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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期7 黄金の山の欲望
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魔物の王アヴァラス ①


 どうしてこんな破目になっているのかと、モニカは口さえ回るならば何度も何度も悪態をついていた。しかし彼女にはそんな余裕もなく、ただ巨大トカゲからひたすらに逃げ回る。一応で受け取った剣は、むしろ邪魔になっていた。

 緩い下りとなっている広い洞穴を、ただただ走って駆け下りている。きっとゼノヴィオルなら後でどうにか見つけるだろうと決めつけて、逃げの一手にひた走っている。できるだけ大きく突き出ている黄金の石筍の近くを走り、巨躯のトカゲが迂回せざるをえなかったり、ぶつかったりするように仕向けながらの逃走である。


 転倒すれば瞬時に餌食になる。転ばぬように、しかし捕まらぬように、同時に障害物を避け、利用しながら見通しが悪く、足場も良いとは言えぬ洞穴をただただ走った。

 しかし彼女は頭脳労働こそゼノヴィオルと同程度にこなせる、才女であるが、その体力は普通よりも少しだけ多いというほどの少女だ。ひたすらに頭を回し続けることならばがんばるという言葉で彼女は補えるが、ひたすらに走り、逃げ続けるという所業はがんばるだけでは済まない。息が上がりきり、疲労で足は重く、痛くなり、脇腹がひきつってきてしまう。


 そしてとうとう、彼女は足を滑らせた。そのまま斜面を滑落していき、金の石筍にぶつかって止まる。振り返れば松明は落としてしまっていて、それを避けるようにトカゲはゆっくりと彼女へ近づいてきた。ちろちろと舌を出してトカゲはひたひたと寄る。


「はぁっ、はぁっ、はああああっ! この、クソトカゲ、バカトカゲ! はぁっ、はっ、ゼノー! 来て!」


 剣を杖のように使って立とうとし、滑った際に足を痛めたことに彼女は気がつく。

 しかし呼びかけてから聞こえてきたのは僅かな自分の声の反響と、それから聞きたくなかった鎧の音だった。


「ほんっと、最悪……! ええい、やれるもんなら、やってみろってのよ、バカトカゲっ!」


 啖呵を切った直後、黄金の武器が閃いて飛来した。

 それが見えてモニカは頭を抱えてしゃがみ込んだが、それはトカゲの肩口に刺さる。

 続々と武器が飛び、トカゲがその場で暴れ回る。


「うえええっ!? ちょっ、暴れ……! バカトカゲ、潰され――!?」


 痛みによるものか、パニックを起こしたのか、バタバタと動いて暴れる巨大トカゲを目の前にモニカが慌てふためく。四つん這いになりながらその場を離れようとしたが、トカゲの大きな、よくしなる尻尾が彼女へ迫った。息を飲んで反射的にモニカは顔を庇おうとする。その直後に何か変な音がして、生暖かいものが体にかかった。しかし痛みはなく、目を開ければゼノヴィオルが黄金の剣を振り切った姿勢で立っていた。


「ごめん、お待たせ!」

「さっさとどうにかする! 謝るのは後で!」

「は、ハイ! ――やれっ!」


 モニカの返事をしてからゼノヴィオルが剣をトカゲに向けると、黄金の骸骨達がトカゲへと飛びかかった。その体で動きを封じ、包囲して突き刺したり、斬りつけたりしていく。さらに激しく暴れてトカゲは一度、黄金の骸骨を払い飛ばした。しかしぶんぶんと頭を振ってからまた周囲を本能的に把握しようと動きが緩慢になった瞬間、その大きな口が飛びかかったゼノヴィオルによって串刺しにされて金の岩盤に打ちつけられる。


「イーラ・イグニス!!」


 動きを止められた巨大トカゲが凄まじい火炎に包まれる。

 その熱気にモニカがごろごろと転がるかのように無様な動きで距離を取り、それから息を弾ませたままもがき苦しむ巨大トカゲを眺める。最初こそ激しく暴れようとしていたが、やがて動きは鈍くなって、とうとう動かなくなった。

 変に焦げた嫌な臭いが鼻について、顔を押さえる。


「ふう……。どうにか、なった……」


 血と煤にまみれ、服も至るところが裂かれ、またみすぼらしくなった姿でゼノヴィオルが振り返る。


「モニカは、怪我してない?」

「あ、あたしは、そこまで……。ちょっと、足を痛めたけど歩けないほどじゃないわ。それよりあんたは?」

「うん……。僕は、大丈夫。でも何だか、気が抜け――あ、れ……」

「ゼノっ!?」


 それまでは平気そうにしていたのに、モニカの方へ歩く途中でゼノヴィオルが力を失い倒れる。痛む足で慌ててモニカが駆け寄ると、ゼノヴィオルは酷く汗をかいていた。


「少し休めば……大丈夫、だから……」

「ていうか、この骸骨は?」

「僕が魔術で、僕のにしたから危険はないよ……」

「そ、そうなの?」

「うん、だから、先を目指そう……。少し、休んで、か……ら……」


 目を閉じると、荒い呼吸のままゼノヴィオルは意識を失ってしまった。とりあえず寝かせようとしたが、下はあまりにも硬い黄金ばかりだった。自分も休むだけ、と言い訳を胸の内で作ってからモニカはゼノヴィオルの頭を自分の膝へ乗せて休ませた。












「んぅ……あれ……?」


 目を覚まし、ゼノヴィオルは異変に気がつく。

 暗かった。それでいて何か柔らかいものに頭を置いている。松明の火が消えているんだろうと思って魔術で火の玉を浮かばせて照らし、新しい松明に着火する。

 それから腰を上げ、黄金の鍾乳石にもたれて眠っているモニカに傷ができていないかと見る。そうしていると不意にうっすら彼女は目を開き、2人の目と目が合った。


「お、おはよう……」

「何してんの……?」

「いや……怪我とか、ないかなって」

「かすり傷だから平気だから」

「……なら、いいんだけど。あんたは平気なの? がぶってやられたでしょ?」

「うん。でも……大丈夫だよ。立てる?」

「ん、ありがと」


 手を貸してモニカを立ち上がらせ、ゼノヴィオルは松明を彼女に渡した。そうしてまた2人は歩き出す。ゼノヴィオルが目を覚ましてから、黄金の骸骨達の群れもまた動き出して2人の後に随行していった。


 緩い傾斜をずっと下っていき、やがて壁に当たってその壁沿いにさらに歩いていった。そして現れたのは、大きな大きな扉だった。


「思い切り、誰かが作ったっていう感じね……」

「でも、これ見たことのない紋様というか、図式が彫刻されてるよ……。見たことある?」

「ないわね。幾何学模様ではあるけど……中央にあるのは、六芒星に見えるけど星の中の線が違う」

「一筆書きの六芒星じゃない? ここから始まって、上の三角から斜め下へいって、それからこう……」


 一筆書きの六芒星。その六つある頂点の先には正円が描かれて、その中に何を象ったものか分からない図式なのか、紋章か分からないマークが書き記されている。


「で、意味分かる? それとも意味なし?」

「意味がなくて、こんなのをわざわざ彫刻するかな……?」

「じゃあ意味があるっていうの?」

「あると、思う……。例えば、ここの紋様は……牙じゃないかな」

「牙? たんなるギザギザっぽいけど?」

「こっちが、羽……翼とか、かな? それでこっちは、トカゲ……ううん、尻尾が強調されてるかも」

「それが何よ? それなら、一番上の、これはどう思うの?」

「うーん……目、かなあ?」

「じゃあ、こっちと、これは?」

「……うーん、積み上げられた石と、湯気?」

「意味不明じゃない」

「だね……」


 同意しつつもゼノヴィオルは引っかかるものを感じてじっと扉の彫刻を眺める。

 そして不意に――岩の隙間から水が湧き出るかのように、紋様の意味を理解してしまう。全てが分かったわけではなかったが、この扉の彫刻は魔術的に意味のあるものであるということだけはハッキリした。


「じゃ、さっさと行きましょ。開けて」

「待って、モニカ……。分かったよ、これが」

「は? 何で? いきなり? 何か、開けたら矢とか降ってきたりするの?」

「ううん、意味はあってないようなものだよ」

「どういうことよ?」

「つまりこの彫刻のメッセージは……警告というか、畏怖しろって伝えてるんだよ。近寄ればただじゃ済まさないぞって」

「はあ? どうして?」

「……警告の意味は、分からない。だけどヴァラリオだよ、ここは。言い伝えが残ってる。封じられたというのが、ここに閉じ込められたっていう意味なら……この奥には、いるかも知れない」

「魔物の王アヴァラス――」


 それがどれほどの存在なのかは分からなかったが、とても一筋縄でいくような相手ではない。こうして目の前に未知の恐怖を突きつけられると変な汗が噴くようだった。

 しかし黄金が手に入るのならば、と手が伸びる。


 黄金の扉がゆっくり押し開かれていく。その向こうからは黄金色の光が溢れてきて2人の目が眩みかけた。そこには無限とも思えるほどの黄金が溢れ返っていた。黄金の塊や、加工された宝飾品。コイン。それらが乱雑に、しかし大量に鎮座していたのだ。高く積み上がった雪のようでもあった。扉から一直線に道を作るように黄金はどかされている。


 そして目視できた行き止まり――ヴァラリオ最奥に、アヴァラスはいた。

 黄金の大きな椅子に異形の人が足を組んで座っている。肘掛けにおいた腕で顔を支え眠っている。黄金の首飾り、腕輪、指飾りをつけている。皮膚は褐色だがとこどろころ、黒や灰色の鱗に覆われていて、人とトカゲを足したようなものに見える。髪は白く、折り畳まれた翼のようなものもあった。足とは別に椅子から垂れているものがあり、それは尻尾を思わせた。その尻尾にも金のリングがあり、そこからぶら下がる紐にも黄金の飾り物がついていた。


「あれが、アヴァラス? 眠ってる……?」

「あれは危ない……」


 少し警戒が緩みかけたモニカを、ゼノヴィオルの震えた声が諫めた。

 アヴァラスから発せられている魔力があまりに異質だった。ずっと感じていた魔力の発生源がアヴァラスであり、ただ漏れていただけの魔力で洞穴を濃厚に満たしてしまっていたのだ。あまりにも規模の違う存在であり、しかもこの黄金の間ではさらに濃厚で息苦しい魔力で満たされている。


 ゼノヴィオルの汗が垂れ、顎の先から落ちる。そのプレッシャーをモニカは体感することもできなかった。いつもの情けない性分が顔を出しているだけだと彼女は決めつけて、少年の背を叩く。


「それでこれ、どうするのよ? 眠ってる内に、やっつけちゃえばいいんじゃない?」

「そ、そうだね。でももう遅いと思う――」


 瞬間、モニカも理解をしてしまった。

 アヴァラスがうたた寝から醒めたかのようにゆっくりと目を開いていく。それとともに全身が針で刺されたような痛みを感じて、声も出せずに腰が抜けて尻餅をつく。ただそこにいて、目を開いただけで心筋を一瞬だけ動きを止められた。


「ここは、我が寝所であるぞ。人の子らよ、我が黄金を横取りにきたか?

 ああ――言わんでいい、分かる、分かるぞ。

 人の子如きが魔力を持っているとは面白い。

 小娘めは――ああ、随分と、もうすでに冒されているな。

 ではこの我のために遊興をせよ――」


 アヴァラスの尻尾が動き、鞭のように一度、ピシりと空を打つ。黄金の飾りがぶつかり合って音を立て、その振動と魔力が発散されていく。何かに打たれたようにモニカの体が跳ね上がり、ゼノヴィオルが振り返る。


「モニカっ? 大丈――」


 しゃがんで手を伸ばしかけたゼノヴィオルは、それを払うように松明を振るわれて身を引いた。


「そうら、始めよ。愚かな人の子らよ。

 勝った方に褒美として、我が黄金を与えてやろうではないか」


 噛み殺すようにアヴァラスはククと笑って告げた。

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