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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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ゼノヴィオル対バーレント ①


「ギリス、見ろ! 所詮はカウエルなどは臆病な小作人のまとめ役にしか過ぎんということだったな。この調子であれば所詮は東部辺境域の蹂躙などはすぐに済むはずだ。そうだな、ギリス?」

「はい。殿下の仰る通りでございます」


 カウエル領はほんの数刻でボッシュリード軍によって陥落した。

 その戦果にウェスリーは上機嫌で接収した屋敷の中で足を組んでふんぞり返って椅子に座っている。

 ウェスリーはご機嫌そのものだったが、戦いそのものはまるで予定調和であったかのようにすんなりと終えてしまった。手に入れられた食料はほとんどないも同然で、食料の備蓄庫は完全に空っぽでもあった。

 共立軍が最初からこの土地を明け渡すつもりであったとしか思えない事態でしかなかった。


「雪はもうこりごりだ。しばらくここへ駐留する」

「かしこまりました」


 一礼をしてからギリスは主が消えたカウエルの書斎を出ていく。

 屋敷の前にある広場へいくつも天幕が張られていた。その中の1つへギリスが入ると、そこにはボッシュリード軍の各兵科の兵長や、将といった上層部が集まっている。


「お待たせいたしました。殿下はこの地にしばらく駐留すると仰られました」

「ギリス殿が予想した通りですな」

「この街の陥落を見るに、何かしら策があってのことでしょう。

 取り残された住民の様子はどうですか?」

「どうもごろつきめいた輩ばかりのようです。戦いに兵として参加すれば罪を許してもらえるからとか。しかしごろつきですから、ろくな働きもできずに見捨てられたということでしょう」

「体のいい厄介払いか。それなら娼婦でも残していってくれればいいものを」

「建物という建物を捜索させているが、食料もろくに出てはこん。せいぜいが民家にあったもの程度でしかないと報告が上がってます。どれだけつまみ食いをされるか分かりませんな」

「食料以外の物資についてもろくにありません。加えて近くの林の木もしっかり刈られています」

「兵の士気はどうですか?」

「雪中の行軍の疲れは残っているでしょうな。先ほどの勝ち戦で浮かれてはいますが、数日は休ませるべきでしょう」


 次々と報告を聞いてから、ギリスは広げられている地図に目を向けた。

 通常であればここからアルブスまではほんの3日もあれば到着する。積もった雪を考慮すれば4日で計算ができる距離だった。


「当初の予定では共立同盟と名乗る土地の者は皆殺しということでしたが、ギリス殿、どうなさります?」

「今は何もせずにおきましょう。従順な態度を取っている限りは。

 しかし何か、策があることは間違いないはずです。住民は全て厳重な監視下に置き、同時に周囲への警戒も怠らないでください」

「そうしよう」

「承知した」

「ではお願いします」


 ギリスが出ていってから、集まっていた将官や兵長達は肩の力を抜いてそれぞれ椅子に腰かけたりとリラックスをする。


「それにしてもギリス……。あの男がいればボッシュリードは安泰だな」

「だが王子は手に負えん。先の行軍中の戦いの最中、諫めようとしたギリスを王子は刺したそうだ」

「諫める度に刺されるなんざ、俺はごめん被るな」

「それでもギリスの態度は変わっていない」

「大物なのか、小物なのやら……ギリスははかりきれんな」

「まったくだ」


 いずれにせよ、と彼らは同じことを感じている。

 ギリスさえいれば王国はきっと保たれる。ウェスリーの言葉にギリスの知恵が含まれてさえいれば政も軍事も何もかもが上手くいくのだと。











 当初の半分以下の人数にまでなってしまった共立軍はアルブスへと入ってきた。

 しばしの休息が与えられてから共立軍は再編成をされて、アルブスの外壁拡張工事に加えられた。

 そして共立軍の上層部はアドリオン邸に迎えられながら、何をするでもなく、悶々とした日々を過ごしている。


「ゼノヴィオル! 一体、何をどうするつもりなのだ!? いい加減に明かせ!」


 業を煮やし、我慢が利かなくなったのはやはりドーバントンだった。

 鉱山から戻ってきたゼノヴィオルを待ち構え、出会い頭に額に青筋を浮かべて怒鳴り声を発する。その声を聞きつけ、息子とともに避難してきて、アドリオン邸の裏庭の花畑を眺めていたカウエルが苦い顔をしながら様子をうかがう。


「あっさりとカウエルの屋敷を明け渡し、住民もわざと取り残させ……! 一体、何が目的かを言え!」

「教えて何か意味がありますか? 僕の時間が減るだけです」

「その時間を割かねば、共立軍は打って出る。そうすればお前の計画、費やした時間が水の泡になる。それでいいか!?」

「……構いませんが、犠牲になるのは僕の手駒ですから、それなら話しましょう。談話室にいらっしゃってください。他に知りたい方がいればついでにお話をしますよ」


 興味がなさそうに、あるいは疲れているから後にしてほしかったとばかりにゼノヴィオルはドーバントンの横をすり抜けて屋敷へ入っていく。その態度さえ気に入らず、ドーバントンはその場で地団太を踏んだ。


 遡ること数日前――共立軍はとうとう、カウエルの街にまで追い詰められていた。

 いかにしてロートスを食い止めるか。その手段について何度も話し合われたが有効な策は何も打ち出せなかった。そこへふらりとゼノヴィオルはやって来て、共立軍に対しての協力を求めた。

 ボッシュリード軍との戦いに都市アルブスとして協力をする。その見返りとして労働力を提供してほしいという取引だった。

 その提案は受け入れられ、ゼノヴィオルはついでとばかりにボッシュリード軍を腐らせると発言してその策を実行に移した。


「答えてもらおう、ゼノヴィオル。ボッシュリード軍を腐らせると、お前は言った。

 だがやったのはただ、カウエルの屋敷を明け渡しただけだ。戦いなどと呼べるほどの戦闘もなく、ただただ撤退をした! それもカウエルの民を残して! 一体何を目的としている、何を起こしている! 何を仕込んだ、言え!」


 談話室にはすぐに人が集まっていた。遅れて訪れたゼノヴィオルは呼びつけたガラシモスにお茶を淹れさせ、カップを手に座る。

 ドーバントンやカウエル、それにベアトリス、そしてカフカも談話室にいた。

 他にはゼノヴィオルに呼ばれたガラシモスや、何か楽しいことでも起きるのかと期待して来てしまったレクサと、何やら最近はレクサと仲が良いカウエルの息子ミース、イグレシア城からどうにか帰り、子ども達の面倒を見ているフランセットといった面々がいる。


「ボッシュリード軍の強みは数と、ロートスです。

 しかし今に至るまでの戦いにおいて、ボッシュリード軍はロートスに頼りきってきた。

 それゆえに今、真に危惧すべきはロートスの一族という破格の力を備えた群れのみです」

「だからそれを、お前はどう制するつもりだと言うのだ!? 分析されずとも分かっている!」

「ロートスの一族は群れであっても、個体であっても強いとは分かっています。

 しかし彼らだけでは僕の軍団と対峙したら数が足りなくなります。そこでもう一方の強み、ボッシュリード軍の数を殺す。そのために、敵兵を腐らせることを提案しました」

「マイペースにべらべらと……! 何をしているかを言えと、言っているのだ!」

「買収です」

「ば、買収……だと?」

「街に残してきた民には、あらかじめアルブスで集めた10組20人を潜ませておきました。彼らには金品を持たせています。そして街の中には敵軍に見つからないよう、金品を隠してあります。

 彼らの仕事は1つだけです。手持ちの金品、そして隠してある金品を使ってボッシュリード軍を買収すること。ただし要求は軽微なもので良いと指示しています。恐らくは監視下に置かれるでしょうから、その窮屈さを紛らわせるカードを要求するとか、こっそりと外出をさせてもらえるよう要求をしたり。

 時間とともにボッシュリードの兵は腐ります。きっと短くとも数日は駐留するでしょう。その間にボッシュリード兵はこう考えるはずです。――アルブスは裕福だ、アルブスには金がある、焼き尽くせば富は消え去る。

 そういう認識を植えつけている最中です。

 そしてアルブスへ迫ってきた時、腐敗したボッシュリード軍に寝返る機会を与えます。戦さえ終われば金を持って無事に故郷へ帰れる。家族をこっちに呼んでもいい。アルブスは人が大勢流入することを望んでいるというのは、買収された時にでも耳へ入るはずですから。

 これでボッシュリード軍の数という利点は、じわじわと毒におかされたかのように失われていく。信用のならない兵ほど、戦場で見たくないものはないものですから。裏切者が1人出ただけで、ボッシュリード軍は使い物にならなくなります。

 腐敗して買収に応じてしまっている兵の存在や、金品ですぐに寝返るかも知れない危機感から、ロートスだけで事を済ませてしまおうと考えるようになるでしょう。

 これが僕の打った策です」


 想像を超えていた悪辣な策にドーバントンはどん引きして苦々しく顔を引きつらせる。カウエルもまた言葉が出なかった。

 そんな中でベアトリスは、優雅に茶を飲んでから口を開く。


「ロートスにはどのような対処を行うつもりでして? あなたは自分の打った策があるから、共立軍の兵には工事をしてほしいと言いましたが、ずっと工事をさせ続けては戦の支度がままなりませんわよ」

「特別に支度をすることはありません。都市化計画とともに、要塞として強固な守りを敷く計画を立てています。まずは壁でロートスを押し留める。それから僕の軍団が対処へ当たります」

「あなたの軍団というのは一体何なのかしら?」

「……言わないといけませんか?」

「全てを言え!」

「口外しないでください。市民には知られたくありません」


 ドーバントンの恫喝に対してゼノヴィオルは淡々と返し、カップを置いた。

 それから手袋を外して、黄金の義手を談話室の皆に見せる。人の肉体とは到底思えない黄金の右手だ。手の甲にある赤い宝石の中にうねるような光が宿っていて、それが宝石の表面で奇妙な輝きを見せる。


「な、何だ、その手は……?」

「地の一式です。僕は魔術を使えます。

 そしてこの力で不死の軍団を作り出せる。

 いくらロートスであっても、殺しきれない相手には疲弊し、いずれ朽ちますから」


 手袋をまたつけてからゼノヴィオルは残っていた茶を飲み干すと椅子を立った。カップをガラシモスに返して何も言わずに談話室を出ていく。


「……どうなっているんだ、ここの兄弟は? おい、クラウゼンの、どんな教育をしたっ?」

「わたくしはセオフィラスの後見人をしていただけであって教育などはしていませんわ。

 強いて原因を挙げるのであれば……彼らの師の思想の影響なのでしょうね。

 レクサ、少し用事がありますの。つき合ってくださるかしら?」

「いいよ! ミースも行く?」

「いいの? お父様、行ってきていいですか?」

「好きにしなさい……」

「では失礼。行きますわよ」


 談話室に残された面々は、ゼノヴィオルの打ち明けた策の悪辣さや、見せられた人とは思えぬ黄金の右手について思い返す。しかしどう考えても受け入れがたいことでしかなかった。

 至った結論は、アドリオンの兄弟はおかしい――というそんな考えだ。それからふと、彼らは今しがた、ベアトリスに連れていかれたレクサも何か危険なところがあるのではないかとも考えたが、まさかなと流しておいた。――ともについていったミースという息子を持つ、カウエル以外は。

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