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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期7 黄金の山の欲望
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欲望


「ここだ、多分……」

「記録、あたしも読んだけど入口を塞いだってだけだったわよね……? それにしては、分かりにくすぎると思うけど」

「ずっと昔のことだから、自然現象で崩れちゃったのかも……」


 見つけ出した洞穴の入口は崩れた岩石の中に半ば埋もれた状態で見つかった。残されていた記録がなければとても発見できなかったような入口だった。這っていかないと中には入れないほど、その入口は狭かった。


「こんなとこに、本当に潜るの? ずっと、四つん這いで獣みたいに這っていくつもり?」

「嫌なら引き返していいんだよ」

「バカ言わないでよね」


 ゼノヴィオルとしては気遣って発した言葉だったが、モニカは挑発されたかのように受け取って率先して狭い穴へ這うように入っていってしまった。しゃがんでゼノヴィオルもそれに続いて、穴の中へと入っていく。想像以上に狭く、たっぷりと食料を詰め込んだ鞄や松明を諦めざるをえなかった。腰ひもに括りつけた食料と松明2本、それに剣だけを必死に守りながらゼノヴィオルは這うどころか、腹ばいになりながらくぐっていった。


 どれほど長い間、そうして進んでいったか、少しずつ天井が高くなっていって立ち上がれるだけの広さがある空間となった。松明に火を灯せば、僅かに下る斜面となった横穴がずっと奥深くまで広がっていた。火を壁に近づけると、帯状のたゆたうような金色の紋様が岩壁に現れている。ゼノヴィオルとともにそれを覗き込んだモニカが眉を潜める。


「これ、金?」

「きっとそうだよ……。金鉱だ」

「薄暗くてハッキリしないけど奥の方に向けて、濃くなってる?」

「うん……僕にもそう見える。行ってみよう」


 松明だけが唯一の明かりである、閉塞感の強い一本道だった。

 奥へ進むほど、金は色濃くその存在感を主張していく。それを眺めるだけで魅入りそうになり、時を忘れるようにしてずっと2人は歩き続けた。最初はうっすらと金が塗られているようにも見えた金鉱が、最早、岩の部分の方が少ないほどにまでなっていた。周囲のそのほとんどが黄金である。地下へ、深く、深く続いていく黄金の道となっていた。


「ねえ、ゼノ、これ……人の骨?」


 足が止まったのは疲れではなく、その遺物を見つけたためだった。

 洞穴の端に落ちていた骨のようなもの。ボロボロになっている服もそのまま、骸骨が肋骨の隙間に剣を突き立てられて転がっていた。しかしそれが人骨であるかどうか、2人に疑問を抱かせたのは白骨化して当然であるはずなのに、その骨までもが金色になっていたためである。

 そっとゼノヴィオルは骸骨の手の骨を取る。その重さに驚きながら持ち上げ、モニカと目を見合わせる。


「金だ……」

「どうして、骨まで金なの?」

「分からない……。でもこの重さも、質感も、間違いない……」

「ひょ、表面だけ、とかじゃなくって……?」

「……遺体には変わりないから、したくは、ないけど……確かめてみよう。持ってて」


 松明を渡してからゼノヴィオルは剣を抜いた。一息吐いてから黄金の指をぽいと上へ投げ、剣を引き抜きながらそれを断ち切る。落ちた指の断面にモニカは火を近づける。唾を飲みながら確かめれば、綺麗なその断面が金色の光を反射させた。


「……理屈が分からないんだけど」

「でも事実は、目の前にあるよ……。この山は、呪われてる……」


 そも――ゼノヴィオルが単身、このヴァラリオの調査をしようと思い至った理由の一つに、エミリオから渡された力があった。日が経つにつれて魔力が体に馴染むように、力が高まっていくのを感じていた。それとともにこれまで感じられなかった様々なものを意識せずとも感じ取れるようにもなっていた。

 例えば地面が剥き出しとなっている場所にさえいれば、森の中にいるソニアの居場所や、距離を感じ取ることができた。他にも、天・地・人それぞれの、三式の力も鋭敏に感じ取れた。セオフィラスが稽古時に発生させる気力や、屋敷に保管されている間のセオフィラスが持つ霊力を有した宝剣、アルブスの都に築かれた伽藍にも霊力を感じ取ることができた。


 そして今、このヴァラリオの金の坑道内には二種類の力がひしめき合っているのを感知できている。空間に満ち満ちた霊力、そして坑道の奥深くから漂ってくる魔力。どちらもこの洞穴へ入ってくるまでは全く感じることができなかったが、中に入ってしまえばどうしてこれほど強い力が外に全く漏れ出ていないのかと恐ろしくなるほどだった。


(まるでお伽噺だけど今なら、信じそうになる……。

 本当に、このヴァラリオという山に邪悪な魔物の王っていうのが眠っているのかな。そうしたのは、アミカスとかいう精霊の王様だっけ……? そんなの聞いたこともないけど……本当にそういう存在がいるのならこんなバカげたような術もかけられるのかも。

 けどここに留まって何か悪い影響でも出たらって考えると、早いところ探索は切り上げたいな……。僕だけならともかくモニカまでいるんだから……)


 切断した黄金の指を、黄金の遺体の近くにそっと置いてからゼノヴィオルは奥を目指して歩き出した。洞穴はだんだんと広くなっていった。壁から壁までの距離が遠く、天井が高くなっていく。一本道でしかなかった洞穴はいつしか、黄金の洞窟と化していた。天井から下がる鍾乳石、そして地面から生えているような石筍に至るまで、ありとあらゆるものが松明の火を受けて黄金の輝きを見せるのだ。


「何か、頭がくらくらしてくるわね……。これ一本でも持ち帰ればしばらく遊びほうけて暮らせるものねそんなのが何十、何百、ううん、もう無限よ……。気が狂いそう……」

「本当に、想像以上だね……」


 その景色には心を奪われそうになる。

 宝の山ではない、黄金でできている山であるのだ。このヴァラリオという山から全ての金を採り出し独占してしまったら、世界一の金持ちとなれてしまう。そして金があればどんなことでもできてしまう。

 無限とも言えるほどの金銭を使い、大経済を作り出してその富の流れを自分で全てコントロールできれば戦争さえも起こさずに大陸を支配できるかも知れないとゼノヴィオルは考えた。そうなれば国家などは必要がなくなるだろうとさえ。もし、この妄想が実現できるのならば兄が背負っている重責を解放できるかも知れない。アルブスは世界一栄えた、世界一幸せな都になれるかも知れない。

 そんな力さえあれば、きっと死しても許されない罪を背負った自分でも償いにできるのではないか。


 そんな妄想が膨らみ、まだ手に入れてもいない金を使って何から着手すべきかという検討に入りかけた途端だった。


 まるでこの洞穴全体が震えるような、地響きにも似た振動が起きた。最初こそ、その揺れが何なのかと2人は周囲を警戒したが、だんだんとその振動は激しく強くなり、とうとうモニカが足を滑らせた。それをゼノヴィオルは抱えながら膝をついて姿勢を低くし、互いにしがみつくようにして揺れが収まるのを待つ。

 しばらくして鳴動はやんだ。目を動かしながら周囲を窺いつつ、モニカはゼノヴィオルを支えにするようにして立ち上がる。


「今の、何……?」

「分からない……」

「警告とかっていうやつ?」

「ご丁寧に警告なんて、してくれるのかな……?」

「しなさそう」

「だよね……。離れないで、モニカ」

「ええ、いつでも盾にする」


 ゼノヴィオルの後ろへついて、モニカは小突くように押した。頼りにされているような、都合よく利用されているような複雑な心境になりつつゼノヴィオルは松明でできるだけ先を照らせるように掲げながら慎重に歩を進めた。

 いつしか足元にはうっすらと水が這っている。どこかの水源から流れてきているらしかった。そしてその水の流れを踏むようにして深くへと洞穴内を進んでいく。


 凄まじい黄金の景色には、絶えず欲望が渦巻いた。

 莫大な財産。それを背景にした権力で、いかなる願いも叶うのではないかと思わされる。そんな妄想はゼノヴィオルだけではなく、モニカにもあった。

 彼女の生家――オリオル伯爵家は没落寸前とも言われてしまっている。満足な税収が得られずに、親交のある他所の貴族に援助を受けながら毎年、王家へと税を納めているという始末である。それもいつまで続くか見通しは立たず、爵位を剥奪される可能性さえあった。

 しかし、この金脈があれば――無限とも思えるほどの黄金があれば、ゼノヴィオルならば分けてくれるはずだと彼女は考える。無限にあるのだから、無限に分けてもらうことができる。借り続けた他の貴族への税収分の金を、利子をつけて返還してしまえれば。そしてこの莫大な金で商売ができれば、情けなく、恥ずかしいオリオル家を後顧の憂いもなく出て行ける。ゼノヴィオル自身からは求められないのであろうが、押しかけてしまえればきっと彼は一緒になってくれるだろうという確信がある。肉体以上に心がボロボロに傷ついているゼノヴィオルのために、人の手が入らないような場所で隠者のように生活できればきっと哀れな少年を幸せにできるとも彼女は確信を得ていた。


 必ずや、この無限の黄金を、ヴァラリオを手に入れなければならない。

 膨張しきった妄想はやがて収束し、そんな結論へと至ってしまう。

 何としてでも黄金を手に入れる。膨らんだ妄想の分だけ、その思いは強く固くなっていくのだった。

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