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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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ゼノヴィオル対バーレント ④


「ガァアアアアア!」


 その姿は獣だった。

 衝動に突き動かされるままバーレントは黄金の骸へ突進し、力ずくで黄金の巨大な剣をもぎ取ると壁へと突撃をしていく。それを黄金の骸の群れは阻もうとしたが、まるで木の葉を掴もうとするかのように黄金の骸達はバーレントに翻弄されてすり抜けるように躱されていった。


 凄まじい気力の高まりをゼノヴィオルは壁上から感じ取っていた。

 あのままに突撃されてしまえば大門はひとたまりもなく破壊される。そう予感してゼノヴィオルは右手を持ち上げ、グッと拳を握り込んだ。それだけでバーレントが突撃しようとしていた門の前にひと際巨大な黄金の骸が地面から染み出るように出現をした。両手に大きな盾を備えている。ピタと合わせることで大きな円盾になるという半月状の盾だった。

 盾を合わせ、盾の骸がバーレントの突進を受け止める。

 背が門にぶつかったが、しかし打ち破られることもなくバーレントを止められた。そこへすかさず、躱された黄金の骸達が襲いかかり、バーレントを圧し潰しにかかる。

 ただでさえ重量のある黄金の、それも人型サイズで武具まで備えた骸達の圧。

 圧死までは難しくとも動きを止められるかとゼノヴィオルは注視していたが、少ししていきなり骸達がはじけるように吹き飛ぶ。


 黄金の骸達では荷が重いと判断してゼノヴィオルは壁の上から一歩踏み出すようにして飛び降りた。落下しながら右の手の平へ左手をあてがい、左手を振り抜くとその手に剣が握られている。

 荒々しい呼吸をし、その場で動きを止めているバーレントに向かいゼノヴィオルは頭上から迫り剣を振りかぶる。


「ハァアアアアッ!!

「っ!」


 完璧に捉えたと振り切った瞬間にゼノヴィオルは直感していた。

 だがバーレントは突如として腰を落として姿勢を低くし、奪い取った大剣でゼノヴィオルの一振りを受けている。ぐるりと足を入れ替えながらバーレントは回転してゼノヴィオルを弾く。


「ようやく降りてきやがったかよ、ゼノヴィオル・アドリオン……。

 てめえの兄貴は卑しく逃げやがったぜ。その分、てめえが俺の相手をしろ」

「……野獣みたいだ」

「てめえはこざかしい狐みてえだな。襟巻きにしてやるよ!」


 バーレントの足元が爆ぜた。

 まっすぐにゼノヴィオルへ突進してきている。

 しかしその速さはゼノヴィオルの想像を超えていた。

 繰り出された大剣を避けるために頭を振るが、突きの軌道から大剣が薙がれて側頭部に迫る。


「もらっ――クソが!」


 寸でのところでバーレントが得物ごと身を引く。

 ゼノヴィオルの体に膜のような妖しい光が蠢いていた。


(巧い――強引さを押し通すだけの技量がある。

 それに勘もかなり鋭いか)

(剣技はせいぜい、セオフィラスと同等か、やや劣る程度か。

 だがこいつ、魔術とやらを組み合わせて技量を補うどころか、それ以上に厄介にしてやがる)


 ゼノヴィオルの身体から魔術の衣が消える。

 静かにバーレントは大剣を持ち直した。


「てめえは俺の兄弟を殺しやがった。許しゃしねえぞ」

「許しを請おうとは思わない。大体、お兄ちゃんはお前みたいなのに負けないよ」


 踏み込んでバーレントが大剣を振るう。刃はゼノヴィオルの身の丈ほどもあり、幅は逞しいバーレントの腕ほどもあろうかという大きな剣だ。それにも関わらず重量に振り回されることなく、己の筋力で完璧に操って鋭い攻撃を繰り出してくる。

 だがゼノヴィオルも嵐のごとくバーレントの猛攻に対し、決して圧倒されてはいなかった。

 互いの剣を打ち合わせれば膂力の差で押しのけられる。そう察知し、どうしても大きくならざるをえないバーレントの大剣の軌道を読みながら躱すことを主体にする。さらにはバーレントの技巧による軌道の強制変更にも対応すべく、バーレントの重心の動きも注意深く観察をしていた。無理な動きをするというのは重量のある大剣の重みを、自分の力で変える必要がある。必ず、その時には自重や筋力によって一度踏み止まったり、力を逃がすという行為をしなければならない。それを察知してはすかさず魔術で反撃を加えた。そうすることでバーレントの消せない隙を効率的に突けた。


 ゼノヴィオルとバーレントの戦いは、ほんの短い間で優劣が目に見えていた。

 攻め立てているのはバーレントのはずなのに、手傷を負っているのもバーレントだった。一方のゼノヴィオルは傷を負うこともなく、剣でただ受けているばかりにも見える。しかし実態はバーレントの攻め手の隙を的確に魔術で攻撃している。

 それでもバーレントは一心不乱に、攻撃の手を休ませない。どころか、一振りごとが重く鋭くなり、フェイントをしようともしなくなる。その分だけ、ゼノヴィオルが隙を突くことも封じられようとしていた。


 力任せに大きくバーレントが大剣を振るう。

 潜り抜けるようにゼノヴィオルは刃を躱したが、瞬間、強い熱を感じた。

 振り切った大剣の後追いで巨大な炎が爆ぜてゼノヴィオルを吹き飛ばす。

 雪が瞬間的に溶けた水蒸気の中からゼノヴィオルが転がり出ると、即座にバーレントが迫り大剣を叩き落とす。


「てめえ――」

「どうかした?」


 バーレントが完璧に叩き落した大剣は、ゼノヴィオルの右腕に止められていた。

 異質な硬さを感じ取ったバーレントは奥歯を噛みしめ、口内の血や唾を飲み込む。

 止められていた大剣の刃がその右腕に溶かされ、引きずり込まれるように吸収されていってしまう。すぐにバーレントは飛びずさって距離を取る。

 ゆっくりとゼノヴィオルは立ち上がる。


「なるほど、魔術か……。ただの戦士とは違う」

「……見逃してあげてもいい」

「ほざけ。ロートスはてめえの命をてめえで決める」

「武器もなしに挑むのは無駄死にだよ」

「手足があって、てめえで動ければ十分だ。見せてやるよ、奥の手を」


 拳を握りバーレントが構える。

 ただの徒手空拳など怖くはない。

 しかしバーレントの雰囲気が一変したのを感じ取ってゼノヴィオルは目を細めた。


(この感覚、天の一式? ロートスが? せいぜいが地の一式だとばかり思っていたのに、一体どういう――)


 感じ取ったものにゼノヴィオルが思考を巡らせかけるとバーレントが動き出した。単純な突進してのパンチでしかなかったが、ゼノヴィオルは反応することもできなかった。殴り飛ばされながら殴られたものと理解が追いつく。

 追撃を仕掛けられる前にゼノヴィオルは魔術の衣を使う。触れたものを即座に蝕み破壊する、破壊の陽炎。しかしバーレントはそれを一度見て手を引いていたにも関わらず、今度は素手のままに一切の躊躇もなく拳を振り切った。

 腹部へ炸裂し、そのまま体内を衝撃が暴れ狂う。

 ゼノヴィオルが鼻と口から血を噴き出す。バーレントの右拳は魔術に抉り取られて肘までもがなくなっていたが、今度は左腕でゼノヴィオルの頭を掴んで力ずくで大地に叩きつけた。


 飛びそうになった意識をつかみ取り、ゼノヴィオルは起き上がろうと四肢に力を込めたが内臓が損傷したせいか力んだだけで激しい嘔吐感に襲われて這いつくばったまままたげぼげぼと血を吐き出す。

 それでもゼノヴィオルは顔を上げた。

 よろよろと、バーレントもまた力を失ったかのように後退をしているが、倒れぬようにバランスを取ろうとして下がっているだけだった。両腕の断面はズタズタに引き裂かれ、骨や血管をあらわにしている。だが、その傷口がじわじわと泡立つように蠢いていた。


(天の一式……。肉体の治癒能力に特化しているのか? だから僕に触れれば一撃で戦闘不能の重傷を負うはずなのに、重傷も治す算段で強引に攻撃をした……。無限に再生が可能なのか……? だとしたら少なくとも、あの男に負けの目は出ない)


 バーレントの奥の手への対抗策をゼノヴィオルは算出しようとしたが、そうするには体の苦痛が強すぎて意識が朦朧としてしまった。


「ハァ、ハァァッ……よう、もう、へばったかよ?」


 バーレントの両腕が、完全に癒えた。どころか、それまでの戦いでゼノヴィオルが与えた傷さえも完治している。息を荒くしながらバーレントはいまだに起き上がれぬゼノヴィオルへ歩み寄る。


(傷は癒えても、息遣いは荒いまま……体力とはまた別の問題……。それなら凌げる)


 剣を杖のようにして体重を支えながらゼノヴィオルはかろうじて立ち上がってバーレントを見据える。


「強いのは認めるよ……。決着は今は、つけない……」

「んなことを、許すか……。嬲り殺す、今、ここで……」


 相当にバーレントの疲労は濃く、ゼノヴィオルの目にも明らかだった。

 それでも彼はゼノヴィオルの息の根を殺そうと、歩いてくる。


「決めるのは……僕だ」


 ゼノヴィオルが右手を前に出し、開く。

 手の平から無数の黄金の鎖が放たれてバーレントの四肢へと絡みつくなり、好機とばかりに彼は自らも地を蹴ってゼノヴィオルへ迫ろうとした。が、それを利用してゼノヴィオルは鎖を引いていた。そうして自分の後方へと放り飛ばしてしまう。


 中空で暴れても生じてしまった慣性のせいでバーレントはゼノヴィオルから離れていくばかりだった。鎖を消してからゼノヴィオルは振り返る。

 一度、戦場から離してボッシュリード軍の本隊の方へと戻してしまえば、もう、体力が戻るまでは再び来られるはずがないという計算があった。

 思惑通り、バーレントは本体に拾われて少しずつ遠ざかっていく。


 それをしっかりと確かめてから、ゼノヴィオルは膝をついた。

 少しずつ魔術で内臓の損傷を癒してはいたが、なかなか上手くはいかない。綺麗に磨かれているような光沢を放つ自分の右手を鏡のように利用して顔を見てから、魔術で小細工を施した。何事もなかったかのように顔色の見てくれだけを元にし、自身に付着した返り血や汚れといったものを消し去る。


 そうしてゼノヴィオルは、何事もなかったかのようにアルブスの都へと戻った。

 屋敷には留まらずまっすぐヴァラリオに向かう。執務場所としている採掘現場の外の陣内でようやく椅子に腰かけ、空を仰ぐように顔を上げたままにぐったりと座り込む。


「……ロートスの半数以上は、消せた……。ボッシュリード兵は恐怖を知った……。あとは、あの男……バーレントさえ、始末できれば……勝てる」


 傷は深かった。

 それを隠し、ゼノヴィオルはその日も政務の一切を全て取り仕切った。

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