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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期5 独立戦争
113/279

合流と分散


「本当に、来るの……?」

「きっと。ゼノ、アルブスに戻ってからのこと、頼んだからな」

「うん……」


 交通の要所として栄えているリースレという都沿いの街道に馬車は停まっている。

 セオフィラスの読みでは、情報が伝わってさえいればこのリースレにそろそろアルブス防衛隊の誰かが偵察に来るはずだった。まだ王都でのことが伝わっていない可能性もあったが、広い情報網を持つクラウゼンならば情報を掴むという確信がある。


 そしてきっと、それはまずベアトリスに伝えられる。

 後見人という立場からアドリオンがこのままユーグランドに蹂躙されるのを黙って見ているはずがない。

 だが王都へ出ていった時のことを考えると、薄い望みだっただろうかとも思ってしまった。教え子としての不義理があったし、最近は何かと反発をしてばかりでそこへわがままを通したことを申し訳なく思ってしまう。


「はぁぁ……」

「ため息なんてつくようになったの、お兄ちゃん?」

「それどういう意味だよ? ……でも今、初めてため息したかも」

「ふふ……。どうしたの?」

「過去の行いって、未来に持ち越されるんだなって今さら思った」

「……そうだね」

「難しいけど、今気づいたから、今決めた。もう二度と間違えない」

「……お兄ちゃんなら、できるよ」

「だといいけど、当面は……来るか、どうかだなあ……。来たら一歩目、成功だ」


 日が沈もうかというころ、セオフィラスの待ちわびていたアルブス防衛隊の偵察が本当にやって来た。

 状況を口頭で教えてからゼノヴィオルとモニカ、そしてピートとともにすぐアルブスへ帰るようにと命令をした。到着次第、領主としての全権をゼノヴィオルに代行させるという文書を略式で書きしたためて押しつけた。


「あんた、いきなり全権代理? 逆にできるの?」

「うん……。そのために王都にいたんだよ」


 馬を調達してからすぐ、セオフィラスはアルブスに向かわせた。

 そして残ったのはセオフィラス、カフカ、そして――偵察に来ていたヨエルの3人だった。










「セオフィラス、何で俺は残るんだ? それに、どこの馬の骨とも知らぬ剣士なんてまたおともにつけて……。そもそもおともなんて不要でしょうが」

「馬の骨なんて言っちゃっていいのかな? カフカは強いよ。多分、ヨエルよりも」

「どうだか。……試してもいいけど」

「カフカ、試す?」

「……試し切りで死ぬのは、不本意だろう」

「はあっ? 何言ってんだ、この人?」

「アルブスは、どうなってる?」

「カートが奔走してたけど、結局は先生が見兼ねてセオフィラスの代わりをしてた」

「……カートには荷が重かったか……」

「神妙な顔しちゃってさ、あいつ……。首でも吊るんじゃないか、その内?」

「まさか……。いや、まさか……」

「おい、冗談だろ。たまにはいい薬なんだ。生意気なんだから、あいつは。すぐに、金、金、金って。金の亡者か」


 ふんっとヨエルは鼻を鳴らす。まあまあと宥めてからセオフィラスはベアトリスが動いてくれていることを頼もしく思い、これからの算段にも見通しを立てた。


 ベアトリスがアドリオンのために動き出したのであれば、恐らくはイグレシア城を戦場とした政治的交渉をすでに始めている。まず彼女が抱き込むのはクラウゼンだった。そこがセオフィラスにはとって、最も弱い部分でもあったが、彼女には攻めやすい部分でもあった。同時にクラウゼンを基点として、全てを始められるとも言える。


「……イグレシア城について、何か言ってた?」

「それ……主戦場になるとか」

「やっぱり。よし、まずはドーバントン卿のところに行こう」

「誰?」

「西ボッシュリードで最大の武力を持ってる貴族だよ」

「戦うのか?」

「多少はそういう展開もあるかもね。……ところで、何でヨエルがわざわざ偵察に出てきたの?」

「……リースレに土地勘があるから」

「何で?」

「故郷だ」

「じゃ、今夜はリースレに泊まって、ヨエルは情報収集っていうことでよろしく」

「それはやめよう」


 即答されてセオフィラスはヨエルを見つめる。ぷいとヨエルはそっぽを向く。

 何かが嫌なんだろうなと察しつつ、しかしセオフィラスはすでにそうすると決めてしまっている。


「……嫌なのか。困っちゃうな~」

「何で急に白々しく?」

「きっとカタリナは、ここでヨエルががんばれば見直してくれるかもな……」

「っ……っ、せ、セオフィラス、お前」

「戦が終われば、祝勝ムードだし? がんばって俺のことを助けてくれたって話がカタリナに伝わってて、その上で宴の場で堂々と求婚とかしちゃったら……誰でも、はいって言っちゃうかもな」

「……っ」


 悩み、揺れているのを手に取るようにセオフィラスは感じつつ、ヨエルの肩へ腕を回す。


「祝福するよ、俺は」

「……それは、カタリナさんの背も押すってことか?」

「ヤコブくんと、おじさんとおばさんにもね。あ、でもこういうのは外圧で押す作戦だから、屋敷のおばさん達に吹き込むのが1番だね。カタリナとヨエルはお似合いだよね、って」

「……っ」

「ご祝儀に家も建ててあげる」

「っ!」

「嫌なら、しょうがないけど……。カタリナって、地味にモテるんだよなあ」

「……そ、そこまで言うんなら、いいだろう。ところで、どういう、何だ? 情報を聞いてくればいい?」


 思った通りに動いてくれそうでセオフィラスはほくそ笑む。


「欲しいのは、ユーグランドがどう軍を動かしているか。

 それからこの戦についての、民衆の反応と、貴族が乗り気かどうか――っていうのは難しいか」

「いいよ、仕入れてやる……。その代わり、忘れるなよ」

「えっ? できるの、ヨエル? そう言えば……読み書きも、計算もできるし、ヨエルってもしかして――」

「宿は俺が言うところに行け。そこに俺も戻るから」


 さっさとヨエルが行ってしまってから、セオフィラスは顎に手を添えてその後ろ姿を見送る。


「……そう考えたら、腑に落ちすぎる」

「セオフィラス」

「ん? カフカから声かけてくれるのって初めてだね。何?」

「……ルプスと、縁者なのか」

「それ……前々から気になってたけど何なの? どうせだからヨエル戻るまで、教えてくれる?」

「……いいだろう」


 寡黙なカフカからの問いかけと、ルプスという単語にセオフィラスは頭を切り替える。

 強い敵と刃を交えた時に、何度かルプスと言われたことがある。それが何なのか、いずれは確かめないといけないとも思っていた。



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