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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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ゼノヴィオル対バーレント ②


「森に何の用事があるの? 夜は来ちゃダメってお兄ちゃん言ってたのに……」

「ソニアに用事がありますの。彼女がいるところ、あなたならご存知かと思いましたのよ。案内してくださるかしら?」

「ソニアだったら、もうちょっと先だと思う。あっちの方。あ、ミース、そこ足滑りやす――」

「うわっ!?」

「……どんくさい子……」

「そこがちょっといいよね、ミースって」


 小太り気味のミースが足を滑らせたことについて、ベアトリスとレクサが異なる感想を呟く。尻餅をついたミースに手を貸して立ち上がらせるレクサを見ながら、ベアトリスは小首を傾げた。


「レクサ……ミースのどこがよろしくって?」


 再び歩き出し、そっとベアトリスが尋ねる。


「かわいいじゃん」

「……あれもいずれは父親のようにムダ毛がぼうぼうに生えて醜く肥えますのよ?」

「それはそれじゃない? 何かね、最近、気がついたけどあたし、体がしっかりしたタイプの人って嫌いじゃないもん」

「セオフィラスもゼノヴィオルも、あなたの婿探しには苦労しそうですわね……」

「一番、ないなーって思うタイプは……サイモスかな?」

「あれは男らしさというものからかけ離れていますから当然ですわね」


 そんな話をしつつ歩き続けていると森の中が少し開けて泉のそばへ出た。

 そこで足を止めたベアトリスは周囲を見渡し、畔にぽつんと小屋が建っているのを見つける。


「あそこでして?」

「ううん、違うと思う。……ねえ、ソニア! いるー?」


 レクサが呼びかけたのは一切の揺らぎがない静かな泉に向かってだった。

 するとすぐ、泉の中からソニアが浮上してきて水面に立つ。しかし頭から出てきたにも関わらず彼女は少しも濡れていなかった。


「何か用?」

「あなた……精霊か何かにでもなったのかしら?」

「多分、それとはすごい反対な位置にいるはず。で、何か用? 普通、魔女にお願いする時は手土産を持参するものだけど、その子ブタちゃんが手土産?」

「子ブタちゃんじゃなくてミースだよ! ダメっ、手え出しちゃ!」

「子ブタって言わないで!」

「む……つまらない」


 つーと水面を滑るようにしてソニアは岸まで来て、小屋へ向かって歩く。ベアトリスは相変わらずのマイペースなソニアに額を押さえつつ後ろについていった。


「何の用?」

「話を。2人は小屋の外で遊んでなさい。大人の話がありましてよ」

「じゃあ、わたしはお子様だから――」

「残りなさい、年齢詐称魔女」

「む……魔女呼ばわりだなんて失礼な」

「さっき自称していたはずでしてよ? わたくしの記憶違いかしら?」

「記憶違いでーす、これだから老婆はすぐにボケちゃって……」

「誰が老婆でして?」

「自覚のないのが証拠、いえーい」

「減らず口をこの小娘は……」


 会話さえままならず、疲れたようにベアトリスは椅子へ座る。

 ソニアはぐつぐつと何かを煮ている鍋の前へ立ち、柄杓でそれをひとすくいしてから木製の器へ移してテーブルに置く。


「仕方ないから真面目に話してあげる……。何の話?」

「ゼノヴィオルについて。彼の身に起きたことについて、あなたの知っている限りのことをお教えいただきたく参りましたのよ」

「……お山に魔物の王が眠ってた。それがゼノヴィオルを気に入って、力を与えた。それだけ」

「人柄が変わったように見えましたわ」

「地の一式の使い手が、邪悪なものと言われてしまう一つの原因になる現象。

 魔力は自然現象を引き起こしたり、時にそれを超える超常の現象を作り出すこともあるけれど、根源にあるのは大地に根差して、大地の中を流動する大きなエネルギー。それを体に引きずり込んで、魔術として行使をするけれど……うーん、その出力はけっこう、感情に左右される特性がある」

「感情が魔術と関わりがある……?」

「いわゆる邪悪とか言われちゃうような気持ちの方が、相性がいい。因果関係についてはよく分からないけど逆説的に、強い魔力を使えるというのは、それだけ邪悪な感情があるとも言えてしまう」

「……ゼノヴィオルは少なくともメリソスの悪魔と比較すればそう邪悪ではないと思いましてよ?」

「人の心なんてものほどぐらぐら揺れて信頼できるものはない」


 あっさりとソニアが言い、ベアトリスはしばし考え込むように黙った。


「ゼノは魔のものに見入られやすい人間だった。

 だからエミリオも肩入れをしたし、魔物の王も興味を持ってしまった。

 そして魔物の王は本当に強大な力を持っていて、それを分け与えてしまったから……魔物の王の邪悪さというものまでゼノに流入して強く作用をしている」

「つまり、おかしくなっているのはその魔物の王とやらのせいという認識でよろしいのかしら?」

「あくまでも、一因でしかないと思う」

「と、仰ると?」

「あくまでもゼノにその素地があったから、こうなってしまっているだけということ。

 グライアズローでの日々がゼノの心に深く濃い闇を作り上げた。エミリオの助力があったにせよ、魔術を使う充分な素質が備わってしまっていた。

 だからこそエミリオも肩入れをしていたけれど、エミリオはあくまで、ゼノの味方だった。見方によってはそうじゃないって言われるかも知れないけれど、エミリオとしては親切心でしかなかった」

「はた迷惑な方ですのね」

「否定はしない。けど、否定を受け入れることもない」

「……」

「ま、ともかく……魔物の王がゼノヴィオルのその闇を気に入って、力を分けた。きっと邪悪な感情、心の闇もさらに強く濃くなった。

 それにも関わらずあれで済んでるのなら、ゼノは今やろうとしていることを心底から正しいことだと信じきっているはず」

「……心底から?」

「たまにレクサが来てお喋りしていくけど、ゼノは養護院を作ったとか聞いた。

 わたしやエミリオがそんなものを手に入れたなら、自分の糧にするために利用をするけれど、レクサの話を聞いた限りだと、ゼノヴィオルは一切、そういうことをしてはいない。ただ、行き場のない孤児に居場所を作ってあげたというだけのこと。

 いくらでも自分の力にするための場所にしてしまえるのにそうしないのは、そういうことのはず。

 だからゼノは正常な本来の思考力を持っている。けれどその原動力は魔物の王に与えられた力の副産物である心の闇に起因している。説明は難しいけれど……指針は正しくて、その速度が異常、とでもいうのかも知れない」

「指針は正しく、速度が異常……。なるほど、腑に落ちましたわ」


 あまりにも強硬な手段を選ぶ手腕。

 本来は対立して争うことを嫌うはずの人格にも関わらず、進んで敵を作ろうとしているかのような態度の数々。

 そういったゼノヴィオルの言動への答えとしてベアトリスは納得することができた。


「正直、ゼノはやばい。今やってる戦より、ゼノ単体の方がよほどやばい」

「やばいと仰るからには、今後、ゼノが何をどうするか、あるいはどのような事態が待ち受けているか、という点について推測がありまして? 教えていただけませんの?」

「……うーん」


 ソニアが腕を組んで大仰に首をひねって見せる。

 しばらく悩んだようにそうしてから、思い出したように彼女は鍋から移した器を手にして口をつける。


「多分……」

「ええ」

「アルブスは消える」


 簡潔に表現されたソニアの予測にベアトリスは表情を変えなかった。

 そして具体的なことを問いただすこともしなかった。ただ、ソニアの言葉を受け止め、彼女は自分の中で咀嚼をした。


「何か、ゼノを元に戻す方法はありまして?」

「方法はあっても手段がない」

「ではその方法とやらだけ、教えてくださらないかしら」

「魔物の王を討つ。

 けどこれは、人の身では不可能。

 例え三式のいずれかを使えても敵う相手じゃない」


 涼やかに告げたソニアへベアトリスは鋭く視線を送り続けたが、肩をすくめられ、それでおしまいだった。

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