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逃げ足道場 ~私を面倒事に巻き込まないでください~  作者: 真宵 駆
◆◆第五章◆◆ 時計じかけの黒歴史
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◆8◆

 深夜、官邸内の寝室で、フェロン大統領は書き物机の前に座っていた。

 

 机の上には、灯りの点いたスタンドと、何か書かれている便箋が数枚、万年筆が一本、水の入ったコップ、そして、小さな白い箱型のピルケースが乗っていた。


 大統領は、ピルケースから緑のカプセルを一つ取り出し、机の上に置いた。


 しばらく、そのカプセルをじっと見つめていた後で、


「やれやれ」


 と、重々しく呟いた。


 その時、突然クローゼットの扉が開き、秘書のクララが現われた。


 フェロン大統領は驚きの余り、トースターで焼き上がった食パンのように、ぴょん、と椅子から飛び上がり、声を荒げて、


「な、何の真似だ、これは!」


「帰宅したと見せかけて、裏口からまた侵入していました。この官邸の警備員は、全て私の管轄下にあることをお忘れなく」


 クララは、普段と全く同じ調子で淡々と言う。


「この官邸内で私が暗殺されたら、犯人は間違いなく君だな。それにしても、よく何十分もクローゼットの中にいられたものだ。異世界への通路でも探していたのかね」


「大統領閣下のご友人から頼まれたので、仕方なく監視をしていました。時間外労働です」


「残業代は出さんぞ。国民が怒る」


 フェロン大統領は、少し落ち着きを取り戻し、再び椅子に腰を下ろした。


「ここはとんだブラック企業ですね。ところで、それは何の薬ですか、大統領閣下?」


 クララは、机の上にある緑のカプセルを指差した。


「ただの睡眠薬だ。クローゼットからいきなり人が飛び出すような環境でも、これがあればぐっすり眠れる」


「大統領閣下の常用されている薬ではありませんね」


 クララは机に近寄り、カプセルを手に取って、しげしげと見つめる。


「自前だ。良く効くが、主治医が処方してくれないので、こっそり個人ルートで入手したものだ」


「なるほど。実は私も最近不眠症に悩まされていまして。一つ頂いてもいいですね?」


 クララはカプセルを口に持って行った。


「ばかっ、吐くんだ!」


 フェロン大統領は、弾かれた様に椅子から立ち上がり、クララの襟首をつかむと、その上半身を机の上に押し倒す。


 そのまま口をこじ開けられようとした時、クララは右手を開いて、握っていたカプセルを大統領に示した。


「ふぇをふぁふぁひふぇふふぁふぁい、ふぁいおうおうふぁっふぁ」


 多分クララは、「手を離してください、大統領閣下」と言いたかったのだろう。


 そう察したフェロン大統領は、クララから手を離し、大きく息を吐いて、


「年寄りをからかって楽しかったかね、クララ君?」


 クララは身を起こし、手で口をぬぐってから、


「あまり楽しくありませんが、これも仕事です。とりあえず、この薬は没収します。残りも全部です」


「断ると言ったら?」


「クローゼットの中から一晩中ずっと、大統領閣下を監視しますが」


 即座にフェロン大統領は、ピルケースごとクララに手渡した。


「焼却処分してくれ。決して中身の分析はしないで欲しい」


「了解しました。それともう一つ」


「何かね」


「任期満了まで後わずかです。それまで、このようなおかしな真似は控えてください。今、大統領閣下に急死されると、私の業務が激増してしまいますので」


「約束しよう。だから早くここから出て行ってくれ」


「では、私はこれで」


 何事も無かったかのように普段と同じ様子で、クララは寝室を出て行った。


 フェロン大統領は、机の上の便箋を取り上げ、びりびりに引き裂きながら、


「何であんなのを秘書にしてしまったんだろうな」


 そう呟いて、ため息をついた。


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