◆2◆
執務室で、フェロン大統領は秘書のクララから、アリッサ・スルー襲撃未遂事件に関する調査報告を受けていた。
「監視の任を解いた直後に、今回の事件が起こったことが知れたら、さぞ私はマスコミに叩かれることだろうな。何とも間の悪い事だ」
フェロン大統領は、椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて大きく息を吐いた。
「寝ないでください、大統領閣下。アリッサに監視を付けていたことは公表していませんし、事前に犯行予告がなされていた訳でもありません。実際、旧政府派の残党が犯行声明を出したのは、つい先程のことです」
大統領の机の上のディスプレイには、今回の襲撃未遂に関する、犯行声明とも負け惜しみともつかぬ文章が掲載されたサイトが映しだされている。
「長々と書いてありますが、要約すると『これは警告だ。仇敵ヴォーン・スルーの血縁は、目障りだから大人しく山に引きこもってろ』と言う事ですね」
「それはむしろ、私がヴォーン本人に言ってやりたい台詞だ」
フェロン大統領は薄目を開けて、ディスプレイ画面をちらと見る。
「公の場で、そのような発言は絶対にしないでください、大統領閣下。『穏健で実直な政治家』のイメージで通っているのですから。実際はどうあれ」
「君が秘書をしている期間中、私が穏健で実直でなかったことがあったかね。もちろん、自分が聖人君子であるなどと言うつもりはないが、大統領としての職務を果たす為に、嫌でも表向きは穏健で実直な仮面を被らねばならないのだよ。オフレコで少し位軽口を叩く位は、大目に見たまえ」
「では、その表向きの大統領として、今回の件に関し、何か声明を出しておく必要があるかと思われますが」
「ありきたりだが、テロに対して断固たる姿勢で臨むと言う方向でいいだろう」
「早速、原稿を作成して、マスコミに通達します」
フェロン大統領は、個人用の携帯電話を取り出した。
「どちらへ?」
クララが訝しげな表情をして、フェロン大統領に聞く。
「今回の件について、古い知り合いに個人的に調査の協力を仰ごうと思う。だが、これはあくまで個人的な要請なので、君は君の仕事に専念していればいい」
「では、そのように。でも大統領閣下、私に責任がかからないのは非常に良いのですが、度の過ぎた個人プレーは、くれぐれもお気を付けください。時にはそれが命取りになる場合もありますから」
「分かっている」
「昨日も、一人の大会運営スタッフにサインを許したが為に、他のスタッフ達も、次々と大統領閣下にサインを求めてやって来る始末でしたし」
「それは今、関係ないだろう。それより、早く原稿を作成したまえ。もしもし、ヴァルゴか? ミディだ。直接話がしたい。今すぐ、官邸まで来てもらえるとありがたいのだが」




