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執務室に、見慣れぬ客が通される。
古くさくはあるが品のある服装の、背の高い銀髪の老人で、その表情は、穏やかな中にも、どこか抜け目なさが感じられた。
「クララ君、すまないが席を外してくれ。ここから先は個人的な話になる」
「では、別室で待機しています。何かあったらお呼びください」
クララが部屋を出たのを確認して、フェロン大統領は再び口を開く。
「元気そうで何よりだ、ヴァルゴ。今回は情報屋としてより、ヴォーンの知人としての君に頼みたいことがある」
「だとしたら、あまりお役に立てそうもないが。ヴォーンは、私がどうこう出来る男ではないことは、君もよく知っているだろう、ミディ」
ヴァルゴと呼ばれた老人は、執務室のソファに腰をかけようともせず、ドアの前に立ったまま、大統領に返答した。
「交渉して欲しいのはヴォーンではなく、その娘の方だ」
「アリッサか。昨日、色々と面倒事に巻き込まれたらしいが、それと関係する事か?」
「その面倒事の原因となった物を回収して欲しい。ヴォーンが娘に託した『紙片』を」
「紙片?」
「『オロの指令書』は知っているな?」
「随分と古い話だな。それなら警察に保管されている筈だが。ヴォーンが自由に出来る代物ではないだろう」
「警察にあるのは、肝心な部分が欠けている不完全版だ」
「不完全版?」
「警察に渡す前に、どさくさに紛れて、こっそり一部を破り取った奴がいる」
「なるほど、ヴォーンか」
「その破り取った『紙片』を、ヴォーンは自分の懐中時計の蓋の裏に、テープで貼り付けて所持していた。例の演説で使ったあの時計だ」
「『歴史と言う名の時計の針』か」
「そう、あの懐中時計を持ち上げた時、聴衆の方に文字盤が見える様、蓋は開けられていたが、当時の映像を良く見ると、その蓋の裏面に、何かが貼り付けられているのが分かる。もっとも、注意して見なければ、解像度の低さから来るノイズとも受け取れるがね」
「それは気が付かなかった」
「今その懐中時計は、何故かアリッサに譲渡されている。公にはされていないが、今回の襲撃未遂も、その『紙片』を巡るトラブルだ」
「その『紙片』を、交渉してアリッサから回収しろと?」
「もしくは破棄でも構わない。何にせよ、出来るだけ早く取りかかって欲しい。『紙片』が世に公開されるようなことになれば、文字通り、『歴史と言う名の時計の針』が、逆回転してしまう事態になる」
「了解した。しかし」
ヴァルゴは、フェロン大統領の方へ歩み寄り、机の前まで来ると、
「その『紙片』に何が書かれているのか。まず、それを教えてもらわないことには、話にならないと思うが?」




