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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期5 独立戦争
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処刑


 日が沈み、イグレシア城に戦に関わった全ての人間が集められた。

 城門の内側の広場には処刑台が用意された。ユーグランドを地上1メートルほどの高さで棒にで(はりつけ)にしている。その棒の部分だけ床へ穴を空けた処刑台である。台上に立てばユーグランドと目線が揃うような高さだった。

 しかし普通の処刑とは様相があまりにも異なっていた。見物にくるような民衆はいない。兵士と、その食事の世話などをするために随行してきた飯炊き女くらいしかその場にはいなかった。

 その上、この処刑には捕虜とされた敗軍の兵も集められていた。彼らはセオフィラスの口から、罰を与えることはしないと、食事も与え、一晩だけ城に留まれば翌日には開放するとも約束をされていた。


 処刑台の周りには篝火がいくつも設置されて、明るく照らされていた。

 その中心のユーグランドは磔にされているだけだった。石を投げつけられることもなく、罵声や、嘲笑を浴びせられることもなかった。ただ何千もの人間の視線に晒されているだけだった。


 処刑の時間に、セオフィラスは出てきた。

 ユーグランドが持っていた剣をぶら下げながら少年は処刑台に上がる。そうして、集めた人々の前で口を開いた。



「今日、流れる血はこの豚で最後になる。

 とても食えるものじゃないし、血を流すことに何も意味はない」


 誉められるものではない言葉に一部の者は笑いかけたが、セオフィラスの言葉には笑いを許さないような冷淡さがあった。

 ただの処刑ではない。

 見せしめでなければ、刑罰として行われるものでもない。

 そう誰もが理解していた。


「この豚は、あらゆるものを(むさぼ)った。

 財産も、尊厳も、人の意思や、自分のものでない命、慈しむべきもの、己以外の幸福を。

 我が父を死地へ送り、わたしの民も殺した。

 我が弟に、筆舌に尽くしがたい、心が蝕まれ、歪むほどの苦痛を与えた。

 ただ己の尊厳を保つために、この豚は他人を恐怖に陥れてきた。

 そのために善良な民を遊ぶように手にかけたこともある。

 だから、死ぬ。

 この豚の死は、この地上で何も意味はない。

 この豚の死で、救われる人間なんてどこにもいない。

 だから、殺す」


 セオフィラスがユーグランドを振り向いた。


「聞け、豚」


 ユーグランドは最後の抵抗をずっとしている。

 どんな苦痛を与えられようが、努めてやり過ごそうという抵抗である。溜飲を下げさせぬには、最後まで思い通りにさせないことだ。だから殺そうとしているセオフィラスには、死ぬ瞬間も、死んでからも、それが何だとばかりに振る舞って終わるつもりなのだ。


「お前の死には、何も意味なんて与えないぞ。

 髭が白くなって、ぶくぶく肉を蓄えるほど長生きしたところで、お前には何もなかった。

 そう思わせてやる。

 必死にこれまで権力という椅子にふんぞり返ってきただろうが、お前は最後は豚として死ぬんだ」


 ユーグランドの抵抗を理解しながら、セオフィラスは囁いた。

 この手の男が最後にこだわるものは何だろうかと考えた末、それは死にざまではないかと少年は思いついたのだ。だからこそ尊厳を踏みにじるように、何もその死にざまに見出すことがないように、この処刑をしている。


「鳴けよ、ブゥブゥって。

 死にたくないブゥって」

「…………」

「良かった、鳴いてくれなくて。

 耳が腐る」

「っ……!」

「それとも鳴く?

 どっちでもいいか。

 豚語なんて知らないから」


 再びセオフィラスは前を向いた。

 ユーグランドの剣を抜いて、それを篝火へ照らすように持ち上げた。何をするのかと衆人が注目をする中、セオフィラスはおもむろに剣を処刑台から放り落とした。


「欲しい人にあげる。何も価値はない」

「小僧ぉっ!」

「あ――鳴いたみたい。ブゥー、って」


 贅沢で、豪奢な装飾の施されたユーグランドの剣は金銭的な価値が高い。そしてそれはユーグランドにとって実用品として振るう代物ではないが大将軍とまで謳われた彼を象徴するものではあった。それががらくたのように捨てられ、乞食にでも与えたかのように扱われたことで我慢ができなくなったのだ。


「このままずっとここに磔にして餓死させてもいい。

 一思いに薄汚い心臓に刃物を突き立ててもいい。

 だけど豚は、豚らしく死なないといけないと思って」


 ユーグランドの後ろに回り、セオフィラスは憎い父の仇の両肩を後ろから掴んだ。肩もみでもするかのようにぎゅっと掴んでいた。


「お前の死に方は、豚、よく聞け」

「小僧っ、お前が何をしようが何も変わらん! 独立? 無理に決まっている、死ぬだけだ! お前は親父のように惨めに――」

「首へし折れて死ぬんだよ」


 大声で喋り始めたユーグランドの頭をセオフィラスが掴み、一気にその首をへし折った。本来、曲がらないところまで首が回り、骨が砕け折れる音がした。鮮やかな、一瞬のその殺しに集められていた兵達の誰も理解が追いついていなかった。

 だがセオフィラスは処刑台を折り、そのまま出てきた時のように城内へ戻っていってしまう。


 ユーグランドはぴくりとも動かず、死んでいる。

 だがあまりにもあっさりとしすぎた死と、あっさりしたセオフィラスの退場に彼らはただ戸惑っただけだった。何かをしろと言いつけられることもなかった。そえゆえにユーグランドが死んだということを受け止めはしても、騒ぎ立てることもできなかった。

 ただセオフィラスの考えた通りに、彼らはもう終わったのだと悟って、うやむやに解散をした。



 敗軍の兵は約束通りに食事を与えられた。酒も振る舞われた。

 喧嘩さえも起きずに夜が過ぎ、朝になると解放されてただ、とぼとぼと去っていった。


 ユーグランドの死体は数日間放置され、腐敗臭がキツくなってきたころに大河へと投げ捨てられた。




 そしてイグレシアの戦いから10日後、アルブスに彼らは帰還した。

 あらかじめ戦勝の報せは届けられており、一足早く帰還していたゼノヴィオルが凱旋パレードの支度を整えていた。ジョルディロードをセオフィラスが先頭になって帰還兵が行進し、沿道からは民衆が花を投げたり、喜びの声を投げかけたりした。

 それから戦死者を悼むための大きな葬儀があり、葬儀の後には祝宴が開かれた。

 この戦には戦利品などはなかったが、貯め込んでいた財産を惜しみなく使って同盟国となった諸領も招いて盛大に開催をされた。


 大人の男は誰もがへべれけになるほどに酒を飲み、あるいは飲まされた。

 子ども達は帰還したお喋りな大人に群がっては毎日、飽きずにセオフィラスの戦いぶりについての話をせがみ続けた。


 戦争は今後も続くだろうとセオフィラスもゼノヴィオルも予想していた。だからこそ、この祝勝の宴は盛大に、大々的に催すことに決めた。これほどおいしい想いをして、楽しく騒ぎ立てられる。だったら戦争は悪いばかりではないと市民に思い込ませるための措置だった。一時的に金はなくなるが、以降の戦では戦利品を勝ち取っていけば補って余りある財産をまた築くことができる。


 そして兄弟の予想は正しく、なお火種はくすぶっているのであった。

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