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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期7 黄金の山の欲望
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黄金の骸達


 微かな水音が聞こえ、ゼノヴィオルは足を止める。

 その背中にぶつかってモニカも止まった。


「何?」

「音がしたような気がして……。何か、水の音?」

「上から落ちたんじゃないの?」

「いや、そういうのじゃなくて……水面から何かが出てくるような」

「何かって、何が?」

「分からない……。けど誰も戻ってきたことのない場所だっていうのは、確かだよ」

「何か出たらちゃんと、対処しなさいよ」

「そのつもりだよ」


 また警戒を強めてゼノヴィオルが歩き出すと、今度はしっかりとどこからか響く水音を2人は聞いた。それはだんだんと大きくなり、そして甲冑が擦れ合うような無数の金属音に変わって近づいてくる。


「どっちから……?」

「あっちだ」

「こんなに反響してどうして分かるのよ?」

「魔力を感じるから。とにかく距離を取ろう。近づいてくるよ、まっすぐ。走ろう、足を滑らせないように気をつけて」


 ゼノヴィオルが小走りでさらに先へと進み、モニカもそれに続いた。しかしすぐ、またゼノヴィオルが足を止める。後方から迫っていた音の他に、前方からも妙な音が聞こえてしまったせいだ。何かが唸るような、あるいは地響きでも起きたような、低くて重い鳴音である。


「もしかして挟み撃ち?」

「かも知れない」

「いいわ、自分の身は自分で守るから。あんたは、さっさと終わらせて」

「でも――」

「舐めないでよね、いくらわたしが華奢で華聯な女の子だからって」

「……う、うん」

「その間!」

「ごめん! でも来た――おっきい……」


 松明の光が届く先から、それが姿を見せた。四本足のトカゲのような生き物だった。しかしアルブスの人気者であるジョルディよりもさらに大きく長い。鎧のように鋭く尖った殻をまとったそれが耳障りの悪い咆哮を上げてから襲い掛かってくる。


「パス!」

「ちょっ、パスって……よし、掴めた!」


 とっさにゼノヴィオルが松明を投げてモニカへ渡す。それから剣を引き抜いて、巨大トカゲが噛みついてきた攻撃を避ける。鼻先から近づいてくるトカゲに剣を振って見せて牽制しつつ、後方から迫る音にも気を配ってゼノヴィオルはモニカから離れるように立ち回る。


 鋭い爪の伸びている前足をトカゲが器用に振るい、ゼノヴィオルが剣を寝かせて受ける。だが、あまりの力で後方へ吹き飛ばされる。すかさずトカゲが迫り、大きな口を開いた。


 がぶりと少年の体がトカゲの牙に刺されながら噛まれ、持ち上げられる。身をひねろうものならば鋭い牙がさらに体へと深く食い込み刻まれる。しかしなすがままならば噛みちぎられながら飲み込まれる。痛みに顔を引きつらせながら、それでも悲鳴を上げずに歯を食いしばり、ゼノヴィオルは剣を逆手に持ち直してトカゲに突き刺す。びっしりと覆う鱗に剣先が弾かれる。さらに深く牙が食い込んでゼノヴィオルが剣を取りこぼしたのと同時にモニカが叫ぶ。


「ほんっとに、頼りにならないわよね、あんたって!」


 護身用に持っていたナイフを握りモニカが飛び出していた。ゼノヴィオルを噛んで離さないトカゲの鼻先に捕まってよじ登る。払い落そうとトカゲが頭を振った拍子に彼女は落とされてしまったが、今度はゼノヴィオルがこぼした剣を持ち上げ、それを両手で握りながら突進していく。これもトカゲの前足に振り払われてモニカがひっくり返ったが、頭にきたのかゼノヴィオルを放るように投げ飛ばす。そうして今度はモニカへ向かっていく。起き上がりかけて足を滑らせたモニカにトカゲの牙が襲いかかろうとして、その寸前にトカゲの下顎が真下から突き上げられた。ゼノヴィオルが離れたところで足元に手を当てている。魔術で生やした枝葉のない円錐状の木が阻んだのだ。さらにトカゲの体の下から4本の木が生え、さらにはその根が黄金の地面から持ちあがって縛り上げる。


「走って、モニカ!」


 剣を持ってモニカは立ち上がり、落としていた松明を拾いに走った。ゼノヴィオルがそこへ迎えに行くように傷口を押さえて急ぐ。


「あんた、傷、大丈夫なのっ?」

「今はまだ平気だから、行こう!」


 トカゲを押さえつける木々とその根っこが軋んでいる。そして後方から迫っていた音がひと際大きくなっている。そしてとうとう、2人がその場を離れようとした矢先に彼らの攻撃が始まった。ギラリと金に光る槍が投げられて2人の前へ突き刺さったのだ。それにモニカが足を止めかけたが、ゼノヴィオルがモニカの肩を掴んで押すようにして先へと走らせる。


「足を止めたら押しつぶされちゃうから走って!」

「でも、槍! これ、うわ、今度は剣っ!?」

「前だけ見て、僕が後ろは!」


 次々と武器が投げられてくる。走らせながらゼノヴィオルは後ろを振り向いては、投げられてくる武器の軌道を読んでモニカの足を動かせる。ひと際高く、大きな斧が投げられた。大外れかとゼノヴィオルはすぐにそこから目を逸らしかけ、しかし天井から下がる金の鍾乳石がその大斧に抉り落とされて2人に降り注ぐ。


「モニカっ!」


 押し倒すようにかろうじて鍾乳石を避ける。それからモニカの手から剣を引っ手繰るように取り返してゼノヴィオルは目前に迫っていた槍を薙ぎ払った。ボロボロの、しかし金色の鎧をつけた、金色の骸骨の群れだった。しかもその向こうでドルイドの魔術で拘束していた巨大トカゲが自分を縛る植物を破壊していた。いつの間にか木の根や、生やした木までが黄金に変わっていて硬くなったのを力ずくで破壊したようだった。


「ねえこれ、絶体絶命ってやつ?」

「どうだろう……。でもこういうのがあると思って、1人で来たから」

「何それ、あたしがいなきゃ良かったって言ってる?」

「そ、そういう風には言ってない……つもり」

「ふうーん? でも実際、いない方が良かったでしょ?」

「ううん、モニカがいなかったら、今ごろ、胃袋の中だったから良かったよ。

 とにかく今はここを乗り切らないといけないよね……。ちょっと難しすぎるお願い、してもいい?」

「可能ならね」

「あの大きい方、しばらく惹きつけてもらえる?」

「……はあ?」

「その間に武器持ちを片づける」

「分かった、じゃあサクッとやってよね」

「できるだけ、やってみる。これ、持っとく?」


 剣を見せてゼノヴィオルが尋ねるとモニカがそれを受け取る。


「あんたは?」

「こういう時は長物がいいと思って。松明は持ってて。その明かりを目指して、すぐ迎えに行くから」


 弾き落とした金の槍を掴んでゼノヴィオルが構える。手にして想像より重いことに気づいたが、迷う暇もなく少年は駆け出した。剣と盾を備えた金の骸骨に槍を突き込んだが、盾に阻まれる。すかさず跳んで骸骨の群れの頭上へ躍り出ると、魔術の黒い杭を放って霰のように降らせる。骸骨の群れは身を守ることはせずに獲物をゼノヴィオルに向けて繰り出す。槍で弾くようにいなして着地し、ゼノヴィオルは大きく槍を振り回す。だがそれが途中で掴み止められてしまう。


「だったら、こうだ――メルム・ボース!」


 破壊をもたらす魔術を槍にかけて振るった。盾で受けようとした骸骨だったが、盾ごと脊椎を粉砕されて動かなくなる。さらにもう一振りして薙ぎ倒す。貪り食うように槍が触れた骸骨も、武具も、何もかもを削り壊していった。

 しかし数が多く、ゼノヴィオルの槍を脅威と見なした骸骨は距離を置いて武器を投げ始める。中には動かなくなった仲間の骨さえ投げていた。投擲による飽和攻撃では、片手だけの槍捌きではとても防ぎきれるものではなかった。ましてゼノヴィオルは本格的に槍を扱ったことはない。まだ片手になってからの戦いというものにも馴れてはいなかった。しかしアトスに仕込まれ、セオフィラスと磨いた経験は腕がなかろうとも変わらない。観察に徹し、癖を把握する。弱点を探る。行動を分析する。


(学習能力があって、自分が壊れることを厭わない。でも盾を持つ。――矛盾してる)


 ゼノヴィオルの悪い癖に、考え過ぎるというところがある。もしもこの場でセオフィラスが戦っていれば不要な分析と思考を切り捨てていただろうが、ゼノヴィオルにはできなかった。


(こいつらの目的は何だ、黄金の一人占め?

 それは統率の理由にならない。

 じゃあ仲間としてともに黄金を守ってる?

 戦うしかできなさそうな知性しかなさそうなのに? 死者の妄執?

 でもここに満ちているのは魔力であって、天の一式じゃない。

 霊力じゃないから、じゃあ、だとしたらこの(むくろ)どもは操られてるだけの人形?

 だったらそのための糸がある――魔術的な、糸――仕掛けがきっとそこにある)


 悪い癖から得た着想にゼノヴィオルは状況をひっくり返すための手を考えつく。

 それはエミリオが与えてくれた魔力と、魔術の知識がそれを発想させてくれた。操り人形であるのならば、その糸は人形師の手元へと繋がっている。ならばその糸を一度切り、自分の手元へと繋げてしまえば全て自分のものとなる。


「起し、求めよ。

 汝、溺れ果てた欲望の末路。骸の影よ。

 盲従から放たれよ、そして我が手に集え――」


 骸達の攻撃で撒かれていたゼノヴィオルの血液が動き出して魔法陣を描き光り始める。その中から無数の黒い鎖が放たれて黄金の骸へと襲いかかって締め上げる。


「――ポウテリットレ・スフェイア」


 締め上げた鎖が金の骸骨に同化するようにして消えると、彼らはそれこそ糸の切れた操り人形のようにその場で重力に引かれるまま頽れた。

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