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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期4 兆候
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セオフィラス対ゼノヴィオル ②


 ガチャン、と派手な音がしてメイド達がその音の出どころへ目を向けた。

 カタリナの足元でカップが割れている。いつ主が帰ってきても良いようにと、勝手にカタリナが食器棚の整理ついでに洗っていたものであった。


「それ、ゼノ坊ちゃんのカップじゃあないの?」


 落として割ってしまったカップを呆然と見下ろしていたカタリナに、中年の使用人が声をかける。カタリナよりずっと前からこの屋敷に仕えている。家には4人の子どもがいる主婦でもあった。


「ゼノ坊ちゃんが行っちゃう時に、全部包まなかったかしらね……?」

「いえ、これは……戻られたらまたお茶を淹れて差し上げられるように、1つだけ残しておいたんです」

「あら、そうだったのかい……? ま、まあ割れちゃったもんはしょうがないね。だったらお帰りになった時に3人分のカップを揃えて新調しちゃえばいいのよ。しょげない、しょげない」

「しょげてはいませんが……というか、そのようなお金が捻出できるか、どうか……。ガラシモスさんも最近、坊ちゃんに言われて財布の紐をキツくしていますし」

「何言っちゃってるの。ヨエルがいるじゃない、あんたには」

「……ヨエルさんとはそのような関係では」

「またまたあっ!」

「そうよそうよ、あんなに熱心なのに。羨ましいなあ、カタリナ……。あたしのところへ来てくれたら、半年後には結婚しちゃうのに」


 かしましいメイド達はすぐ、お喋りに興じてしまった。

 カタリナは割れたカップの欠片をそっと拾い集める。何か悪いことが起きているのではないかという不安がわき起きてくる。屋敷の誰もつけずに出かけるなどセオフィラスには初めてのことでもあったし、片言節句にモニカが持ってきたという手紙の内容が屋敷の中では伝わっている。


「坊ちゃん達……今ごろ、再会できたんでしょうか……?」


 窓から外を眺めてカタリナは呟く。

 セオフィラスも心配だが、ゼノヴィオルも心配は尽きない。人一倍に繊細だった男の子で、生意気だったセオフィラスとはまた違った方面で手がかかったものだった。











 足を引っかけ、肘鉄を食らわせながらゼノヴィオルを転ばせにかかる。だが、不安定になった姿勢からゼノヴィオルは足を振り抜いてセオフィラスの顔を蹴りつけた。2人は同時に地面へ転がり、セオフィラスが起き上がる。その方が早かったが一歩を踏む前に無数の黒い杭が取り囲んでいた。


「ミーセル・クラウィス!」

「でぇえやあああああっ!」


 同時に放たれた杭を、セオフィラスは剣の一振りで散らす。

 迷いの森の洞窟に刺さっていた宝剣には、天の一式――霊力が込められている。ゆえにその力を解き放てば魔術に抗うことができた。その仕組みを知っていたわけではないが夢中の攻防の中、戦いによって研ぎ澄まされた直感がそれをセオフィラスに教えている。


 魔術を使ったことで埋めた、自分が起き上がって動き出す時間。ゼノヴィオルは落ちていた槍を拾って、セオフィラスに駆けながら繰り出した。剣で叩き落とすように弾いたが、ゼノヴィオルはもう片手に握っていた剣をそのまま駆け込みながら振るう。頭を振りながらかろうじて直撃を避けたセオフィラスだったが頬に一筋の赤い血の筋をつけた。端に血の泡が立ち、それが雫となって頬を伝い落ちる。


 剣で切り結ぶ度、戦いは苛烈さを増す。

 セオフィラスはゼノヴィオルを止めるつもりで剣を振っていたが、途中から多少の傷を負わせても、腕が一本斬り飛ばされていても、命さえ繋がれていれば――と重傷を負わせることもやむなしと考えをエスカレートさせている。

 一方のゼノヴィオルとて、一撃ずつに込める殺意が無際限に増えていた。兵士とは全く異質な強さで、魔術という力を獲得したにも関わらず押し切れないことに苛立ちさえ募らせている。


 そしてそれは、故郷で安穏と、自分の大好きな人々とともに呑気に修行したから身についたのだと考えて怒りを滾らせることに繋がっていた。



「メルム・ボース!」


 剣とともにゼノヴィオルが魔力を放つ。

 陽炎のように周囲を揺らして見えたその剣の一振りを見たセオフィラスは受け止めず、躱すという選択をした。斜めに振り下ろされた一撃がセオフィラスの目の前で、地面を大きく割った。その衝撃は地中深くまで潜っていく。剣で受けていれば、その衝撃がセオフィラスの身を貪り食っていただろう。

 そしてまだ、その破壊の陽炎はゼノヴィオルの剣に宿っている。


「うううう、あああああああ――――――――っ!!」


 剣の振り方も何もない、ただ振り回すような軌道。

 単なる剣であったならば軽くセオフィラスはあしらえるが、触れられぬ破壊力を持っている乱撃には距離を取るしかできなかった。幼少期から鍛えられたゼノヴィオルの体力は、王都の生活でもさして損なわれてはいなかった。叫びながらただひたすらに剣を振り回しまくる。


「くっ、だったらあ――!」


 大きく距離を取ってからセオフィラスは大きく振りかぶって、剣を振り下ろす。振り下ろした直後の無防備なセオフィラスにゼノヴィオルが凶刃を落とそうとしたが、その前に何かとかち合って逆に吹き飛ばされる。気力を用いて飛ばした斬撃によるものだった。



「はあ、はあっ……」

「ふぅっ、ふぅぅ……」


 両者が息を切らしながら睨み合う。

 全力で戦っているのに拮抗してしまう互いの力は、(いたずら)に傷を増やし、体力を消耗させる。セオフィラスはそれでも構わなかった。とにかくゼノヴィオルを止めるには、後のことがどうなろうともそれが先決であると考えている。


 しかしゼノヴィオルは邪魔で仕方がなかった。体力を消耗するほど、魔術の精度も落ちているような感覚に陥っている。魔術は無限に行使できるものではないと、エミリオに教えられていなかったことを体感している。このままセオフィラスと戦い続ければ、仮に勝てたとしてもかなりの消耗をしてユーグランドを殺すまで至れないだろう。最悪、セオフィラスに負けてしまうということも想定される。


 セオフィラスが指摘した通り、ゼノヴィオルは正気ではない。

 疲れきった精神にエミリオが手を加えて、魔術が使えるように調整をされた。

 その過程で理性の一部が抑制され、感情も一部が麻痺しているような精神状態である。だが元々、聡明な頭脳の持ち主であるゼノヴィオルは正気でなくとも柔軟な考えを持てた。現状を鑑みて目的を達するために、今、最善手を打つのであれば撤退であると。


「イーラ・イグニス!」


 火炎を放ってセオフィラスの周囲を炎上させると、その炎を目暗ましに利用してゼノヴィオルは正門ではない方向へと走り去った。身を潜めつつ、ユーグランドの行方を探る必要があった。エミリオのところへ戻ればセオフィラスが来てしまう。別の潜伏先が必要だった。セオフィラスが辿り着けない安全な場所で、ユーグランドの動向を探れる場所。


 すぐにその行先は弾き出された。

 白昼堂々の事件でざわめく王都の細い路地を通りながらゼノヴィオルは目的地まで駆け抜ける。辿り着いたのは、かつてベアトリスに脅迫された貴族の館だった。


 まだ幼い殺人鬼を迎え入れざるをえなかった哀れな貴族は、マルクースクという男であった。

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