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女流剣士、蒼馬が斬る。  作者: 美妃
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三つ葉葵

内藤藍葉(ないとうあおば)

アオバ10歳のとき、兄・信節が病気(肺結核)をきっかけに父・内藤信順から「今日からお前は男として生きろ。名はアオバからアイヨウとせいわかったな」と言われる。

父の言い付けで、親戚筋から三歳年上の「お末」が、アイヨウの教育係として付けられた。勿論、男としての教育である。

アイヨウは、会津藩校・日新館で剣術を習うのであった。

それから、元服を迎えたアイヨウは、「内藤蒼馬(ないとうあおば)」と改名する。

蒼馬は、江戸の千葉道場で剣術を習っている頃、家老・梶原平馬から見廻り組目付け役を命じられて京にのぼる。


女流剣士・蒼馬は『蛤御門ノ変』など、激動の幕末に身を投じることになる。

京で出会った新撰組・沖田総司との「秘めた恋心」に苦しむ蒼馬であった。


そこに日新館同期生、川村筑馬が加わり、恋のトライアングルが複雑に絡み合う。


表向きは、「武士(男)」。

内面は、「姫(女)」。


として内藤蒼馬は激動の幕末を生きぬいていくのであった。


沖田総司の病死で蒼馬の秘めた恋は終わった。

死ぬ直前に心の内を伝えることができるのである。


「あなたを好いています。」



…………




☆☆

内藤藍葉

(ないとうあおば)


アオバ10歳のとき、兄(信節)が病気になる、医者の診たてでは労咳(肺結核)であった。


ある日、父・内藤信順は長女・藍葉を呼んで、「今日からお前は男として生きろ。名はアオバからアイヨウとせいわかったな」


父の言い付けで、親戚筋から三歳年上の「お末」が、アイヨウの教育係として付けられた。

勿論、男としての教育である。


斯くして、内藤藍葉(ないとうアイヨウ)は剣術を習うのであった。


会津藩士



内藤悌彦は、次男坊であった為、跡継ぎがいなかった梶原家(千石)を継ぐべくして、14歳のとき養子に出される。


内藤家は、戦国時代には武田信玄の重臣・内藤昌豊の流れをくむ名門で、会津藩内ではかなりの高禄であった。



それゆえ、長男が病死してしまったあと家督をつぐ者がおらない。

父・内藤信順の苦肉の策でアイヨウとして、男として育てることにした。


会津藩士、内藤藍葉(ないとうあいよう)

が生まれた。




**

ある日、内藤家では、


「お末はおるか、」



「はい、なにようでありましょう、アイヨウ様。」



「ふんどしを履かせてくれ」



「あれから三年もなるのに、一人でふんどしも締められないのですか、」



「いゃ、出来るのだが、しばらくすると揺るんでしまう。」



「はいはい、わかりました。」



お末はアイヨウにふんどしを履かせてやる。



「痛いではないか、」



「これくらい我慢しなさい男でしょう。」



お末はアイヨウの胸の膨らみを見て、



「今日から、サラシをしますね。」



「なぜに?」



「その乳房では女として、ばれてしまいます。」



お末は奥から、サラシを持ってきて、アイヨウの胸に巻き付ける。



「ちっときつくないかい」


「それくらい我慢なされよ、男でしょう。」



それから、袴と紋服を着せてやり、これで立派な会津藩士として表に出ていける。とお末は安堵する。



**

内藤藍葉は藩校である日新館に剣術を習いに通っていた。



会津藩の日新館には会津五流という五つの剣術流派が教授されていた。そのうちの溝口派一刀流は藩主をはじめとする上級武士に教授されていた。


あとの流派、安光流、太子流、真天流、神道精武流でいずれも一刀流である。

無論、内藤藍葉は一刀流溝口派である。


六ヶ月に一回は会津五流派が対抗試合を行う。


内藤藍葉は、兄(大将)が日新館を卒業して、溝口派の大将を勤めていた。


対抗試合は五流派の中でも溝口派は強かった。

大将(藍葉)の出番がないまま、中将の中津川新八が勝ってしまう。


ところが、神道精武流に先月から入門した、川村源三郎が流れを変えてしまった。




**

川村源三郎は、川村源兵衛の三男として生まれる。

因みに、まだ先であるが、妹・名賀は会津藩主・松平容保の側室として迎えられる。



川村源三郎の日新館での稽古を内藤藍葉は遠目で見ていた。

「なかなかの強者である」と感じていた。



内藤ら溝口派の者は、日新館での稽古が終わると藩邸内の灌水のもと書道を習っていた。



他の流派の者たちは城下町へと消えていく。


内藤ら溝口派は習い事が終わり、藩邸の門を潜り外へ出ていくと川村源三郎一人で待ち伏せしていた。


背の低いアイヨウは、それをカバーするように高下駄を履いている。

アイヨウはすぐに川村源三郎と気付く。




**

内藤藍葉を中心に中津川新八を含め溝口派の者が囲むようにして歩いてくる。


川村源三郎は近づいて、


「内藤殿はどちらでしょうか、」



中津川は川村の前に出て、

「内藤様に何のご用か、」


「内藤殿に挨拶をしておきたいと思いまして、」



皆の者は今度日新館に新しく入った川村源三郎と気付いた。



「内藤はおれだが、」



「対抗試合の前に挨拶をしておこうと思いまして、川村源三郎と申します。」



「内藤アイヨウです。」



「今度の対抗試合で竹刀を交えるのでお顔を拝見したいと思いまして、それで」



「竹刀を交える?それはどうかな、未だかって大将戦になったことはない。うちの副将、中津川は強いぞ、」



「それはどうでしょう。十日後の対抗試合を楽しみにしていてください。」



そう言って、さっさと川村源三郎は行ってしまった。


「あやつ生意気な、」


中津川新八は内藤アイヨウの顔を見ていう。



川村源三郎は歩きながら、

「しかし、美しい、男にしておくのが勿体ない。」


このとき、川村本人は気付いていないが、胸の奥で藍葉に惚れてしまったようである。




**

ある日、内藤藍葉は身体の異変に気付く。



「お末おるか、お末、」



「大きな声で、どうなさいました。アイヨウ様」



「玉から血が出ておる!」


「玉?」



「いゃ、このふんどしを見てくれ、」



アイヨウはお末に自分のふんどしを見せる。



「あらまぁ、初潮でございますね、」



「初潮!?」



アイヨウは、もうすぐ14歳になろうとしているのに生理がまだきていなかった。この時代個人差はあるが、10歳にはどの娘も初潮を迎えるのであった。12歳には嫁入りとなるのが通例である。



「どうしたらいい、三日後には対抗試合が控えている。」



「そうですね、どうしましょう。」(笑)


お末は、なかばアイヨウをからかっているようであった。



「困った、」



「でしたら、対抗試合まで外出は避けて、屋敷で安静になさるとよろしいでしょう。」



「そうだな、体調を整えておくとするか、」



お末は、日新館には内藤藍葉は体調不良で休みと伝えていた。




**

それから、対抗試合の日がやってくる。


朝早くに、アイヨウはお末にサラシを巻いてもらう。


「お末、きつすぎる、苦しい」



「我慢してください、発育を抑えるにはこれぐらい締めないといけません。」



「しかしな」



「我慢も男の修行と思えばよろしいでしょう」



そのあと、お末はふんどしを締めてやる。



「なんだ、この赤いのは」


「赤ふんでございます。まだ生理は終わってないので他の者に気付かれない為でございます。」



「あぁー、そうだな、しかし恥ずかしい。」



「お似合いです。」(笑)


そして、アイヨウは紋服と袴を着け、腰に二本刺を帯びる。




「外に中津川様がお迎えに来ております。」



「早いな、中津川も」



アイヨウは羽織を着て竹刀と武具袋を持ち屋敷を出ていく。




**

「おはようございます。」


「おはよう、中津川、」



二人は日新館へと歩いていくと溝口派の者が一人二人と集まってくる。

内藤藍葉を囲むようにして日新館の門を潜る。


内藤らは道場の神棚に礼をして中に入っていき正座する。

他の流派の者も下座に並んで正座していた。



しばらくして、道場長の松村勘兵衛が挨拶を済ませると審判の者が定位置に着く。


提示板には対抗試合の組み合わせが貼ってあった。

一回戦

安光流対太子流、真天流対神道精武流


溝口派は優待席で予選を行わないで決勝に進む。

毎年、団体戦は優勝していた為であった。


安光流は難なく一回戦を勝ち進む。

以前の神道精武流は大将にいく前に敗退していた。

しかし、今回は川村源三郎(先鋒)の作戦で大将戦までいく前に一回戦を勝ち進む。



**二回戦

安光流の対戦も、先鋒は川村源三郎が難なく勝ち上がった。


決勝戦となる。


溝口派の内藤藍葉は、今までの戦いぶりを見て、先鋒に川村源三郎をおいてくると思い中堅に中津川新八をおいた。


その作戦は神道精武流に見破られたか、今回は中堅に川村源三郎をおいている。

それともっと驚いたのは、以前に副将(林)大将(田代)だった者を先鋒、次鋒においている。


先鋒戦は引き分けとなる。

次鋒戦は先に一本とったもののすぐあとに一本とられてしまって引き分けとなる。


中堅どうしの戦いとなった。


内藤は中津川に「油断するな」「わかっております」


中堅戦が始まった。


「はじめ、」



剣先を合わせお互い牽制しあう。


「とぉーとぉー」


「とりぁー」



川村源三郎、中津川新八、なかなか隙を見せない。



**

中津川はジリジリと間合いを摘めていく。

川村の一瞬の隙をついて籠手にでる。


審判二人の手が上がった。

「籠手一本」


一本目を先守した中津川は守りに入ってしまった。

そうなると川村は中津川を捉えずにいた。


これではまずいと思いわざと胴の隙を見せる。


中津川は、このまま守りに入っていればよいものに胴を打ちにいった。


川村の竹刀が中津川の面を捕えた。

「めんーっ」

それが見事に決まり、審判の手が上がる。



「面一本」



これでお互い一本どうし、そうなると中津川は大将に面目がたたないと思い攻撃に転じた。


それは川村の思うつぼであった。

中津川の攻撃のあとの一瞬を捕える。


「こてー」


「めんーっ」



皆が相討ちかと思ったが、審判二人の手が上がる。


「面あり」


「面一本」



これで川村源三郎が勝利する。




**

中津川が戻ってきて面を外す。


「大将、申し訳ない。」



「いゃいいんだ、相手が強すぎたまでだ。」



そして、溝口派の副将(谷中)は川村源三郎に簡単に二本捕られてしまう。


大将、内藤藍葉の出番となる。


内藤、川村は剣先を合わせてお互い審判の号令を待つ。



「はじめ、」



内藤は素早く川村の籠手を打ちにいく。



「こてーっ、」



審判二人の手が上がる。

「籠手あり」



内藤が川村に一本を先守する。今までも秒殺で決めていた。


普通なら剣先を合わせてお互いの技量を測るのが通例であったが、内藤はそれをしない。

川村は面食らってしまったのである。


二本目はそうはいかない。


「はじめ、」



剣先を合わせた川村は隙を見せない。

内藤は、剣先を川村の喉から離さずに左右に摺り足で動く。

川村は内藤の動きに合わせるのが精一杯であった。

時々、突きにくるので竹刀を払いのける。

さらに左右に動く、右と思えば左に、左と思えば右に動いていく。

川村は内藤の動きについていくのが精一杯で攻撃に出られない。




**

内藤は、上段に構え面を打ちにいく。

川村は、その竹刀を払いのけて籠手を狙いにいくつもりであったが、それより速く内藤の抜き胴が炸裂。 「どうーっ、」


あまりの速さで審判は手を上げるのが遅れている。

一瞬何があったのかといったところであろう。



審判二人が


「胴あり」


「胴一本」



審判の手が上がったので、日新館の者全員が「凄い」と声を上げる者手を叩く者で騒然とする。



これで決勝戦、団体戦は溝口派の勝利となる。


あとは個人戦であった。

無論、内藤藍葉は出場すると誰しもが思っていたが、出場を断念した。



「大将、どうして出ないのですか、」



「いゃ、病み上がりで体調がすぐれないのである。」


「それなら、仕方ありませんね。」



中津川は、病み上がりとは思えない川村源三郎との試合を見て不思議に思う。

もし、体調が万全であるなら、どんな試合をするのかと思っていた。

底知れない天才に出会ったことを喜んでいた。




**

個人戦の決勝戦は、大方の予想通り、中津川新八と川村源三郎の対戦となった。


互いに面や籠手を打ちにいくが浅く審判の手が上がらない。


時間切れで引き分けでは困ると思った、川村源三郎は面の隙を見せる。

そこを逃さず中津川は面を打ちにいく。

その竹刀をかわして川村は胴を打ち込む。

「どぉーっ」



一人の審判の手が上がる。

「胴あり」


もう一人の審判が遅れて手を上げる。


「胴一本」



この作戦は、川村が内藤に自ら味わった戦法を真似て実戦してみたのであった。

これこそ天性の剣士と言えるであろう。

良いものは剣術に取り込む姿勢が川村源三郎にあった。




川村源三郎の胴一本で時間切れとなり、川村の個人戦優勝となった。






**

この日新館では、優勝組と準優勝組には褒美がでる。

内藤藍葉の兄・内藤信節が家督を継ぎ家老職になった頃、日新館にご褒美を出すように命じていた。


若い優秀な剣士育成に努めている、この先の辞世を睨んでいたのであろう。


日新館を卒業しないと帯刀が許されていなかった。


しかし、例外もある。

内藤藍葉は梶原景武(実兄)の屋敷で剣術を学び、いち早く溝口派一刀流・免許皆伝となる。



こうして、年二回の五流派対抗試合も無事に終了した。


年明けに、中津川新八は免許皆伝となる。

川村源三郎も免許皆伝となり、それぞれ二人とも日新館を卒業することとなった。


内藤藍葉は二人より先に日新館を卒業している。





***今年16歳となった内藤藍葉は元服を迎える。


名も改め、

内藤藍葉(ないとうあいよう)から、

内藤蒼馬(ないとうあおば)とする。



同じく、川村源三郎と中津川新八も元服を迎える。


川村源三郎 (改め)

川村筑馬(かわむらつくば)とする。


中津川新八(改め)

中津川柘之進(なかつかわたくのしん)とする。




***


ある日、

内藤蒼馬の屋敷に川村筑馬がやってくる。



「どうした、川村」



「実は相談がありまして」


「その相談とは、なんだ?」



「他流派で稽古をしたいのですがいい知恵がありませんか、」



「その他流派とは」



「一刀流を窮めるには、やはり」



「やはり、北辰一刀流だな」



「そうです、江戸へ出てみたいのですが、内藤様」



「江戸か、江戸となると千葉道場であろう。」



「その千葉道場です、なんとか道場に通える策はないでしょうか、」



「そうだなぁ、兄上様に頼めばなんとかしてくれるであろう、」



「ぜひお願いします。」



「あぁ、わかった、決まりしだい使いをやる、待っておれ、川村、」



「良い知らせを待っていますね、では失礼します。内藤様、」


川村筑馬は内藤蒼馬の屋敷を出ていく。

蒼馬はさっそく兄・信節に相談しにいった。




**

千葉周作が神田於玉ヶ池で開いていた玄武館ではなく。

千葉定吉によって開かれた、北辰一刀流の道場。江戸の桶町にあった。

定吉の息子、千葉重太郎と梶原平馬(蒼馬の実兄)は仲が良く、千葉道場と交流があった為、梶原平馬が内藤蒼馬たちが道場に通えるように取り計らってくれた。


そのことを川村筑馬の屋敷に使いを走らせる。


さっそく川村が屋敷にやってきて。



「決まりましたか内藤様、ありがとうございます。」


「いゃいゃ、お礼をいうなら、兄上に言ってくれ」



「そうします。」



「これから、兄上の屋敷に参るのだが、川村も同行せい、」



「はい、参ります。内藤様、」




内藤蒼馬と川村筑馬は、梶原平馬(実兄)の屋敷へと向かう。




**

梶原家の門を潜ると使用人に客間を案内されて入っていく。


そこへ、梶原平馬の妹・千春が出迎えてくれる。



「久しぶりですね、内藤様、ご機嫌如何でしょう。」


「機嫌は頗るいい」



横で聞いていた川村筑馬は、内藤のつっけんどな返答に疑問を抱く。



「今、兄上様はお城に行ってまして、時期に帰ってくると思われます。」



「そうか、ならば出直すとしょうか川村。」



「帰って用事があるのでしょうか、内藤様。」



「いゃ、用事はないのが」


「ならば、お茶を飲みながらゆるりとなされよ、江戸からお菓子が届いています。一緒に如何でしょうか、川村様。」



突然話しを振られて川村は、

「あぁー、はい、」


返事にならない言葉を発する。


それが妙に可笑しかったのか、千春は笑っていた。

江戸から届いたお菓子は、千葉さな子が千春に送ったものであった。




**


川村が違和感を抱いたのは当然である。内藤は千春を避けていたのであった。

それは一年前のこと、


「わたくしは、内藤様を好いております。わたくしを嫁にもらってくださいませんか?」



「あぁー、考えておく、」


内藤蒼馬が「考えておく」としか言わなかったのは、もしも「兄上に相談してみないとわからない」と言ったら、千春はすぐに内藤家にやってくると思ったからである。


千春が嫌いではないが、事情が事情だけに避けていた。



三人はお茶菓子をいただきながら、千春の話しを聞いていた。

江戸の話しになると内藤と川村は食い入るように聞いている。まだ見知らぬ土地のことを知りたかった。

江戸には、兄・梶原平馬と千春は何度か行っているようである。


そして、千春は最後に、

「さな子様には惚れてはなりませぬ、内藤様。」



川村がすかさず、「なぜに、」と聞いてくる。



「さな子様には、想い人がおられます、その方は坂本龍馬と申されるお方です。」



内藤と川村はなるほどと言った感じであった。




**

それから一刻経っても、梶原平馬が帰ってくるように思えないので、内藤と川村は、今日のところは帰り明日出直すことにした。

梶原家の屋敷から帰っていく。



「千春どのは可愛いですね、」



「なんだ、川村は千春が好いているのか、」



「いゃあ、そう言う意味じゃなくて、好きか嫌いかでいえば好きですかね、」



「ならば、千春を嫁にするがいい」



「いゃー、それはどうでしょう、千春どのは別に好きなお方がいるようですね、」



川村は、自分を見る目と内藤を見る目が違っていると感じていた。もしかしたら、千春どのは内藤が好きなのであろうと。


二人は途中で別れて、それぞれの屋敷へと戻っていく。


内藤蒼馬が屋敷に入ってみたが兄がお城から帰ってないようだ、これから重大なことをお城で会議しているのであろう、と蒼馬は思っていた。




**

翌朝、千春が梶原平馬の手紙を持って、内藤蒼馬の屋敷にやってくる。



「兄様は、お城のことで忙しいのでわたくしが伝言を仰せ付けられました。」



「それで、」



「すべてのことは、千葉道場に伝えてあるので直ぐ行くがいい、と兄様は申しております。」



梶原平馬が千葉道場の紹介状を書いてくれていた。

内藤蒼馬は、早速使いをやり、川村筑馬に伝える。


蒼馬は、お末に千葉道場行きの支度をさせる。

千春の話しによると道場近くに空き家になっている屋敷を借りてくれていた。

そのすべてを梶原平馬が取り計らってくれている。

頼れる兄上様だ、と蒼馬は感激していた。



支度を終えた川村筑馬は馬で内藤家にやってくる。



「内藤様、この度のことありがとうございます。」



「いゃいゃ、感謝するのは兄上様に言ってくれ、わたしは何もしていない。」(笑)




**

支度ができた内藤蒼馬は、お末と駕篭に乗る。


会津城下から、川村筑馬が馬で先導する。あとに蒼馬たちの駕篭がつづき、下女たちも連れて行く。


内藤蒼馬と川村筑馬は、日光街道筋を通り、江戸の桶町に向かった。



そして、桶町に着いた蒼馬と川村筑馬は、お末たちを屋敷にやり、千葉道場に向かう。



千葉道場に着いた蒼馬たちは、使用人に案内されて、道場主重太郎の座敷へと通された。



そこで道場主に梶原平馬の紹介状を手渡す。


その紹介状を開いて読んでいた道場主重太郎は、



「あなた方のことは、平馬どのから聞いております。よくおいでになった。早速、さな子に道場を案内させましょう。」



千葉重太郎に呼ばれて、さな子が座敷に入ってくる。


お互いの名など紹介し合う。そして、さな子の案内で道場へと入っていく。




***

道場に顔を出したさな子様を見て、門下生たちは稽古を止めて道場の隅に正座していた。


内藤蒼馬と川村筑馬は、神棚に一礼して道場へと入った。


さな子が30人ほどの門下生に二人を紹介する。

明日からこの道場で稽古をすることを伝えた。


そして、門下生たちに稽古を続けるようにとさな子が言う。



「どうです、内藤様一つ稽古をしてみませんか?」



さな子は、日新館の技量を知りたかったのである。

それを察した川村筑馬が蒼馬が口を開く前に、



「それなら、私がお見せしましょう。」



川村筑馬は、馬に積んであった防具と竹刀を取りに行き着替える。



相手をしてくれるのは、道場頭の斎藤甫である。


川村筑馬と斎藤甫は、一礼して竹刀の先を合わせる。


30人ほどの門下生たちは、日新館1位2位を争う腕前を息を飲んで見守る。


先手を仕掛けたのは、川村筑馬であった。

面を打ちにいったが浅く外れてしまう。




**

その川村筑馬の気迫に負けじと斎藤甫が籠手を打ち込む。がそれも浅く外れてしまう。


もう稽古ではない、試合のようであった。


他の門下生たちは、一人二人と道場の隅により正座して二人の稽古を見ていた。


千葉重太郎が道場にやってくると中央に二人だけが稽古をしているので不思議に思う。


しばらく、その様子を見ていたが、どうやら、さな子の仕業だな、と重太郎は思い。


「そこまで、やめえ。」




川村筑馬と斎藤甫の息が上がって竹刀の構えが下がっている。

二人はほぼ互角の力量であったのである。



道場主の重太郎がやって来たので皆驚いていた。



「えっ!兄上どうなさいました。」



「さな子、遊びもほどほどにしなさい、客人が来ておる、直ぐ行きなさい。」



重太郎に言われたさな子は道場をあとにする。



「内藤どのすまなかった、今日のところは帰って、明日から稽古をしてください。」



「はい、そうですか、では明日からよろしくお願いいたします。」



重太郎に挨拶をして、二人は、千葉道場を出て行く。




**

そのあと二人は、梶原平馬が用意してくれた屋敷へと向かう。



「お末、戻ったぞ、」


「はい、お帰りなさいませ蒼馬様。」



ほとんど片付けが終わって暮らせる屋敷になっていた。

小女に足を洗ってもらい、二人は座敷へとあがる。

蒼馬は、出されたお茶を飲み、千葉道場のことをお末に話して聞かせる。



「そうですか、ところで川村様は泊まっていきますか、」



「いぇ、会津に帰ります。」



すると蒼馬は、


「川村、ここから千葉道場に通えばよかろうに、」



「いぇ、それは遠慮させていただきます。会津から馬で通うことで馬術の訓練にもなりますしね、」



「そうかい、私は馬は苦手だなぁ、」



蒼馬は、会津で馬術の訓練を受けていたが、どうやら馬と相性が良くないようでいつも落ちそうになっていた。




**

川村がすっくと立って、

「それでは、私は会津に帰ります。明日道場で内藤様。」



「あぁー、気をつけて帰れょ、川村、」



川村筑馬は、馬に乗り会津城下へと帰って行く。



桶町の屋敷では、小女を一人残して他の使用人は会津に帰っていた。



「さぁ、蒼馬様。お風呂に入ってください。」



「そうだな、風呂に入るとするか、」



その間お末は、小女と膳の用意をしていた。



「おーい、お末、あがったぞ、」



風呂場から大きな声で蒼馬がお末を呼ぶ。



お末は、風呂場に行き、蒼馬の身体を拭いてやり、新しいサラシを胸に巻いてやる。



「お末、フンドシは自分で履けるようになったぞ、」


「そんなの、当たり前です。」



お末は、蒼馬のお尻を叩いて言う。

紋服を着せてやり、膳の席へと行く。




**

翌朝、内藤家の蒼馬は眠い目を擦りながら膳に付く。


「おはよう、お末、」



「いつも蒼馬様は、朝が苦手のようですね、小さい時からひとつも変わってませんね、」



「うるさい、ほっとけ、」


「速く膳を済ませてください、川村様が門でお待ちです。」



「もう川村が来ておるのか、いつも早いな、」



「いいえ、川村様が早いのでなく、蒼馬様が遅いのですよ、」



「ほっとけ、お末、」




蒼馬は、膳を済ませて、稽古武具を持ち門に向かう。


「おはようございます。内藤様、」



「おはよう、川村、」



それから内藤蒼馬と川村筑馬は、千葉道場へと向かった。





☆☆

内藤蒼馬と川村筑馬は、三日もしたら千葉道場の空気になれて稽古で汗を流す。


そして、二人共に北辰一刀流を習得していった。

十日もすると内藤蒼馬の稽古の相手をする者が居らなくなってしまう。


川村筑馬は、最初に稽古をした道場長の斎藤と汗を流していた。ほぼ同格の技量で稽古の相手としては持ってこいの二人であった。



それを視かねた、さな子が内藤蒼馬に声をかける。


「内藤様、どうですわたくしと稽古しませんか?」



「それはそれは、願ってもないことです。さな子様、よろしくお願いします。」



内藤蒼馬は、面を付けて稽古の武具を装着して竹刀を持ち道場の中央に出る。

そこへ、稽古の武具を装着した、さな子が向かう。




☆☆


お互いに一礼をして竹刀を構える。

二人共中段の構えである。


蒼馬が先に気合いを入れる。


「とりゃーっ、」


「きぇーっ、」



蒼馬が右へ左へと揺さぶり籠手を狙いにいく。


さな子は、蒼馬に圧されているように見える。



中央に二人を残して、他の者は皆道場の端に寄り正座して観戦にまわる。

無論、川村筑馬も同じであった。



門下生の者たちが、

「なんだか、いつもと違うな、さな子様が圧されている。」



隣にいた川村が、


「いゃ違うな、さな子様は、内藤様の動きに合わせているようだな、しばらくすると反撃に向かうであろう。」



しばらくしたら、川村筑馬が言ったようにさな子は反撃に向かい面を打ちにいく。





☆☆

さな子の面をするりと横に動く蒼馬、さな子の横胴を狙いにいく。


さすがのさな子も、その横胴を避けるのが精一杯であった。


蒼馬のしなやかな身の動きに苦戦していた。

例えるなら、竹刀を持つ腕も竹のようにしなるようにして打ち込んでくる。


脚運びが速い為、間ともに容易に打ち込めない。


互いの打ち込みは浅く、そんな状態が長いこと続いた。息も荒くなる。



蒼馬は、さな子の隙を見て懐に飛び込む。

お互いの鍔がぶつかり合う、鍔迫り合いとなる。


お互い押して押して、一歩も譲らない。

その力は横に逃げると円を描くように二人は動いていた。

お互いに気勢をあげながら鍔迫り合いが続いた。


もし、ここで引いた方が負けとばかりにお互い譲らない。汗も道場に飛び散る。そんな緊迫した刻が長いことつづく。





☆☆

蒼馬は、得意の摺り足が仇になり床の汗で足を滑らせてしまう。


それをさな子が見逃すはずはなく、面を打ちにいく。


「めーんっ、」



それが見事に決まる。



「まいりました、」



蒼馬は、素直に負けを認めた。


そのあと、稽古の汗を流す為、中庭の井戸に居たら、さな子が蒼馬に声をかける。



「お茶菓子があるのですが、如何でしょうか?内藤様、」



「はい、喜んで参ります。」



蒼馬は、さな子の部屋へと招待されて向かう。


座敷にあがると向かい合うように正座する。



「お茶をどうぞ、」



差し出された蓋の付いた茶碗を蒼馬は受け取り、蓋を開けて香りを感じる。

これは、静岡の厳選されたお茶っ葉と思った。




☆☆

そのあと、さな子はお茶菓子を信楽焼の皿に乗せてくれる。



「この和菓子は鎌倉から届いたばかりでとても美味しいですよ、内藤様、お召し上がりください。」



「ありがとうございます。さな子様、」



蒼馬は、出された和菓子を竹の楊枝で一口サイズに切り分け食す。

口の中に甘い香りが舌を喜ばせてくれる。



「如何でしょうか?」



「とても美味しいですね、私、甘いもの好きでして、」



「それは良かったです。喜んでくれると思いました。内藤様、」




蒼馬は、高級なお茶と甘い和菓子を堪能していた。

しばらくするとさな子は、蒼馬に近づいてくる。





☆☆

さな子は、蒼馬の道着の襟から手を入れる。



「なっ何をなされる!」



蒼馬は、あわててさな子の手をはね除ける。



「これは、失礼しました。やはり、内藤様は女性でしたね、」



蒼馬は、襟元を治して、


「いいえ、わたしは…」



「いいんですよ、隠さなくても誰にも言いませんから、竹刀を交えるまでは分かりませんでしたが、」



蒼馬は、観念したように頷く。



「このことは、他言無用でお願いします。勿論、川村にも、」



「勿論それは承知しています。だから内藤様だけを呼んだのです。」



「いつから、ご存じでしたか?」



「初めは分かりませんでしたが、稽古をしている姿で、女の感とでも申しますか、竹刀を交えて確信しました。」



「そうでしたか!」





☆☆

それから、月日がながれて江戸の桜は満開であった。


内藤蒼馬は、北辰一刀流を免許皆伝に匹敵するほど完璧に習得していた。


川村筑馬も蒼馬に負けじと稽古を積んでいた。


千葉道場のさな子は、内藤蒼馬は剣術の天才ではないかと思うほどであった。

内藤蒼馬の稽古の相手はさな子一人になっていた。




☆☆京の都


会津藩主・松平容保が京都守護職として上洛する際、20歳になっていた梶原景武(梶原平馬)は藩主の側近として上洛。

1865年、江戸常詰の若年寄に任じられると、この頃から、梶原平馬を名乗るようになった。

翌年、僅か24歳で家老職に昇進し、妻の梶原二葉も京に上っており、梶原二葉との間に、長男・梶原景清が誕生している。




この頃京の都では、桜も散り初夏を想わせる暖かさであった。



梶原平馬の屋敷では、見廻り組の目付け役、林田源之助と対座していた。



「梶原殿、わたしには見廻り組で手いっぱいで新撰組の荒くれどもに難儀しています。」



「新撰組の荒くれどもは良かったな、」(笑)



「そこでお願いがあるのですが、新撰組の目付け役に適任はおりませぬか?」



「適任か?おることはおるのじゃが…」



梶原平馬の頭に浮かんだのは、実の弟、内藤蒼馬であった。



「その方は、藩の者でしょうか?」



「あぁー会津藩士、今は千葉道場で暴れているであろう。」



「北辰一刀流の千葉道場でありますか?」



「ならば、すぐに呼ぼう。」



梶原平馬は、硯箱から筆をを取り何やら書いているようである。


その書き付けを使者に渡す。





☆☆

内藤蒼馬は、稽古を一段落して中庭の井戸で汗を拭いていたら、さな子がやってくる。



「内藤様、京から使いの者が来ております。」



「京から使いの者?」



内藤蒼馬は、さな子に案内されて、京の使者が来ている座敷へと向かった。




「家老梶原殿の使いで参りました。これをお渡しするようにとのことです。」



京の使者に渡された書き付けを開いて読む。

そこには、

「蒼馬、川村筑馬を連れて、わしのところへ来い、」

とだけ書き付けに書かれていた。



「兄上様は、なんの用であろうか?」



蒼馬は、梶原平馬が一度も会いたいと言ったことがなかったので、これは大事な要件であると思った。


京の使者には、すぐに参りますと兄上様にお伝えするように申して、川村筑馬のいる道場に蒼馬は向かった。





☆☆

川村筑馬は内藤蒼馬の顔を見るなり、



「京の使者は、何要でありました?内藤様、」



「あぁー、兄上様がわたしに会いたいと言ってきた、川村も一緒に参る、」



蒼馬は、梶原平馬の書き付けを見せてやる。



「わたしも同行ってことは、大事な要件でしょうね、」



「そのようだな、すぐに屋敷に戻るぞ、」




内藤蒼馬と川村筑馬は、さな子に挨拶して、早々に内藤の屋敷へと向かった。



「お末、すぐに紋服と袴を用意せい、」



「えっ!どちらへ?」



蒼馬は、説明するのに面倒だったので、梶原平馬の書き付けを見せてやる。


お末は、それを見ると奥座敷に向かった。


蒼馬は、風呂場で濡れ手拭いで身体を拭いて出ていく。




☆☆


川村筑馬は、お末の顔を見て、


「わたしは、どうしましょう。今から会津に帰るには時間がかかりますし、」



「そう思って、川村様のお召し物もご用意しました。蒼馬様とほぼ背丈は変わりませんので、紋章は内藤家のものですが、」



「お末殿、忝ない。」



奥座敷で蒼馬がお末を呼んでいた。

お末は、すぐに蒼馬の着衣の手伝いをする。



「お末、早駕籠の手配を頼む、」



お末は、小女と屋敷の門を出ると、そこには、京の使者が用意していた早駕籠が二艘並んでいる。しかも、梶原家の紋章入りの駕籠であった。


お末は、使者に聞いてみると、「蒼馬のことだから、すぐ参ると言うであろう」と家老梶原殿が察して駕籠を用意するように命じていた。



「なにからなにまで、ありがとうございます。」



お末は、使者に丁寧にお辞儀していた。





☆☆

お末は、屋敷に戻り、そのことを蒼馬に伝える。



「兄上様は、わたしの性格をご存じでいらっしゃる。そのご厚意に甘えてすぐに参ろうか、川村、」



「はい、お供します。」



蒼馬は、お末から金子を受け取り、二本刺を帯び門前の早駕籠に川村と跳び乗った。


すぐに使者の馬を先頭に二艘の早駕籠は、京の会津藩邸へと向かって行く。



蒼馬たちが行ったあと、お末は、会津の内藤家に使者を走らせる。だいたいの察しがついているかのように、

そのあと小女と屋敷の身の回りの整理をしていく。





☆☆

内藤蒼馬一行は、夕刻前に京の会津藩邸に到着する。

早速、家老梶原平馬にお目通りした。



「よう来たな、蒼馬、」



「お久しぶりです。梶原様、」



「蒼馬に千葉道場のことは、あとでゆっくりと聞くとして、今日呼んだのは、内藤蒼馬、見廻り組の目付け役を命じる。」



「目付け役!畏まりました。」



「川村筑馬、そちは内藤の警護を命じる。しっかり御守りしろよ、」



「はぁはは…この身に代えても御守り致します。」



川村筑馬は、畳に着かんばかりに頭を下げる。



「わしは、用があるので、詳しいことは、林田源之助に聞いてくれ、それでどのくらいで支度できる?」



「はい、三日、いゃ二日で支度します。」



「そうか、三日後に会おうじゃないか、」





隣にいた林田源之助は内藤らに頭を下げる。

家老梶原平馬は、その場を去って行く。





☆☆☆


内藤蒼馬と川村筑馬は、見廻り組お目付け役、林田源之助に説明を受ける。

会津藩直属の見廻り組以外の壬生浪士の集まり、新撰組を担当することになった。

この頃はまだ、新撰組の知名度は薄かった。



内藤らは、藩邸内の一番奥の屋敷を住まいとする。

それから早速、内藤と川村は江戸の屋敷へと向かった。

その日の深夜に到着する。



「お末、戻ったぞ、」



「お帰りなさいませ、蒼馬様、」



「お末、驚くなかれ、兄上様から見廻り組お目付け役を命じられた。」



「えっ!お目付け役?蒼馬様が…」



「そうじゃ、川村も一緒に京の藩邸に住むことになった、明日早速準備してくれ、」



「その準備ですが、ほとんど出来ております。」(笑)


「えっ!お末は聞いていたのか?」



「お目付け役かは分かりませんでしたが、家老梶原様に会いに行ったということは、何らかの役目を命じられたのでしょう。と推測しましたのです。」





☆☆

次の日、お末の手配で昼刻には会津からの荷物が届き、内藤家の使用人が京への出発の準備をしていた。


蒼馬に、父・内藤信順から家宝の銘刀『正雪』を譲り受けた。


使用人の話しでは、「都での役目はこれで『正雪』会津侯を御守りせよ」と父・内藤信順が申していたそうであった。



蒼馬とお末は、都への準備も整え座敷で一服していたら、川村筑馬が会津から使用人を連れてやってくる。


お末の気配りで川村家にも逸早く連絡が入っていた為、準備には時間がかからず整えてあった。



蒼馬と川村は、世話になった者たちの挨拶を済ませて、千葉道場のさな子の差し入れの和菓子を食べていた。



それから、内藤家と川村家の一行は、京の都へと出発して行く。





☆☆

内藤ら一行は、東海道筋の宿場に泊まり早朝には出発する。


昼刻過ぎには、京の会津藩邸に到着して、藩邸内の離れの屋敷に荷物を入れ込む。

夕刻前には、粗方荷物は片付いていた。小女一人を残して会津からの使用人を全員帰して行く。



蒼馬は、旅の汚れを流すのに風呂に入ることにした。


「どうじゃ、川村も一緒に入るか?」



「なっなんと…」(汗)



「いえ、わたしは最後にします。」



川村がそう言ったので、お末は一安心する。

これから、どうなるやと気がきでならない。



「お末、背中を流してくれ、」



そう言って、蒼馬は脱衣室に入って行く。


川村筑馬と一つ屋根の下で暮らすとなるとお末は、今まで以上に気配りをしなければならない。

これから先のことを考えたら不安になるお末であった。




☆☆この日、家老梶原平馬に呼び出される。



内藤蒼馬と川村筑馬は、早速屋敷へと向かった。





☆☆

内藤と川村は、座敷で待っていたら、見廻り組目付け役・林田源之助が入ってくる。



「家老梶原殿は、急な所用で居られぬ、代わりにわたしが仰せ付けられました故、」



家老梶原平馬の書状を読み上げ内藤蒼馬に渡す。


内藤は、頭を下げながら書状を受け取り下座へ下がって行く。


川村筑馬は、口頭で申し伝えられた。



すると上座の襖が開いて中に入ってくる者がいた。


家老梶原平馬の妻、二葉であった。

林田源之助は下座に下がる。



「林田、この方が内藤蒼馬様ですか?」



「はい、奥方様、」



「内藤蒼馬、頭を上げて顔を見せておくれ、」



二葉に言われて内藤は、頭を上げて見ていた。



「旦那様から噂は聞いていた。話しておられたとおりの美形であるな、内藤様、」



「いえ、滅相もない、奥方様のほうが美しいです。」




☆☆

二葉は、笑いながら、


「まぁっ、お世辞も言えるんですね、」



「いえ、お世辞ではありませんほんとうのことです。奥方様、」



「今度ゆっくりと茶でもいかがですか?」



「はい、喜んで、」



「まだ林田に、用があるんでしょうから、わたくしはこれで失礼しますね、内藤様、」



そう言って、二葉は奥へと下がって行く。



「それでは、内藤殿、こちらへ来なされ、」



内藤蒼馬と川村筑馬は、目付け役、林田源之助に案内され別の座敷へと移動する。


その座敷に入って行くと、新撰組局長・近藤勇と副局長・土方歳三が下座で頭を下げていた。


林田源之助と内藤蒼馬は、上座に座り近藤らを見ていた。



「今度、わたしの役職に代わり、新撰組お目付け役は、内藤蒼馬殿が引き継ぐことになった。よろしく頼む近藤。」






☆☆☆


「畏まりました。林田殿、」



近藤勇は、顔を上げて着任したばかりの内藤蒼馬を見る。「若い!」と思った。

土方歳三も内藤蒼馬の顔を見て、「なんという美形である」と思う。



「内藤蒼馬と申す。よろしく頼む。」



「はい、こちらこそよろしくお願い申します。内藤様、」



近藤勇のあと土方歳三は、

「どうでしょう。新撰組の屯所に参りませんか?」


と言うと内藤蒼馬は、にやりと笑い。


「そうだな、早速案内頼む、土方殿、」



「土方殿は止してください。土方さんで結構ですから、内藤様、」



「そうか、では土方さん、案内頼みます。」




それから、土方歳三の案内のもと内藤蒼馬と川村筑馬は、新撰組の屯所へと向かった。





☆☆

座敷に残った近藤勇に林田源之助は耳打ちする。



「どうやら、土州脱藩浪人や長州の者たちが京に上って来ておると連絡が入った。」



「そうですか、近々何か有りそうですね、」



「そうみるか近藤、」



「集まる場所は幾つか検討を付けております。林田様、」



「おーそれは頼もしい、」


「うちの監察が張り込んでいますのでご安心を、」



「あとの守備は近藤に任せる。しっかり頼むぞ、」



「この新撰組にお任せあれ、」



「そちに任せた、こちらからも応援隊を準備して置くから、存分にやれ、」



「それは有難いことで、それにしても、今度のお目付け役は若いですね、」



「そうだな、今年17になると家老梶原殿から聞いておる。」



「うちの沖田と歳は近いようで、馬が合うかも知れませんね、」



「家老梶原殿の直々の御沙汰故、近藤よろしく頼む。」



「はい、心得ています。林田様、」





☆☆

副局長・土方歳三の案内のもと内藤蒼馬らは、四条通りを抜けて新撰組の屯営に入って行く。


土方に屯営内を案内され、内藤らは見て回る。


林田源之助から、荒くれ者と聞いていたが、何の何の統制が執れた隊を成している。と内藤蒼馬は思った。


しばらくすると道場から、気合いの入った声が聞こえてくる。

平隊士たちに稽古を付けている沖田総司の声であった。


道場内の沖田総司は、土方歳三の姿を見て、稽古を中断して外へ出る。



「土方さん、この方が例のお人ですか?」



「あぁ、今度着任なされた見廻り組お目付け役、内藤蒼馬殿である。」



沖田総司は、馴れ馴れしく内藤蒼馬の身体に触れる。それを見た川村筑馬は腰の柄を握る。


「こらっ、沖田、無礼だぞ、」



土方歳三は、沖田総司の行動を正す。

沖田は、無邪気というか子供ぽいところがある。それでいつも土方は難儀していた。





☆☆☆

沖田総司は、道着の襟を正し、


「新撰組一番隊の隊長・沖田総司と申します。よろしく頼みます。」



「いえ、こちらこそよろしく頼みます。」



「で…そちらの方は?」



「あぁ、この者はわたしの警護をしている。川村筑馬と申す。」



「警護ですか、よろしく頼みます。川村殿、」



沖田総司は、二人に一礼をする。つられて二人も礼をする。それを隣で見ていた土方歳三はほっとする。



「どうでしょう。内藤様、道場で汗を流して行きませんか?」



沖田総司がそう言ったのだが、内藤は道着を用意していなかったので、



「明日参ります。稽古を付けてください、沖田殿、」


「沖田殿は止してください、沖田さんでお願いします。内藤様、」



「そうですか、わたしも内藤さんでお願いします。」


「では内藤さん、明日道場でお会いしましょう。では此にて、」



沖田総司は、そう言って道場に戻って行く。





☆☆

そのあと、土方歳三は、内藤と川村を屯営の宿舎に案内して行く。



道場に戻った沖田総司に、平隊士が近寄り、



「沖田さん、変ですね、お目付け役に警護など付きますかね?」



「そのとおり、警護など付けない、もしかしたら、お殿様の所縁の者でなかろうか?」



「えっ!お殿様のですか?」



「いや、わたしの推測にすぎないけどな、」



「所縁の者ね…」



「それより、明日が楽しみだ、」(笑)



そのあと、沖田総司は、早々と稽古を切り上げて、何処かへ行ってしまった。


内藤らは、土方歳三の宿舎にしている屋敷の中へと入って行く。

座敷に座ると山南がお茶を入れてくれる。


内藤蒼馬と川村筑馬に、山南敬助は新撰組の組織のことを粗方説明していた。




☆☆☆

翌日、会津藩邸内の屋敷で内藤蒼馬は、お末に道着を用意させ着ていた。



「どうじゃ、川村も一緒に稽古せんか?」



「わたしもですか?」



「そうじゃ、あの天然理心流はどんなものかと思わぬか、川村、」



「その天然理心流には興味ありますね、」



「だろう、どうじゃ、」



「はい、わたしも着替えますからお待ちください。」


そう言って、川村は奥の自分の屋敷に行き道着に着替えた。



内藤蒼馬は、日新館の時のように高下駄を履いて会津藩邸を出て行く。


内藤の分の武具を持ち川村筑馬は、蒼馬の後につづく。



そして、新撰組の屯営に着き、真っ先に道場に向かった。


既に沖田総司は、道場で稽古を付けていた。


内藤蒼馬は、挨拶もそこそこに武具を装着する。





☆☆

武具を装着した内藤蒼馬は、道場の中央に向かう。

それを見た沖田総司は、武具の紐を縛り直して中央に向かった。


内藤蒼馬は、竹刀を腰に終い日新館の礼儀作法で挨拶する。


つられて沖田総司も礼儀作法に則り挨拶する。


お互いの竹刀の先を合わせる。

二人は中段の構えであった。


内藤は、気声をあげ籠手を打ちにいく。

沖田は、その竹刀をはね除ける。

内藤は、摺り足で右に動く、沖田は、その動きに合わせて竹刀を向ける。

が既に内藤は左に動いていた。

内藤は、右と思えば左に、左と思えば右に、と動く。


回りから見たら、沖田は内藤の動きに翻弄されているように見えていた。


他の者は全員道場の隅に寄り正座して二人の稽古を拝見していた。


「あれは、北辰一刀流にも見えるが…」



それを聞いた川村筑馬は、すかさず、


「いえ、日新館・溝口流でございます。」



「あれが、会津藩校の日新館の技ですか!」




☆☆お互い技が浅く決定打が決まらない。

それが長いこと続いた。

普通の剣士なら、ここで息が上がっているであろう。

他の者からお互い息が上がっているようには見えてなかった。

それが天才同士の戦いぶりである。

面の中の頭に巻いた手拭いは汗でぐっちょりに濡れているであろう。



すると、沖田の構えが変わった。下段の構えである。

そこへ、内藤は面に打ちにいくと見せかけて胴を打ちにいくつもりで動く。


沖田は、その動きより一瞬速く突きに転じる。


内藤は、その沖田の突きを交わす。


が、沖田の二の突きが飛んでくる。


それも、辛うじて内藤は交わす。そのあとすぐに攻撃に出る。


だが、まさか三の突きがくると思わなかった内藤は沖田の突きを喰らってしまう。


そのまま、後ろに倒れて床に後頭部を打ち気絶してしまった。


他の者は、一瞬何が起こったのかと…

声をあげるのを忘れていた。





☆☆

沖田が慌て内藤に近寄り面の紐をほどき外してやる。

自分の籠手を枕代わりして、川村に手拭いを渡す。


「これを水に濡らしてくれ、」



川村は、その手拭いを持ち中庭の井戸で濡らし、内藤の額に乗せてやる。


沖田は、内藤の武具を外してやる。



しばらくすると、医者がやってくる。

誰かが呼んだのであろう。

医者の見立てでは、只の脳震盪であった。


沖田と川村は、大事に至らず安堵する。



すると気絶していた内藤が目を開ける。



「わたしは、気を失っていたのか?」



側にいた川村に言う。



「はい、そのようで、大事には至らないと言ってました。」



「そうか、心配かけたな川村、」




道場の隅にいた平隊士たちが口にする。

「あの沖田さんを本気にさせるとは、大したお方だ、」「誠に…」



そうなのです、稽古で沖田総司が本気になったことはなかった。あの副局長土方歳三でさえ。




☆☆

それから、内藤蒼馬と川村筑馬は会津藩邸へと帰って行く。


内藤は、汗を流しに風呂へ入る。

上がってお末にサラシを巻いて貰う。

内藤はふんどしを履いていたら、月のもの(生理)がやってきた。

すぐにお末は、赤いふんどしを持ってくる。それを履いて自室に向かう。



お末は、川村筑馬を風呂に入るように勧める。



「内藤様は、どうなされた?」



「気分がすぐれないと床で休んでいます。」



「それはいけない、ゆっくり養生したほうが良いですね、」



「わたくしも、そのほうが良いかと、」



川村は、内藤の頭のことを心配していた。





☆☆

それから内藤蒼馬は、会津藩邸の屋敷で外出せずに休む。




☆☆

五日後、川村を連れて新撰組屯営に内藤は向かった。

屯営内の道場を覗いて見ると沖田総司の姿が見えない。


内藤は、稽古を終えて武具をばずしていた隊士に尋ねてみる。



「沖田さんは、今日はいないのかね、」



「はい、体調がすぐれないと自室で休んでいます。」


「それはそれは、お大事に…」



「沖田さんが体調悪いとは、病気でしょうか?内藤様、」



「さぁー、わからんが、」


内藤は、川村を連れて中庭の方へ向かった。


すると沖田総司が声をかける。



「内藤さん、身体はもう良いんですか?」



「えーぇわたしは、それよりも沖田さんこそ大丈夫なんですか?」



「えー、このとおり、頗る元気です、」



沖田は、身体を一回転回って、内藤におどけて見せる。





☆☆

「内藤さん、ちょっと付き合いません、」



沖田は、何処へ行くとも言わずに屯営の門に歩いて行く。

仕方なく内藤と川村は、沖田のあとを追う。



三年坂をのぼりはじめる、のぼりつめると清水坂に出た。



「もしかして、清水寺ですか?沖田さん、」



「さぁー、」



沖田は、内藤らに向かって含み笑いをする。



三人は、清水の舞台に出る。雲一つない晴天で周りの景色が清みきって見えていた。

清々し風が三人の袴を揺らす。



「下へ降りましょう、」



苔の生えた石段を踏みながら楓の森を抜ける。


すると音羽の滝の前に出た。



「ちょっと休みましょう、」



三人は、紺の暖簾をかけて並んでいる掛茶屋の一軒に寄り床に腰を降ろす。


小女がお茶を持ってきて、


「何になさいましょう、」


「いつもので、あとの二人も同じものを、」





☆☆

茶屋の小女が持ってきたものは…



「いつものって、お餅ですか、」



「そう、お餅どす、」



小女はお餅を配りながら、にゃっと笑って、そう言った。

沖田は、何も言わない笑っているだけである。



内藤は、お餅は嫌いでないので川村と食べていた。

すると沖田の様子が変わったのを見逃さなかった。

時折顔を上げて、音羽の滝を見ている。


そこには、若い娘と老女が柄杓で水を汲んでいた。黒塗りの手桶に入れている。

武家の女らしい若い娘は、掛茶屋からこちらを見ているお侍に気付き、ぺこりと会釈をする。


慌てた沖田は下を向く。


内藤は、あの若い娘と沖田の関係を知りたくなった。




☆☆

内藤は、お節介であると思うがどうしても知りたくなって沖田に訊いてみる。


「あの娘と知り合いですか?」



「いゃ、知り合いではないが、あぁーやって八の日に水を汲みにくるので…」



そう言えば、京女は八の日に音羽の滝の水でお茶をたてると聞いたことがあると内藤は気付く。



「それで…どなたですか?」



「いゃ、まだ話したことがないので、何処のお方かは存じません、只ここへ来て見ているだけでいいのです。」



「それはいけない、すぐに調べましょう、沖田さん、」



「それは止してくれ、」



「知りたくないんですか、沖田さん、」



「うーっ、そりゃ知りたいですが、」



「では早速、川村に着けさせましょう。」



「えっ!わたしですか?でも内藤様の警護があります。」



「警護ならわたしが付いています。川村さん、」



沖田がそう言ったので…

やっぱり知りたいのかと内藤はにゃっと笑う。





☆☆

あの若い娘を川村筑馬に付けさせて、内藤と沖田は新撰組の屯営に帰って行く。


内藤は、宿舎の沖田の部屋でゆったりとしていたら、半刻して川村が帰ってきた。



「どうだった、川村、」



内藤は、早く聞きたく川村を急かす。



「ちょっと待ってください、お茶を一杯、」



沖田は、川村にお茶を入れてやる。



「はい、あの娘の素性が分かりました。」



「それで…」



「あの娘は、芸州藩邸に入って行きました。」



「芸州の娘か?」



「それから、聴き込みをしてみましたら、芸州藩の家臣・白川清蔵の娘、白川雪と申すものでした。」



「やはり、武家の娘であったか、」



「その白川雪は、わたしたちと同じ歳でしたね、内藤様、」



「そうか、沖田さんの嫁としてはちょうどいいではないか、川村、」



「えっ!嫁?」





☆☆

沖田は、慌てて否定する。

「止してくださいよ、内藤さん、」



「お雪さんと会いたくないのですか?」



「そりゃー話せるもんなら…」



「わたしに妙案があります。任せて貰えますか?沖田さん、」



「えっ、妙案とな?」



「それでは、ぜんは急げということで失礼します。沖田さん、」



内藤は、沖田の静止も聞かずにさっさと屯営を出て行く。


川村は、内藤のあとを歩きながら聞いてみる。



「内藤様、どちらに向かわれます?」



「屋敷に戻るに決まってるだろう。」



川村は、屋敷に帰ってなにをするのやらと興味津々と内藤のあとを追う。


内藤が会津藩邸に帰るなり、お末に聞く。



「二葉様は、どちらかに出掛けたか?」



「いいえ、今日はどちらも出ていませんから、屋敷に居られると思います。」



「それならいい、」



内藤は、梶原二葉の屋敷のところへと向かった。





☆☆

内藤蒼馬が屋敷を出て行ったあと、お末は、川村筑馬に訊いてみる。



「川村様、沖田総司という方はどんな感じの人でしょうか?」



「そうですね、剣術は頗る強い、おまけに顔が美形というから、京女はほっとかないでしょう。」



「ふぅーん、なるほど、それで蒼馬様は張りきっておられるのですね、仲介役までかって出るとは…」



「そうです、沖田さんにとってはお節介でしょうね、」



「ほんとに困ったお人です。」



お末は、蒼馬が沖田総司を好いているのではないかと勘づいていた。

そうじゃないと面倒くさがりやの蒼馬が他人の為に動くはずがないと思っていた。


上手くいけばそれも良し、破談なら慰めるであろう、とお末は、蒼馬のことを良く知っているから、そう思ったのであろう。





☆☆

そして、数日が過ぎていく、内藤蒼馬は、川村を連れて新撰組屯営に向かった。


自室で休んでいた沖田総司に会う。



「沖田さん、今日は予定がありますか?」



「いゃ、予定などありませんが、それが何か?」



「だったら、会津藩邸に遊びに来ませんか?お茶をたてて差し上げます。」



「お茶ですか、内藤さんはお茶もたてるのですか、それは是非伺いたい。」



「では早速、おいでください。沖田さん、」



内藤は、沖田を連れて会津藩邸に向かった。


藩邸の門を潜り奥へと進む。


奥まったところに茶室がある。そこへ沖田総司を連れて入って行く。



茶室の小さな襖を開けて腰を屈めて入っていく。


そこに座っていたのは、沖田総司の想い人、、お雪、、白川雪であった。



沖田総司は、内藤蒼馬の顔を見て。



「計りましたね、内藤さん、」



内藤は、それに応えず含み笑いをして茶室から出て行く。





☆☆


「まぁ、お座りください、沖田様、」



「どうして、わたしの名を?」



「だいぶ前から、存じておりました。」



沖田は、帯刀を腰から抜き座布団に正座する。


お雪は、たんたんとお茶の支度をする。


お湯の沸く音とお茶をたてる音だけがする静寂な一時を堪能している沖田。


信楽焼であろうか?

はたまた有田焼であろうか?と

陶器を見て沖田は考えていた。

このてのことは、からっきし苦手である。



茶をたてた陶器を細く白い手で沖田の前に差し出す。

お雪のその仕草が沖田の心を揺らし、また惚れてしまった。



「どうぞ、」



沖田は、差し出された茶碗を作法どうりにいただく。

飲み終え、人差し指で茶碗を拭き取りもとに戻す。


そのあと、なんと言ったらいいのか解らずにいた。

お雪は、にゃっと笑いそのお茶碗を下げる。





☆☆

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