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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期4 兆候
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天の一式 ③


「ゼノの力の対抗策……?」


 市内を走り回ってようやくセオフィラスを見つけたモニカは、息を切らしながらエミリオに教えられたヒントを伝えた。すでに日が大きく傾いて、ほんの短い時間の夕焼けを街に投げかけている。


「何か、心当たり、ある……? はぁ、はぁぁ……水持ってない?」

「ない。……けどある」

「どっち?」

「心当たりがある。トレーズアークの詩って知ってる?」

「もちろん。暗唱してほしいの?」

「違う。三式は確かにあるし、俺は人の一式を、エミリオとゼノは地の一式を持ってる。相克関係によれば地の一式に強いのは、天の一式。それを用いるのは……精教会。それも聖名を持った有力者だけど、グライアズローで精教会のそういう人っている?」

「……ちょっと、色々とついてけない。やっぱ水ない?」

「そっちはない。で、聖名は?」

「……ヴラスタっていう大司教がいるわよ。ユーグランドとめぇっ…………ちゃくちゃ、親しくしてる」

「それだ。どこにいるの?」

「大伽藍。お城の次に豪勢で、この国で1番、高価な建物よ」

「ありがとう。……モニカは来ない方がいい。きっとユーグランドは、ゼノにかこつけて俺も処断しようとする。どんな罠があるかも分からないから」

「お断りね。……でもあたしは、あんたと違って体力バカでもないんだから傷一つ、つけさせないでよ」

「だったら安全なところで……」

「だからお断りって言ってんの。あんたにとってゼノヴィオルは弟で、あたしにとっては友達なの。どっちが上とか下とかないでしょう? 分かるわよね?」

「じゃあ行こう。追いつけるならね」


 すぐにセオフィラスは駆けだす。モニカを待つつもりもなく、全力疾走だった。舗装された王都の道はいつも駆けまわっている野山よりずっと走りやすかった。目指した大伽藍はその門を閉ざされていたが、確信をもってその門を飛び越えて聳える大伽藍に向かった。


 扉を押し開けると血と、物が燃えたような臭いが鼻をくすぐる。

 礼拝の間に立っている人影は3つあった。ゼノヴィオルと、あと2人のユーグランドに呼ばれた戦士。倒れている2名は絶命している。そして霊力によって傷が再生されようとしている、壁に手をついた男の首をゼノヴィオルが跳ね飛ばす。3人目を殺し、ゼノヴィオルは呼吸を荒げながら振り返ってセオフィラスを見た。


「ゼノ――」


 呼ばれてもゼノヴィオルは無視を決め込むように剣を握り直そうとした。だが、腕から流れ出ている血液のせいで柄が滑る。服の裾を千切って、それを手に巻いてから剣を持ち直した。静かな仕草でゼノヴィオルは体を整えてから、目前の戦士達へ向き直る。


「2対2か?」

「いいだろう。実質的には1体1になるだろうが」


 男達がそれぞれ、獲物を出す。

 仲間が死んでも大した感慨はない様子だった。腕は立つが個人としての武力を身につけた人間である。軍勢で仲間とともに励まし合い戦う人間ではない。力こそが己の全てであり、それを高め、試すことで生を実感する類である。

 ゆえに、弱ければ死ぬというルールを世の真理と心得ているのだ。



「弟に手を出すな」

「へえ、弟。ここへ来たのはその弟くんの方だ。それにまあ、何だ。親しくしていたわけじゃないにしろ、仲間をやられてる。なのにどうして矛を収める必要がある?」

「だったら俺が相手をする」

「ほおう? でもその弟くん、それで手を打ちたくはなさそうだ」

「ゼノ、やめろ」

「黙ってて」

「やめろ」

「邪魔しないで。計算が狂う……」


 言い合いを不毛に感じ取り、セオフィラスはゼノヴィオルの前に出た。宝剣を引き抜いて構える。


「2人同時でいい」

「そうか。……おい相棒よ、異存あるか」

「……ない」


 ずっと黙っていた1人が一言、短く答える。


「ゼノは引っ込んでろ」


 言いながらセオフィラスは前で出て、そして駆け出した。

 剣戟を重ねながらセオフィラスが1対2で苛烈に戦い始める。


 放置されたゼノヴィオルは気配を殺すようにそっと礼拝の間から抜け出し、大伽藍の奥へと向かった。セオフィラスが駆けつけた時点で思い描いたことだった。邪魔な目前の敵をセオフィラスにぶつければ自分はフリーになる。

 昔からセオフィラスは2つ以上のことに集中はできないとゼノヴィオルは知っている。まして命を奪い合う戦いの最中において、それ以外のことに頭を回す余裕など生まれようがない。その間にゼノヴィオルはここへ匿われているはずのユーグランドを殺せばいい。礼拝の間に揃えられていたのが戦力であるならば今のユーグランドが丸裸も同然のはずだった。



 礼拝の間の裏から地下へ伸びる階段をゼノヴィオルは見つける。そこを降りていくと地下には迷宮のような通路が広がっている。しかしその迷路の入り口にもあたるところに、テーブルと椅子が用意されていた。ユーグランドと聖名ヴラスタはそこで優雅に茶を飲んでいる。


「っ……こんな、ところに」

「これはどういう状況か?」

「邪魔が入ったようですな。アドリオン卿が邪魔をし、残っていた2人と、今まさに戦っている」

「僕はお前を、許さない」

「父親が父親ならば、子どもも揃って愚かだ。こんな血統がこの国に蔓延るなど考えられん」


 ティーカップを置いて、ユーグランドはテーブルに肘をつきながらゼノヴィオルを見る。


「手を煩わせて申し訳ないがヴラスタ殿、この虫けらを1匹、駆除してもらえんかね?」

「仕方がありませんな。どうもわたしも羽虫が1匹程度と彼らに一時的に与えた加護を、少々、節約してしまったようだ。この落ち度は手ずから挽回せねばならない」


 杖を突きながらヴラスタが椅子を立ち、ゼノヴィオルを見やった。

 今までに向けられたことのない視線を感じられた。本当に羽虫として見られているかのような、何の価値も見出されず、ただ鬱陶しい存在だとしか思われていない冷たい瞳である。

 しかし老人でもある。白い髪と長い、同じく白い髭である。皮膚にはしわが刻まれ、しみが滲んでいる。枯れた木のような、軽そうな老人でしかないはずであるのに妙に気圧されるようなものをゼノヴィオルは感じ取ってしまう。



「精霊よ、魔に魅入られし哀れな魂を清めたまえ」


 祈りの文句にしては、ヴラスタの言葉は殺気に満ちていた。

 杖の先端から光が発せられ、ゼノヴィオルに波動がぶつかって弾き飛ばした。

 降りてきた階段へ背中からぶつかり、顔を上げると今度は光の波が輪っかのように回転しながら飛来する。天の一式であるならば魔力で受けてはならぬと判断して、ただ剣を縦に構えて受けた。


 しかし剣が弾かれるようなほど強い衝撃がさらにゼノヴィオルを階段にめり込ませた。炸裂した衝撃破はすでに戦いで疲弊していたゼノヴィオルの意識を一撃で刈り取ろうとしてきた。


「っ……ふ、ふ、ふっ……」

「おお、随分ともう弱っておるようだ。

 虫けらだが五分の魂はあろう。

 このわたしの慈悲として、最後の説法を授けよう」


 鼻血を垂らし、瞼を開くことにさえ力を使うゼノヴィオルをヴラスタは冷たく見下している。


「力に溺れる者は多い。特に魔力を扱う者ほどその傾向は強い。

 どうして魔力ばかりが、卑しまれているか分かるか。

 浅ましいためだ。あまりにも、浅ましい。

 力に溺れ、さらなる力を求めるあまり、見るに堪えぬ悪行を重ねるのが(さが)であるのだ。

 人の一式とは、なるほど、人の鍛錬によって得る力に他ならぬ。

 天の一式とは、霊魂との交信によって借り受けるゆえ、純粋であらねばならぬ。

 だが地の一式とは、あまねく自然より一方的に搾取し、己の欲望を具現する外法であるのだよ」

「っ……どこが、純粋だ……。

 精教会なんて……力ある人間ほど、汚いことをする……」

「思い違いだ。

 我らは純粋ゆえに奇跡の御業をもたらせる。

 しかし物事を知らん小僧や、道理を弁えぬ野蛮人は純粋さとは何かを知らぬから戯言をのたまう。

 精霊とはこの世において肉体のない霊魂の総称であり、個体としての魂から解き放たれて集合無意識を指す。

 幼くして死んだ霊魂の無邪気さや、非業の死を遂げた霊魂の怨嗟や、無垢なる獣の自然の摂理を尊ぶ霊魂や……ありとあらゆる側面があり、しかしそこに善も悪も存在はしない。

 この霊魂を地上に降ろすことこそが奇跡――純粋さとは、いかなる霊魂の波動をも受け止めて尚、揺るぐことのない鋼のごとく強靭な精神性のことを言うものであるのだ」

「とんだペテンだ……。そんなのが、奇跡の正体なんて。魔力と何も変わらない……」

「ひとりよがりの魔力や気力など、数多の魂が合一した世の真理が如き奇跡の前には無力である。

 我ら聖名は霊魂をその身に降ろし、再び生者の世に力の一片を参画させる媒介でしかないが、それゆえに何より聖なる尊い存在であるのだよ。

 ……しかし一度でも、魔に染められた魂は死しても永遠に天へ辿り着くことはない。

 哀れな魂よ、死をもって永劫の苦しみという罰を受けよ」


 ゆっくりとヴラスタが杖を持ち上げる。ゼノヴィオルは力を振り絞って起き上がり、光が集中していく杖を見ながらヴラスタに突進しようとした。腰だめに構えた剣でヴラスタの(はらわた)を串刺しにするつもりだった。


 しかしそれより早く、ヴラスタは杖の光を解き放つ。

 痛む体を後押ししていた魔力がかき消され、足がもつれてゼノヴィオルは前のめりに倒れ込む。


 その小さな体に、光で象られた巨大な槌が振り落とされた。








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