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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期8 フランセットという女
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ボッシュリード城にて


 ボッシュリードにおける、旧アドリオン領、旧クラウゼン領、旧ドーバントン領、旧カウエル領、旧デールゼン領。その各領地・領主によって共同でクラウゼンの誇るヘクスブルグの都にて宣言した。

 同時に五つの国によって同盟を締結したとも宣言をした。ボッシュリード王国の支配にはともに立ち向かい、艱難辛苦が一国を襲えば他四国が解決に対して協力を惜しまない。そのような基本理念を掲げ、共立同盟という名称にて手を組むこととなった。

 盟主に独立を最初に唱えたセオフィラス・アドリオン。そして共立同盟国群全体における施策を話し合う場としてイグレシア城に共立同盟議会を設立することも決められた。

 独立を拒み、追放をされたデールゼン領主に替わり、デールゼン領は新たにイグレシア共立国と改めて君主の置かぬ公共の国というものになった。イグレシア共立国は軌道に乗るまでの間、執政官としてベアトリス・クラウゼンがその任につく。いずれは国民の中から為政者を選出し、その代表者によって政を行うという試験的な構想があった。

 共立同盟は外部からの武力への対抗策として、各国より人員を出した共立同盟国軍の編成も発表した。


 この共立同盟国群による宣言発表には、かつて東ボッシュリードと呼ばれた地域の多くの民が集まった。これから自分や家族がどうなるのか不安を抱えた元デールゼン領民もいれば、イグレシアの戦いにおいて大活躍をしたと噂の若き王セオフィラス・アドリオンを一目見たいという者も少なからずいた。

 また、この独立宣言発表の場で菓子や酒を振る舞うとも言われていたので、それを目当てに、ついでに観光であったり、有名人の顔を見たいだとかという気持ちで訪れる者も大勢いた。


 いつも以上にヘクスブルグの都には人が集まっていた。

 そして、この独立宣言の数日後にはとうとう、公のものとしてのセオフィラスとエクトルの結婚式が挙げられた。新しい時代に幕を開けるための盛大な式はアドリオンとクラウゼンが金を出し合った絢爛豪華そのものの式であり、時の人と認識されたセオフィラスの新郎姿を一目でも見ようと、また大勢の人間がヘクスブルグに訪れていた。




 そして――イグレシアの戦いが敗戦となり、ユーグランドという大将軍が敗れ、国土の東側を奪われた形になるボッシュリードにもこれらの報せは届いていた。

 グライアズローに聳える王の城。その広間にて、独立などというものを勝手に掲げた辺境領主どもにどう落とし前をつけるかという会議は開かれた。


「ユーグランド卿のみならず、ヴラスタ大司教までもが戦死したとなれば侮れません。

 まして独立だなどと、言語道断の極みに他なりません。

 反旗を翻した愚か者どもには、見せしめとして正義の鉄槌を下さねばなりません。

 これまで長きに渡り、その手腕で国のために戦い続けたユーグランド卿に名誉も誇りもない死を与えたアドリオンは根絶やしにしなければならぬのです。

 陛下。この戦、わたしにお任せください。いずれはわたしが継ぐ国土。ならばこそ、わたしがこの手で整えておくべきかと」


 若い男が自分より二回りも上の重鎮を前に弁舌していた。

 金色の長い髪をした美丈夫で、ボッシュリード王家の第一王子という立場にある青年だった。


「ですが殿下、戦の経験など数えるほどしか……」

「戦は経験で勝てるものでしょうか? それが真であればユーグランド卿が敗北を喫することはなかった。違いますか」

「しかし……小僧とは言え、武勇にすぐれたアドリオンが相手では」

「それはわたしに任せられない理由にはならないのでは? 敵は変わらぬのです」


 自信満々に話す王子に対して異論を挟めるものがいなくなる。そうして卓を囲む面々はボッシュリード王へと目を向けていく。白い口髭を蓄えている王がその視線に応えるようにして口を開いた。


「そうまでいうならば、良かろう。ウェスリー、東を燃やしてこい。

 よく焼けた野原は、作物もよく育つ。

 ユーグランドほどの数はないがお前にロートス戦士団を貸し与える」

「ロートスを……! 陛下、必ずや、使命を果たして見せます!

 諸侯には出せる限りの兵を出していただく。全てはボッシュリード王国のため。ボッシュリードの全兵力をもって、自称・共立同盟とやらを完膚なきまでに叩き尽くしましょう」



 ウェスリーは従者を連れて足早に広間を出ると、すぐにその廊下で笑みを口元に浮かび上がらせた。

 ロートスというボッシュリードの最高戦力を貸し与えられたという事実が、若い王子の胸を弾ませ、同時にめらめらと野心を燃え滾らせた。


「お前も父上がロートスを貸すと言ったのは聞いたろう。この征伐を切欠にわたしがとうとう、父上から実権を受け継げる時がきているのだ」

「はい。おめでとうございます、殿下」

「早速、ロートスに招集をかけろ。それから国中から兵を集めるよう、諸侯に手紙をしたためるぞ」

「かしこまりました。東部反乱者の征伐とは言え、ユーグランド卿が討ち死にした報はすでに国土を駆け巡っております。諸侯の反応は芳しくないかも知れません」

「ふ、それでいい。勝ち馬も見極められん蒙昧な輩など、この機に一層してわたしの権力基盤を築き上げるだけだ」

「さすがは殿下でございます」


 若き王子に常に付き従う男は名をギリスという。くしゃりとした栗色の髪の美青年で、年頃もウェスリーとはそう変わらなかった。爵位の高い貴族の息子であり、幼き日にウェスリーの遊び相手として彼は選ばれた。


「ところで殿下、まぐれにせよ、実力にせよ、ユーグランド卿を下した者が相手。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと申しますゆえ、敵情を探るのはいかがでしょうか」

「そんなものが必要あるか。我が方にはロートスがある。その上で敵情視察だと? まるでわたしが怖れているようではないか」

「殿下の仰るように過剰な行為かも知れません。しかしもし、この敵情視察によって弱点を掴むことができればロートスを出すまでもない、殿下の御力のみによる勝利が得られるのではないかと愚考いたしました。いかがでしょうか」

「なるほど……。ロートスを使わずして、か。お前には何か具体的な考えがあるのか、ギリス」

「はい。お任せいただけるでしょうか」

「許す。だが俺の命令を優先しろ」

「承知いたしました、殿下」

「手紙を書く支度を済ませたらすぐ、ロートス招集の命を下せ」

「かしこまりました」


 城内にあるウェスリーの私室ですぐに書状の準備が整えられた。ギリスは言いつけられたようにロートス招集の報せをしたためた書状を使者に託した。その足で彼が向かったのは城仕えする女中が集まる洗濯場だった。

 ギリスの姿を見た若い、美しさを備えた女中達は明るい声で挨拶をするが、まるで気がないとばかりにギリスはおざなりに返事をしながら彼女達の中をかき分けるように進んでいって奥にある休憩用の部屋に入る。すると、昼日中にも関わらずにそこで女が1人、眠っていた。


「あなたに頼みたいことがあります、フランセット。起きてください、フランセット」


 彼女は肩を揺すられて薄く目を開き、それからギリスを見るとほほえんだ。

 美しいウェーブのかかった金色の髪の女性だった。


「あら……。殿下の子守り役がこんな下女の寝所にどんなご用かしら?」

「東ボッシュリードへ向かい、内偵として働いていただきたいのです」

「わたしに……? ふふ、面白いことを言うのね、ギリス」

「あなたならばできると、わたしは信じています。必要なものがあるならば、わたしが手配できる範囲で用意いたします。引き受けてくれますね、フランセット」


 彼女が足を伸ばしたままいまだに座っている寝床へギリスも腰を下ろした。するとフランセットは彼の手をそっと取ってから、ギリスの目を見つめる。照りのある蜂蜜のような色をした瞳で彼女はギリスを見つめ続ける。


「あなたが用意できるものはないの、残念ね……」

「頼みます、フランセット。どうか、わたしの願いを叶えてください」

「……どうせまた、殿下のためなのでしょう? あんなの、形だけよ。あなたが何もかもをお世話しないと殿下には何もできやしないのに」

「王とは何もできずともいいのです。王はそこにあるだけで、人を従わせることのできる存在を指すのですから」

「そして日陰のあなたは未来にその名を残すこともなく忘れ去られて消えていく……」

「あなたがわたしを哀れんでくれるのであれば、どうか」

「……仕方がないわね。それで、何をすればいいのかしら」

「アドリオン領主、セオフィラス・アドリオンが今は王を名乗っています。彼の下へ深く入り込み、情報を流してください。そして可能であれば――」

「溺れさせればいいのかしら?」

「はい。期待をしています、フランセット」


 立ち上がろうとしたギリスの服をつまみ、フランセットが止める。


「何でしょうか、フランセット」

「ねえ、ギリス。……あなたが欲しいものは、一体、何?」

「ふふ、あなたともあろう方が分からないのですか?」

「ええ、さっぱり」

「……殿下の善政による平穏と発展こそが、わたしの望む未来です」


 ほほえんでから一度、ギリスはフランセットの手を握った。それから額を合わせると、ゆっくりと離れるように腰を上げて来た時と同じように背筋を伸ばした、しっかりとした足取りで出ていった。

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