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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期9 ロートスの戦士達
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バーレントという男


「圧倒的じゃないか、ロートス! ロートス!

 これほどまでとは思ってもいなかった、諸君の働きに、感動さえしているぞ!

 これは最早、戦などではない! 蹂躙である、殲滅である、正義である!

 約束された諸君の栄光に、諸君の誇る力という正義に今宵は乾杯をしよう!」


 興奮しきりでウェスリーは盃を掲げ、兵達が雄叫びを上げながらそれに応じた。

 始められた宴はイグレシア城のすぐ近くである。堂々と陣を張り、挑発するようにまだ陥落させていない城塞のすぐ近くで宴を催していた。――しかし事実として、彼らは日中の最初の衝突で完膚なきまでの勝利と呼べる戦いをしたのである。


 イグレシア城を突くようにして出てきた兵を圧倒的な数で文字通りに圧し潰し、跳ね橋の中には僅か十数人しか乗り込めなかったものの、中で倍以上の兵士を殺した。

 その容易かった勝利の味をウェスリーは気に入った。

 父であるボッシュリード国王より貸し与えられたロートスは城内へ入り込んだ者でさえも生還し、大した手傷さえも負っていなかった。


「ロートスは素晴らしいな、ギリス」

「はい。噂に違わぬもののようでした」


 ウェスリーが労い、賞賛するために開いた宴。

 その主役はロートスという一族の戦士達であった。

 ボッシュリード王国が建国され、今のアドリオンまでの土地を平定した際、その数多の戦に尽力した戦士の末裔である。彼らは元は故郷を捨てたり、追放をされたりしたならず者の集団であったと言われているが、それゆえに平和と安定のためという志を抱いて戦った建国王の純粋な思いに共感して犠牲を出しながらも平定の一助を担った。

 その大戦が終わってから彼らは、建国の王に名誉の他に欲しいものはないと願い出た。

 そして彼らはロートスという風光明媚な山麓を永遠の安息の土地として与えられた。爵位はなく、領民もいないが誰に支配されるでもない豊かで自由な土地である。そこで彼らは営みを続けながら、ボッシュリード王国に戦乱が迫れば再び力になると約束をし、世代を超えても尚、優秀な戦士を残し続けようと訓練を続けながら住み続けたのである。

 いつしか、彼らはロートスの地に住まう戦士の一族として知られ、内乱などで王家に危機が迫る度にその武力で助け続けてきた。


「ここだけの話だが、ギリス。俺はロートスを、髭もじゃの野蛮人どもの集まりだとばかり思っていたよ。だがどうだ、確かに見てくれは少々、洗練というものにかけるが、質実剛健という言葉をそのままにしたような連中だ。これほど頼もしいものはないな」

「はい。彼らは独自の掟に従い、常に強い子孫を残すために今も営みを続けているようですから。そして普段は贅沢をせぬ、質素な生活も心掛けていると聞きます。何よりの栄誉は国王陛下に招集されること、と」

「贅沢をしないだと? その割にはがぶがぶとエールを飲んでいるように見えるぞ?」

「ええ。野営地であろうと、こうして戦に呼ばれただけで彼らは夢見心地なのですよ。そして昼の戦いを殿下に称えられたのです。祝いの席ですから、心が躍っているのです。浮かれて酒を飲んでしまうのは道理でしょうとも」

「ああ、なるほどな。あの見てくれで健気とは! ますます気に入ってくるじゃないか」


 愉しげにウェスリーは笑いながらギリスの肩を叩く。にこやかにしながらギリスは主の盃へエールを注ぎ足す。


「ロートスでも屈指の腕を持つという若者がいるそうです。殿下とも年が近いとうかがっていますがお呼びいたしましょうか? 殿下の口から褒め称えられれば、彼らの励みにもなるかと思いますが」

「そうか? ならばここへ呼べ。特別なはからいで、労ってやるとよく言い聞かせろ?」

「はい。そのように。ではしばし、失礼いたします」


 果物を取り集めた皿をウェスリーの前へ置いてからギリスは踵を返した。

 宴で賑やかに盛り上がっている兵の間を縫って歩きながらギリスは目当ての青年を見つけ出した。


 ロートスの戦士らしい、長い髪の青年だった。上裸でがぶがぶとエールを飲み、年下の少年をからかうようにして笑っていた。上背があって筋肉質な体には大小無数の、様々な傷跡が刻まれている。


「バーレント殿」

「んん? あんた、誰だ?」

「ウェスリー王子殿下にお仕えしている者です。ギリスと申します」

「おお、王子様の下僕か! それがどうした?」

「昼の貴殿の働きに対して、殿下が特別なはからいで労いたいと仰っております。

 よろしければ、殿下のところへ参って一献いかがでしょうか?」

「何っ、王子様がこの俺と!? ハッハ、そいつはいい! 行こう!」

「ではこちらへどうぞ」

「そうだ、下僕。ついでだ、俺が特別に可愛がってる弟分も一緒でいいか?」

「……ええ、よろしいですとも。さあ、どうぞ」

「ようし、行くぞ、ハンス」


 バーレントが片腕で抱き寄せるようにして少年を連れて歩き出す。

 くりっとした目の大きな少年で、じゃれつくようにしてバーレントと歩いている。年のころはまだ13、4歳といった程度で戦場に出るにはまだ幼いような子だった。


「そう言えばロートスの一族は両親に関係がなく、兄弟となるのでしたね」

「そうとも。よく知っているな、下僕。10個離れた兄と弟が男には必ずいて、兄が弟に全てを教えてやるんだ。一族の歴史や掟に始まって、戦うこと、飯を作ること、何のために俺達は鍛えるのか、俺達が死ぬ理由まで」

「そうして強い戦士を一族をあげて育て続けているのですね。

 さあ、ご到着しました。殿下、大変お待たせしてしまいすみません」


 ウェスリーは丁度、ギリスが出ていく前に用意をしていた果物の皿を食べ尽くしたところのようだった。


「来たか。チビもいるな」

「ご紹介します、殿下。ロートスの戦士・バーレント殿と、その弟御であられるハンス殿です。ロートスの戦士は生まれた腹や種に違いなく兄弟を持つようで、ハンス殿はバーレント殿とは特別な兄弟とのことで、揃って殿下に謁見をしたいと、たってのご希望を受けましたのでお連れいたしました」

「いいだろう。特別に許してやる」

「こいつはありがたい。さすがは王子様だ。初めて見たが、王子様っていうのはこう、えらく、高貴っていうのか。俺達みてえな土臭い野郎どもとは違うんだな」

「どうぞ、お二方ともおかけください」

「ありがとう、お兄さん」


 お礼を言ったハンスにギリスはにこりとほほえみかけて椅子を引く。

 バーレントは言葉遣いこそ丁寧な男ではなかったが、ロートスの戦士らしくボッシュリード王家への敬意は持ち合わせていた。そしてウェスリーは些細な言葉尻を捉えた物言いなどには大してこだわらない男で、気分が良かったことも相まって尊大ながらも終始、楽しげにローレンスと言葉を交わした。


「それじゃあ何か、バーレント、お前はまだ女を抱いたこともないのか?」

「だから言った通り、ロートスの戦士が女を抱くのは儀式だ。俺はまだその年齢じゃない」

「だったらお前、股間が昂ったらどうする?」

「何言ってるんだ。王子様だって小綺麗な下僕がいるのに。俺にはハンスがいる」

「は?」

「殿下、ロートスは男色の文化があるようです」

「ぶふっ、はははっ! こんなガキを抱くのか、ロートスは! それじゃあ何か、バーレント、お前がこれくらいのころは、お前の兄に抱かれたっていうのか?」

「それが普通だろう?」

「ははははっ! 普通なもんか、バーレント! じゃあ今夜にでも女を見繕ってやろうか? そう綺麗な女はいないが若いのはいるし、ここはロートスの地じゃないんだ。儀式も大事かも知れんがバレないようにギリスが全部仕立ててやるから、どうだ?」

「そうか? ……本当に、バレないか? ああ、だったら王子様よ、ハンスを一晩どうだ? かわいいぞ、ハンスは」

「俺は女だけでいい。ギリス、お前はどうだ? 何だっていけそうだろう?」

「お戯れを、殿下。バーレント殿がお望みであれば殿下が仰ったようにいたしますが、どうされますか?」

「そうだな。じゃあ試すか。ハンス、お前は、俺のことを尋ねられたら王子様と一晩、酒を飲んでいるとそう言っておけ。いいな」

「はい。……でも、バーレント、今夜は本当にいいの?」

「いいさ。だがこれは秘密だ、誰にも言うな? さあ下僕、支度をしろ」

「はい。しばし、お待ちください」

「そうだ、ついでにハンスを帰してやってくれ。もう若いのは寝る頃合いだろう」

「かしこまりました。ハンス殿、参りましょう」

「おやすみ、バーレント」

「おう」


 ギリスに連れられていったハンスを見送ってからバーレントは座り直して、ニッと笑ってウェスリーを見やる。


「どうした、気味の悪い顔をして?」

「いやな、ロートスは王子様よ、あんた方のためにずぅーっと修行に明け暮れる。だが死ぬ理由の大半は病気か、老衰か、あるいは稽古の最中だ。戦場で誉れある死だなんてもんを迎えられる野郎はそういない」

「確かに言われればそのようだ。記録では最後にロートスを動員したのは70年も昔のことだ」

「そう、そんな大昔から一度も戦場がなかった! 俺もてっきり、そうして戦場を知らずに死ぬんじゃあねえかと考えると虚しくなっちまうこともあったが、王子様よ、あんたが呼んでくれたおかげで戦場に出ることができた。それが何より、俺達は嬉しい」

「そうか。だが死ぬのは怖くないのか」

「怖いのは何もないままに死ぬことだ。俺達には偉大な先祖がついている。戦場で死ねば先祖の下へ魂で還り、華々しい武勇譚を聞かせる。だから怖くはない。名誉のあることだ」

「ますます頼もしいじゃないか! ギリスが支度を整えるまでもっと酒を飲め。ほら」

「おお、王子様に注いでもらえるのか! はははっ、これはいい土産話ができた!」

「これはタダではないぞ、バーレント。お前の手で、セオフィラス・アドリオンという愚かな男の首を必ず獲るんだ。お前の弟より少し上ほどの年くらいと聞いているが、遠慮はいらん。血祭りだ。それがこの戦の目的だからな」

「心得た。仮に俺が死のうと、ロートスの戦士が最後の1人になろうとも、その男の首を王子様に捧げよう」


 獣のように口の端を吊り上げさせてバーレントが請け負う。

 それをウェスリーは満足そうに頷いてさらに酒を飲ませた。

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