◆8◆
レットを見送った後、居間に戻ったアリッサとノルドは、再びちゃぶ台を挟んで話を続けた。
「親御さんにとって一番心配なのは、自分の子供が危険に巻き込まれるんじゃないか、ということ。災害とか事故とか誘拐とかね」
アリッサがそう言うと、ノルドは驚いた顔で、
「こんな平和そうな村でも、誘拐とかあるんですか?」
「親は我が子を心配してもしきれない、って話よ。ま、この村で子供が誘拐された、なんて話は聞かないわね。村人全員がお互いを知りつくしてるし、みんな周囲のことによく目を配っているから。あなたみたいに外部から来た人は、もう村中の噂になってるわよ」
「じゃあ僕は、不審者扱いされてる訳ですね」
「レットさんが事情を知ってるから大丈夫。レットさんが郵便局に戻って、窓口のゲルンお姉さんに事情を話せば、ゲルンお姉さんが郵便局に来ているおばさん達にそれを伝えて、あっと言う間に村中に広まるから」
「おばさん情報網は、どこでも強力かつ迅速ですね。あまり正確じゃないのが、困ったものですが」
「だけどこんな田舎じゃ、不審者より自然災害の方が怖いわね。山崩れとか落石とか毒蛇とか熊とか」
「熊が出るんですか?」
「ここ一応、山の中だし。ウチには銃も用意してあるわよ。まあ、熊の話はいいとして、この時計なんだけれど」
アリッサは、ちゃぶ台の上に置かれた懐中時計を手に取った。
「アリッサさんに直接渡して欲しい、とのことでした」
「父が武者修行をほっぽらかして、旅を満喫してたのは予想の範囲内だったけれど、この懐中時計に何の意味があるのか、さっぱり分からないのよね」
アリッサは、鎖を持って懐中時計をびゅんびゅんと振り回した。
「新しいのを買ったので、これは娘に譲る、ということでしたが」
「今更譲られてもね」
アリッサは、懐中時計を宙に放っては受け止め、放っては受け止めしながら答える。
「その時計を渡した時、アリッサさんがどんな反応をしたか、後で教えて欲しいとも頼まれました」
「何か意味があるのかしら、それ」
「とりあえず、『時計を振り回したり、放り投げたりしてました』と報告しておきます」