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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期11 月に吼える
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テラ・メリタにて ②


「歩けば歩くほどこの国の歪みが目に見えてくるな……」

「そうですね……。南部ほど治安はよく管理され、庶民の暮らしぶりも安定しているようですが、その一方で落伍者はある意味では南部よりも悲惨な様相に見えます……」

「テラ・メリタはグラッドストーンを凝縮したような都だな。あまり離れるな」

「はい」


 ようやく辿り着いたテラ・メリタの都は美しく豊かな街並みを広げていた。

 しかし路地の間には落伍者らしきみすぼらしい人間がぺたりと座り込んで虚ろにぼんやりと過ごしている。都へ潜り込んですぐにも、盗みか何かをしたとみすぼらしい落伍者のような者が住民に袋叩きにされているのを2人は目撃していた。


 美しく、多くの人々は豊かそうに暮らしている。活気のある都の営みは一見すれば素晴らしいものに見えるが、北部の貧しい暮らしぶりや、日陰で隠れ潜むような人間の姿を見れば貧富の差をまざまざと見て取れる。選ばれた一握りしかテラ・メリタには住むことができないし、そもそも立ち入ることさえも難しかった。

 ヨエルとカタリナはテラ・メリタに向かっていた行商の夫婦から身分証を半強制的に譲ってもらって入り込んだという経緯があった。


「エクトル様はやはりお城なのでしょうか?」

「恐らくな……。ここからが問題だ。単身、城へ乗り込んでエクトルを奪取するのは不可能だ。何か策を練らなければならん。せめて城の見取り図や、内部構造。手引きする者。あるいは数十人からの協力者が必要になる」

「いずれも難しそうですね……。わたしが城に潜入するというのはいかがでしょう?」

「王城だ。身分も曖昧な者を雇い入れるなどしないだろう。それに面が割れてしまっている。危険だ」

「顔が知られているならば、醜く顔を刻んででも――」

「ふざけろ。女が自分で顔を刻むなど、世迷言を言うんじゃない」


 実行するかどうかは別として口に出てしまった言葉だったのにヨエルに諫められ、カタリナは俯いてしまう。


「エクトル様のところまで、あと少しです。それなのに手をこまねくというのは……」

「逸る気は分かる。だがこらえろ。俺達がここでしくじれば、エクトルを取り返す機会が先延ばしになりかねん。そして取り返しがつかない事態にまで発展することも考えられる。

 一刻も早くエクトルを取り返すことは急務だが、無事に取り返してアルブスまで連れ帰るというのが最低条件になる。これをクリアした上での最速を目指さなければならないんだ」

「ではお早く、整えませんと。わたしにできることがあれば何でもお命じになってください」

「ああ、分かっている。……とにかく情報収集だ」

「はい。それとヨエルさん、お願いがあるのですがよろしいですか?」

「何だ?」

「自分の身を守れる程度で良いのです。わたしに戦う術を教えていただけないでしょうか」

「正気か?」

「正気でない方がよろしいのですか?」

「……分かった。時間がある時にな。……あと、正気でいてもらいたい」

「わたしもです。意見が一致してほっとしました」

「カタリナ……お前けっこう、あれか、心を開くとすぐ茶化すタイプか?」

「ご想像にお任せしますが、ヨエルさんも少しずつ幻想で曇っていた(まなこ)が澄んできたのですね」

「……まあ、いいか。逗留先をまずは探そう。宿暮らしでは金が尽きる、仮の住まいが必要だ。城にお前が潜り込むのは危険だが、酒場程度ならば潜り込めるかも知れん。そこで女中として働きつつ、エクトルのことを探ってもらえるか?」

「はい」

「……酔っ払いに手を出されたらすぐに言うんだぞ」

「いちいち伝えてはキリがないかと」

「その時はこんな国の住人がじわじわ減っていくだけだ。構うまい」



 グラッドストーン王都テラ・メリタにヨエルとカタリナが潜り込んでから5日が経ち、2人はささやかな下宿を見つけて仮住まいの居を構えた。カタリナは都で随一の大きな酒場の新人女中として働き、ヨエルは日雇いの労働仕事を転々としながら王城へ入り込む隙間がないかと伺っていた。


 例えば城に物資を搬入する仕事や、城内の庭木の手入れなど、少しでも城に踏み入れる職がないかと探していたが城に近づけたとしても、必ず城内の人間が出てきては荷物を受け取ったりして決して、城へと続く階段を上がることができなかった。

 ほんの20段でしかない、白亜の階段。

 しかしそれこそがグラッドストーン王国のロイヤル・ステップ。庶民が決して踏んではならない、高貴なる者のみが昇れる階梯である。


「親方、あのロイヤル・ステップはどうしたら踏めるもんでしょうね?」


 今日も荷運びの仕事をしては、ロイヤル・ステップに阻まれてヨエルは荷運びの親方へと尋ねる。


「そりゃ、夜中にこっそり一段踏む程度はできるだろうよ」

「そうでなく、端っこだけでも昼日中に堂々とですよ」

「無理なこったな。陛下に芸をお見せしたいと旅芸人なんかが来たって、この広場でお披露目するだけだ。どんな高名な楽士だろうが、変わらん。……ああ、宮廷画家様やら、そういうのは別だろう」

「宮廷画家……。そりゃ無理ですな。それじゃあ、親方、例えば王子様の婚約者なんかが王室ではなかったらどうなるんです?」

「そんな前例はない――ああいや、大昔にあったか」

「どうなりました?」

「そもそもそんな娘をめとることは許さんと時の王に諫められたが、諦められんかった王子は駆け落ちを試みたそうだ。が、それすらも許されることなく王子は捕縛されてどこぞの寺院、駆け落ち相手は殺されたとか」

「……だが恋というもんは身分違いでも起こりえるものでしょう。もし、王子が王室以外の女を愛したらどうなるもんでしょうね? そんな前例があったとしたら、その王子は……」

「さあな。そんな物好きはそもそもおらんだろうよ。さあ、もう一仕事あるんだ。帰って荷物積んでまた運ぶぞ。休憩は終わりだ、終わり。ところでヨエル、お前はやる気もあるしどうも聡そうだ。日雇いなんかじゃなく、うちで面倒見てやってもいいぞ?」

「……いえ、俺は根無し草が性に合うので」

「ハハハ、そんなバカみてえなこと言うタマじゃなかろうよ、お前は。何をうそぶきやがるんだか。俺の気が変わらねえ内は有効にしておいてやるから、いつでも考え直せよ」


 ロイヤル・ステップに阻まれてばかりで城に入り込めないという問題についてヨエルは考え直していた。あの強固なロイヤル・ステップはジュリアスであってもエクトルに踏ませるのが難しいことなのではないか、と。

 だとすればエクトルを取り返すのは想定よりも楽になるかも知れない。

 ともかく、どこにエクトルがいるのかということを探る必要があった。


 仕事を終えて賃金を受け取ってからヨエルは酒場へと向かう。カタリナが数日前から女中として働いている場所だった。

 夕刻ともなれば酒好きの庶民のみならず、訓練や任務に精を出した兵が足繁く通うこともある大店だった。そんな酒場の外――勝手口に近い壁際に、ヨエルは来る。頃合いを見計らってカタリナは仕事を抜け出して、そこへ来る。


「繁盛しているようだな、今日も」

「はい。今日は何か、掴めましたか?」

「ロイヤル・ステップだが、あれをエクトルは踏めないんじゃないかと思ってな。王室の人間、あるいは城勤めを許された者しか上がれない階段だ。王子とて異国の娘を城に連れ込むのは難しいのかも知れん」

「ではエクトル様は……」

「城外にいるかも知れん。が、場所は分からん。探ってみてくれ」

「はい。……お食事は取られましたか? 大したものは出せませんが、お出ししますから中へ。サービスでお出しするんでお金もかかりません」

「……大丈夫か?」

「ええ。表からどうぞ」


 毎夜のようにこの酒場でヨエルは夕食を食べていた。

 カタリナがサービスと称して出すので、一銭も払ってはおらず、ヨエルが稼いだ賃金は仮住居の家賃と貯蓄に回せるので助かってはいる。――が、それだとカタリナを働かせて食べているような気がして、何だかヨエルは落ち着かなかった。

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