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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期5 独立戦争
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ユーグランドの反撃 ④



「……何、だ、ここ?」


 目を覚ましたヤコブは遠くの松明1本にだけ照らされた空間で周囲を見た。鈍痛が頭に残り、眩暈が体を揺らして立ち上がれなかった。手を突きながら腹ばいにどうにか体を起こす。壁に手をつくと、それは土だった。


「洞窟、か……? 俺は一体、何が……思い出せない、何だっけか……?」


 どうにか壁に手を突きながら立ち上がったヤコブは、松明の方へよろよろと歩いていく。

 そうしながらだんだんと、意識を失う前のことを思い出した。


「そうだ、坊ちゃん――」

「いいとこ、来たな……ヤコブ」

「っ、ヤフヤーのおっさん? あんたもいたのか……」


 松明の向こうでヤフヤーは壁に背を預け座り込んでいた。


「ダメだ、全然、動けねえんだ……」

「俺だって似たようなもんだ。あんたの方が鍛えてるんだろ、情けねえな……。ほら」

「ああ、すまねえ」


 差し伸べられた手を掴んでヤフヤーが腰を上げる。

 肩を貸しながらヤコブはまた奥の方に松明が灯っているのを見つけた。


「いつ、目が覚めたんだ?」

「お前がくるちょっと前だ……」

「じゃあ俺が目を覚ましたのと同じくらいか……。あんた、起きる前のことは?」

「声を聞いた。……お前は武人だ、とか何とか」

「……そう、俺もだ。丁度、坊ちゃんを寝所に運んだ時にいきなり、ぞっとする嫌な感じがして」

「ああ。ありゃあ……ヤバいやつだ。とにかく、外へ出るとしよう。息が詰まる」


 洞窟を出るまでに松明を6つ数えた。途中、光の届かぬ暗闇もあったが壁に手をつきながら2人は歩き続けていった。そうしてようやく洞窟を出れば日は暮れていた。

 夜風に吹かれたところで2人は尻をついて座り込む。


「何が目的だと思う……?」

「知るかよ。……あっちにも火が灯ってやがるな。休んだら行くか」

「ああ……」


 しばらく座り込んで息を整えてから、また2人は歩き出した。

 遠くに見えた火は大きな篝火で想像よりも遠くにあった。組んだ木の中では大きな火が燃え盛っており、その近くに人影がある。


「何だあ、ヨエル、お前もいたのか?」

「いたら悪いか、不良隊長殿。ヤコブまでいたとは」

「この火は何だ?」

「知らん。俺が辿り着いた時から、一向に火勢は衰えてない。これだけ大きな火なら獣も寄らんだろうと思ってここで休んでた。洞窟の中に最初はいた」

「俺らもだ。それよか、何か食いものねえか?」

「ない」

「チッ、腹が減っちまった……。意味が分からんし、腹も減るとなれば最悪だな」

「いいや、最悪なのはここがどこかも分からず、どうして俺達が拉致されたかも不明なことだ」

「違う! 坊ちゃんが今まさに、俺らと同じようにどっかへ囚われてる可能性だ!」

「囚われちゃいねえだろうが」

「それにセオフィラスは強い」


 三者三様に食い違う意見の中、しかし空腹に悲鳴を上げた胃袋の音だけは揃った。

 互いにそれを聞き、不毛な言い争いと悟ってとりあえず腰を下ろす。


「……今ごろ坊ちゃん、寂しがってねえかな……」

「寂しがるタマかっての、あれがよ……」

「お前らは知らねえんだよ! 坊ちゃんはなあ、あれで人一倍、繊細なとこがあんだよ!」

「ないだろ」

「ない、ない……。あんなクソ生意気なお子様に繊細さ? ちゃんちゃら笑えるぜ」

「ある! 魚の小骨をしょっちゅう喉に刺しちゃうし、寝ぼけてる時なんかふにゃんふにゃんで何もねえとこで転びかける!」

「それは繊細さって言わないと思う……」

「まったくもってな」

「ヨエル、お前にカタリナはやらん! 坊ちゃんのことを理解してないんじゃ、カタリナも愛想尽かすからな!」

「なっ!? そ、そんなのはまた別の話だろうが! そもそも許可なんているか!」

「いる! 俺は兄貴だ!」

「ぐぬっ……」

「あーあー、何か緊張感がなくなってきてるな……」

「緊張感なんてないだろう、不良め」

「ヨエル、お前最近、ますます口が悪いぞ!」

「だったら自分の態度を先に改め――」

「何だっ!?」


 言い争っていた最中にいきなりヤコブとヨエルが背中合わせになって周囲を警戒する。


「お、おいおい、何だよ?」

「分からないのか、さすがは民兵団長だな。とにかく火を背後にして構えとけ」

「構えろつっても武器なんかねえのに……」

(だぁ)ってろ、素人(とーしろー)が……。おいでなすったぞ」


 固まった3人の影からヴィオラが直立したままにずぶずぶと迫り出てくる。


「あんまり手応えがなさそうだから……我が剣の錆とするには粗末すぎる」

「この声っ!」

「気配で悟れねえのかってえの」

「だから……1番懐いてるやつの首だけでいい。助けてやる、2人だけ。差し出せ、子犬が1番懐いてるのは誰だ?」

「子犬? 懐いてる? 何を言ってるか知らねえが、同時に相手してやるよ!」


 拳を握ってヤフヤーがヴィオラに向かって飛び出す。ヨエルも剣ではなく腰に提げていた短剣を向けながら襲いかかる。


「――はあ、やれやれ、ダルいなあ」


 心底、気怠そうにヴィオラは呟き、それから長剣を動かした。

 瞬間にヤフヤーとヨエルは吹き飛ばされる。剣を振ったということさえも見えぬ、あまりの速さに反応することもできていなかった。


「剣がまた汚れた……。手入れの面倒臭さなんて、一応は持ってるんだから分かるはずだというのに。何でそういう手間をかけさせるのか、理解に苦しむ……」

「ヤフヤー! ヨエルっ!」


 ヤコブが倒れた2人に近づく。息はあるが傷は深かった。目に見えなかった攻撃は刹那に最低でも二度は剣を振っていたのだと2人に刻まれた傷から知り、ヤコブは戦慄する。


「誰だ? 子犬が懐いているのは?」

「っ……」


 まともに相手をしようとて、決して敵わない。

 そうヤコブは悟り、両手を上げながらヴィオラへ一歩近づいた。


「俺は頭が良くねえから、分かりやすく教えてくれ……。子犬とか、懐いてるとか、どういう話だ?」

「子犬がよく懐いている武人の首を3つ持ってこい。それが下された命令」

「誰からの?」

「ユーグランド。太っちょおじさん」

「……ああ、なるほど……。それで、俺らか?」

「でも全部弱すぎる。小魚を3枚におろすなんて無意味。だから1匹だけに決めた。せめて1番、懐いてる首を持って帰る」

「……なるほど」


 状況を理解してヤコブは考える。本人が自称するように頭はあまり回らないが、それでも最善の首は思いついた。戦をしているセオフィラスにとって必要なのは、兵に指示を出すことができる人間だ。

 それはヤコブではなかった。

 しかし同時にユーグランドは、懐いている首と言った。それについてはヤフヤーやヨエルではないという自負がある。

 まんまとユーグランドの企みに乗っかって良いのかとも考えた。


(俺が死ねばいい。ヤフヤーのオッサンはあれでも防衛隊の長だ。ヨエルもいなきゃ、防衛隊は回らない。それにカタリナには悪くない男だ。だけどユーグランドが、あの豚野郎が傷つけようとしてるのは坊ちゃんの心だ……。もし、俺が死んだせいで坊ちゃんが傷つくんなら、俺は死ねない。だけどこの2人も殺させちゃいけない。どうする、考えろ……。どうすりゃあいい?)


 大きな篝火に照らされているせいか、汗が滲んで止まらない。

 額から垂れた汗の雫が目に入りかけて袖で拭った。しかし長い沈黙に業を煮やされ、まとめて一気に始末をされても仕方がない。


「……俺は、坊ちゃんが生まれた時からずっと傍にいる。単なる農夫の1人だが、屋敷によく出入りした。身分は違うが兄貴分だ」

「じゃあ、お前か」

「そうだ、俺だ。……俺の首を持っていけ」

「……本当に頭が良くないな。そんなことを言わなければ死ななかったものを」

「それが俺なんだ。でも、実は俺なんかより、よっぽど坊ちゃんが慕ってる人間がいる。でもって強い。何せ坊ちゃんの師匠だ」

「子犬の、師匠?」

「俺の方が小さいころから知ってるのに、俺なんかよりよっぽど坊ちゃんは慕ってる」

「……強いのか」

「お前より」

「それは、興味が出る」


 こいつもバカだとヤコブは腹の内で僅かにほくそ笑む。


「どこにいる?」

「……それは、言えない。だって言ったら俺じゃなくそいつの首を獲りにいくんだろ? だったら俺が死んだ方がいい」

「それもそうか……。なるほど、これが交渉。実は頭がいいな、お前?」

「まさか……」

「教えてくれないなら、しょうがない」

「ほら、さっさと殺せ」

「やめろ……バカヤコブ……」

「黙ってろ、オッサン」


 あえぎながら口を開いたヤフヤーにヤコブは言い返し、またヴィオラへ近づいた。


「ほら、殺せ」

「……いや、殺さない。わたしは賢いから、周りに学ぶ。そうして覚えた」

「は……?」

「覚えたのだ、わたしは。口を割らぬなら、割ってしまえば良い。

 そしてその時に最も有効な手段は、口を割らせる相手に血を流させてはいけない」

「おい、何言ってる?」

「何故なら痛めつけすぎては、喋りたくても喋れなくなることがあるためだ。

 さてと……どーちーらーにー、しーよーうーかーな――」

「やめろ、このバカ女ァッ!」


 剣の切っ先をヤフヤーとヨエル、交互に剣先を向けていたヴィオラにヤコブが殴りかかる。ギラつく視線に射抜かれ、ヤコブは背筋が凍結したかのような恐怖に晒されたが、それをはねつけるように叫び声を上げた。刃が閃く。



「はあああ……。ま、いいか。――どうせ、首1つの予定だった」


 ヴィオラは去る。

 ヤフヤーが立ち上がれぬ体で喉から叫びを上げながら地面を拳で叩いた。

 しかし闇に紛れて消えていった女の姿はもうどこにもなかった。

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