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「だから、私はこの国の大統領としても、『オロ』の首領としても、アリッサから『紙片』を奪回しなければならなかった」
フェロン大統領は、沈痛な面持ちで、そう言った。
「表の職業と裏の職業とで、珍しく意見が一致したな」
ヴァルゴが、たいして面白くもなさそうに茶々を入れる。
「大統領権限をフルに活用した情報網を使えば、鉄道会社の内部情報にも、簡単にアクセスする事が出来る。そこで、マントノン家がアリッサの為に特別列車を予約していた、という情報をつかみ、すぐに旧政府派の残党を利用して、その列車の車掌を脅迫させた。アリッサの荷物から『紙片』を盗み出させる為に」
「旧政府派の残党だと? 君の敵対勢力じゃないか」
ヴァルゴが驚いた様に言う。
「旧政府派の上層部には、『オロ』の工作員を潜入させてある。内戦の頃からずっとだ」
「対立していると見せかけて、裏で操っていたのか? しかし、大会観戦中で衆目の集まる中、どうやって『オロ』に指示を出せた? 君の側に控えていた、あの女秘書も『オロ』なのか?」
「彼女は『オロ』とは関係ない。むしろ関係して欲しくもない。そんな色々問題のある秘書だが、面倒になりそうな事に関しては、見て見ぬ振りが出来るという美徳があるので、助かっている。大統領権限を使った情報収集と指示は、彼女を通して行っていたが、その他の指示は、大会スタッフに紛れこませておいた、『オロ』の連絡員を使っていた。彼らの個人的なサインの要求に、快く応じる大統領の振りをしてな」
「そんなに堂々とやっていたのか。君の話を聞いていると、情報屋としてのプライドが、どんどん崩れて行く気がする」
「気にするな。君の目の前に座っているのは、これでもこの国の大統領兼『オロ』の首領だ。色々な意味で規模が違う」
「そんな大統領兼『オロ』の首領でも、結局、アリッサから『紙片』を奪う事は出来なかった訳だが」
「急ごしらえの計画だったこともあるが、やはり最大の敗因は、アリッサがあのヴォーンの血を受け継ぐ娘だったことだ」
大統領兼『オロ』の首領は、机に両肘を突き、組み合わせた両手の上に額を乗せて、何かに祈る様な姿勢で、
「私ごときが、立ち向かえる相手ではなかったのだ」
そう言って、ため息をついた。




