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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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兄弟の決別 ①


 ジョルディ・ロードを突撃していくボッシュリード軍に、アルブスの市民は成す術もなかった。彼らはまっすぐジョルディ・ロードの終着点であるアドリオン邸まで辿り着いて取り囲む。

 屋敷の使用人は誰もが混乱していた。何故、いきなりボッシュリード軍がアルブスに入り込むことができたのか。敵に取り囲まれたこの状況をどうすればいいのか。


「ゼノヴィオル様、これは一体……?」

「皆は屋敷の中にいて。裏まで取り囲まれているようだから、とにかくここで大人しくしているんだ」

「ゼノ兄様、どうするの?」


 困惑しきっている使用人を集めてゼノヴィオルが指示を出すと、レクサが兄の前に出て尋ねる。屈んで目を合わせてからゼノヴィオルは妹の頭を撫でた。


「何も心配することはないよ、レクサ」

「でも、お兄様もいないのに……」

「お兄ちゃんは関係ない。今、この都を預かっているのは僕なんだ。

 そして、このままお兄ちゃんが戻らず、()()()僕に何かがあったら、レクサ、きみが守るんだよ」

「そんなのできないよ。……ゼノ兄様、何するつもりなの?」

「僕は僕のやれることをするだけさ」

「お、おい! これは、どういうことだ!?」


 外の様子に気づいたドーバントンがエントランスホールへと駆け下りてくる。アドリオン邸にいた共立軍の指導者層もまた、ドーバントンに続いて降りてくる


「言ったはずだな、任せておけと! だというのに、どうしてこんなことになっている!?」

「屋敷にいさえすれば危険はありません。あとのことは、自分の頭を使っていただいて構いませんよ」


 がなるドーバントンを相手にせず、腰に剣を佩いてゼノヴィオルは堂々と外に出ていってしまった。

 ずらりとそこに整列し、武器を構える兵達は本当に出てきたゼノヴィオルを見て身の毛がよだっていた。

 彼らは知っている。目の前の少年が超常の力を持ち、ロートスでさえも退け、黄金の兵隊を無尽蔵に生み出すことができる。


 だからこそ、戸惑いもあった。

 ウェスリーの死がギリスから告げられた後、崇高な王子の志を継ぐべく立ち上がると彼は宣言をした。

 生き残りの兵を再編成し、すぐにまたアルブスへと向かった。しかし以前のように黄金の敵は出なかった。

 門を打ち破るとそこには、外壁拡張のための工事をする職人ばかり。抵抗もなく2枚の壁を抜けて、市街地に入り込んでまっすぐアドリオン邸まで進めてしまった。――うまくいきすぎている。


「……全隊、構えてください」


 ゼノヴィオルは自分を取り囲むボッシュリード軍を眺めてから、最前列で馬に跨っているギリスを見据えた。ギリスの乗る馬のすぐ後ろにはハンスがいる。ぼんやりとした目でただ、一緒について来たというような、1人だけ緊張感のない表情をしている。


「報告っ、軍の背後より攻撃を受けています! 止めきれません!」

「構いませんとも。目の前の、諸悪の根源をまずは誅を下します。突撃用意。……突撃、開始してください」


 静かな声でギリスが指示を出したが、兵達は及び腰だった。

 それを見て、ギリスは馬を降りるなり兵をかき分けて前へ出ていき、最前列の兵から槍を取り上げる。そして腰だめに構えて駆け出した。


「あああああっ!」


 雄叫びを上げながら走り出したギリスの姿に兵達は我に返ったかのように、武器を構えて動き出した。20人以上もの兵がゼノヴィオルに向かって突撃をしていく。

 一切の疑いもなく、ギリスは自ら一番槍となってゼノヴィオルの腹部に槍を突き刺した。それに続くように無数の槍がゼノヴィオルの肩を、胸を、腕を、首を串刺しにしていく。


「……やっぱりか。単なる物理的な損傷だと痛みも希薄だし、こういうのだと死ねないらしい」

「あなたは――」

「始めようか。ギリス、望み通り、きみを使ってあげるよ。

 ただし最後の条件、これから起きることを最後まで生きて見届けられたら、だよ」


 小声でギリスと会話をしたゼノヴィオルは、彼の槍を掴んだ。


「起し、求めよ。

 我、欲望の宝を蒐集せし者。

 我、罪科の欲を希求せし者。

 災いを喚問し、禍害に地を染め、潰滅を冀望する。

 オーレム・シレオ・ノクス」


 ゼノヴィオルが呪文を唱えた直後、体中に突き立てられていた槍が黄金に染まった。そして穴の開いた樽から液体がこぼれるかのように、突き刺されていた槍が液状化しながら天に打ち上げられる。中空でそれが弾け、雨のように都市全体へと降り注ぐ。


「何だこれはっ?」

「熱――体が、溶けっ、あ、ああ、ああああっ!?」


 黄金の雨を浴びた人々は雫を浴びた箇所から、体が腐蝕されていた。皮膚が金色に変じるとともに沸騰するように体組織がぐずぐずに泡立ち、全身へと広がっていく。体が溶け、液状化したまま金属として固まって死んでいった。だが溶けて死ぬ人間がいる一方で、全身が金色に染まっても姿を保って、苦しみもがく者もいた。


 ギリスもまた、黄金の雨を浴びてすぐに苦痛にもがき苦しんでいた。

 腐蝕していく箇所から凄まじい熱を感じ、全身が炙られているような痛みがするのだ。皮膚表面だけでなく、体の内側にまで腐蝕が進むと骨や内臓にまで熱が広がる。

 苦しみもがきながら、ギリスは目を見開いてゼノヴィオルを見ようとした。だが、自分がどこを向いているかも分からずに首を振るい、身をよじり続ける。そうしながら彼は雨に打たれながら、ただ周りで悶える人々を眺めるハンスを見た。


 どうしてか、ギリスの見えた範囲ではハンスだけが平然としていた。金の雨を浴びていながら、腐蝕も起きてはいない。

 疑問が沸いたが、すぐに思いついた。一度、ハンスはゼノヴィオルに蘇生されている。それが影響しているのではないかと推察してから、すぐにこの雨の正体についても彼の脳は考えた。


『ただし最後の条件、これから起きることを最後まで生きて見届けられたら、だよ』


 ゼノヴィオルの言葉。最後の条件。

 それが「生きて見届ける」ことであれば、必ず死ぬという現象が起きているわけではない。だが、兵の多くは液状化して金の水溜まりと化している。

 アルブスの市民を傷つけるなと命じていたゼノヴィオルが、この金の雨で大量殺人を犯すというのも考えにくいことだった。


「ハッ、ハアアッ――はあ、はあ……生きて、いる……」

「おめでとう、ギリス。きみは生まれ変わったんだ。

 まだ仕事はしなくてもいいよ。大変なのはこの後のことだから、そこで力を貸してもらう」


 熱が引き、ようやく楽になったギリスはゼノヴィオルの声を聞いて振り返る。

 ギリスに目を向けることはなく、少年は前をまっすぐ見ていた。その視線の先に、セオフィラスがいた。


「――ゼノ、お前、何をした?」

「選別だよ。アルブスは今、生まれ変わったんだ」

「選別って何だ。生まれ変わったって、どういうことだ」

「もう、この都はお兄ちゃんのものじゃなくなったんだ。

 これからは僕が支配する」

「どうしてそんなことをする?」

「だって、僕はお兄ちゃんと違うから……。

 共立同盟だなんてものは邪魔なだけだし、僕はたった1人でボッシュリード軍をこうして退けるだけの力もある。だったら僕がこの土地を守った方がいいよ」

「……守る? だったらどうして、この都市の人間まで巻き込んで殺した?」

「死んだのはせいぜいが、全体の2、3割だよ。長くこの都にいた人は死んでない。最近になってここへ来た移民者がほとんどだ。それに大勢が屋内に避難していただろうから、雨を浴びてもいないよ。だから大多数はそのまま」

「……だったら何がしたかった、あの雨は。選別ってどういうことだ」

「ヴァラリオは尽きることなく黄金が採れる山だ。

 この黄金で僕は世界を手に入れる。そうすればお兄ちゃんが望んだ、争いのない世の中を作れるよ。

 話し合いなんかの和平は不安定だから……決めたんだ。

 取引によって成り立つ関係性と、圧倒的な力による支配者の存在さえあればね、誰も逆らおうとはしないから。

 きっと、お兄ちゃんがやるよりも、僕の方が上手にやれる。

 争いのない国を作りたいっていうのは、僕らは共有してるはずだからいいでしょう?」


 セオフィラスは金の雨を浴びてはいなかった。宝剣から発せられた天の一式による力で防いでいたためだ。天は地を剋する。魔術と一目で理解してセオフィラスは防げた。


「いいはずないだろ……。ゼノ、お前はやっぱり、おかしくなってる。

 アヴァラスとかいう魔物のせいで、変わった」

「……そうだね、否定はしないよ」

「だから、力ずくで止めてやる。それが兄としての、俺の役目だ」

「そう……。だったら僕は、お兄ちゃんを排除しなくちゃならない。

 理解してくれない、邪魔にしかならないなら、切り捨てる」


 兄弟はほぼ同時に飛び出して刃を交えていた。



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