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記者会見は、正午に開かれた。
颯爽とした黒のスーツに身を包み、武芸者と言うよりビジネスマンの雰囲気を漂わせるシェルシェと、昨日、全国格闘大会に出場した時と同じ、これからひとっ走りして来ますとでも言うような、グレーのトレーニングウェアを着たアリッサが、並んで会見席に着く。
その様子は、試合前の記者会見を行う、プロモーターと選手の様にも見えた。
「アリッサさんの道場の正式な道着があれば、それを着て出てもらいたかったのですが」
会見前にシェルシェは、少し残念そうに言った。
「ウチの道場にはそういうのは無いんです。子供達にも、動き易くて汚れてもいい服なら、何でも構わないと言ってあります」
「でも、これはこれでアリかも知れませんね。不思議な人です、アリッサさんは」
「アリッサさん、ファイティングポーズをお願いできますか」
カメラを構えた記者の要請に、
「すみません、ウチの流儀にファイティングポーズは無いんです。『逃げ足』専門なので」
アリッサが、申し訳なさそうに断る。
「ふふふ、皆さん、これが『伝説』です。大会でご覧になったように、自然体がアリッサさんの基本なのです」
シェルシェが、場馴れした余裕のある態度でフォローを入れた。
会場にホワイトボードが運び込まれる。いつの間に作ったのか、大まかな地図が描かれた紙が貼ってある。
「では、今回の事件の経緯を簡単に説明させて頂きます。こちらをご覧ください。大会を終えて、マントノン家の道場を見学した後、アリッサさんは、こちらで用意した特別列車で帰途に就きました。そして……」
地図上で、列車に見立てたマグネットの駒などの小道具を駆使して、シェルシェは要領良く説明を続けていく。
「走行中の列車から飛び降りたんですか?」
「はい。アリッサさんとその門人の方は、走行中の列車から飛び降りました。私も目撃しています」
記者の間にどよめきが起こる。
「あの、大変危険な行為なので、くれぐれも真似しないようにお願いします。普通は大怪我しますから」
今まで黙っていたアリッサが口を挟む。
「ふふふ、ご覧の通り、アリッサさんは怪我一つしていませんけれど。修練と才能の成せる技です」
シェルシェは笑って説明を続ける。
事件全体の説明が終わり、記者との質疑応答もそつなくこなし、会見は予定時間を大幅に超えたものの、無事に終了した。
「最後に、この事件については、まだ不明な点が多いのですが、背後には内戦時代の過激派の残党が関わっている、という見方もあるようです。しかし、マントノン家はもとより、武芸者全体の意志として、このような理不尽な暴力による市民への迫害は、許されざる行為であり、断固これと戦う所存であることを、この場を借りて表明させていただきます。内戦時代、アリッサさんのお父様である、『勇者』ヴォーンが戦った様に、です」
シェルシェはアリッサの手を取って握手した。一斉にフラッシュが焚かれる。
「笑顔でお願いします、アリッサさん」
微笑みながら、シェルシェがアリッサに小声で言う。
アリッサは、会場の後の方で、爽やかな笑顔をしてこちらを見ているリーガを、睨みつけたくなる衝動を抑え、なんとか営業用スマイルを浮かべた。
対岸の火事は楽しいか? 門人Aめ。




