの詩には、あのような意味もあったのかと、目から鱗が落ちた心地です。わたしが知っているものと、この詩の意味が違っていたものですから」

「解釈というのはいくつかあるものですわ。けれど、わたくしが解説したものが、もっともスタンダードなものですわ」


 廊下を歩きながら2人は言葉を交わす。すれ違った使用人が一礼すると、アトスはほほえんでから目礼を返したがベアトリスは当然だとばかりに胸を張ったまま歩く。


「けれど――あなたは異郷の人間ですものね。目から鱗だなんて、とんでもない解釈をいたのではなくて? 何かの話の種になりそうだから聞いてあげますわ」

「ふむ……。それでは、物事は1つの側面では捉えきれないこともある、ということでセオくんとゼノくんも交えてはいかがでしょう? そうすれば興味を持って、ちゃんと明日までに覚えてくるかも知れません」

「…………ま、まあいいですわよ、それで。談話室にいますからお呼びになってきなさい」



 少しし、談話室にセオフィラスとゼノヴィオル、そしてアトスとベアトリスが揃った。カタリナが4人分のお茶を淹れ始める。


「まだおべんきょー?」

「いえいえ、セオくん。きっと、きみなら夢中になってくれるお話になりますよ」

「そんな解釈聞いたことがありませんわ」

「ふふ……。では、わたしの知るトレーズアークの詩の解説をいたしましょう。

 そもそも、天・地・人の三式としてあげられている、霊の力、魔の力、気の力……というのは生物が内包している可能性の力なのです」

「可能性ねえ……」

「そして、それこそが魔法使いや、聖人が用いる奇跡の力の源である、と」

「はあ?」

「まほう!?」

「せいじん?」


 眉唾だとばかりに顔をしかめたベアトリスと対照的に、セオフィラスとゼノヴィオルが一気に食いつく。


「足の萎えた女に聖人が手をかざしただけで、歩けるようになったとか。

 何もないところから突然、炎を出して悪しき敵を焼き尽くしただとか。

 そういうお話は色々なところにありますよね」

「しってる!」

「……ただのおとぎ話よ」

「いえいえ、おとぎ話ではございませんとも。

 天・地・人の三式とは人が目覚めることができるかも知れない力の属性を意味しているのです。それこそが、霊、魔、気の力です。天の一式である霊というのは精霊との交信によって、死者の声を聞いたり、治癒の力を発揮することができると言われています。地の一式である魔は、大地の底に眠っている大きな力を身に宿すことで超常の力を顕現させられるのです。そして、人の一式。気というのはこれから丁度、教えようと思っていたことなのですが……まあ、見る方が早いのかも知れませんね」


 言うとアトスが腰を上げ、暖炉の火かき棒を掴んだ。

 煤を吹いて払ってから持ち上げると、丁度、カタリナが用意していた果物を拝借して軽く上へ投げた。そして、その場にいた誰の目にも移らぬほどの速さで、気づけば火かき棒を振り下ろしていた。まだ青かったリンゴをアトスが片手でキャッチし、火かき棒を元のところへ戻してから兄弟の前にしゃがむ。


「さあ、どうぞ」


 言いながらアトスが両手でリンゴを分けて、2人に与えた。


「きれてる!」

「なんで?」

「これが、気の力です。刃もなくして、ものを切る。これは気という力をわたしが操ったからこそ、可能な技なのですよ」


 断面は綺麗で、少しの煤もついていない。

 思わずベアトリスは兄弟が手にした真っ二つに割られたリンゴを覗き込んだ。


「そ、そんな……こんなこと……」

「それでは何故、霊の力、魔の力、人の力が、それぞれ天・地・人の一式とされているか、なのですが。この人の一式である気の力というのは、誰かに与えられて得られるものではありません。弛まぬ鍛錬の末に結実して目覚めることができるものなのです。つまり、人の努力――だからこそ、気の力は人の一式と言われています」

「しゅぎょー、がんばったらおなじことできますか!?」

「はい。できますよ、セオくん」

「!!?」


 雷に打たれたようにセオフィラスがリンゴを見つめる。


「そして、天の一式である霊の力。これは精霊や死霊などといった、不可視の存在の力を借り受けて公使するのだと言われています。だから、この地上の力ではないという意味で、天に属しているのですね。

 地の一式である魔の力というのは、大地の底深くに眠っている力を引き出すと言われています。これも同じく目に見えませんが、天の力とは違ってこれらには意思というものがない。大地震や激しい嵐なども、地の力と言ってよろしいでしょう」

「あらしは、まほーなんですか?」

「それは難しいところですが……誰かの意思でそれが引き起こされたのであれば、魔法としか言えませんよね」


 ゼノヴィオルの質問に答えてから、アトスはこほんと咳払いをする。


「三式には相克の関係があります。

 天が剋する魔の一式。地が剋する気の一式。人が剋する天の一式。――という部分ですね。

 つまり、霊力は魔力に強い。魔力は気力に強い。気力は霊力に強い、となります。

 これも先に挙げた説明から考えれば理解しやすいと思いますが、天の一式である霊力というのはこの地上の力ではありませんから、大地の発する強烈なエネルギーにも影響を受けずに済むためです。そして人間は大地に根ざして生きねばなりませんから、自然災害を始めとした地の力――魔力には弱い。人の一式が霊力に強いというのは、この世の存在ではない天の一式は人がおらねば存在が揺らいで来えてしまうためと言われています。人々が祈るからこそ、霊魂は忘れ去られずに存在を続ける。人の想いが精霊や、死者の魂の力になるためです。

 そして結びですが、この三式が世に揃っている内は世界は保たれると言っているのです。

 人がいるから天があり、天があるから地が存在し、大地があるから人は生きる。この三者の関わり方が三式であり、三つの箱(トレーズアーク)という理念であるのだ、と――そういう詩なのですよ」


 アトスが語り終えると、セオフィラスとゼノヴィオルは目を輝かせていた。

 ベアトリスはにわかに容認できないとばかりに顔をしかめていたが、目の当たりにしてしまった気の力――なる技を否定する材料が見つからなかった。



「拙い話になってしまいましたが、要するに、我々が生きていられるのは天と地のおかげなのだから感謝を忘れてはいけませんよ、という教えです」

「だれにありがとうっていうの?」

「ご先祖様や、食べものをもたらしてくれる大地に対してです」

「ありがとうございます……せいれい、さま?」

「せいれいってほんとにいるの? ゼノ?」

「しらない……」

「見えないだけできっといるのでしょうね。それに霊魂というのは精霊だけではありません。あなた達のおじいさんやおばあさんだって含まれているのですから」

「あったことないよ」

「うん」

「でも、確実にいたんですよ? そうでなければ、あなた達は産まれてきていないのですからね。

 と――どうでしょうか、ベアトリスさん。わたしの知る、トレーズアークの解釈というのは」

「……ま、まあ、そういう説もある程度に、頭の隅に覚えてあげてもよろしくてよ?」

「それは何よりです。ご清聴ありがとうございました」



 セオフィラスは翌日から、アトスのつける修行で必死に負けん気を発揮するようになった。その熱が伝染したのか、ゼノヴィオルも泣きじゃくるのは変わらなかったがすぐに投げ出そうとはしなくなった。


 そしてベアトリスは、それが面白くはなかった。


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