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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期9 ロートスの戦士達
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ロートスの反撃 ④


「どこだ、アドリオンの黒狼王はぁっ!?」


 吼えるような声を発しながらバーレントは目につく兵を無造作に槍で薙ぎ払っていく。そう広くもない城内の通路に関わらず、槍の長さというものをハンデにはさせていなかった。

 ともに乗り込んできたロートスの戦士達は表で派手に血祭りを楽しんでいる最中だが、バーレントだけは雑兵には目もくれずに邪魔してきた者のみを殺しながらずっと城内を走り回っている。奇襲をかけてから一刻は経とうというのにセオフィラスがどこにも出てきてはいない。また逃げているのかと怒りさえ感じながら、バーレントは微かな人の一式の気配を辿るように城内を歩き回り、上へ続く階段を見つけてはそこを上がっていく。


 セオフィラスが居室にしているのはイグレシア城にいくつか建てられている尖塔の中にある。しかしピンポイントでバーレントはその居場所を掴むまではできず、ただ上の方だろうというあたりをつけて歩いているに過ぎなかった。


「雑魚もとうとう出てこなくなったか……。どこにいやがる」


 螺旋階段を上がりながらバーレントは奥歯を噛む。

 苛立ちは募るばかりだったが、その実、彼は着実にセオフィラスへ近づいていた。

 奇襲を受けた時、カートは眠りこけていた。昼からぶっ通しで夜まで、日々の疲労や心労もあって少年は熟睡をしてしまっていたのだ。それゆえに攻め込まれたと知った時はすでにロートスが乗り込んできて、跳ね橋の内側で激しい戦闘も起きて城内は混乱に溢れていた。慌ててセオフィラスの下へ走ったものの、すでにして城内は戦場。眠っているセオフィラスを無事に運び出すことなどはできず、尖塔の小部屋で焦らせながら途方に暮れているのだ。


 そんなセオフィラスの部屋へと、バーレントは近づいている。螺旋階段上がったところに静かに佇むドアを見て、バーレントは槍を構えた。微かにドアの向こうから人の一式を感じ取れる。気配を殺しながら、じっと中の様子を窺うように耳をそばだてる。


(2人、か……。大方、逃げられずにここへ入って隠れているってえとこか。だが……ここから、感じられる。ここに、やつがいる? どうしてこんなところへ隠れている?)


 とても臆病風に吹かれたり、陰険な策謀を巡らせる相手だとはバーレントには思えない。それは直接、対峙して戦ったことで確信が持てている。だからこそ、この状況に違和感しかなかった。

 されども――バーレントはロートスの戦士である。

 人の一式に目覚め、一族きっての戦士として言い伝えられていくことが約束されている英雄である。


 構えた槍を短く振り落としてドアノブを破壊し、そのまま彼は蹴破って中へ押し入った。

 砕け散ったドアの木片とともに、室内にいたカートとフランセットを視界に入れる。驚愕に目を見開いたカートの瞳を見て、少年は戦士ではないと瞬時にバーレントは判断を下す。それからフランセット――彼女もまた驚いた顔をし、腰が抜けたのかカートへ縋るようにして倒れていっていた。だがその仕草は不自然だとバーレントは断じる。そういう倒れ方、腰の抜け方はしないのだと彼は直感で見抜く。

 そしてベッドを見つけ、そこで汗を浮かべてうなされているセオフィラスを見た。


 パラパラと細かな木片が床へ落ちる。

 カートが用心のためにと持ってきていた古びた剣を手に取ろうとしたが、バーレントがすっと槍を伸ばしてその手を止めさせる。


「それを持つなら、てめえは殺す」

「っ……」

「おい――どうして、こいつは、寝ていやがる」

「や、病に……」

「病だと?」


 そんな弱い体にはとても思えずバーレントは眉根を寄せる。しかし具合が悪いのだろうというのは一目で分かってしまう。


「……まあ、いいか」


 おもむろにバーレントは横になっているセオフィラスへ歩み寄る。カートが止めようと動きかけたがフランセットに服を掴まれて止められる。首を振って動くべきではないと諭しているフランセットを見てしまうと、少年は途端に恐怖に足がすくむ。

 息を飲みながらカートがバーレントへ目を戻すと、彼はセオフィラスを肩に担ごうとしているところだった。


「ど、どこに……」

「ああ? 決まってんだろう、連れ帰るんだ。病なら治ったら殺し直す」


 連れていかれれば、もう共立同盟は瓦解する。

 きっともう、セオフィラスがアドリオンへ戻ることもなくなるとカートは想像した。

 あの暖かい屋敷も主を失う。――あるいは、ゼノヴィオルが後を継ぐのかと考えた時に何か底知れぬ恐怖が背筋を這いずった。


 セオフィラスが連れて行かれれば全てが終わる。

 何もかもがダメになる。

 そう強く感じるのに、目の前の男には指先を少し触れただけでも即座に破裂してしまうような強烈なエネルギーを感じ取っていた。

 触れてはいけない危険物そのものだと本能が警鐘を鳴らし続けている。


 足が重かった。

 必死にその足を動かし、フランセットの手を離れてカートは無防備に背を向けているバーレントへ向かい一歩を踏む。――刹那でバーレントは首だけ動かしてカートを視線で射抜いた。

 心臓が鷲掴みにされたかのような恐怖を感じ、カートはその場で足を縫いつけられる。――邪魔をするならば殺すと、最後の警告をされている。


 それでも少年に選択肢などはなかった。


「セオフィラス様を……は、放せっ!」

「…………嫌だと言ったら」

「僕が、相手だ……」


 どっと汗が噴出し、心臓がかつてないほどに強く鼓動を打っている。

 ここで死ぬ。間違いなく殺されるという予感と、すぐにでも言葉を撤回して逃げろと情けないことを叫ぶ本能が同居していたがカートはじっとバーレントを睨んだ。


「そうか、だったら――殺してやるよっ!」


 ぶんっとバーレントは肩に担いでいたセオフィラスをカートへ投げた。ぶつかってカートは尻餅をつく。すぐそこにバーレントの槍が迫り、眼前にそれは近づいていた。


 死んだ――。

 呆気なくそう感じ取ってカートはただ、迫りくる槍を見つめていた。


 血の臭いと、肉が抉られる音がしたが槍は止まっていた。

 カートの鼻先で、穂先から血を滴らせる槍がピタと止められている。



「――どういう、状況なんだか」


 セオフィラスの手が槍を握りしめている。

 発せられた声にカートは涙があふれそうになった。

 安堵していた。セオフィラスが目を覚ました。きっと、本当に何も分かっていないのにただ、カートの顔面を抉り目玉を床へこぼそうとしていた槍を握り止めてくれた。



「起きやがったか――アドリオンの黒狼王!」


 獰猛な歓喜の声をバーレントが発する。

 よろよろとセオフィラスは膝をついてバーレントへ目を向けた。力ない体をカートは慌てて支える。


「最低最悪の、気分……頭ふらふらするし……力も、入らないし……」


 辛そうにセオフィラスは呟いてから、支えてくれるカートを突き放すように軽く押して自分の力で立つ。どれほど体が重く、疲れてしまっていてもセオフィラスは動ける自信があった。――幼少期からアトスにずっと、そういう訓練をされ続けているのである。


「カート、剣」

「は、はいっ! どうぞ」

「それから……スリング、ある?」

「は、はい?」


 すぐにカートはテーブルの上へ置かれていたセオフィラスのスリングも渡す。左手に剣を握り、右手へ引っ掛けるようにスリングを持ってセオフィラスはバーレントを見つめる。据わった目は痩せ我慢さえ通り越しているようにバーレントに見えた。半ば眠っているも同然の、意識など朦朧とした状態。だから、頓珍漢なものまで要求をしたのだと彼は決めつける。


決着(ケリ)をつけようぜ」

「つけちゃっていいの?」

「てめえの負けでなあっ!」


 バーレントが即座に槍を繰り出した。セオフィラスは角度をつけた剣で受け、槍を滑らせていなしてしまう。そうして懐へ入り込む。攻撃に備えるべくバーレントは空いている腕を上げかけた。セオフィラスの挙動は鈍い。寝起きで、加えて病に侵されている身体では自明の理――そう思っていたが、思いがけない一撃をバーレントは額に受けた。腕も足も使わずに、最小の動きで思い切り頭突きを放ったのだ。迫った頭のせいで視界は一時的に塞がれる上、意識していなかった箇所への攻撃に不意を突かれてバーレントはたたらを踏む。


 そしてその一瞬こそが、セオフィラスの望んだものだったと彼は気がついた。

 セオフィラスは体を反転させていた。カートの後ろ襟を掴み、フランセットに目配せをしてから颯爽と窓にその身を突っ込んでいたのだ。地上30メートル以上の尖塔から躊躇せずに飛び降りることを選んでいた。


 不調の体でバーレントを相手取ることは難しい。しかし他に逃げ場がない。――ならば一度、逃れる。そのために口先でその気にさせておいて頭突きという手段でバーレントを遠ざけた。


「セオフィラス様ぁああああああああああああ――――――――――――――――――――っ!?」


 カートは悲鳴を上げながら落下していく。このまま地面へぶつかれば結果は何も変わらない。叫びまくるカートと離れないようにセオフィラスは片腕で抱き込んだ。そうしながら剣を塔の壁へ突き立てて勢いを殺そうとする。激しい衝撃にカートは歯を食いしばりながら耐え、そして止まった。地上まであと数メートルというところだった。


「とにかく、一度、状況――を……嘘でしょ」

「せ、セオフィラス様?」

「逃げるな、アドリオンの黒狼王っ!!」


 上からした声にカートが愕然とした。

 バーレントまでもが窓から飛び降りて追いかけてきていた。塔の窓へ足をかけてセオフィラスは壁へしがみつきながら剣を上げる。そこへ降ってきたバーレントの槍がぶつかり、3人はまとめて地面へ転げ落ちる。


「焦らせるんじゃあねえよっ!」

「このっ……!」


 転げ落ちてもすぐ、セオフィラスとバーレントは起き上がっていた。大きな動きでバーレントは槍を振るい、セオフィラスは必死に剣でそれを受けていく。精彩の欠いた動きでセオフィラスはすぐに槍で殴り飛ばされた。


「はぁ、はぁっ、はぁ……」

「まだ立てるのか、病み上がりで上等だな」

「ヤワに鍛えてないんだ……」


 口では強がっても、到底勝ち目がないというのはカートの目にさえ明らかだった。明らかに動きが鈍い。力も入らないらしい。

 何かできることがないかとカートはバーレントに気取られないように周囲を見渡す。イグレシア城ではあちこちで戦いが起きているが、もう盛り返すのは困難としか思えなかった。ロートス以外の敵兵も多く入り込んでしまっている。――この城は落ちる。もう秒読みに入っている。そんな状態でセオフィラスがバーレントに殺されでもしたら、それこそ同盟は全てが壊れ去る。


「……っ」


 勝手に考えて、自分で行動をするとゼノヴィオルにいつも釘を刺された。

 だがセオフィラスはそういったことを咎めてきた覚えがない。

 ただ道具のように扱いたいゼノヴィオルと、信頼を置いて用いるセオフィラスの差だろうなと、カートは変なことに思い至った。どちらにせよ、自分にできることなどはたかが知れているから、きっとゼノヴィオルがするように扱われた方がいいのだろうとも考えられた。

 けれども、カートは出しゃばることを静かに決意した。

 自分がしなければならないのは、セオフィラスを生かすことだ。戦いに水を差してでも、イグレシア城を勝手な判断で諦めることになろうとも――そうしなければならないと考えた。


 いつでも殺せる獲物を前に、気を抜いてのろのろとしている肉食獣のようにバーレントはセオフィラスと一定の距離を保ったままにゆっくり、円を描くように歩いている。セオフィラスは追い詰められ、川の上へ迫り出している足場の端っこでうずくまりながらもバーレントの動きを注視している。


 だからカートは、自分とバーレントの距離が一番遠くなったタイミングを見計らった。

 そして、駆けた。一目散にセオフィラスへ向かって走る。落ちた拍子にぶつけた体が酷く痛む。しかし主の方がずっと辛いはずだと言い聞かせた。槍を投げられて心臓を一突きにされて死ぬようなイメージが浮かんだ。しかし必死に走った。


 2人の戦士が眼中にも置かぬほどに無力な少年は、それゆえに彼らの計算外のものだった。セオフィラスに走り寄り、盾になろうというわけでもなくカートは主に体当たりをした。しっかりと両腕で捕まえながら、大河イグレシアに主人とともに落ちたのだ。


「て、め、ええええっ!!」


 セオフィラスは弱っていたから、カートを簡単に抱き留めて何をしているのかと真顔で問うことさえできなかった。だからこそカートでもあっさりとセオフィラスを大河イグレシアに自分もろとも叩き落すことに成功した。

 月の隠れた夜に、イグレシアの流れに飲み込まれた主従を追いかける術をバーレントは持ち合わせていなかった。さすがにこの大河へ自分まで身を投げて追いかけることはできないと悟ったのだ。


「勝負をしろ、アドリオンの黒狼王!! 俺の前へ出て来い!!」


 河に叫び、バーレントは激烈な怒りのままに喉を震わせた。

 しかし静かに、力強く大河イグレシアは流れていくばかりだった。

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