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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期8 フランセットという女
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憂うつのセオフィラス ②


「あの……ちょっと、大袈裟すぎな気がしてしまうのですけれど」

「エクトルに傷一つでも負わせたら、防衛隊から永久除名、アルブスからも追放、カタリナとも離婚、いいね」

「無茶くちゃすぎることを言ってるぞ、セオフィラス……」

「セオフィラスぅ? ヨエル、呼び方、違うと思わない?」

「……へ、陛下?」

「それからビートも、頼んだからね」

「大船に乗った気でいろ。ボロだがな」

「ビート」

「へいへい、目え放さずにしっかりお守りしますよ」

「カタリナ、エクトルには俺やレクサ以上に、気を遣ってあげて」

「はい、お任せください」


 使者団の出立の朝だった。

 立派な大きな馬車が用意されている。乗り物としても利用する他、採れたての自然金や、それを加工した金細工なども積み込まれている。

 この護送用にアルブス防衛隊から10人が選ばれた。護送チームのリーダーは、ヨエルである。

 そしてこの馬車とともに行くことになるエクトルのボディガードとしてセオフィラスはビートを起用した。

 さらには旅に馴れないはずのエクトルの身の周りの世話をしてくれるようにとカタリナに頼み、同行させることにもした。


 この13人に加え、タルモとその弟子達が5人。

 総勢18人でグラッドストーンに使者団として向かうことになった。

 見送る側になることがセオフィラスは不安で、昨夜からずっとそわそわしては屋敷の者にエクトルの荷物に抜かりがないかと何度も何度もチェックをさせるほどだった。神経質すぎやしないかと面倒がる一方で、少し珍しい主人の様子に屋敷で働く婦人達はほほえましくも思っていた。


「エクトル、怪我しないで、病気しないで、無事に帰ってきてくれればいいから、無茶はしないでよ」

「ええ、もちろんですわ。セオフィラス様も不貞腐れず、寂しがらず、サボらず、壮健でいらっしゃってくださいね」

「……無茶言わないでよ」

「まあっ、ふふふ」

「うふふじゃないから」


 真顔で無茶だと言ったセオフィラスにエクトルは笑い、尚も食い下がる様子に彼女は楽しげだった。彼女とてまだ新婚の身で異国に大役を背負って向かうことが喜ばしいはずはない。

 だがそれが必要なことだと考えている。そしてセオフィラスも賛同はしてくれた。

 それなのにセオフィラスの不安は離れ離れになることばかりに終始しているように見えて、それがエクトルには嬉しくもあったし、表には出さないまでもますます離れがたく感じさせた。大切に想われていることが単純に嬉しくてたまらなかった。

 だからこそ、不安も、申し訳なさも心の奥底に封じ込めて、一切を気取らせずに振る舞った。


「それでは行って参りますね、セオフィラス様」

「気をつけて。……もう何回も言ってるけど」

「はい」


 馬車にエクトルが乗り、カタリナが一礼してから乗り込もうとする。それをセオフィラスが、カタリナの手を取って止めた。


「坊ちゃん……?」

「お願いね、カタリナ。エクトルのこと」

「はい」

「……でもカタリナもちゃんと元気に帰ってきてよ」

「かしこまりました」

「行ってらっしゃい」


 馬車が屋敷を出ていく。タルモとは大門で落ち合うことになっていた。馬車の周りを護衛の防衛隊が歩き、速度は出さずにゆっくりと遠ざかっていく。屋敷の門から見えなくなるところまで見送り、セオフィラスはすぐに屋敷に駆けこんだ。そうして屋根に出て、そこからまた背の高くなった建物に紛れて見えなくなるまでずっと馬車を見送り続けるのだった。



 アルブスには、続々と移民が押し寄せてきている。鉱夫として働けば大金が手に入るとゼノヴィオルが流布させて、どんどんと人を呼び集めていた。しかし全員を受け入れるのではなく、家族で移り住もうとする者を優先していた。

 坑道はどんどんと拡張されており、際限がないように長く長く広がっていっている。大人の男だけでも手が足りないと判断し、子どもまで使って労働ができるようにしていたためだ。父親と子どもが働ければ労働力が2人以上にも関わらず、家が1つだけで済む。大家族であればあるほどにその効率が良いとして優遇さえするほどだった。

 そして、そんな大家族優遇という流れに乗ろうとして、アルブスでは結婚が流行しようとしている。若い男女が結婚し、両家の親や兄弟が同じ屋根の下に暮らす。そうして金山で労働をすれば優遇を受けられるので、そんな打算に満ちた結婚が流行った。

 もちろん、中には打算ではない新たな夫婦ももちろんいるし、セオフィラス・アドリオンという統治者の結婚にあやかろうなんて流れで結ばれるような家庭も存在をしていた。


 これらの結婚ブームさえも、ゼノヴィオルが作り出した流れであった。

 結婚をすれば子どもが生まれる。そうすれば怠け者の男でも、妻や子のために必死こいて働かねばならなくなる。いわゆる不良の、定職にもつかず遊びほうけるような大人を一掃して、アルブスという都市の全体的な生産性を底上げするという施策にも繋がっていた。

 率先して遊びほうけるように暮らしていた防衛隊の面々が、金山で労働に勤しむようになって派手に飲み遊ぶ姿でさえも利用していた。彼らのように派手な飲み食い、遊びをしたければ金山で同じように働けばいいのだと不真面目な層にも見せつける目的があったのだ。


 そして細工職人には大きな作業場と家を与えて、徒弟をたくさん取るようにとゼノヴィオルは支援を惜しまなかった。大量に採れる金で金細工の職人さえもたくさん増やし、アルブスの金細工というものにブランドをつけようとしているのだ。


 アルブスは未曽有の発展を続けている。

 活気が満ち満ちていて、誰もが明日に期待して眠りにつく。


 そんな大都市に進行形でなろうとしているに関わらず――浮かない顔で、重苦しく吐息を漏らす者がいた。


「……エクトル、早く戻ってきて……」


 こともあろうに、セオフィラス・アドリオン。

 アドリオン王国の王にして、自由共立同盟の盟主。

 イグレシアの戦いより、アドリオンの黒狼王として勇名を馳せた者である。


 アルブスの都は今、金の採掘に全ての力を注ぎこんでいる。

 そしてセオフィラスはそれをゼノヴィオルに任せきりにしており、自然、口を挟むこともなく、口を開くこともなく、エクトルが行ってしまってからというものは、ただただぽつねんと森の中でジョルディと戯れたり、屋敷でぼうっと抜け殻のように佇んでいたり、やるべきことがないかのように脱力しきった日々を過ごしていた。



 その一方で――ヴァラリオでの金の採掘や、関連した事業の全てを取り仕切るゼノヴィオルはずっと採掘現場に居座っていた。

 坑道の入口付近に陣を張り、自ら声をかけて集めた人を使って採掘状況の報告などをさせている。採れた金の量に応じた報酬を坑夫に支払っているが、そのシビアな還元率も逐次、計算をして決めている。


「あの……ゼノヴィオル様」


 アルブスの都市拡張計画の図面を見ていたゼノヴィオルのところへやって来たのはカートだった。この数日、セオフィラスに何か言いつけられることが少なく、ゼノヴィオルにこき使われてしまっている。


「報告? して」

「は、はい。都市拡張について壁外の住民から多少、反発の声が上がっています。畑を捨てて採掘に従事することが嫌なようです。……工期の都合もありますけれど、どうしますか?」

「誰が反対したか、リストアップしたのをちょうだい。僕が説得に行くから」

「しかし……いいのでしょうか? 畑を潰してまで都市を広げなくとも……。それに地面は大きく波打つような丘陵地帯でもありますし――」

「カート、きみの仕事は意見をすること? アイデアを出すこと?」

「……いえ」

「時間がないんだよ。余計なことはしなくていいから。リストアップしたら持ってきて。それから職人に金の装飾品をどれだけ無駄で、贅沢なものでもいいから生産量を上げるように伝えて」

「先ほどもうかがってきましたが……もうこれ以上は回らないと。ただでさえ、徒弟を多く取るようにというお達しのせいで面倒が見切れていないのに無茶だと言われました」

「それを無茶って言わせないようにするんだよ。余計な時間があるくらいなら。分かった?」

「……はい……」

「じゃあ行って」

「はい……」


 終始、ゼノヴィオルはカートを一瞥することもなかった。

 一礼してからカートはとぼとぼと出て行き、途方に暮れるようにため息を漏らした。

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