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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期10 変革の刻
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雪上の血 ①


 イグレシアが落ちたという報せを持ち込まれてもゼノヴィオルは顔色を変えなかった。

 セオフィラスが大河イグレシアに落ちて行方が知れないと聞かされても同様だった。


「口の達者な人と、用心棒程度の働きができる人で一組。

 それを10ばかり作っておいて。後からまた指示を出すよ」


 そんなことを、作業の片手間に口にするだけだった。金の採掘は順調に進んでいる。坑道の拡張とともにヴァラリオを城塞とする工事も始められている。

 そちらの方がイグレシアを突破した敵の大軍勢よりも関心があるのだと、軽蔑するような話もところどころから漏れた。ゼノヴィオルの人が変わったと、今やアルブスの誰もが口にする。


 しかし都はゼノヴィオルが仕切るようになってから、凄まじい速度で発展もしていた。

 噂を聞きつけて各地から集まった労働者は金鉱や、工事に従事した。重労働ではあるが金払いもその分だけ良かったし、金鉱の労働はただでさえ多い報酬にさらに歩合で採った金に応じて上乗せがされる。

 だから金鉱の労働をしたいという希望者が多すぎて工事へ回す人手が薄くなりそうなほどだった。

 だがそれはゼノヴィオルの手腕で丸く収まった。まずは工事で働き、良い働きぶりを見せた者に金鉱の仕事を与える。採れた金が少なければまた工事の労働へ戻す。

 そうして人を入れ替えさせながら、労働者の意欲を向上させた。

 金を採って稼ぎたいという一心で労働者は励みに励んだ。そして金をたくさん採り、たっぷりの報酬を手に入れたら拡張された都の外縁の一角に作られた売春宿や酒場へ繰り出して遊び尽くす。売春婦や、娼館の女主人はこの区画にだけ住むようにという規則まで作られた。ここへ出入りをしていいのは16歳以上だけという決まりもできたし、売春婦が望まぬ妊娠をしたならば産前産後の一定期間に仕事が取れなくても放り出してはならないとも決められた。生まれた赤子を育てたくないならば、養護院が貰い手になるとも決めた。養護院では孤児が集められて集団生活をしながら暮らす。その費用は税で賄われるし、勉強まで教えるので養護院の子の方が優秀になるのではないかなどとまで言われた。


 人は変わったようだが、しかしゼノヴィオルの手腕を誰もが認めるのだった。

 表面的に見せるやさしさはなくなったが――今や、アルブスはよそ者の方が多くなった。幼かったゼノヴィオルが泣きべそをかきながら兄に手を引かれる姿を知っている者の方が少なくなっている。


 しかし施策のどれもがアルブスの発展に繋がっているからこそ、ゼノヴィオルへ些細な異見を唱えられる者もいなかった。セオフィラスが行方不明となったにも関わらず、迫りくる敵に何も対策をしようとしないことにも指摘できる者はいなかった。











「かんじき、と申します。遠き異国、雪深い地方にて使われているものでして、この輪っかと、それを支える軸によって足の面積を広げるのです。雪にしろ、水にしろ、一点に重みがかかればこそ勢いよく沈むものですが、このかんじきを用いることで重さを分散させ雪上でも歩きやすくなるのです」

「見てくれは珍妙だが、面白い。それで? これさえあればもうすぐに動けるのか」


 献上されたかんじきを持ち上げ、じろじろと見てからウェスリーは放り捨てるように置く。


「兵の足の数だけ作らねばなりませんから、量産しなければ全軍では進めません」

「……どれほどにかかる?」

「作るのにさほどの時間は取られませんが、いかんせん、この蔓が満足に揃えられません」

「――が、お前ならば何か方法を思いついたのだろう?」

「殿下のお気に召せばよろしいのですが……。

 まず、このかんじきをはいた者を、かんじきを作れるだけ用意いたします。この者達を先行させ、雪かきをさせます」

「雪かき……?」

「雪をはいて道を作るのです。その道を通る先頭の者に、大きなヘラのような道具を持たせます。右と左の者へ、片側の雪だけを分けるようにヘラを下ろしたまま歩きます。そして前から2人目の者にも同様に。そうして少しずつ雪かきをした道を左右へ押し広げ、踏み鳴らしながら行軍します。

 ただ雪の中を闇雲に進むより、人数分のかんじきを用意するまで待機をするよりも早く先へ行けるものと考えますが、殿下、いかがでしょうか?」

「それで、どれほどでカウエルのところへ到着をする?」

「10日にございます」

「……ただ待つよりはマシか。よし。それで支度をさせろ」

「承知いたしました。全ては殿下の御心のままに」

「それなら、出る前に女を用意しておけ。だが、いい加減、どいつもこいつも飽きてきた……。この際、田舎の芋娘でもいいから、新顔を用意できないか」

「殿下がお望みであるのならば用意いたします」

「ああ、そうしろ」


 主の天幕を出てギリスは暇を持て余して遊んでいる兵達を眺めた。

 その中から、毎夜のように飯炊き女へ声をかけている性欲の旺盛な連中に目星をつけて声をかけた。駿馬を駆った男達は近くの村から4人の女を拐してきて、ギリスに引き合わせる。ギリスと男達の約束は女を分けてやるからさらってこいというものだった。

 そうしてさらわれてきた女にギリスは暖かい、肉入りの食事を与えた。それから金貨も1枚ずつ与え、乙女の乙女たるものを譲ってはくれないかとさらってきた女達に頼み、彼女らはそれを了承した。


 そうしてウェスリーの新しい捌け口となる女が増えた。

 彼女達の誤算は、金貨1枚で夜になる度に何人もの男に犯されるはめになるということだった。ウェスリーはさらわれてきた女を気に入らず、1人だけ抱きはしたがそれきりだったのだ。


 懲りたウェスリーは、もう新顔の女を寄越せとは言わなくなった。

 若き王子にとって教養もなければ、品の好さもない野良作業をする娘からは女らしさが足らぬものだった。

 ほんの5日ほどでさらわれてきた女は死んだ。酒に酔い、手荒にした兵がくびり殺してしまった。それを耳に入れたギリスは死んだ女の遺体を引き取ってから土へ埋めた。残っていた4人の女は6日目の夜に金貨を4枚ずつ渡して逃げるようにと伝えて帰してしまった。


 雪はやむこともあったが、すっかり降り続くことが平常というような天気となっていた。

 しかしウェスリー発案――ということにされている――かんじき雪かきの行軍は、想定よりも早く進めていた。もうすぐで旧カウエル領というころ、行軍の最中に共立軍の反撃が始まった。



 かんじきを履いた雪かき先行隊が、雪で覆い隠された落とし穴という罠にかかることからそれは始まった。

 深い縦穴の底には杭があり、足を取られてそこへ落ちた兵が串刺しになった。助け出そうとした試みた先行隊は雪原内に掘られた塹壕から放たれた矢にいられて全滅する。かんじきの数が限られ、先行隊の人数は少なかったために彼らが斥候も兼ねていたことが仇となった。遺体も、矢も、血も、雪で覆い隠されて本隊の先頭が途中で雪かきの途切れていることに気づいたころには、共立軍の突撃の態勢が整えられていた。


「雪原の戦であれば心得がある。数に惑わされるな、突撃せよっ!!」


 指揮を執ったのは、ドーバントンであった。

 ドーバントンの策はベアトリスも見直すものだった。何より、敵に気づかれずに雪の中で情報を集めさせた手腕を彼女は認めた。

 しかし――共立軍の誤算は、やはりロートスの一族という戦闘民族にあった。

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