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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期5 独立戦争
138/279

衝突 ③


「密集して円陣になれ! 持ちこたえろ! 互いの背中を寄せ合って目の前の敵だけに集中しろ! 深追いせはするな!」


 今にも枯れそうな喉を震わせながらヨエルが叫んで仲間に指示を出す。

 そうしながら少なくなった仲間でベアトリスをその中に囲い込んでいた。


「声を出せ、最後まで立っていさえすれば勝てる! 殺される前に殺せっ!」


 必死に味方を鼓舞するヨエルはすでに剣を持ち上げるだけでも精一杯という様相だった。

 そんな様子を離れたところからユーグランドは眺め、鼻で笑う。


「ふんっ、もう一捻りで終わりか……」

「ユーグランド様、遅参しまして申し訳ございません」

「エッセリンク、来たか。許そう。何か報せはあるか」

「……ビートとカフカの両名が敵軍についているようです。兵を割いて足止めに徹しております」

「飼ってやった恩を忘れたか……。連中が来る前にこの戦場を終わらせよ」

「かしこまりました。……敵の将はいずこに?」

「我らが背後だ。虫の息から吹き返しおったが、ヴラスタ殿……あの犬どもを蹴り殺すのは、この戦場を制してからとなります。それまで、頼めますかな」

「……よろしいでしょう。……丁度、着いてしまったようですな」


 ヴラスタが馬首を巡らせた。

 爆走するジョルディの背に、アドリオンの兄弟が跨っている。


「――見えたっ、ゼノ! ユーグランドの首だけを狙う!」

「殺していいの?」

「あいつは、もう生かしておけない! やれっ!」


 遠目に戦場を見たセオフィラスが指示を出すと、ゼノヴィオルはジョルディの鞍の上に立ち、そして跳び上がった。


「ラディウス・インフラマラエ――!」


 中空からゼノヴィオルが剣を振り落とす。

 そこから放射状に何かが広がり、そして地面に着弾するとともに地面が揺れて火柱が立ち上った。突如として噴き上がった炎はユーグランドの軍勢に刻まれていた恐怖を呼び起こす。大地を踏み鳴らし迫ってくる大牛と、その背の剣士の形相が助長し、彼らを恐慌させようとしていた。


「ユーグランドォオオオオオ――――――――――――ッ!」


 その怒声が戦場に響き、そして少年の声に俯きかけていた軍勢が顔を上げた。

 単身、敵の本隊へ向かっていった主君は健在だった。どころか、その覇気は衰えていないどころか、尚一層も激しく盛っている。ゼノヴィオルが放った火柱でさえ、彼らの弱くなりかけていた戦意を掻き立てた。


「押し返せぇっ!」


 ヨエルが叫び、円陣で守りを固めていた兵がユーグランドの軍を圧迫するように押し出した。

 ユーグランドへの怒りは、とうに頂点へ達していた。それでもセオフィラスは目の当たりにした戦況を見て、このままでは敗戦になりかねないとすぐ気がついた。


「ゼノっ、指揮を!」

「分かった!」


 ジョルディの手綱に手を絡ませながら、セオフィラスは膝を伸ばした。暴れ牛の上で中腰になるような姿勢で、剣を右手だけで持って横へ広げる。


「ジョルディ、ぶちかませっ!」

「ブゥゥモオオオオオオオオオ―――――――――――――――ッ!」


 黒い大牛が大混戦の中へ突撃し、そのまま人を跳ね飛ばしながら爆走する。まっすぐ、全ての障害物を薙ぎ払うかのような勢いでジョルディはユーグランドへ向かっていた。

 ユーグランドはその様子を見ながらヴラスタへ目を向けた。それと同時、白い荘厳な装束の老人が杖を振り上げる。大地の底から骸骨兵(スケルトン)の腕が生えるように突き出て、それがジョルディの行く手を遮るかのように密集する。1本ずつは細い骨だけの腕が束なり、巨大な腕となってジョルディを弾き飛ばすかのように平手を打ちかます。


「ブモォッ!?」


 ジョルディごとセオフィラスも吹き飛ばされたが、手綱に腕を絡めていたお蔭で振り落とされることはなかった。しかし四足歩行をするジョルディはさっそうと受け身を取るなどはできなかった。大地へ転がった拍子にセオフィラスもそれに巻き込まれ、自分の数倍はあろうかというジョルディの体重に潰されながら転がった。


「モ、モォォッ……」

「はぁっ、はぁ、いい、よくやった、ジョルディ……。休んでろ」


 動けないというばかりにジョルディは後ろ脚を動かすばかりで、起き上がれなかった。先に起き上がったセオフィラスは逞しい雄牛の顔を撫でながら声をかけて腰を伸ばす。その前へヴラスタは静かに歩み出た。


「……興味深いものだと思っている」

「そこをどかないと、老人でも切り殺す……」

「魔術は好まないが……きみの用いている力については、個人的には興味と、好意さえ抱いている。ユーグランド卿とて、あと10年……いや、15年もあれば実権を失うか、あるいはこの世を去ろう。しかしきみは若い。それだけの時を待ちさえすれば、どうだね、わたしがきみに王権を与えてやっても良い」


 老人の唐突な言葉にセオフィラスは顔色一つとして変えなかった。

 言葉はもう届かないものとヴラスタは静かに悟り、それから小さく首を左右に振った。


「で、あるならば――天へ誘うほか、ないか」


 息を整えたセオフィラスは小さく歩き出し、そして歩幅を短くしながら走りだした。ヴラスタは正面から向かってくるセオフィラスを見下し、杖を大きく振るう。すると老人の足元から再び無数の骸骨兵が現れ、セオフィラスを捕えようと群がるように襲い始めた。

 一度はこれに捕らえられたことをセオフィラスが忘れようはずもなかった。

 切ろうが砕こうが、ひるまず、物量によって生き埋めにしてくる骸骨兵には正面からぶつかり合っても意味がない。襲い来る骸骨兵を目前に、セオフィラスは足でブレーキをかけて真後ろに下がった。今まさに掴みかかろうとしていた骸骨兵の先頭が姿勢を崩す。そして、それに後続の骸骨兵はぶつかり、つんのめっていく。彼らの行動が単純極まりないものだとセオフィラスは推測し、先頭の骸骨兵を堰に見立てた。がしゃりがしゃりと音を立てながら骸骨兵の群れはドミノ倒しになり、セオフィラスは空けておいた距離を今度は全速力で走り、そして地面を踏み切って跳び上がる。


 骸骨兵の群れは、まるで海のようにおぞましく揺らめいてセオフィラスを掴めようと腕を伸ばしていた。だがその手に捕まることもなく少年は渡り切り、そのままヴラスタへと迫る。

 白刃を思い切り叩きつけたが、やはりヴラスタは燐光を発する鱗模様の結界で身を守っていた。背後から骸骨兵が向かってくるのを察知し、すぐにセオフィラスは回り込む。しかしヴラスタが杖で地面を軽く突いただけで少年は結界から発せられた力に弾き飛ばされる。


「祈術であれば自前の力で破れると本気で思うたか? 浅はかな……」


 結界が剥がれるように動き出し、セオフィラスへ襲い掛かって少年の全身を切り刻む。宝剣で弾こうとも数に押されて捌ききれるものではなかった。しかし足を止めれば骸骨兵が向かってくる。走り回りながらセオフィラスはヴラスタをうかがうが、冷え切った目で老人はまた杖を一振るいした。

 光が迸ってセオフィラスに直撃する。到底、避けるとか見切るなんてことができるものではなく、ヴラスタの杖の先端が輝いたかと思った直後に少年の体は全身を一瞬だけ焼かれたのだ。その痛みがもたらした硬直で、さらにセオフィラスの全身が深々と切り裂かれる。脇腹を、太腿の裏を、肩の下を、背中を、無作為に切り裂かれて少年は膝をつきかけるが、踏みとどまった。


「祈るが良い、精霊に。

 安寧の死を、精霊の楽園に導かれることを」


 地面へ突き刺した宝剣を頼りに体重を預け、ただ必死に立つセオフィラスにヴラスタが歩み寄って告げる。そして持ち上げた杖の先端をセオフィラスに向ける。


 セオフィラスの中に、抑えきれぬほどの衝動はあった。

 しかしとうとう体が限界を迎えて動けなくなってしまっていた。この数日間、まともに体を休めてもいなかった。たった1人で森を飛び出し、ユーグランドの軍勢を1人で突破し、ヴラスタと、ヴィオラと戦い、その最中に一度は本当に死の一歩手前にまで逝ったにも関わらず蘇生された。

 とうにどこかで体力が尽きていておかしくはなかった。ここまで動き続けただけでさえ、瞠目すべきことである。剣を振りさえすれば、あるいは結界に阻まれずにヴラスタを仕留められるかも知れない。完全にもう、体力の限界と見定められて無防備になっているに違いない。――そう、セオフィラスは頭で自分に言い聞かせるのに、剣を持ち上げる腕力さえもなくなってしまっている。


「精霊よ、祝福を――」


 精教会の決まり文句である。それは洗礼や、儀式や、説教の度に繰り返される言葉である。

 こんなところで命が尽きるものかとセオフィラスが目を見開き、それから――おかしいと気づいた。最後の言葉が、ヴラスタの、しゃがれた老人の声ではなかったのだ。若い女の、静かだが威厳を与えるものだった。


「我が聖名はタルモ!

 大司教よ、我が教区に悪魔が座するなど言語道断であるッ!」



 直後、何かがセオフィラスの脇を駆け抜け、ヴラスタが吹き飛ばされた。

 肩に手を置かれて、そのまま持ち上げられてセオフィラスが横へ来た女を見る。


「タルモ……さん……?」

「借りを返しに参じました。

 手始めにあの、金と権力に溺れた愚かな老いぼれの誅罰へ手を貸しましょう」


 聖名タルモの白い装束が風に翻る。

 好戦的に歪められた口元をセオフィラスは呆然と見た。

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