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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期9 ロートスの戦士達
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ロートスの反撃 ①


「セオフィラス様、セオフィラス様っ……! ああ、どうしたら、こんな、セオフィラス様が寝込むなんて大きくなってから一度もないって言ってたのに……! どうしよう、どうしよう……」


 たった1人でカートは慌てふためいていた。深夜のセオフィラスの寝室である。戦いから帰ったセオフィラスはさすがに疲れていたようで手当てをさせながら眠ってしまった。

 カートはその間も言いつけられていた仕事をして、一段落ついて冷めた食事をもらってからセオフィラスの様子を見に来た。するとベッドで荒い呼吸をしながら脂汗を浮かべて眠っているのだ。

 幼少期から外で遊ぶばかりで、アトスと出会ってからは鍛えられて体を動かし続け、風邪などひいたこともないのがセオフィラスの自慢の1つでもあった。それなのに、一目で良くないと分かる病状で眠っている。


「そ、そうだ、お医者、医者を呼ばないと……待っててください、セオフィラス様っ」


 セオフィラスは高熱に苛まれていた。

 医者は傷口から悪いものが入ったのだろうと診断を下して解熱の薬を用意した。吸い口でカートは薬を飲ませ、体を拭いてとカートは甲斐甲斐しく世話をしたが一昼夜が過ぎてもセオフィラスはうなされ続けるばかりで目を覚まさなかった――。











「ああっ、あああああっ! 虚仮にしやがった、あの小僧! 俺との戦いよりも! あんな下らん捕虜どもを選んだ!」

「バー、レント……っ、バーレント、痛いっ!」

「それにあの、王子様までが! 俺が最初から相手をしてっ、捕虜を放しておけばあいつも、最後まで戦ったはずなんだ!」

「バーレント!」

「どうして俺が、こんな目に遭わなきゃならねえんだっ!」


 バーレントは怒り狂っていた。それを発散させようとずっとハンスを野営地の褥で組み敷いている。荒ぶったバーレントにされるがままにハンスは責められ続け、ぐったりとしているが兄の方は気にも留めていなかった。


「ハァッ、ハァ……クソが、ああ、クソがっ!」

「バー、レント……収まった……?」

「さっぱりだ! ああ、だが……ああ、悪かったな、ハンス。よく耐えたな、偉いぞ」


 寝そべったバーレントにハンスは体を重ねるようにして横になる。自分を撫でてくれる大きな手をくすぐったそうに目を細めながら少年は兄の胸へ顔を乗せた。


「アドリオンの黒狼王っていうのは、本当にバーレントと互角に戦ったの?」

「ああ……まあ全ての手の内を晒したわけじゃあねえがな、互いに。捕虜を使って誘き出したまでは良かった。それなのに、取り囲んで弓を射かけて嬲り殺せと王子様は命じたんだ」

「どうして? バーレントがやるつもりだったんでしょ?」

「ああ、意味が分からねえ。……分かるか、ハンス?」

「きっと……バーレントを信じなかったんだよ」

「……何故だ。俺は強い」

「でも王子様は強くない」

「……ああ、そういうことか。ようやく分かった。なるほど、だ。

 俺達はボッシュリードの王家のために戦い、死に、生きる。そうして強くなってきた。だがその強さを肝心の王子様が分かっていねえときたか。……何ていうんだろうな、この気持ちはよ。怒り。怒りじゃああるが……それよりも、心持ちが最低に悪い」

「……バーレント、我慢しなくちゃ。バーレントは誰よりも強いから、だから……我慢もできるよ」

「そうか……。腹が煮えくり返るが、確かに王子様に怒ったところでどうにもならんしな……。寝るか。次に戦場で(まみ)えたら、その時が決着だ。それさえ着けば水に流そう」


 兄の腕に抱かれながらハンスは目を閉じる。やがてバーレントが(いびき)をかき始めたのを見計らってそっとベッドを出た。野営地も寝静まっている。セオフィラスに蹂躙をされてから野営地もイグレシア城から下げていた。

 遠くに立てられた篝火の下に見張りが立っているだけで、裸のままひたひたと走るハンスを見る者はいない。少年はやがてひと際立派な天幕に辿り着く。ウェスリーのものだった。その天幕の横にささやかな大きさのものが建てられている。まだ明かりがそこに灯っているのを見てハンスはそっと忍び込んだ。


「いらっしゃったのですね、ハンスさん。おや、そのような格好で……。おかけなさい」


 中にいたギリスは何も恥じらう様子もなく中へ入ってきてから、立ち尽くしたハンスに静かな声をかける。


「それでは冷えてしまうでしょう。どうぞ」

「ありがとう」


 布を体にかけられてハンスが礼を言うと、ギリスは少年を座らせたベッドの横へ自分も腰かけた。


「バーレント殿は静まりましたか?」

「うん……納得はできていないみたいだけど」

「それで構わないのですよ。よろしいですか、ハンスさん。あなたはバーレント殿を落ち着かせ、制御をしなければなりません。あの力を向ける先は常にセオフィラス・アドリオンなのです。彼の首が手に入るまで、あなたがバーレント殿の抱える激烈な感情の矛先をセオフィラス・アドリオンに向け続けさせなければなりません。分かりますね?」

「……うん」

「聡い子ですね。力というものは肝要ですが、同時に知性というものを備えなければ、何も生み出さぬ暴力と変わりはありません。その点、きみは力こそ未熟かもしれませんが知性はある。

 きっと、素晴らしい戦士になるのでしょうね」


 にこやかに語り掛けるギリスを見つめながらハンスははにかんで頷く。


「それでは、バーレント殿のところへお帰りになりなさい。次からは上に羽織って参りなさい。風邪を召しては周囲を困らせてしまいますよ」

「待って、ギリス。抱いてくれないの……?」

「ロートスの男色は強い戦士である兄の精をもらうことで、弟もまた力を得るというものなのでしょう? わたしは武というものは身につけてはおりません」

「でも……」

「あんたがわたしに尽くしたいと考えてくれるのならば、わたしの与える務めをどうか果たしてください」


 やさしくハンスを撫でてからギリスはベッドを立ち、机の前へ腰かけて羽根ペンを取る。その背中を見てからハンスはゆっくりとベッドを立った。


「おやすみなさい」

「ええ。暖かくしてお眠りになってください」


 来たようにハンスは裸でバーレントの天幕まで戻っていった。眠りこけているバーレントを見て、その兄の体へ寄りそうように横になる。

 そうして少年はギリスについて考えた。

 バーレントが女を抱いていた晩、ハンスが1人で眠ろうとしていたところへギリスはやって来た。そうしてハンスの知らない物語を聞かせてくれた。肩を寄せ合い、時折、頭を撫でられた。

 ギリスからは嗅いだことのない華やかな香りがして、語り口調は穏やかで品があった。ロートスの一族にはいない、その理知的な姿にハンスは惹かれた。そして頼みごとをされたのだ。

 バーレントに不満や怒りが出てきた時は、それをセオフィラス・アドリオンという敵に向けさせること。そのためのいくつかの言葉のテクニックも教えられた。そして不満が溜まっているか、爆発しているかしたら寝静まってから報告へ来るようにとも言いつけられた。


 どうして抱いてくれないのかとハンスは思った。ロートスの男は未熟な戦士の見習いを抱くし、抱かれる方もまたそれを誇る。そして戦士達は強い結束を得ていく。それが彼らの価値観だった。

 しかしギリスはハンスを抱かない。

 バーレントに抱き着きながらハンスは、ギリスの見ている世界について想いを馳せた。バーレントはずっと下僕と呼びつけているが、ギリスの高貴さが分かっていないのだと思った。確かにウェスリーの影であるかのように決して表へ立たず、常に数歩後ろへ付き従うばかりだが――王子という光のそばで、自らが発している光を誤魔化しているようにしかハンスには思えなかった。

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