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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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雪上の血 ③


「あれは何かの策かっ? ここまで深く追撃など……!」


 馬を走らせながらドーバントンは後方をちらちら見ながら焦燥のままに声を出す。

 猛追してくるロートスは馬もないのに、ずっとトップスピードで雪原の中を駆け続けてきている。時折、槍を投げては兵を仕留める。そして槍を回収しながらまた駆ける。


 なだらかな丘の上で一度、ドーバントンは馬を止めた。

 敵軍は無秩序に広がりながら、どこを目指しているかも分からぬ様子でひたすらに共立軍を追いかけるように移動している。統率はなかった。


「……千載一遇の好機かも知れん。ゲラルト、どう思う」

「ロートスは脅威としか思えないが、それに頼り切った愚策のようにも」


 ゲラルトはドーバントンとそう年の変わらぬ男だった。

 ドーバントンが抱える私兵集団の長であり、軍事面における彼の右腕とも言える男だ。30年もの長いつきあいがあり、主従という関係を超えて友人のような対等の口を利ける。


「利用したいところだが、ロートスをどうにかせねばならんな。やつらは雪崩のように全て圧し潰してしまいかねん」

「特にあの、バーレントとかいう男。黒狼王とあれほど渡り合ったともなれば、こちらに対抗しうる実力者はいないも同然だ」

「……だが、若いな。己の間合いと見るや否、味方でなければ誰彼構わずといった様子にも見える。まるで憂さ晴らし。防戦主体にして50人いれば、どれほど時間が稼げるものか……」

「100は用意すべきだ。それを小出しにぶつけていく。律義に相手するだろう」

「他のロートスにも兵を割かねばならん、100は多すぎる」

「いいや、100でも少なすぎる。時間を稼ぎたいなら。どうする?」

「……よし。逃げ遅れた羊を駆るとしよう」

「ゲラルト、今、撤退中の兵をまとめてバーレントの餌にしてくれ。

 タイミングをはかってからだ。……いいか?」

「指揮官の決定だ。従おう」

「うむ、すまんな。だが他のロートスは足止めをしよう。敵の数を2割も減らせれば御の字だ。

 死ぬな、ゲラルト」

「分かっているよ、大将」

「大将はわたしではないわ」

「俺にとっちゃ、あんたがいつでも大将さ――」


 ドーバントンは後をゲラルトに託し、一目散に共立軍の野営地へと馬を駆った。

 バーレントへの対策として2人が下したのは、兵を逐次、少数でバーレントに向かわせることで足止めするというものだった。とても大局などを見ようとせず、ただ暴れたいから暴れているとばかりの戦いぶりを逆手に取った策である。兵の数だけ時間が稼げるという見立てだった。

 その間にドーバントンは、他のロートスを撤退させるための策を打つ。わざわざ戦場を追いかけてきているウェスリーの姿は遠目から見えていた。さすがにその守りは厚いようだが、ロートスは全てが最前線へ出てきてしまっている。そこへ長弓で矢を射かけ、直接ウェスリーを狙う。恐らくウェスリーは、遠くからの攻撃でも勝手に臆してロートスを引き戻させるだろうと読んでいる。足の速いロートスは即座にウェスリーの守りへ向かうが、すでに他の兵が突出しすぎてしまっている。

 最前線からロートスが消えれば、各地から集められただけの一般兵が戦場から取り残される。それも統率のない数ばかりが大きな集団だ。

 ここへ共立軍の現在の予備兵力を全てぶつければ大きな損害を与えられる。

 それが突貫で立てられた羊狩り作戦だった。


 野営地へ戻ったドーバントンは息つく暇もなく指示を出し、作戦の全貌を早口に告げた。時間との勝負だった。敵軍が引き上げようとすれば作戦は台無しとなる。統率が生まれれば共立軍が与える被害が少なくなってしまう。


(どうやらウェスリー王子は甘やかされて育っただけのぼんくらのようだ。

 事前の情報では相当に頭のキレる参謀めいた者がいるとかだったが――よもや、この気候で寝込みでもしたか? ならば好機、これ以上の好機もあるまい)


 予備兵力を大急ぎで編隊させるなり、ドーバントンは再び出撃した。

 見晴らしの良い丘の下まで兵を引き連れてきてから、弓兵隊を右翼側へ展開させる。あらかじめ雪原の戦いを想定していたため、白い布を大量に用意していた。それを被って銀世界へ溶け込むように、しかし迅速に弓兵隊を移動させてウェスリー目掛けて矢を浴びせる。それでも距離があり、そう簡単にウェスリーへ当たりはしない。


「さすがに遠すぎるか、バカ王子め、さっさと我が身可愛さにロートスを戻せ!」


 始まった作戦を隠れながらドーバントンは伺い、悪態をつく。

 共立同盟が発足をしてからというもの、ボッシュリードと正面切って対立するのを憚る者は少なからずいた。しかしドーバントンは積極的であった。元より若いころは武人として名を馳せた猛者である。

 ほんの14歳でしかないセオフィラスの無謀さに苦い顔をすれど、戦が始まってしまえば血が騒ぐ男だった。


「ロートスが王子の方へ後退していきます!」

「よしっ、かかったわ、バカ王子めが! しかし時を待て、ロートスが合流してからバカ王子も撤退するはずだ! 可哀そうに置き去りにされた兵へ、まずは騎馬隊が突撃をする! その間に弓兵隊が援護姿勢を取り、ある限りの矢を雨霰(あめあられ)と射かけまくるぞ! その後が本番だ!

 良いか、この戦を始めたのは14の若造なのにどうして我々が命を捨てる覚悟を決めねばならんなどと愚かなことを考える者がいれば、武器を置いて今すぐ去れ! 我々はっ! 我らが祖先が開墾し、必死に子孫へと伝えてきた土地を守るために戦っている! ボッシュリードなど、この東部辺境を単なる畑としか見てはおらなんだ!

 家族のために、戦うのだ! 先祖のために! 愛する女のため! 生まれる我が子のため!

 セオフィラスの理想は、全てを守るためのもの! あの生意気な小僧めは、己だけでなく、己の家族だけでなく、己の領地のみではなく! 多くのボッシュリードに奪われた者達のために! 牙を剥いた!

 ならば我らが応えずしてどうする!?」


 士気を高めるための演説をぶち上げながら、一方でドーバントンは冷静に戦況もうかがっていた。ウェスリーがロートスの一団と合流するなり、射かけられる弓から逃れるように撤退を始めている。

 しかし己の軍勢に何ら指示を出すこともなく、ロートスが退いていく様子を見て兵達は混乱を起こしかけている。このまま当初の命令通りに突き進むのか、それとも大将が撤退しているのだから引くべきなのか。最初から目的も聞かされぬままに飛び出してきた彼らには判断材料などはなかった。

 ロートスに取り残されていくことに不安を募らせ、危機感を抱き始めていく。


「さあ! 往くぞ!

 憎きボッシュリードのバカ王子めに、我らが雄姿を見せつけてやるのだ!

 全軍、突撃である! 往くぞぉおおおお――――――――――――――っ!!」


 御年58歳の老体とは思えぬ銅鑼声を響かせ、ドーバントンは自ら先陣を切るように突撃した。100にも満たぬ騎馬隊がそれに続き、さらに歩兵も雄叫びを上げながら突撃を開始する。

 騎馬隊の突撃を見た、哀れなボッシュリード軍の兵達はすぐに逃げようとしたが彼らに弓の雨が降らされた。弓の雨がやんだかと思えばすぐそこへ騎馬隊が突っ込んできている。

 馬に蹴られ、馬上から槍を突き刺され、散り散りにボッシュリードの兵達は逃げ惑う。

 そこへ今度はドーバントンの演説に乗せられ、猛進してくる軍勢に飲み込まれた。少数ながら、勢いもあれば、事前に弓と騎馬隊のせいで彼らは恐慌に陥っている。まともな抵抗ができる者はそういない。


 ドーバントンの上げた手柄は大きかった。

 ボッシュリード軍の3割もの兵が一度に蹴散らされたのである。ロートスに頼りきっていたというボッシュリード軍の兵の怠慢な態度もまた、一役を買っていた。

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