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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期9 ロートスの戦士達
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ロートスの戦士


「数で圧倒的に劣る状況下、奇策にかけるしかない。

 到着したばかりで疲れてるだろうけど、この朝駆けで奇襲を仕掛けてもすぐにイグレシア城へ戻る段取りだ。

 数ばかりが大きくて、大軍の指揮どころか、初戦のお飾りぼんくら王子様が率いてる軍勢じゃあ早くても明日の夜にならないと立て直せない。

 だけど頭でっかちじゃあ夜に仕掛けるなんてことはできやしないから、明日はたっぷりと眠れる。酒も用意する。

 だからまずは、生きて帰って、高く昇った輝かしいお日様を見ながら、お酒を一杯引っかけて眠ろう。

 くたびれきった体でお酒入れて飲んだら、最高に気分がいいよ。

 さあ、俺の後に続け! 蹂躙を、開始しよう!」


 かき集めた兵はほんの1200人程度でしかなかった。

 彼らの前でセオフィラスは檄を入れるべく演説を上げてから颯爽と馬に跨って宝剣を抜いて天へ掲げて見せる。

 あと少ししたら空が白むという夜と朝の間の時間だった。セオフィラスがイグレシア城へ到着をしてから、ほんの一刻ほどしか経過していない。

 イグレシア城から見える大河沿いで堂々と陣を置いて宴を催しているボッシュリードの大軍や、先日の衝突の顛末を聞き、現状を目と耳で確かめてから奇襲をすると決めたのだ。


 跳ね橋が下ろされるなり、セオフィラスは軍勢を率いて馬を思い切り走らせて敵の陣へと突っ込む。篝火の近くに見張り役はいたが、橋が降りてからでは彼らにできることなど慌てふためくだけだった。

 かき集めた騎馬はたったの30余りだったが、その突撃でボッシュリードの軍が起き出した。だがうろたえるばかりで天幕を壊され、篝火を奪われてはそれで天幕に火を点けられ、通りざまに応戦を試みようとした兵が切りつけられては馬に蹴倒されていく。

 そして騎馬隊は天幕を蹴散らすように駆け抜けてから、馬に積んでおいた油をぶちまけ始めた。


 騎馬隊の突撃で眠っていた兵は飛び起きて応戦を試みようとしていたが、続いて到着をしてきた弓隊が火矢を射かけていった。先に突撃した騎馬隊が撒いた油でさらに火は広がっていく。



「撤収、撤収! 戻れ! カフカ、食い止める!」

「心得た」


 騎馬隊の中にセオフィラスはカフカを入れていた。

 味方の兵をイグレシア城へ向かわせながら、ようやく迎撃態勢を整えて出てきた敵兵をセオフィラスは振り返る。鎧もつけず、武器だけ持った逞しい男達が十数人ほど、馬を奪ってその尻を叩きながら猛追をしてきていた。馬を駆りながら槍を投げ、逃げるのが遅れていたセオフィラスの兵の心臓が貫かれる。倒れた体から乱暴に槍を引き抜きながら尚も駆ける。


「速いし、あれってすごくない? カフカ、あれできる?」

「難しいだろうな。ロートスかも知れん」

「何それ? 知ってるの?」

「ボッシュリードの建国の折から、武力で国を支えてきた一族だ。強いぞ。あと、男が男を好きな連中だ」

「何それ、何かぞっとする。カフカとどっちが強い?」

「比べたことがない」

「だよね」

「が、せいぜい、同じ程度だろう」

「それは、人数的に少し大変そうだな。カフカは逃がすのに注力して。俺が食い止める」

「できるのか?」

「師匠より強いはずはないから。行って」

「分かった」


 馬首を巡らせてセオフィラスは転身し、迫りきたロートスの戦士達を睨みつけた。

 スリングで石を放って牽制を試みるが見事な槍の一振りでそれを弾き飛ばされる。それを見たセオフィラスは目を大きくしながら、思わず口の端を笑みで歪めた。


「カフカが1匹、カフカが2匹、カフカが3匹――いっぱいか。腕が鳴ってくる」


 迫ったロートスの戦士が槍を繰り出し、セオフィラスは馬上でそれを捌いた。槍を絡めるようにして相手の上体を崩しにかかったが、粘りのある体つきで持ち直して逆にセオフィラスを力任せに馬から叩き落とす。


「っぶない、クソ、馬は苦手なんだよ!」


 危うく馬に踏まれそうになったのを避け、セオフィラスは悪態を突きながら素早く起き上がる。飛来した槍を中空で掴み取り、セオフィラスを抜いていった男の背へ投げつける。背後から胸を串刺しにされた男はそのまま走る馬から落とされる。

 それを確かめもせずに、反転するように体を回して馬の前脚を恐れもせずに首から胴までを宝剣で深々と切り裂き、同じ要領で3頭もの馬を切り伏せてしまった。


「かかってこい。俺がお前らの敵の大将、セオフィラス・アドリオンだ。

 ロートスだか、男好きのキモい連中だか知らないけど、まとめて相手してやる」

「本当にお前がそうなのか?」


 馬を切られた戦士が疑うような声を発すると、セオフィラスは相手のその髭もじゃの顔を見ながら笑みを見せる。


「おじさん――だけじゃないけどさ、皆のその髭って股座(またぐら)の毛みたい。きったないよ?」


 バカにするように笑いながらセオフィラスが言うと、頭にきた彼らは雄たけびを上げて一斉にセオフィラスへと襲いかかった。カフカの言葉通りの力量であるならば、こうした挑発で冷静さを失わせた方がやりやすいと考えての行動だった。

 投擲のできる槍は通常のそれよりも短くできている。同じようなそういう槍をロートスの戦士は好んで使っている。剣にしては少し長い宝剣で対応できるギリギリでもあった。


(強いな、本当に――でも乱戦に持ち込めて良かった。速攻で動けなくさせた方がいいか)


 決断するが早く、セオフィラスは獲物を打ち合ってからすぐに重心をズラして相手の姿勢を傾けさせてから、屈むような低い姿勢から剣を振り切る。膝から下を切り飛ばし、その血飛沫を浴びながらセオフィラスは足を失った哀れな戦士から槍を強奪して投げた。

 お株を奪うような槍投げで、仲間がやられて目を見張っていたさらにもう1人の戦士の命を奪う。


 だが、瞬く間に2人もやられたことがロートスの戦士の意思を挫くことはなかった。

 逆に彼らは奮い立って、気を引き締める結果となる。


 1人が一対一のつもりでセオフィラスへ挑みかかった。振り下ろした槍を避けられると、悪い足癖でその竿を踏まれる。しかし槍を手の中で転がすように捻ってすり抜けながら、短く引くように槍を振るい上げてセオフィラスの首の下を切り裂く。薄皮一枚でセオフィラスはやり過ごし、反撃に転じようとしたが取り囲んでいる別の戦士が文字通りの横槍を入れてセオフィラスの呼吸を乱す。


 つかず離れず、いつでも間隙を食らわせられるよう、それでいてセオフィラスに巻き込まれないように絶妙な距離感を保ちながら彼らは取り囲んでいる。

 時間が経つほどに嬲り殺される危険性が高まっていく状況下だが、セオフィラスは好戦的な笑みをずっと絶やすことなく浮かべていた。


 殺すか、殺されるか、その緊張感は彼を高揚させている。

 そしてその緊張感と興奮が、さらに研ぎ澄ませたような鋭い動きを見せていた。

 紙一重で槍を回避し、耳と気配で察知して死角からの攻撃を剣で受ける。隙を見せたとばかりに仕掛けてきた正面からの攻撃を素手で止める。槍の穂先を握った拳の指と指の間で挟み止め、蛇のようにするりと腕を伸ばして槍を掴んで引き寄せながら前蹴りを叩き込む。その拍子に槍を奪い取り、腕を広げるようにして正面と左右を牽制する。


「残りは、5人? たった1人を相手に苦戦しすぎじゃない?

 早くしてくれないと、寝る時間なくなっちゃうよ。まだまだ背え伸ばさなきゃいけないんだからさ」


 血の滴る刃を向けながら、尚もまだセオフィラスは笑みを絶やさない。

 少なからぬ傷を負っているにも関わらず、鮮烈な戦いになるほどに喜色の色が増し続けていた。

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