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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期5 独立戦争
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開花 ②



「ヴィオラ、ヴィオラ! 出てこい、どうしてわたしの命令を聞かなかった!?」

「それは秘密。気紛れ、それだけのこと」

「嘘をつくな、白々しい! あの小僧が口走ったことと関係があるのだろう!?」

「二度目はないから、別にそれでもいいはずだ」


 ユーグランドに呼ばれ姿を見せたヴィオラに、セオフィラスは奥歯を噛みしめる。


「僕が取引をして、一度だけユーグランドの命令を聞くなと約束したのさ。でも、あのオバサンが言った通りに二度目はないよ」

「ヴィオラはゼノの手を奪ったから許せない……。でも今、優先すべきはユーグランドだけだ」


 黒い髪を風に揺らしながらヴィオラが剣をゆっくりと持ち上げる。その奥にヴラスタ、そしてユーグランドがセオフィラス達を見ていた。


「注文はある?」

「……殺せ、圧倒的に」

「それくらいなら、安い注文」

「エミリオ、援護して」

「いいよ、でも二度も蘇生してあげれないから」

「それでいいよ――」


 セオフィラスが剣を構えるとヴィオラが飛び出た。

 宝剣から引き出した霊力を刃に纏わせながらセオフィラスはヴィオラの剣を打ち払う。

 霊力は魔力を剋するという相関において、彼女の刃を防ぐことを可能とした。だが二撃目のヴィオラの攻撃は気力が刃に漲っていた。気力は霊力を剋する。――しかし、横から飛来したエミリオの魔術が壁を作ってヴィオラの攻撃を防ぐ。


 打ち合いに鬱陶しさを覚えたヴィオラは足元の影に潜り込もうとしたが、セオフィラスの宝剣がその影を縫い留めた。――王都での絶望的な敗北をセオフィラスは忘れていなかった。それゆえに用意していた対抗策である。


(セオフィラスの強さは経験や、成長の速さだけじゃない――。多分あの柔軟な対応能力と物怖じしない行動力が基礎だ。考えなしに見えるほどの苛烈さと裏腹に、一度ずつの攻防を全て自分の糧にして対抗策を考えてる。アトスは一体どうやってあんな風に育てたんだろう)


 援護に回りながらエミリオは冷静にそんなことを考える。

 セオフィラスに毎日のように課せられた修行で育った蕾が花開く時を待っていた。アトスの修行が始まってすぐに行われていた恐怖の鬼ごっこは肉体的には基礎体力とバランス感覚、必要な筋力の確保が目的であった。一方で情け容赦なく追いかけてくる師から逃げ延びるために、息が上がって体が悲鳴を与えるほどの疲労困憊の状態であろうとも頭をフル回転させ続ける必要もあった。

 その成果こそが戦闘時に研ぎ澄まされる判断力と冷静な思考だ。死が目前に迫る殺し合いの最中においても、敵の全てをつぶさに観察し、己の手と相手の手を分析し、対抗策を弾き出すことに特化する。


 王都で一度は勝ち目がないとまで思えたヴィオラとの戦いでも、二度目となる今はギリギリで渡り合うことができていた。人の一式と地の一式を使うヴィオラに対し、セオフィラスも宝剣の力を使って天の一式を、そして感覚的に扱えるようになっている人の一式も用いて、じゃんけんで後出しをするかのように使い分けているのだ。

 そこへさらにエミリオの援護で地の一式という手まで加えている。


「解せない――何で、反応ができる」


 音さえ置き去りにするような鋭いヴィオラの攻撃をセオフィラスはかろうじて回避する。


「ハアアッ!」

「喋る余裕はないのか」


 質問をぶつけたヴィオラは即座に切り返してきたセオフィラスの一撃を弾く。

 呼吸は荒く、玉のように汗を噴出させながら必死にセオフィラスは動き続けている。ヴィオラが刃の一振りに続け、ほんの僅かなタイムラグで放つ魔術による影の刃を放つ。ただの一振りで二度も刃を振るったかのように錯覚させる攻撃のはずだったが、セオフィラスは最初の一撃を剣で叩き上げ、影の刃を宝剣から発した霊力を自分の体にまとわせ威力を衰えさせながら受ける。


 吹き飛ばされたところへヴィオラはすかさず追撃にかかったが、エミリオが魔術を放つ。人の一式では防げぬのでヴィオラは地の一式でそれを弾いたが、その一動作の隙でセオフィラスが宝剣を繰り出した。

 顔を貫かんとする攻撃だったがヴィオラは首を振ってセオフィラスの刃を噛み、口の端を切りながらもセオフィラスの顔面に肘鉄をぶち込む。


「ちょっとだけ、楽しい――」


 悦に浸るにしては真顔に近かったが、そんなことを呟いてヴィオラは剣を振り上げた。振り下ろすと同時、その剣から凄まじい圧力が発せられてセオフィラスが地面へ叩きつけられる。剣から放射状に地面が陥没して亀裂が生じた。


「ちょっとだけ、だったけど」

「う、は、はあっ……」


 膝をついてセオフィラスがようよう立ち上がる。

 ヴィオラは無警戒に少年へ近づいて冷めた瞳を向ける。


「これで、おしまい――」

「終わらせるはずないだろう?」


 セオフィラスに剣を向けたヴィオラは横からエミリオの魔術を受ける。生じた爆発で砂塵が巻き上がり、風にさらわれていった。しかし彼女は無傷で、目だけエミリオを見る。


「じゃあ、今度はそっちを相手にする」

「やってみなよ、オバサン」

「俺が、相手だ――!」


 立ち上がったセオフィラスがヴィオラに突撃した。ヴィオラが足をセオフィラスに向けかけたが、地面から木の根がいきなり突き出てきて彼女の足に絡みついて動きを止めさせる。


「はあ、小癪すぎる……」

「ううぅぅぅぅあああああああ――――――――――っ!」


 足を捕まえられたヴィオラへセオフィラスが剣を振るった。しかし彼女は足を一歩も動かさぬままに剣を操ってセオフィラスと切り結ぶ。互いの刃は致命傷にはならぬが、相手の体を食い合うように刻む。しかし自由に動けるセオフィラスの方が、次第に傷を増やしていく。下半身を使わずして、ヴィオラが手数によってセオフィラスを制していた。


「分かりきってる結果を見続けるのもつまらない」


 飽きた彼女がそう言うと足を拘束していた木の根が燃え上がり、次の瞬間にエミリオが突如として発火した。そしてセオフィラスがヴィオラの長い足に蹴り飛ばされてまた地面を転がる。


「ぐっ――はあっ、消えろ!」


 エミリオが火を消すとヴィオラの姿は消えていた。潜んだと瞬間的に察知はできたエミリオだったが、ほぼ同時にヴィオラは彼の背後に現れていた。


「まず1人目――」

「っ!?」

「エミリオ!」


 振り返ったエミリオの胴が無造作なヴィオラの剣で斬り裂かれる。胴から上下にちぎり切られたエミリオが倒れる。それでもエミリオは目を動かし、ヴィオラを睨みつけている。



「――は、はは、はははっ! メリソスの悪魔であろうと呆気のないものだ! 死におった! いや死ぬ、もう死ぬぞ!」


 ユーグランドが勝利を確信して笑い声を上げたが、ヴラスタは杖を握り締めながら警戒するようにわずかに後ずさっていた。


「――誰が死ぬって、デブジジイ?」

「ひっ――!?」

「やはり悪魔か!」


 ヴラスタが杖を地面に突き落とすのがあと僅かでも遅れていれば、ユーグランドの体は切り刻まれていた。祈術による結界が獣の爪のごとく何もかも抉り刻む魔術の一撃を防いで亀裂を入れる。


「チッ――しくじった……。ああ、セオフィラス……僕はここまでみたいだね」

「エミリオ? エミリオっ……!」


 痛む体に鞭打ってセオフィラスはエミリオのちぎれた体の上半身へ駆け寄る。


「死ぬな、ダメだ死ぬなよ、エミリオっ! 許さないぞ、死んだら、絶対に許さない!」

「死ぬんだから許しておくれよ、セオ……」

「嫌だっ、もう死ぬところなんて見たくない……! お前、お前を許すのはっ、ゼノがお前をぶん殴ってからだから……」

「きみ、泣き虫になったのかい? ほら、涙なんて流すだけ無駄さ……。それにね……ソニアが生きてさえいれば、どうだっていいことだ……」

「エミリオっ、エミリオ、喋るな……」


 エミリオの手を取ってセオフィラスは訴えるが、メリソスの悪魔は苦痛などないかのように嗤い、顔をニヤけさせる。


「大丈夫――きみには、ゼノがいるじゃないか。

 彼の死後には返してもらうけれど……うん、彼は器として申し分がないから、貸してあげられるんだよ……。

 いいかい、僕は大人が大嫌いだ。子どもの味方というわけでもないけれどね……でも、可哀そうな子ほどかわいいから、僕は世話を焼いてあげるのさ。ゼノと過ごした時間は、全て、彼のために費やしておいたから……僕の魔力を手に入れたってね、使いこなせるだけの素地が用意できている。すでに自分の力で、魔術の才能を発露させているから……あとは、何も問題はないんだ……。ほら、もうすぐそこに来てる」

「エミリオっ? 何言ってるんだよ、意味が分からないんだよ、いつもいつもっ! お前は――」

「僕はメリソスの悪魔――死して尚、呪い続けてあげよう。

 あるいは……祝福とも言えるかもね」

「死ぬな死ぬな、こんな、傷、くっつければエミリオなら治るだろ……! 死ぬな、死んじゃダメだ、俺の目の前でもう……!」


 目を細めて嗤ったエミリオにセオフィラスは涙をこぼしながら、死ぬなと言い続ける。


「ヴィオラ、何をしている殺せ!」

「涙のお別れなんていいシーンなのに……」


 ずっと見ていたヴィオラが命令されて、2人に歩み寄る。


「エミリオっ!」

「さよなら、セオ――そしてきみの弟に、呪いあれ」

「お兄ちゃんっ! エミリオっ!」


 セオフィラスが握っていたエミリオの手から力が抜け去った瞬間、ゼノヴィオルが息を切らしながらその戦場へと駆けつけた。口の端を歪めているエミリオの体から、おどろおどろしい感覚を与える何かが噴出するように溢れ出してセオフィラスが手を後ろにつく。


 そして姿を見せたゼノヴィオルの体へ、それは乗り移るかのように吸い込まれていった。

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