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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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兄弟の決別 ②


 ぶつかり合った刃が火花を散らし、直後に炎が爆ぜた。

 その爆風がアドリオン邸の前庭を抉り、屋敷の屋根を煽ってべきべきと破壊する。

 セオフィラスが爆心地から後ろへ下がって出ると、黒煙の中から無数の魔術の杭が追いかけてくる。宝剣で叩き落とそうとしても数が多すぎた。セオフィラスの右腿へ杭が触れ、貫通する。指2本分の穴が瞬時に空き、セオフィラスが膝をつく。

 さらに飛来してきた杭をセオフィラスはまた叩き落とそうとしたが、今度は直前で剣を迂回して避けるようにして右肩を貫通する。


「ッ――」


 飛来した杭は消えたが、ゼノヴィオルの姿はなかった。

 風に吹かれて黒煙が消え去るが、ゼノヴィオルがいない。首を巡らせて姿を探そうとした直後、背後からの殺気を感じ取ってセオフィラスが振り返ろうとしたが、足も肩も負傷して動かせなかった。

 負傷のせいで動かせず、ガラ空きになっていた胸元をゼノヴィオルに蹴り上げられ、そこへ剣を振られる。かろうじて宝剣で受けかけたものの、力で押し込まれて肩口から切り裂かれ吹き飛ばされる。


「地の利があるから……この都では、お兄ちゃんは僕には勝てないよ。

 すでにこの土地はヴァラリオから溢れる魔力に汚染されていて、僕の力は今、ヴァラリオと同調をしている。

 だから……勝ち目はないんだよ」


 傷の具合を確かめるようにセオフィラスは動かせる手で傷口に触れる。

 立つことはできても、歩くことはままならない。剣は片腕でしか振るえない。それにゼノヴィオルに勝つイメージが掴めなかった。

 魔術とは相性が悪い。宝剣から霊力を引き出すことはできても使いこなせているとはセオフィラス自身思ってはいなかった。


「……それでも、今、お前を止めておかないと取り返しがつかなくなる気がする」

「お兄ちゃんはどこへなりとも、自由に放浪して好きに暮らせばいいんだよ。これ以上を望むなら、五体満足での暮らしはできなくなるだろうけれどね。それでもやるつもり?」

「ゼノ、お前はどうせ、また妙なこと考えてるだけだ。だから、止めてやる。きっとお前が、本心で望んでることじゃない。知ってるんだ」

「……じゃあ、力ずくでやってみればいいよ。お兄ちゃんは一度、失敗しておかないと自分の間違いに気がつきにくいところがあるから。確かめればいいんだ。それで後悔したところで、もう僕から言うことはないよ」

「上等」


 左手に握った剣を杖のように突き、右足を引きずりながらセオフィラスは悠々と、物憂げに佇むゼノヴィオルへと向かう。歩くだけで精一杯という有様で向かってくる兄をゼノヴィオルは一瞥すると、右手を向けた。その手に魔力が収束していく。凝縮された魔力は黒や紫色のもや状となって可視化された。

 セオフィラスの胸へと狙いを定めながら、ゼノヴィオルが魔力を収束させていく。


「さよなら、お兄ちゃん――」


 どす黒い魔力の塊が放たれてセオフィラスを飲み込む。

 一度は踏ん張って耐えようとしたセオフィラスだったが、勢いに飲み込まれて吹き飛ばされる。戦いの余波で壊れかけていた屋敷の玄関扉へぶつかってそのまま中へとセオフィラスが転がり込む。


「お兄ちゃん!」

「坊ちゃん……!」


 外の様子をうかがっていた屋敷の面々が床へ転がったセオフィラスに駆け寄るが、苦しそうな表情で呻きながらも意識はなくなっていた。


「ゼノ兄様、何するの!?」


 屋敷の中へ歩いてきたゼノヴィオルにレクサが叫ぶ。


「……僕が今から、ここの主だ。

 嫌なら出て行けばいいよ。

 止めることはしない。

 この屋敷も、もう使わない。

 そこの負け犬は外へ捨てておいてよ。

 次に目にした時は、息の根を止めるからね。

 それから、共立同盟の皆さん、僕と取引をする気があるなら、ヴァラリオにどうぞ」


 まっすぐゼノヴィオルは屋敷の中を突っ切るようにして歩いていく。使用人達は怖れるようにして左右へ分かれて、新しい主を自称したゼノヴィオルを見送るしかできなかった。


「坊ちゃん、坊ちゃん……目を開けてください、坊ちゃん」


 ガラシモスは倒れたセオフィラスを抱き起こしながら声をかけているが、目覚めなかった。レクサも膝をついてセオフィラスの顔を覗き込む。


「お兄ちゃん! ねえ、起きて!」

「坊ちゃん……! 今は眠っている場合ではございません、あなたが先代より、この土地を受け継いだのです。坊ちゃん!」

「無駄だ。元からこいつはろくに飲まず食わずで雪の中を歩いて弱ってた。それにこの傷は一眠りしただけで治りもしない」


 レクサとガラシモスが必死に呼びかけていたところへ割って入った声はバーレントのものだった。近づいてきたバーレントはガラシモスの腕からセオフィラスを持ち上げると肩へ担いでしまう。


「あなたは……?」

()()()()こいつの連れだ。引き分けるか、負けるかをしたら回収しろと頼まれていたから、それをしてやるだけだ」

「坊ちゃんを、一体どちらへ?」

「森だ」


 入ってきた扉からバーレントが出ていく。

 森と聞いてその場の誰もが思い浮かべたのは森の泉にずっと腰を据えて屋敷に戻ろうとしないソニアだった。

 彼女の不思議なところは多からず使用人の誰もが知っていた。だから彼女ならば何か、セオフィラスの助けになれるのかも知れないとも思い至る。


「ガラシモスさん……こんな時に、どうかとは思いますが、これから、わたしらはどうしましょう……?」


 20年も屋敷で働いている女中の1人が当惑したままにガラシモスに尋ねる。


「……お好きになさい。

 わたしはこの家を守る執事として、例えどなた様もいらっしゃらないとしても、ここへ残り、屋敷を守ろうと思います。

 ですが、皆さんがこの老いぼれにつきあうことはありません。

 ご家族とともにお決めなさい。このアルブスに留まるか、去るか……」

「お嬢様はどうするの? ガラシモス、こうなってしまったら、あなたがお嬢様の面倒を見るべきじゃない」

「レクサお嬢様……森へ、セオ坊ちゃんとともに行くのが良いかと思います」

「でも、ガラシモス……」

「お早く。……この老人のささやかな願いは、また、セオ坊ちゃんと、ゼノ坊ちゃんとレクサお嬢様が仲良く過ごされるところを見ることです。お嬢様は周囲の方を明るくさせることができますから、あるいは、わたしの夢を叶えてくれるのではないかと思っています。……また、お会いしましょう。レクサお嬢様」

「……ガラシモス……」


 何が正解かなどレクサには分からなかった。

 ハッキリしていることはセオフィラスもゼノヴィオルも、両方ともが心配ということ。それからどうして2人の兄が争う必要があったのか、何故、ゼノヴィオルが変わってしまったのかということだった。

 レクサはゼノヴィオルよりもセオフィラスと過ごした時間の方が長い。すぐ仕事にかまけて約束をすっぽかすセオフィラスには腹が立って仕方のないこともあったが、ちゃんと自分を大切に思ってくれていることは知っていた。

 ゼノヴィオルはどれほど忙しかろうが、時間を捻出してくれはしたがまるで義務感のようなものだからというような態度がいつからか見え隠れしていた。やさしいことに変わりはないが、そのやさしささえも今となっては本当のものだったのか疑わしく思ってしまう。


「……また、会おうね、ガラシモス」

「ええ。心よりお待ちしています。……行ってらっしゃいませ」


 レクサは決意が揺らがないように早足で屋敷を出ていって、裏の牛舎まで向かった。ジョルディに鞍をつけてから手綱を引っ張って森へと走り出す。


 いつか帰ってこられる日があるだろうかと考えると、どうしようもなく胸が締め付けられるような悔しさがレクサの中で湧き起きた。

 しかし、何に対する悔しさなのかは分からなかった。

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