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昼を少し過ぎた頃、ヴァルゴが道場を訪れ、玄関でアリッサとリーガが出迎えた。
「本当にお久し振りです、ヴァルゴさん」
「ああ、アリッサ、しばらく見ない内に、すっかり大人びたな。最後に会った時は、まだこんなに小さかったのに」
そう言ってヴァルゴは、自分の腰の辺りへ手をかざすような仕草をした。
「ヴァルゴさんは、七年前と全くお変わりありませんね。お元気そうで何よりです」
リーガが爽やかな笑顔で言う。
「まだまだ若い、と言いたい所だが、なに、体のあちこちにガタが来ているよ」
「道中さぞお疲れだったでしょう。どうぞ上がってください」
アリッサが先導して居間まで来ると、三人はちゃぶ台を囲んで座った。
「さて、ゆっくり思い出話の一つもしたい所だが、先に大事な要件を済ませてしまいたい。アリッサ、君はヴォーンから、懐中時計を受け取ったそうだが、その中に何か紙片が入っていなかったか?」
「やっぱりその話ですか。もうお聞き及びかもしれませんが、何も入ってませんでしたよ。時計屋で分解掃除までしてもらったんですが、どこにも異物は見つかりませんでした」
「では、時計の他に、ヴォーンから何か送られて来た物は無かったか?」
「あ、手紙なら一通来ました。ご覧になりますか?」
「見せて欲しい」
アリッサから、口の開いた封筒を受け取ると、ヴァルゴはその中から便箋を取り出し、空になった封筒の内側を注意深く確かめた。
「この便箋以外には、何も同封されていなかったか?」
「はい、それだけです」
ヴァルゴは便箋にざっと目を通し、さらに電灯にかざして透かし、それから再び封筒に戻した。
ふっ、と軽く笑うと、
「取り越し苦労だったらしい。どうやら、我々はヴォーンに一杯食わされた様だ」
「事情は良く分かりませんが、とにかく父が悪いんですね」
アリッサがお茶を淹れながら言う。
「私の考えが正しければ、これでもう大事に発展する恐れはない。現状維持、あるいは、いや」
ヴァルゴは言葉を切って、少し考え込んだ後、
「紙片自体、とっくに消滅していたのかもしれない。その方が、ヴォーンらしいと言えばヴォーンらしい」
「一体何なんですか、その紙片って? おかげでこっちは、随分迷惑を被っているんですが」
「君達も大変だったな。全部説明しよう。ただし、今から話すことは、くれぐれも他言無用に願いたい」
ヴァルゴの真剣な表情は、アリッサに嫌な予感を抱かせた。
隣でリーガが他人事のように茶を啜っているのが、少し腹が立った。




