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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期9 ロートスの戦士達
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ロートスの反撃 ②


「殿下、お目覚めによろしいかとお茶を淹れました」

「ああ……寄越せ」


 ウェスリーの目覚めは不機嫌そのものだったが、出された茶を飲んで着替えさせられると多少はマシな心持ちになれた。主人が茶を飲んでいる間にウェスリーは主のベッドを片づける。昨日も、またしてもセオフィラスを取り囲んでおきながら逃してしまった。それがウェスリーには不満で仕方がなかった。

 まだ眠っている女がいると思って肩を揺すり、それが酷く冷たいことに気がついてギリスはちらと主の方を見た。

 静かに女の体へ毛布を被せてからギリスは主が茶を飲み終わるのを待ち、朝食の席へと案内した。


「殿下。寝所の掃除をいたしますので、束の間、失礼をいたします」

「ああ、好きにしろ……まめなやつめ」


 ウェスリーが肘を突きながら果物をつまみ上げるのを見てギリスは一礼してから天幕へ引き返す。主のベッドで冷たく横たわっている女は昨夜、ギリスがウェスリーのところへ行くようにと告げた女だった。

 しかしその女は今、首に痣をつけられて股からは体液を垂れ流して微動だにせず横たわっている。見開かれていた目をそっと閉じさせてからギリスは彼女の体を布で拭った。それから布へ包んで野営地の外れの方まで腕に抱えて運び、地面へ丁寧に横たわらせる。穴を掘ってそこに彼女を埋葬してから、ギリスは手を洗ってっウェスリーの下へと戻った。


「いい考えが浮かんだぞ、ギリス。随分と時間がかかったな」

「申し訳ございません、殿下」

「船だ。船で川を渡る。対岸まで辿り着ければこちらのものだ。何も遮るものはない」

「して、その船の支度はどうなさるのです?」

「……簡単に作れるだろう?」

「お言葉ですが殿下、この数の兵を渡すには船がいくつあっても、何度も往復しなければなりません。加えてイグレシアの流れは速く、川幅も広いものですから渡っている間に矢を射かけられればなすすべもございません」

「……ちっ、だったらお前が何か考えろ。いいさ、これはなしだ」


 へそを曲げたウェスリーにギリスは表情を変えずない。そっと主の手を取ってそれを拭いてやるのみだ。

 つまらなそうな態度をありありと示すウェスリーのところへロートスの一団がぞろぞろと来たのは、そんなタイミングだった。先に気がついたギリスは背を伸ばしながら彼らににこやかな笑みを浮かべて待ちの姿勢を取る。勝手に手を後ろへ組んで突っ立ったギリスを見てからウェスリーも彼らの存在に気付いた。


「殿下にご用事でしょうか?」

「お話をしたいことがある」

「いいぞ、話してみろ。確か……ああ、そうだ。ロートスの頭目・ダミアン。そうだな?」

「覚えていただき光栄です、殿下」

「ダミアン殿、どうぞ、おかけになってください」

「けっこうだ。こうして地に立ち話をするだけでも鍛錬の一環としている」

「差し出がましいことを失礼いたしました」


 ダミアンは髭を手で撫でつけてからウェスリーに目を向ける。頭目だけあって貫禄のある大男だった。顔のほとんどが髭と髪に覆われてしまっている。


「話しやすいように言ってみろ、ダミアン」

「……セオフィラス・アドリオンなる敵将に同胞が何人も殺された。しかし彼らが命を賭して戦ったにも関わらず、まだセオフィラス・アドリオンは生きている。バーレントが傷を負わせた今、すぐに再び攻撃をかけるべきであると進言に参った次第です」

「そうか。……で、それならお前らはどう攻めたい?」


 静かにギリスはロートスの戦士達に向かい合ったまま主の言葉に耳を傾けている。


「弓兵を500ほどお貸しいただければ、我らが乗り込み、あの城を落として見せましょう」

「ほう? どうやるつもりだ?」

「我らは何よりも槍投げを得意としています。この槍にロープを結び、城へ突き立てる。ロープを伝い我らは中へ入り込み、蹂躙の限りを。しかしロープを伝う最中は無防備となるので」

「そこで援護射撃を求めるというわけか。ハハハ、聞いたか、ギリス? ロートスだけでは数があまりに少ないのに、この人数で乗り込んで仕留めるらしいぞ」

「はい。さすがはロートスの一族かと。その大胆で勇猛な策ならば奇襲を仕掛けるのがよろしいかと」

「……そうか、賛成か。よし。だったら見せてもらおうじゃないか。今夜だ。いいな」


 ウェスリーは鼻で笑ってそれを許可する。ダミアンもまたいかつい顔で頷き、一族を引き連れて戻っていった。


「本気なのか、連中は?」

「本気かと思われます」

「確かにやつらが首尾よく城へ入り込めればこっちの兵も損耗せずに済むが……それでは、俺の手柄にはならないんじゃないか?」

「では彼らに1つ命じられてはいかがでしょう? 城内へ入り込んだら跳ね橋を下ろすように、と。殿下は兵を指揮してイグレシア城へ送り込み、反対側の跳ね橋を上げて、決して下ろさないようにと命を下すのです。城は逆にこちら側のみに開かれる仕組みとなります。逃げ道もなく、ロートスが蹂躙し、こちら側の跳ね橋を固めておけば討ち漏らしもなく、このイグレシア城のみで戦はほぼ決まるものになるかと」

「……ふむ。よし、ならばそうしよう。準備をさせろ、ギリス」

「はい、かしこまりました」

「ああそれとな、ギリス」

「はい。何でございましょう?」


 支度のためにその場を離れかけたギリスは呼び止められてすぐ踵を返した。


「昨日の女は具合が良くなかったな。別のを見繕って俺のところへ寄越せ。3人もいればいい」

「はい。そのようにいたします」


 一礼して立ち去り、ギリスは軍議をするための大きな天幕へ入る。実質的に軍を指揮する将達がそこへすでに集っていた。ロートスの戦士が仕掛ける奇襲作戦についての説明をする。

 ギリスが告げる作戦は全て、ウェスリーの発案によるものと説明がされていた。











 病に伏したセオフィラスの容体は良くも悪くもならず、城内の議場には重苦しい沈黙が垂れ込んでいた。セオフィラスは本当に1人だけで捕虜を奪還したし、無事に生きて城へ戻ってきた。

 しかし意識を取り戻さずにうめきながらずっと寝込み続けている。

 またいつ攻めてくるかも分からない状況で寝込まれては、いないのと同じである。戦死されたも同然だった。


「回復の見込みは立っているのかね?」

「お医者に薬をもらってセオフィラス様には飲ませましたけれど、まだ薬の効果は見られません」


 議場に呼びつけられたカートは彼らの前に立たされている。じろりとお偉方に睨まれていると針の(むしろ)のようで非常に居心地が悪い。セオフィラス本人についてあれこれと命じられている内は不安もないのに、別の誰かに呼び立てられると途端にカートはやりづらさを感じてしまう。ゼノヴィオルにしろ、こういう場にしろ、本当に嫌になってしまう。

 何も悪いことなどしていないはずなのに何か責められているようで居たたまれないのだ。


「そもそも、やはり1人で行かせたのが失敗だったのだ! 奴ら、包囲して弓を射かけたのだぞ!」

「しかし捕虜は全て取り戻せましたわ。家族の下に今は帰っていてセオフィラスへの人気が高まっていますわ」

「人気などがどうだと言うのだ!」

「兵の士気は上がるわねえ」

「パウエル、貴様、元々はわたしの――」

「今は今だもの。やーねえ、ドーバントン王ってば」

「人気は捨てたものではありませんわよ。イグレシアの民は協力的になるでしょう」

「今さら協力的など……。食料に不足をしているわけでもなし、何の役に立つのだ」

「あら、バカにできないのよ? ここは共立同盟の防衛拠点で、ここが落ちたらあとはおじゃんなんだから、何が何でも死守しなきゃいけないわけでしょう? 総力戦まで視野に入れたら協力的な方がいいわよ」

「総力戦だと? そんなものになった瞬間に終わりだ! 数では圧倒的に負けているのだぞ!?」

「でも市街地の戦いに持ち込めれば大軍でもバラけさせることができるじゃない」

「それはすでにこの城を敵が通過しているということだ! 負けているも同然だ!」

「ものはやりようよ。そもそもね、負ける負けるって、そればかりじゃないの。やーねえ、本当」

「ああああっ、イライラする! パウエル、お前は喋るな!」

「やーよ」

「建設的な議論をした方がよろしいのではなくって?」


 ただその場に突っ立って時間が過ぎるのをひたすらにカートは待った。だが特に何かが決まるということもなく解散になる。セオフィラスの部屋に戻って容体を見たが大して変化もなく、カートは疲れて椅子に座り込む。

 昨日の晩からずっとセオフィラスの看病でろくに眠りもせず、朝になったらなったで何の進展もない会議に何故かずっと立たされて。頭を掻きむしってから手を見ると髪が少し抜け、いずれ禿げあがってしまうのではないかと思うとますます、憂うつになってしまった。これではヨエルを笑えない。

 いっそのこと、もう逃げ出してしまおうかとも考えた。敵の数はあまりに多くてセオフィラスはまだうなされている。セオフィラスがいなければ共立もまとまりきれずにいる。これでは先行きが不安で仕方がない。だがセオフィラスには恩義を感じている。口減らしのために家を出されてセオフィラスに拾えてもらえた。そこで出会った人々も好きだった。

 やはり逃げるなんてできない。


「はあ……」


 ため息を漏らしてからカートは吸い口でセオフィラスに水を飲ませる。結局、自分にできることなどはたかが知れている。そんな諦めを感じながら窓に寄って外を眺めたらノックの音がして、フランセットが入ってきた。


「陛下のお具合は?」

「まだ……目を覚ましません」

「そう……。あなたばかりで大変でしょう? 少し休んだら?」

「いえ、僕は……これくらいしか、できませんから」


 翳りのある顔を見てフランセットはカートに近づく。また窓に向かって外を眺めているカートを後ろからそっとフランセットは抱きしめる。驚いたようにカートはすぐ振り返る。


「な、何ですっ?」

「やっぱり休んだ方がいいわよ。少し横になるだけでも。目を覚まされて1人だと困るでしょうから、わたしが交代してここにいるわ。だから、ね、休んでいらっしゃい」


 フランセットからは微かに甘い、かぐわしい香りがした。綺麗な、それでいてやさしげな顔にカートは見惚れ、ハッと我に返ってからするりとフランセットの脇から逃げるように出て彼女に一礼して部屋を出る。

 ドアが閉ざされる前に見た、カートの赤い耳を見てからフランセットはくすりと笑った。それから彼女は小瓶を取り出し、まだ少し濡れている吸い口にその粉末を少し落としてから水を入れる。粉末を指でよく溶かしてからセオフィラスに飲ませてセオフィラスは椅子に腰かけた。

 盛られた薬は医者が処方したものではない。アドリオン邸の庭に咲いていた美しい花の葉を磨り潰して乾燥させたものだった。安易に手に入る上、その症状は毒としては認知がされにくい弱いものである。しかし重傷を負っている怪我人へ投与をすれば医者が誤診をする程度の効果を発揮させる。

 毒の粉末が詰まった小瓶を胸元深くに隠してフランセットはうなされながらも眠り続けるセオフィラスの額の髪をかき分けるようにそっと撫でた。

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