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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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兄弟の決別 ③


「説明をしろ、ゼノヴィオル・アドリオン!

 貴様はっ、一体、何様のつもりだというのだ!?」


 ヴァラリオ坑道前まで来たドーバントンは、憤懣冷めやらぬままに怒鳴りつけた。ドーバントンだけではなく、共立同盟の指導者層もまた同行してきている。


「何というつまりはありませんが、分かりやすい言葉を使うならば支配者とだけ」

「支配だと? 共立同盟はボッシュリードの支配から脱却するために結ばれたものだぞ!」

「僕はその共立同盟というものに肯定的ではありませんでしたから。

 しかし現実としてボッシュリード軍は全滅し、敵の将も消え去りました。

 ロートスという最強の矛を持ち出し、全滅したとなればボッシュリードはもう武力的衝突で利を得ようとはしないでしょう。

 仕掛けてくるとして経済戦争、それかいまだに立場を勘違いしている和解案の提示程度と思われますが、いずれにせよもう、彼らに勝ちの目は出ないと想定をしています。

 その上で。

 あなた達に取引を用意しました。

 僕の指示に従うのであれば身の安全を。

 僕と関係を切るのであれば身の危険を。

 もちろん、立場ある皆さんですから、自分だけの命が秤にかけられているとは思わないでいただきたい」

「そんなの、単なる脅迫ではないか……」

「その通りです、カウエルさん。

 でも僕は別に人の生き血をすすりたい怪物の類ではありません。

 ちゃんと僕はボッシュリード軍を全滅させ、アルブスに迫っていた脅威を取り除いたという実績があるということを覚えておいていただきたい。

 僕の庇護下に入るならば安泰ですよ。食うに困らず、贅沢もできるでしょう。家族とともに暮らせる。あなた方が失うものは一国の主という立場だけなのですから。

 答えは明朝まで待ちましょう。回答がないのであれば背信行為とみなします。

 どうぞ、賢明なご判断を」


 顔をひきつらせながらカウエルは唾を飲み込んだ。そんな父の顔を連れてこられたミースが不安そうに見上げる。息子と目が合ったカウエルは一歩前へ出てゼノヴィオルと向き合った。

 息子と変わらぬ年の少年を前に彼は緊張している。


「わたしは、従おう」

「……そうですか。分かりました」

「わ、分かりました……? そ、それだけか?」

「必要になれば呼びます。お好きになさっていてください」


 まるで眼中にないとばかりにゼノヴィオルはデスクワークを始める。広げられたいくつもの地図は坑道のものだった。山の中に要塞を兼ねた城を築くという大事業が始められようとしている。今のゼノヴィオルにとってはそちらの方が重要なことだった。


「あなたは何を目的として、支配者になるなどと仰られているのかしら?」

「関係のないことを話すつもりはありません」

「そう。……では、わたくしは手を引きますわ、あなたから」

「……残念です、先生」

「分かっていたでしょうに。さようなら。

 次にお会いする時はもう少しまともになっていてくださるかしら。話さえ通じないのでは顔を合わせる意味がありませんわ」


 決別するようにベアトリスは踵を返し、背筋を伸ばしたまま歩いていく。

 そして唯一、決断を残しているドーバントンは去っていくベアトリスと、まるで関心を向けようとしないゼノヴィオルを交互に見てからわなわなと肩を震わせる。


「ええい、意味が分からんわ!

 貴様ら兄弟のせいでめちゃくちゃになった!」


 喚きながらドーバントンは頭髪をかき乱して地団太を踏む。


「ボッシュリードへ反旗を翻す同盟を結んだかと思えば、今度は弟が支配者になる!? まったくもって理解ができん! だがな、小僧、大人を舐めるな! わたしは先祖より代々、ドーバントン領という土地を継承し、守ってきたのだ! それが一領地だとて、一国家とて、変わりはせん! わたしは、わたしの土地を守るために生きてきたのだ! 今さらみすみす、誰かに渡してなるものか!」

「どうぞ、ご自由に。できるものなら、お好きになさってください」

「最後の最後まで抵抗をしてやろう! それが死んでいった戦友(とも)達への情けだ!」


 足音を踏み鳴らすようにドーバントンも立ち去っていく。


「カウエルさん」

「な、何だね……?」

「春に向け、畑を広げてください。食料生産率を5年で3倍以上とするのがあなたの目標です。広げた畑の面倒を見るための人員は追って出しますので、まずは畑を広げてください」

「5年で3倍だと……?」

「大量の人員で、膨大な農地を管理します。そのためには農地の拡張が急務です。よろしくお願いします」


 淡々と告げられてカウエルは気味の悪いものを感じ取る。

 何より、どうやって小作人を増やすのかという疑問と、その答えに対する推測が怖かった。












「お兄ちゃん!」


 泉の畔に建てられた小屋へレクサが駆けこむと、セオフィラスはテーブルを寝台に乗せられていた。小屋には意識のないセオフィラスの他、ソニアとバーレントがいた。


「ソニアっ、お兄ちゃん生きてる?」

「……今は、まだ」

「まだっ? じゃあ……」

「時間の問題。衰弱が酷いから」

「どうにかならない? お願い、お兄ちゃんを助けてあげて、ソニア」

「……無理」

「そんなっ!」


 淡々と受け答えされ、レクサはセオフィラスのそばに寄って兄の手を取る。


「正直、こうなったらもうゼノヴィオルは止められない」

「てめえ、分かるのか?」

「分かる。……あなたもセオも負け犬っていうことまで」


 言葉を選ばない発言にバーレントが槍を握ろうとしたが、壁に立てかけていた槍が手にしても動かせないことに気づいて首を巡らせた。木の板から木の根が伸びて槍を絡め取って固定してしまっている。


「魔術か……」

「ソニア、ゼノ兄様はどうなっちゃったの?」

「……アヴァラスという、ヴァラリオに眠っていた魔物の王という存在に犯されている。そのせいでアヴァラスの力と結びついてる。人の身ではとても敵わない。一式を使える人間が雁首揃えたところで太刀打ちができないほどに」

「元のゼノ兄様に戻せない?」

「アヴァラスとの繋がりさえ断ち斬れれば可能だろうけど、その手段が現実的ではないからできない」

「手段って?」

「ゼノヴィオルをまずは半殺しにして、弱ったところでアヴァラスの力を引き剥がす」

「要するに力ずくか」

「その通り」


 何でも知っていそうだと思いたくなるほどつらつら質問には答えてくれるのに、無理なものは無理だと答えられてしまう。何を言っても打開策がないと言われてしまうような気がしてしまい、黙りこくってしまう。


「……わたしも、ここを離れようと思う。

 想定以上にヴァラリオから溢れる力が強すぎて、留まればわたしの力まで飲み込まれそうだから」

「ソニア……」

「でも正直、移動するのは面倒。荷車を引いてくれる頼れる牛さんでもいたら、のんびり行けるからいいけどその牛は多分、わたしには懐いてないから言うことを聞かない。

 とりあえずこの地を離れればセオの命を繋ぐ程度の治療はしてあげられるけど――」

「分かった、一緒に行こ!」


 婉曲な助け舟にがっつくようにレクサが答え、ソニアは少し気圧されるように顎を引く。


「必要なもの、とりあえず外に出すよね? どれがいるの? 教えて!」

「そこの壺と、柄杓と、ナイフと乳鉢。あとこの鉢に膝丈くらいの低木を根っこから引き抜いて植え替えて」

「うん! すぐやるから待ってて!」


 言われたものを抱え上げ、ふらふらとレクサが外に持ち出そうとしたが足がもつれて転びかける。が、その前にバーレントが片手で崩れようとした荷物を押さえて止めていた。


「あ、ありがと。そう言えば、あなた、お名前は? わたし、レクサ」

「……バーレント」

「ありがと、バーレント。手伝ってよ。一緒に行くでしょ?」

「誰が行くと――」

「いいから、そういうの! 悪いけどこれ、外に出しておいてね! 植木鉢に入れる植物探してくるから!」

「おい!」


 文字通りに荷物を押しつけてレクサはすぐ外へ駆け出して行ってしまう。


「どうして俺が……」

「まんざらでもない癖に」

「ああ?」

「レクサは裏表がないからたまにめんどいけど、その分、楽でいい……」


 半刻ほどで支度が整い、ソニアがドルイドの魔術でジョルディに牽引させるための荷車を作り出した。そして行ってはいけないとセオフィラスに教えられた、森の奥深くへと牛車が動き出す。


「ねえ、この森って迷子になるからダメって……」

「とっくにセオがこの森の管理者になっていたから問題ない。この森を行き来できるのはセオとあたしとエクトルだけ。それが今のルール」


 そうしてレクサは慣れ親しんだ故郷を離れ、近いようで遠い――見知らぬ国へ、グラッドストーン王国へと向かうこととなった。




 アストラ歴444年。風節、中の月。

 アルブスには新たな支配者が誕生し、セオフィラス・アドリオンという王は姿を消した。

 ボッシュリード王国の東部一帯はこの時より、新たな支配者によって統治されて繁栄の一歩を踏み出す。後に魔王と呼び称される支配者の誕生の瞬間であった。

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