三つ葉葵
天神様
本格的に各藩進軍していく、長州征討が開始された。
会津藩、薩摩藩、桑名藩は、京都守護職の役目があり戦闘には加わらない。
☆
沖田総司と
内藤蒼馬の
関係はなんの進展もなく、一年が過ぎようとしていた。
☆☆
内藤蒼馬は、この日、二葉の屋敷に出向いていた。
こうして、お茶を頂きながら二葉と話しているのが好きだった。
「ところで、花街で遊女遊びをしていると耳にしましたよ、蒼馬様、」
「それは、実は…」
内藤は、揚屋の舞妓・風月の屋敷でお琴を習っていることを説明する。
「そうでしたか、お琴を…」
「他の者には、内緒でお願いします。二葉様、」
「そうですね、男子がお琴を…と笑われますしね、」
「はい、そうなんです、二葉様、」
「お琴なら、ここにもございますが、蒼馬様、わたくしに聞かせてもらえませんでしょうか?」
内藤がやるとも言わずに二葉は、使用人を呼んで琴を運んでくる。
運ばれてきた十七弦琴を見て、内藤は懐かしく思った。
☆☆
内藤は、十七弦琴の前に向かって、呼吸を整えて弦の調律を試す。
「それでは、梅花断を一曲、」
琴の音は練習のかいあってすんなりと響いてくる。
二葉は、感心しながら内藤の梅花断を聞いている。
内藤の演奏が終わると二葉は、手を叩いて褒めていた。
内藤は、十七弦琴から離れると二葉がそこに座り。
「では、わたくしも一曲、」
二葉は、眼を閉じて呼吸を整えている。
「春・鶯」
そう言って演奏が始まる。
内藤は、二葉の演奏を聞いていると会津の梅苑が目に浮かんでくる。
眼を閉じると梅の花と枝に止まっているウグイスが恰かもいるかのようである。
昔の懐かしい思い出が甦ってきた。鶴ヶ城の中庭の梅、ふっと殿様のご子息が脳裏をよぎる。
☆☆
二葉は、琴の演奏が終わって、内藤を見ると眼を閉じたまま微動だにしないので膝を叩いて。
「蒼馬様、どうなさいました?」
「あっ!」
膝を叩かれて我に返る内藤。
「すいません二葉様、演奏を聞いていたら昔のことを思い出しまして、」
「そうですか、昔のことを…よほど良い思い出でしょうね、蒼馬様、」
「はい、楽しかった頃の…」
「差し支えなかったら、お話し聞かせてもらえませんか?蒼馬様、」
二葉は、小女にお茶を持って来させて、内藤と向かい合わせに座る。
内藤は、そのお茶で喉を潤し二葉に幼少の時の思い出を話して聞かせる。
☆☆
☆
それは蒼馬、五歳の頃である。
兄上様(平馬)に手を引かれて鶴ヶ城の中庭に来ていた。
二人で遊んでいたのだが、兄上様は一人で何処かへ行ってしまったようで…
アオバは、兄上様を探しに中庭の奥へ奥へと行く。
すると梅苑らしきところに行き着く。
ほとんどの梅の花は散ってしまっていた。
高い木の枝に梅の花一輪咲いているのを見つけて幹によじ登ろうとしていた。
「駄目だよ、女の子がそんなことしちゃ、」
突然そんな声が聞こえて、驚いたアオバは、幹から落ち尻餅をついてしまった。
その男の子がアオバの着物に付いた泥を払ってやり、
「なにを取ろうとしたのかい?」
アオバは、高い木の梅の花を指差して。
「あそこの梅の花を…」
「へぇーまだ咲いているんだ!どれっわたしが…」
そう言って男の子は、梅の木によじ登っていく。
梅の花を枝ごと折り、降りてくる。
「はい、どうぞ、」
「ありがとう♪」
☆☆
「ところで、君の名は?」
「はい、内藤アオバと申します。あなたは?」
「袿之充、よろしくね、お姫様、」
「お姫様だなんて、」
アオバは、頬をさくら色に染めて恥ずかしそうにしていた。
袿之充は、後に会津藩主・松平容保となる。
このときご子息は15歳であった。
アオバは、十も違う男の子を見て頼もしいと思っていた。
「あっちょっと待って、こうするといい、」
梅の花をアオバの髪に付けてやる。
「綺麗だ…アオバ、」
「きれい!?」
アオバは、ほとんどが可愛い~としか言われたことがなく、「綺麗」と言われたことで、なんだか嬉しくなる。アオバは幼いながらも一目惚れしてしまったのである。
「大人になったら、わたしの側におれ、アオバ、」
「はい、お側におります。」
☆☆
と、内藤蒼馬は、二葉に思い出話を聞かせた。
「そんなことがあったのですか、蒼馬様、可愛い~」
「やっぱり、可愛い~ですよね、」(汗)
「綺麗が良かったですか、ところで、お側におるってどういう意味か解ってないですよね、まだ幼い姫ですからね、」(笑)
「そうなんです、今思うとなんで、はいと言ってしまったのでしょう、」(笑)
「若いって、いいな~、」
二葉と蒼馬は、顔を見合せて笑っていた。
隣の部屋で梶原平馬は、盗み聞きするつもりはなかったが耳に入ってしまった。
「蒼馬に側室という人生もあったか、わしが養子に出たばかりに、すまんアオバ、」
平馬は、顔を押さえて泣いていた。
☆☆
江戸では、将軍徳川家茂の病気は良くなるどころか、どんどん悪化するばかりであった。
側近たちは、「もう長くない」と感じたのである。
時期将軍を探さなければならない、候補に「一橋慶喜」があげられていた。
しかし、水戸藩出身は人気がなかった。当然、反対派も多数おった。
そのことを聞きつけた梶原平馬は策を講じる。
反対派の刺客に狙われないように警護を付けなければならない。
果たして?適任になるような者を見つけねばならない。そう言っても反対派に鞍替えするやも知れない。
なかなか適任が見つからずにいた。
「やはり、アイツしかおらんか、」
「いゃいゃ、また危険にさらすわけにいかん、」
梶原平馬は、一人言を言いながら屋敷をうろうろしていた。
☆☆
内藤蒼馬は、川村から沖田総司が床に伏せっていると耳にする。病気が悪化したのであろう。
早速、新撰組の屯営に向かった。
沖田の部屋に行くといない?
庭から声が聞こえる。
「不味い!」
内藤と川村が中庭に行ってみると沖田が何やら探していた。
「沖田さん、また草を食べているんですか?」
内藤がそう言って中庭へと行くとにゃにゃと笑いながら沖田は現れた。
「寝てなくていいんですか、沖田さん、」
「あぁー気分転換に風を感じていた。」
「しかたない人だ…」(汗)
「ちょうどいい、内藤さん、付き合ってください、」
「どちらへ?」
「川村さん、すまんが内藤さんと二人だけでお願いします。」
「しかし、警護が…」
「警護なら、わたしが…」
「そうですか、わたしは帰ってくるまで道場で汗を流すとしますか、沖田さん、内藤様をよろしくお願いしますよ、」
「はい、わかっております。」
☆☆
川村筑馬を新撰組の屯営に置いて、内藤と沖田は屯営を出て行く。
沖田は、先に歩いている。もしかしたら、と思いながらあとを着いていく内藤であった。
清水坂を上って行くと清水寺に出た。
「沖田さん、音羽の滝ですね、」(笑)
「そのようだね、」(笑)
沖田は、内藤とこうして音羽の滝に来るのは何年ぶりになるだろうかと思っていた。
石段を降りて行くと楓が青々と繁っている。
楓の森を抜けると音羽の滝が見えてきた。
以前と同様に、いつもの掛茶屋に入って行く。
奥から藍染めの前掛けをして茶屋の娘がやってくる。
「あっ、お客さん!」
「おっ!嫁にもいかんでまだおったか?」(笑)
そう言って沖田は、茶屋の娘を茶化す。
「嫁?わたくしは、安売りしまへんどす、」
あはは「そうか、いくつになるか娘よ、」
「十八でおますが…それが何か?」
「沖田さん、もうよしましょうや、」(笑)
☆☆
内藤は、二人の会話に口を挟む、このままほぅっておいたらどうなるやらと思ったのである。
「いつもので、よろしおますね、お客さん、」
茶屋の娘は、沖田たちの返事も待たずに奥へと引っ込んだ。どうやら、怒らせてしまったようである。
「こうして、内藤さんと掛茶屋にくるのは何年ぶりでしょう、」
沖田が五年…十年前のことのように言っているので内藤は苦笑していた。
それは無理ない、沖田は少ない命と感じて、一日一日を大事に生きているからである。
この場所でのんびりとお茶を飲むのも、あの世に行っての土産話にするのであろう。きっとそうに違いない。
「お餅どす、お客さん、」
茶屋の娘は、沖田にはつっけんどに内藤にはにこっと笑って。
「お餅どす、冷めないうちにお客様、」
と茶屋の娘は、店の奥へと引っ込んだ。
内藤と沖田は、顔を見合せて笑っていた。
☆☆
沖田は、お茶を飲みながら音羽の滝を見ている。
来るはずのないお人を待っているかのようである。
そんな沖田を見て意地悪したくなってくる内藤。
「あれっ、もしかしてお雪さん?」
内藤は、音羽の滝を見ていうと沖田は、立ち上がり音羽の滝を見る。
「あぁー、人違いでしたね、もうここには居ないでしょう、沖田さん、」
沖田は、ばつが悪そうに座り直す。
その様子を見ていた茶屋の娘は、ざまぁないとばかりに大笑いしていた。
沖田はまだ、お雪、さんのことが忘れられないでいるのか、内心嫉妬してしまった内藤であった。
お餅も食べてしまい、お代わりのお茶を飲み干して。
「その辺、ぶらっとしましょう、内藤さん、」
「そうですね、沖田さん、」
沖田は、勘定を済ませて掛茶屋を出て行く。
「また、おいでやす、」
沖田は、後ろを振り向きもしないで茶屋の娘に手を振りながら歩いていく。
なんだか、それが最後のような気がして、茶屋の娘は深々と頭を下げていた。
☆☆
沖田と内藤が並んで歩いていると風がよぎる。
「爽やかでいい風だ…」
「そうだなぁ、これがすぎると暑い夏がやってくるな、」
「夏はお嫌いですか、沖田さん、」
「あぁー、嫌いだな、汗が止まらないからな、」
「そうですか、わたしは四季を感じるので好きですけどね、」
「今度は、嵐山の紅葉狩りでも行きますか、内藤さん、」
「ほんとうですか、連れて行ってくれるんですね、約束しましたから、沖田さん、」
「あぁー、約束だな、内藤さん、」
死期が近づいている沖田にこの約束が守れるのであろうか?内藤は内心気がかりでならない。
今はそうならないようにと心の中で祈っていた。
「そう言えば、長州藩に幕府は苦戦しているようだな、」
沖田は、内藤に話しを反らすようにいう。
「そのようですね、でもいずれ長州藩は降参するでしょう、幕府が負ける筈がない、そう思いません沖田さん、」
「勿論だ、負ける筈がない、」
☆☆
梶原平馬は、屋敷の廊下を行ったり来たりしている。
二葉は、そんな平馬を見て。
「何か心配事でもおありですか?旦那様、」
「いゃ、ちぃとな…」
「わたくしに隠さずお話しください、旦那様、」
平馬は、斯々然々(省略)と二葉に話して聞かせる。
「でも、お決めになっておられるのでしょう、旦那様、」
「しかし、蒼馬をまた危険なところには…」
「それでも、他の者には任せられませんでしょう、困った時の家族ではありませんか?命じればよろしいのです、旦那様、」
「二葉は強いの!」
「はい、女はいざというときは強い者です、蒼馬様も強いですよ、旦那様、」
「おぉっそうだった、二葉、使いの者を呼べ、」
早速、新撰組に使いの者を走らせる。
☆☆
新撰組の屯営に内藤と沖田は話しをしながら楽しそうに入って行く。
その姿を見て川村は駆け寄る。
「内藤様、梶原様がお呼びです、使いの者によると大事な用件だそうですよ、」
「おぉっそうか、沖田さん参りますのでこれで失礼します、川村いくぞ、」
内藤と川村は、挨拶もそこそこに梶原平馬の屋敷へと駆けて行く。
沖田は、内藤たちの後ろ姿を見て、なぜだかわからないが不安に感じていた。それが何かと言われても沖田自身も解らない。
「梶原様、参りました内藤です、」
そう言って、内藤と川村は屋敷に上がり込む。
二葉が出迎えて、平馬の部屋へと二人を案内する。
☆☆
内藤と川村は、梶原平馬の部屋へと通されて。
二葉は、二人が入ると襖を締め廊下に座り、誰も来ぬように見張っていた。
「用件とは実はな…」
平馬が真剣な眼差しで話して聞かせる。
「江戸の将軍様が近々変わるのでな、その時期将軍候補として、一橋慶喜様があげられておる。その警護を蒼馬にやってもらいたいのだが、どうじゃ、」
「どうだ、と聞かないで命じてください、兄上様、」
「そうか、ならば、一橋慶喜様の警護を命じるよいな、蒼馬、」
「はい、お任せくださいませ、平馬様、」
「あのー、わたしはどんな用件でしょうか?」
川村が二人の話しを遮る。
「川村筑馬は、いつも通り蒼馬の警護でよろしい、しっかり頼むぞよ、」
「はい、この身を替えてもお守り致します。梶原様、」
「よく言った川村、蒼馬を頼むぞよ、」
心配性な梶原平馬は川村に二度言う。
将軍様が病気と聞いていたがそんなに悪いのか?と内藤と川村は思っていた。
☆☆
梶原平馬は立ち上がり。
「その時期はおって沙汰する。もう下がってよいぞ、蒼馬、」
「はい、兄上様、支度をして待っております。」
「頼むぞ、蒼馬、」
「さぁ、川村行くとしょう、失礼します、兄上様、」
内藤と川村は、平馬にお辞儀をして出て行く。
廊下にいた二葉は、二人が出てくるので出口へ案内する。
「蒼馬様、お茶でもいかがですか?」
「いえ、今日は帰ります。お末に知らせないといけませんから、又誘ってください、二葉様、」
「そうですか、暇が無くなると思いますがお身体には充分お気をつけてくださいね、川村様も…」
内藤と川村は、そんな気遣いをする二葉に礼を言って屋敷から出て行く。
「内藤様、今度のお役目は寝る暇が無くなるかも知れませんね、」
「そのようだな、川村、」
☆☆あれから、一月もしないうちに…
将軍徳川家茂は死去!
やはり、大方の予想通りに次の将軍が決まらずにいた。
家老・梶原平馬が命じる。、、「一橋慶喜の警護」
ここから、長い長い警護となるのであった。
内藤蒼馬。
川村筑馬。
☆☆
この日、内藤蒼馬は、川村筑馬を連れて一橋慶喜の屋敷へと向かった。
慶喜様は、渡り廊下のある離れで寝泊まりすることになった。
隣の部屋に内藤と川村が警護として寝泊まりする。
慶喜様の部屋に行くには、内藤たちの部屋を通らないと行けない造りになっている。
内藤の屋敷で留守を任されたお末は、心配でならない、それは川村と一つの部屋で寝泊まりすることで蒼馬の正体がばれはしないかとそわそわしていた。
そんなお末を他所に内藤は、慶喜様と将棋を差していた。
「なんだか、わしは篭の鳥のようだな、内藤、」
「慶喜様、我慢してください、将軍様になるまでの辛抱です。」
☆☆
京の会津藩主・松平容保と桑名藩主・松平定敬は『一橋慶喜』を将軍にと勢力的に動いていた。
『高須四兄弟』の二人だけにやってくれるであろう。
『一会桑』(説明省略)
の主要メンバーである。
その主なる幕府の面々を味方に付けていく。
特に桑名藩主・松平定敬は大奥を味方にと動いている。
しかし、反対派の抵抗に苦労していた。
家老・梶原平馬もほとんど屋敷に戻らず賛成の票を得る為に動いている。
そんなことを知ってか知らずか一橋慶喜は…
「しかし、退屈じゃの~、内藤、どこぞに面白いところに連れていかんかの、」
「駄目です。今は危険なところばかりですから、我慢してください、慶喜様、」
一橋慶喜は、あぁ~とあくびをしていた。
そんな慶喜を見て、川村筑馬は、「これが、時期将軍様とは…、」と呆れ顔であった。
☆☆
それから、一月が過ぎ二月になろうとしていた。
そんなある日、新撰組から知らせが入る。
「沖田総司、危篤、」
持病(肺結核)が悪化したのであった。
内藤は、直ぐにでも飛んで行きたいのだが…
役目があるとじっと耐えた。
そんな様子を見て、一橋慶喜は…
「内藤にとって大事な人か?」
「はい、」
「ならば、行ってやれ、」
「しかし、お役目があります。」
「この際、役目などいい、一刻の暇を与える。内藤、」
「内藤様、ここはわたしが警護をしますから、行ってください、」
内藤は、一橋と川村に言われて決めた。
「ならば、慶喜様、一刻のお暇をいただきます。」
内藤は、すっくと立ち上がり一橋の屋敷を出て行く。
新撰組の屯営へと駆けて行った。
☆☆
内藤が屯営の門に来ると隊士が待ち構えていた。
「内藤様、お待ちしていました、さぁこちらへ、」
その隊士に案内されて沖田総司の部屋に向かう。
途中、大広間に大勢の隊士が正座していた。
内藤は、沖田総司の部屋に入ると床の側に土方歳三が心配そうに座っている。
内藤は、土方歳三に、
「容態はいかがですか?」
「今はなんとも言えないが薬が効いたようで眠っている。」
「そうですか、眠ったままですね、」
内藤は、少し安堵する。
そのまま半刻が過ぎたころ、沖田総司は眼を覚ます。
「内藤さん、来てくれたんですね、」
「沖田さん、お気をしっかりと…わたしがいるけん…」
内藤は、気が動転して訳のわからないことを言ってる。
沖田総司は、そんな内藤を見て笑っていた。
側にいた土方歳三を呼ぶ。
「とし、お人ばらいを内藤さんに用がありますよって、」
「わかった、総司、」
☆☆
土方歳三は、中にいた隊士を外に出して、襖をゆっくり閉める。
沖田総司は、内藤をもっと近くに寄るようにと言う。
内藤は、沖田の顔に耳を寄せる。
「以前から、あなたが好いていました。」
「しかし、わたしはおと…」
「今は隠さなくていいですよ、誰もいませんから、」
内藤は、それが沖田の最後の言葉と思い本心を打ち明ける。
「わたしも、沖田さんを好いています。」
「良かった、本心を聞けて、」
「いつから、わたしを女であると?」
「内藤さんと竹刀を交えた時からです。」(笑)
「そんな前から、見破られていたとは…」
「蒼馬様が、幸せになることを天で祈っています。」
いつのまにか「蒼馬様」になっているので驚くと同時に死を覚悟した沖田総司に顔を近づけて。
「前から、好いていました。」
そっと唇を寄せて、沖田総司に口づけする。
閉じた目から、涙が頬を伝わる沖田を見て、蒼馬も涙する。
☆☆
内藤は、目を閉じたままの沖田総司を見て、
「沖田さん!」
内藤が大きな声を出すものだから、土方歳三が入って来て、
「総司がどうした?」
今日は、医者を呼んでおいたので直ぐに沖田を診る。
「眠っているだけで、大丈夫です。」
内藤と土方は安堵する。
内藤は、約束の時間がきたので、今日のところは帰ることにした。
土方歳三に沖田総司のことを頼んで内藤は、一橋慶喜の屋敷へと戻って行く。
内藤が屋敷に入るなり、川村が聞いてくる。
「死に目に会えて良かったですね、内藤様、」
「まだ死んでおらん、」
内藤は、川村に怒った口調で言う。
側で聞いていた一橋慶喜は苦笑いして、川村を見ていた。
☆☆
それから、半刻したころ新撰組から使いがやってくる。
「先ほど沖田さんが亡くなりまして。副長がこれを内藤様に渡すように言われました。」
内藤は、それを受け取り中を見てみると天神様の御守りが入っていた。これは沖田総司が都に行く時に姉上様に頂いて大事にしていた御守り。
その「天神様の御守り」を握りしめて下を向く。
泣くのを堪えているように見える。
新撰組の使いの者が帰ったあと、内藤は、中庭に出て膝を折り屈み込む。
「沖田さん…」
と叫び泣き崩れた。
泣、泣、泣、
どんだけ泣いていただろうか、涙が止まらずにいた。
川村筑馬は、側に寄って内藤を慰めようとしたが、近よりずらく座敷でもらい泣きしていた。
☆☆
内藤は、この夜、床に入っても眠れないでいた。
沖田総司との思い出が回想する。
あの時、庭で草を食べていたのは、もしかしたら、薬草を探していたのでないか?死を覚悟したとはいえ、まだ生きていたいと…
病に効きそうなものを探していたような気がしてならない。
今となっては、本人に聞けないが…
きっと、きっと、そうであろう。
人はいずれ死ぬ、人と言わず生き物はいずれ死ぬ、早いか遅いかの違いである。
どう生きるかは、個々に任されている。そうした神様の教えであろうか?
ならば、喜怒哀楽を存分に楽しもうではないか…
と、夢の中の沖田総司が笑いながら言っておった。
……つづく……